光合成の言葉

光合成の分野ではさまざまな言葉が使われますが、その中には、昔と今とで意味が変わってきたもの、今は使われなくなった古い言葉、読み方に問題がある言葉、など、使う時に注意が必要な言葉が色々あります。ここでは、そのような言葉について、簡単に説明をしています。

光合成

「光合成」は「こうごうせい」と読みます。「ひかりごうせい」ではありません。もっとも岩波書店の「生物学辞典(第4版)」だけは、「ひ」の項目に載っていました。でも2013年に出た第5版で、ちゃんと「こ」のところに戻りました。

補助色素

光合成色素のうち、クロロフィルaは反応中心色素として働くけれども、クロロフィルbやカロテノイドなどは補助色素として光のエネルギーを集めるのに働く、という記述は、今でも時々見られます。ですけれども、研究が進むに連れて、クロロフィルaの中で実際に反応中心色素として働いているのは数十分子に一分子であって、残りの大半はクロロフィルbなどと同様に光のエネルギーを集めるアンテナとして働いていることがわかってきました。つまり、クロロフィルaも大半は補助色素であることになってしまいます。そこで、現在では、色素分子の種類として、何々は補助色素であると定義することは不適切である、ということになりました。ではどうやって色素を分類すればよいのでしょう?現在は、色素は、その果たしている役割によって分類するのが一般的です。例えば、クロロフィルaの場合は、反応中心色素と集光性色素(アンテナ色素)にわけられ、クロロフィルbやカロテノイドなどは全て集光性色素である、という言い方をします。つまり、同じ色素分子でも、その働きによって複数の呼び方をされることになります。なお、クロロフィルaやフェオフィチンは、反応中心色素から電子を受け取る電子受容体色素としても働きます。

水素伝達

本来、「水素伝達」という言葉は存在しなかったのですが、文部省の検定によって、1990年代の10年間ぐらいだけ、高校の教科書では「電子伝達」という言葉が、「水素伝達」に置き換えられました。たぶん、電子はまだ習っていないから、といった理由なのでしょう。習っていないと使えないのなら、電子レンジのことは何と言い換えるのか、聞きたいところですが・・・。電子伝達の反応の中には、確かに水素の伝達を伴う場合がいくつか見られるのですが、光合成の電子伝達の大部分では水素は伝達されません。しかも、英語ではいずれにせよelectron transferですし、大学に入ると「高校で習った水素伝達というのは高校だけで通用する言葉で、本当は電子伝達と呼ぶのですよ」と教わり直すのですから、無駄な話でした。さすがに、今は再び電子伝達でも検定が通るようになりましたが、「水素伝達」世代の生徒さんたちにとってみればいい迷惑だったでしょう。

光化学系1と光化学系2

これらは、言葉としては問題ないのですが、WEB上で使う場合は表記がやっかいです。本来は、1,2の部分はローマ数字を使います。僕の使っているパソコンでは「Ⅰ」と「Ⅱ」になるのですが、これは機種依存文字なので、別の種類のパソコンで見ている人には文字化けして見える可能性があります。そこで、印刷物ではないWEBコンテンツなどでは、英語の大文字のアイを使ってI,IIと表記するか、アラビア数字を使って1,2と表記することになります。英文字を使う場合、フォントによっては見づらくなる場合があるので、このサイトでは主に光化学系1、光化学系2と表記しています。本来の表記はローマ数字であることを頭に置いておいて頂ければと思います。

光補償点と光飽和点

横軸に光量を取って、縦軸に二酸化炭素の吸収速度(もしくは酸素の発生速度)を取って描いたグラフを光-光合成曲線といいます。二酸化炭素の吸収は光合成によっておこりますが、植物は呼吸もしているため、暗所では二酸化炭素の吸収速度は負の値になります。従って、そこから光量を上げていくと、光合成と呼吸が釣り合うところで吸収速度がゼロになり、光ー光合成曲線は横軸と交わります。この点の光量を光補償点といいます。このように、光補償点は実験的に求めることができる値です。

