Dual KLAS NIRによる光化学系I周辺のレドックス測定

2023.9.28最終更新

Dual PAM

以下のプロトコールは、Walz社のDual KLAS NIRを用いて、P700、フェレドキシン、プラストシアニンの酸化還元(レドックス)状態をクロロフィル蛍光と同時に測定するためのプロトコールです。クロロフィル蛍光測定の一般論については、光合成とクロロフィル蛍光をご覧ください。また、微小吸収変化測定については、微小な吸収変化の測定をご覧ください。

Dual KLAS NIRの特徴

Dual KLAS NIRは、クロロフィル蛍光と赤外領域の微小吸収変化を同時に測定する装置です。このような装置としては、Dual PAMがありましたが、Dual PAMの赤外吸収測定はP700の測定に特化していました。P700は、その名前の通り700 nmにも大きな吸収変化を持ちますが、より長波長の800 nm以上の領域にも吸収変化を持ち、この領域では散乱が非常に小さくなるので、生葉での測定には好都合です。一方で、700 nmとは異なり、赤外領域には、P700以外にも吸収を持つフェレドキシンやプラストシアニンなどの電子伝達成分があり、これがP700測定の妨害要因になる可能性があります。吸収変化としてはP700の寄与が一番大きく出るのは確かですし、測定波長を選ぶことによってこれらの要因からの妨害をなるべく減らして、Dual PAMにおいては「ほぼ」P700を測定している、とされていました。

一方で、考え方を変えれば、赤外領域の微小吸収変化は、P700だけでなく、フェレドキシンやプラストシアニンの酸化還元状態の情報をも含んでいることになります。ただし、赤外領域の吸収帯はたいていブロードで、細かい構造をもたないため、吸収変化が見られない等吸収点(Isosbestic point)を測定波長領域の中に見つけることは通常難しく、複数の吸収変化の重なりの中から特定の成分の変化を分離することは困難です。ただし、特定の成分の吸収変化が起こらない波長を見つける代わりに、特定の成分の酸化還元が起こらない生理的条件(明暗や光の強弱の組合せと時間変化)を見つけることができれば、その点における他の成分に由来する吸収変化を解析することにより、複数の吸収変化を成分ごとに分離することが可能なはずです。そのようにしてP700とフェレドキシン、プラストシアニンの吸収変化を分離してその酸化還元状態を測定することを可能にしているのが、Dual KLAS NIRです。ただし、この場合でも、厳密には、フェレドキシンとプラストシアニンのシグナルには、それぞれ光化学系Iの鉄硫黄クラスタであるFA/FBおよびシトクロムfやシトクロムc6(藻類やシアノバクテリアの場合)の寄与があると考えられます。

Dual KLAS NIRの測定光と励起光

Dual KLAS NIRでは、赤外領域の吸収変化を4チャンネル、蛍光変化を2チャンネルの合計6チャンネルで測定します。「同時」測定と言っても、完全に同時ではなく、チャンネルを切り替えて測定しています。1波長で連続測定を行う場合には、35 μsの分解能で測定可能ですが、実際に赤外領域の吸収変化を測定するときには、2つの波長の光を交互に当てて50 μs測定して、結果を2つの波長の吸収の差の変化として出力するので、時間分解能は150 μsに落ちます。さらに、赤外吸収4チャンネル、蛍光2チャンネルを切り替えて全6チャンネルで測定すると、時間分解能は1 msになります。

赤外吸収測定光

Dual PAM

赤外領域の吸収変化の測定光の波長は、780 nm、820 nm、840 nm、870 nm、965 nmの5つで、これを780/820、820/870、870/965、840/965の差シグナルとして4チャンネルで測定します。フェレドキシンの吸収変化は主に780/820に、P700の吸収変化は主に820/870に、プラストシアニンの吸収変化は主に870/965に現れます。

葉における測定例では、右の写真のように試料測定部の下側にEmitterユニット(DKN-E)を置きますが、ここから測定光が照射され、試料を通って上側のDetectorユニット(DKN-D)で感知されます。

