人工光合成の研究はどこまで進んでいますか?
どのようなものを人工光合成と考えるかによってもだいぶ違うかと思います。近年、人工光合成の話題が新聞に取り上げられる場合も多くなりましたが、その中身は千差万別です。例えば光エネルギー変換という意味でしたら、太陽電池が実用化されています。一方で、方法はどのようなものであれ人工的な一つのシステムで糖やデンプンの合成まで行なった例は現在のところ存在しないと思います。水の分解と酸素の発生、エネルギーの取り出しを行なった例はあります。もう30年ぐらい前に、東大の工学部の本多先生、藤嶋先生が、酸化チタンと白金の電極を水の中に入れて酸化チタン電極に光を当てると、酸素が発生して電極間に電圧を発生することを見つけました。これを本多・藤嶋効果といっています。残念ながら、効率が極めて悪く、エネルギー源としては実用化されませんでしたが、酸化チタン電極で酸素が発生する際に、汚れの分解や殺菌効果が見られることがわかり、現在、「光触媒効果」と銘打って掃除機やエアコン、冷蔵庫などに広く用いられています。今、主に研究されているのは、これよりはもう少し光合成に似せて、光を吸収して電子をやりとりするような物質を新たに開発して、光のエネルギーを電気的なエネルギーに変換するというものです。植物の光合成と全く同じやり方を人工的にやってみろ、と言われたらそれは不可能かも知れませんが、水の分解の部分は半導体の触媒を使う、といった代替的な技術を使えば技術的には人工光合成は可能だと思います。現在では、光合成に光化学系が2種類働いているのをまねして、光エネルギーによる直列につながった2段階の電子伝達を行なうことまで成功しています。
しかし、効率という面からすると実用化にはほど遠い状況です。植物の光合成の場合、水の分解の量子収率(1つの光子で何回反応が起きるか)は100%近くなります。エネルギーとしてどれだけが変換されるかの効率はだいぶ低くなって、定義によって変わります。植物の場合、エネルギーは最初に電子伝達に使われ、それによってATPが合成され、そのATPのエネルギーによって二酸化炭素から糖が作られますが、各ステップである程度のロスがあります。つまり、ATPまでの変換効率と糖までの変換効率を比べると、後者の方が低くなるはずです。また、光以外の条件、例えば二酸化炭素濃度がどうか、というような問題もあります。仮に理想的な条件で糖の合成までを考えた場合、おおざっぱにいって光合成は30%程度のエネルギー変換効率になるでしょうか。実際には、植物が有機物を蓄積する効率はこれを大きく下回りますが、これは、植物の生長自体を光合成によって得たエネルギーでまかなっているためで、いわば装置を作るコストも効率から差し引いた形になっているためです。一方で、先ほどの2段階の電子伝達を用いた人工光合成の例で言うとエネルギー変換効率は0.1%程度のようです。
人工光合成自体の技術的な問題が解決しても、それだけでは実用化されるとは限りません。現在植物が行なっている光合成よりも効率がよいなど、何らかのメリットがなければ、人工光合成をする代わりに、単に植物を植えればよいことになってしまいます。自然界が何億年もかけて完成してきた植物の光合成よりも効率の良い人工光合成ができるか、ということになると、なかなか難しいと思います。一方で、現在植物がほとんど育っていない砂漠地帯に人工光合成の装置をおけば、それは、プラスになるでしょう。ただ、その場合の問題点は、光のエネルギーというのは「薄い」エネルギーで、使うためには広大な面積を必要とする点です。植物ならば、広い面積に種をまくことはそれほど難しくありませんが、人工光合成の機械ができたとしても、それを何ヘクタールもの面積に敷き詰めるのは、それなりのコストがかかりますし、その機械を作るにもエネルギーが必要になるでしょう。とすると、地球環境問題への対処として考えた場合、少なくとも短期的には、人工光合成に頼るよりは何らかの方法で砂漠の緑化を考えた方が、より実現可能性があるように思います。人工光合成と植物の光合成の比較については、「トコトンやさしい光合成の本」に書きましたので、興味がありましたら、ご覧頂ければと思います。