植物の生態-生理機能を中心に-
寺島一郎著、裳華房、2013年、268頁、2,800円
「教科書のような」という形容は、通常「無味乾燥な」あるいは「紋切り型の」という意味に使われることが多い。授業で使われる教科書は、盛り込むべき一定の情報量が要求されるから、内容がどうしても画一的になりがちである。しかし、大学の教科書は書き手の人柄が文章から透けて見えることが案外多い。だれが書いても盛り込まなくてはならないような基本的な事項の方が、むしろ、それをどのように紹介するかの手際の違いを書き手ごとにはっきり表わす場合もある。本書はその典型的な例であろう。少し読み進めただけで、「丁寧に説明することと、易しく(優しく)説明することは違う」という著者の信念が本から立ち昇ってくる思いがする。生物学の教科書では避けられがちな数式と計算は、むしろここでは演習問題を通して積極的に学ぶ対象となっている。解説Boxに出てくる偏微分の式などは、それなしにも説明はできるであろうから、説明の必要に迫られて数式を使うのではなく、生態学を学ぶのであれば数式にアレルギーを持たずに正面から取り組んでほしいという著者の思いの表れなのであろう。この分野の教科書としては、Walter Larcherの植物生態生理学が比較的ポピュラーなのではないかと思うが、あの大部の教科書に負けないだけの内容を持っている。植物の進化や形態といった部分についても目配りがされており、眼目の生態学・生理学と合わせて、この一冊で植物の「生き方」のあらましが理解できるようになっている。そして、その根底に流れているのが、「なぜwhy」という考え方だろう。植物の形や働きは、植物の進化の過程で選択されてきた結果であり、そこには「意味」があるはずだ、というのが生態学の考え方であり面白さの源泉のように思われる。ふだん生理学を研究している人間にとっては、その背景にある「なぜ」を次々に見せてもらっているようで、楽しんで読み進むことができた。本書で紹介されているいくつかの「なぜ」は、さっそく自分の講義の「ネタ」として取り入れさせてもらっている。易しくないけれども面白い教科書である。