蛍光測定のための測定光

蛍光測定のための測定光としては、540 nmの緑色光と、460 nmの青色光を使うことができます。緑色光は葉の透過性が比較的高いため、下側のEmitterユニットから照射し、蛍光を上側のDetectorユニットで検出するため、(比較的には)葉の厚み方向のいろいろな部分の情報が得られます。一方、青色光の場合は、上側のDetectorユニットから照射され、返ってきた蛍光を同じユニットで検出します。この場合、青色光は吸収率が高く、葉の中にはあまり進入しないため、得られる情報は葉の表面に限られます。赤外領域の吸収変化は、葉の全体を対象に測定していることを考えると、緑色光を測定光とした蛍光測定結果のほうが、吸収変化と合わせて議論しやすいかもしれません。測定ソフトの中では、緑色光による蛍光測定をFluo、青色光による葉の表面の蛍光測定をFluo Topとして区別しています。

光合成を駆動するための励起光

光合成を駆動するための励起光としては、635 nmの赤色光が使われており、これが、飽和パルス光、シングルターンオーバーフラッシュなどにも共通して使われています。この光源は、上側のDetectorユニットと下側のEmitterユニットに両方入っているので、葉を用いた場合、デフォールトでは両面から光が照射されます。上下の光源をソフトから別々に制御することはできないので、もし、従来の蛍光測定のように葉の表側からだけ励起光を照射したい場合には、下側のEmitterユニットにつながるケーブルの内、Actinic LED arrayのケーブルを本体に接続しない、といった工夫が必要になります。


装置と試料の準備

ソフトのインストール

制御ソフト(KLAS-100、現在のバージョンは3.0.8、装置のFirmwareのバージョンは06.07.19)をパソコンにインストールする。この際に、引き続いてUSB serial driverのインストールが促されるので、これもインストールする。

装置のセットアップ

葉での測定の場合は、上述のようにEmitterユニットを下、Detectorユニットを上に設置する。液体試料の測定の場合は、液体試料用のキュベットホルダーに2つのユニットを向き合わせて設置する。2つのユニットとコントローラーの間を適切なケーブルで接続する。コントローラーとソフトをインストールしたパソコンをUSBケーブルで接続する。

試料の準備

葉を測定する場合は、比較的問題は少ない。液体試料の場合、蛍光測定のためにはかなり希薄な試料で十分であるが、赤外吸収測定のためには、クロロフィルがアンテナである試料の場合40 μgChl/ml程度の濃度が必要となる。試料の赤外光の吸収は通常小さいので、試料濃度を上げても測定自体は可能であり、80 μgChl/ml程度まで濃くすれば、極めてよいS/Nが得られる。一方で、短時間で暗順応状態に戻る試料の場合は、積算平均をすることにより20 μgChl/ml程度の濃度の試料でもある程度のS/Nが得られる。一方で、この濃度になると、希薄溶液の場合と比較してクロロフィル蛍光の測定結果は変化する。吸収変化と同時に何が起こっているのかを調べるために同時測定は有効な方法であるが、例えば、飽和パルスによるクロロフィル蛍光の立ち上がり速度を解析するなどといった目的で測定する場合には、同時測定ではなく、別途希薄な溶液でクロロフィル蛍光を測定するのがよい。なお、P700の場合は赤外吸収変化の大きさはかなり大きいので、P700の測定だけを目的としている場合には、10 μgChl/ml程度の濃度の試料でも測定は可能である。また、シアノバクテリアのようにフィコビリンが主要なアンテナとして働いている場合には、クロロフィル濃度としては比較的低い濃度でも測定可能である。

後述するDMPファイルの作成などの目的には、光化学系Iの還元側が暗所で十分に失活している必要があるので、試料は、場合によって1時間程度の暗順応が必要である点に注意を要する。

測定

測定の準備

コントローラーの正面右下のPowerスイッチを入れる。機器の安定に1時間ほどかかる。単に測定開始の1時間前にスイッチを入れておくだけでなく、赤外吸収用の測定光をonにした状態で待った方が安心。次に、プログラムを起動する。この際に、「Do you want to keep previous Max Values?」と聞かれる場合があるが、新しく測定を始める場合はNoと答えておけばよい。以下では、蛍光と吸収の6チャンネル同時測定の場合を中心に操作を見ていく。