一方で、一部の教科書などには、光飽和点という言葉も出てきます。光量を上げても二酸化炭素の吸収速度がそれ以上増加しなくなった時の光量のことです。つまり、最大光合成速度が得られる最低の光量が光飽和点です。しかし、実際には、光量を上げていくと光合成速度の上がり方は徐々に緩やかになっていきますが、理論的にはどこかでぱっと一定の値になるわけではありません。強すぎる光で光合成が阻害される光阻害という現象がなければ、あくまで少しずつは上昇していきますから、理論上の光飽和点は無限大になります。ですから、光飽和点という言葉には実質上の意味はなく、実験的に求めることはできません。日本光合成学会がWEB版を公開している光合成事典を検索してみても、光補償点という言葉は見つかりますが、光飽和点という言葉は存在しません。

もし、光飽和点が存在しないとすると、最大光合成速度も計算できないのでは、と心配する人もいるかもしれません。でも、その心配はありません。光-光合成曲線は光量を上げていくと傾きが小さくなっていきます。つまり水平に近づいていきます。ある光量での光合成速度と真の最大光合成速度の差は、光量を上げて行けばどんどん小さくなりますから、十分に光量を上げれば、一定以下の誤差で最大光合成速度を求めることができます。それでも、曲線はほぼ水平ですから、特定の光量をもって最大光合成速度が得られる光量とすることはやはり不可能なのです。

明反応と暗反応

明反応、暗反応という言葉は、昔の教科書ではいわば定番でした。光合成の反応の速度を測定すると、光が弱いうちは光の強さに比例して光合成の速度が上がり、光が強くなると光合成の速度は光の強さによらずに飽和した状態になります。歴史的には、この原因を、光合成には、光を必要とする反応と、光を必要としない反応があることによるものだと考え、前者を明反応、後者を暗反応と名付けました。一般的には電子伝達反応は明反応、カルビン回路の諸反応は暗反応となります。しかし、考えてみると、電子伝達系の場合も、2つの光化学系の間のシトクロムb6/f複合体の反応などには、光は直接関与しないことになります。例えばチラコイド膜を単離して電子伝達の活性を光強度を変えて測定すると、光が弱いときには、光化学系が律速段階となり、光が強くなるとシトクロムb6/f複合体の反応が律速段階になりますから、電子伝達反応の中にも「明反応」と「暗反応」があることがわかります。さらに、カルビン回路の酵素のいくつかは光(正確には光によって引き起こされる酸化還元反応)によって活性が制御されており、二酸化炭素の固定は実は光があって初めて進む反応です。名前は暗反応でも、カルビン回路は実は暗所では動かないのです。その意味でも、従来の意味での明反応・暗反応という言葉はあまり適切ではありません。さらに、明反応と暗反応の境目も、人によってバラバラです。何人かの光合成研究者に聞いてみたのですが、ATPの合成反応については、明反応に入れる人と暗反応に入れる人が半々ぐらいでした。ですから、歴史的な意義はともかく、現在使用する言葉としては「明反応」・「暗反応」は使わない方がよいと思います。日本植物学会と日本動物学会が共同で編集した「生物教育用語集(東京大学出版会1998年)」においても「暗反応・明反応という用語は教育用語としても使わないこととする」となっています。「教育用語としても」という言い回しに、学術用語としては使わない場合でも、直感的にわかりやすいので教育用語としては残してほしい、という要望が当時あったことをうかがわせます。2008年の暮れから2009年の春にかけて、異なる著者による植物生理学の教科書が立て続けに3冊(培風館の植物生理学概論、オーム社の植物生理学、化学同人の植物生理学)出ましたが、これらの中ではいずれも明反応、暗反応という言葉は使われていません。高校の教科書からもほぼなくなったと思いますし、大学入試問題でも、「明反応」「暗反応」は、昔に比べるとだいぶ減っています(大学の入試問題は、専門家でない先生が作る場合があるので、一番変化が遅いのです・・・)。文脈によって、電子伝達系なり光化学系、あるいはカルビン回路といった言葉を使うのがよいと思います。

二酸化炭素固定、炭素同化、炭酸固定などの言葉

二酸化炭素を有機物に固定する反応系を指して何と呼ぶのかは、実は専門家の間でもまだ揺れています。上述の3つの教科書でも、「炭素同化」「ストロマ反応」「炭酸固定」とばらばらです。というわけで、これについては、まだ方向性も決まっていないのですが、個人的には「炭素同化」がよいのではないかと思っています。その理由は、やや専門的になるので、別ページに「炭素同化 vs 炭酸固定」としてまとめておきました。