ソフトの初期操作

  1. 初期画面では、メインパネルの下のタブリストから一番左のSettingタブが、上のタブリストからModeタブが選択されているはずである。
  2. 上記のように、最初に赤外吸収用の測定光をonにする場合には、メインパネルの下の2列のブロックの上の列の一番左のNIR MLを押す。測定光は、Spectral Modeを切り替えるとoffになるので、改めてonにする必要がある。
  3. メインパネルの左下部分にあるAnalysis ModeサブパネルでModeを設定する。通常の吸収変化測定や、いわゆるクエンチング測定、Light Curve測定ではStandard SPを選択する。この場合GainとDampingはデフォールトでHighとなり、測定後に各種のパラメータは自動的に計算される。GainとDampingは必要に応じて、右にあるサブパネル(Fluo/Fluo TopもしくはCh1/Ch2)において変更できる。また、その右のサブパネルで飽和パルス光(SP)の種類とタイミングを選べるようになる。「Fluo SP」は蛍光の単独測定のための標準のSP、「P.+F. SP」は蛍光と近赤外吸収の同時測定のためのSPである。このほか、Sat-Pulse 1から3が選択可能である。Sat-Pulse 1から3の内容(タイミング)は、上側タブリストのSP triggerタブで確認、変更することができる。蛍光吸収の同時測定の場合は、「P.+F. SP」を選んでおけばよい。なお、Fast Acquisitionを選択すると、デフォールトでGainはHigh、DampingはLowとなり、その右のサブパネルのSP設定部分はグレイアウトする。飽和パルスのタイミングなどは、Trigger patternファイルやScriptファイルで指定するので、SPの種類の選択肢は与えられない。この場合も、GainとDampingは必要に応じて、右にあるサブパネル(Fluo/Fluo TopもしくはCh1/Ch2)において変更できる。また、この場合は、測定後も各種パラメータは自動計算されない。Ch1/Ch2の正確な意味はよくわからない。
  4. メインパネルの中央上部分にあるサブパネルのSpectral Modeで測定方法を設定する。6チャンネルの同時測定であれば、All Fastを選択する。All Ecoを選択すると、Fast kinetics測定ができないが、電力使用を抑えられるのでバッテリー駆動時に用いる。時間分解能を上げるために、チャンネル数を絞って測定する場合は、840-965/780-820もしくは870-965/820-870を選択する。前者によりフェレドキシンの測定、後者によりプラストシアニンとP700の測定ができる。蛍光測定だけをする場合は、Fluo/Fluo Topを選択する。
  5. Spectral Modeの選択に依存して、メインパネルの右に表示されるパネルが変化する。Fluo/Fluo Topを選択した場合、Fluoパネルが表示され、その中でFluoとFluoTopが表示される。2チャンネル吸収測定を選択した場合、NIRパネルが表示され、その中でPC, P700, Fdが表示される。All FastもしくはAll Ecoを選択した場合、FluoとNIRのパネルを両方表示させることができ、パネル上部のボタンによりトグルで切り替える。

試料に応じた前操作

  1. 蛍光の測定光をつけていない状態で、ウィンドウ最下部のFluo ZoffをクリックしてFo offsetを修正する。これにより、メインパネルの右のFluo panelの下部の緑色の蛍光シグナルの値がほぼゼロになる。
  2. 緑色光は青色光より葉の吸収率が低いので、バランスを取るために、メインパネルの下の2列のブロックの2列目の一番左のFluo MLを押して蛍光の測定光をonにしたのち、メインパネル上部のFluoMeasLightタブから青色光のIntensityを2に固定した上で、メインパネルの右のFluo panelの下部の緑色の蛍光シグナルの値が同じになるように緑色光のIntensityのレベルを調整するとよい。この操作は、試料が変わるごとに行う。
  3. メインパネル上のタブリストの左から2番目のNIR Measure Lightを選択する。メインパネル右下部分のDeconvolutionサブパネルのP700の右のセルをダブルクリックすると、波長のdeconvolutionに必要なDMP (differential model plots)ファイル(*.kms)の保存ディレクトリが開いて、必要に応じてファイルを読み込むことができる。同様に、PC, Fdについても、DMPファイルを新規に読み込むことができる。試料に応じたDMPファイルの作成方法については後述する。
  4. メインパネルの左側中央のML Intensityで吸収測定光量を設定する。葉の場合であれば通常は9で問題ない。蛍光測定と異なり測定光の励起効果は無視できるが、多少PSI光として働くので、長時間暗所で測定光のみを当て続けるとPCの酸化が見られる。ML Intensityが小さいとS/N比が悪くなるが、S/N比は、データの積算ポイント数を大きくすることにより(時間分解能を犠牲に)改善することができる。積算ポイント数は、Slow Kinetics, SP Kinetics, Fast Kineticsの各ウィンドウの右側で設定できる。
  5. メインパネルの下のブロックの内、上の列の左から2番目のNIR Balを押すとバランスがとられ、見かけ上の吸収をゼロにすることにより、微小な吸収変化を拡大して測定できるようになる。これと同時にNIRの測定光がoffであった場合にもonになり、NIR MLブロックの中央が赤くなる。バランスの状態は、メインパネル上のサブパネルに上下に動くメーターとして表示される。バランスの具体的な数値は、右側のNIRパネルの下部の4つのサブパネルで確認することができる。試料を別なものに変えた場合などは、必ずバランスを取り直す必要がある。また、測定光をonにしてすぐは安定しないので、少し時間をおいてこの値が変化していたら、やはりバランスを取り直す必要がある。バランスを取っても数値がゼロに近くならない場合は、再度取り直す。また、各パネルの数字の右にある矢印ボタンにより、バランスを手動で微調整することもできる。
  6. メインパネル下側のタブリストからSlow Kineticsを選択する。メインパネルの右下よりのCalibボタンを押して、キャリブレーションのための短いスクリプトを実行する。これにより、相対的なシグナルの変化を、具体的な吸収変化に換算できるようになる。もし、表示されるグラフが斜めになっていたりする場合は、5分ほど待って再びCalibボタンを押す。

測定の操作

  1. メインパネル下側右のClock/ScriptパネルのNIRmaxボタンを押して実際の測定スクリプトを開始する。このボタンを押したときに実行されるスクリプトは、ボタンを右クリックして表示されるフォルダからスクリプトファイルを指定することにより変更できる。
  2. 通常のNIRmaxスクリプトでは、測定開始3秒後にフェレドキシンを完全還元するために連続励起光が照射されさらに800 ms後に30 msのMTフラッシュが照射される。励起光は測定開始6秒後にoffになり、4秒間の暗順応の後、P700とPCを酸化するために10秒間の連続赤外光が照射され、その終了直前に30 msのMTフラッシュが照射されてP700とPCが完全酸化され、その後の2秒間の暗順応によりP700とPCが還元されて測定が終了する。
  3. 測定終了後、メインパネル右上よりのGet Maxボタンを押すと、右側のパネルのPC, P700, FdのそれぞれのMaximumの欄に最大値が入力され、この最大値までの値が扱われるようになる。またPC/P700、Fd/P700の数値も入力されるはず。Get Maxを行わない場合、Maximumのデフォールトは1なので、1を超すデータは失われてしまう(ただし、ファイルに書き出したReportから再現は可能)。
  4. ウィンドウの最上部に並ぶアイコンの内、Dアイコンが押すことで、グラフのデータ表示をトグルで変更できる。Dアイコンが押されている状態では、計算された成分量(と蛍光)のみがグラフ表示され、押されていない状態では、測定波長のチャンネルごとのシグナル(と蛍光)のみがグラフ表示される。測定波長のチャンネルごとのシグナルの場合は、縦軸が相対吸収変化(ΔI/I)になるが、それ以外では相対値となる。相対値の場合はDアイコンの右の%アイコンで%表示にすることができる。特定のデータのみをグラフ表示したい場合には、グラフの右の「Fluo」「840-965」といった凡例をクリックすることによって、当該データのみの表示・非表示をトグルで切り替えることができる。ただし、現行ソフトでは、クリックする場所が実際の文字とずれているので、ずれを予想しながらクリックしないと、望むデータとは別のデータの表示を操作してしまうことになる。
  5. 基本的には、試料が変わるごとに、上述のように(1)バランスを取り、(2)キャリブレーションを行い、(3)NIRmaxスクリプトを走らせて、(4)Get Maxボタンを押す、という4つのステップを実行すればよい。

DMPファイルの作成

最初に述べたように、赤外吸収はブロードなので、単純に測定波長を選ぶことによって複数の成分を分離することはできない。そこで、用いる試料の各成分の「スペクトル」を測定しておくことにより、成分を分離する。このために用いるのがDMPファイルであり、フェレドキシン、P700、プラストシアニンについて、それぞれ作成しておく必要がある。DMPファイルは、機器ごとに異なる多少の光学系のずれによっても影響されるので、基本的には機器ごとに自分で作成する必要がある。DMPファイルを、葉を変えるごとに作成しなおす必要はないが、陰葉と陽葉のように、葉の構造(したがって光学特性)が異なる場合は、それに応じたDMPファイルを作成して使用したほうがよい。

DMPファイルは、それぞれのDMPプロトコールにより個別に作成する。この内、Fd-DMPプロトコールは、暗順応により光化学系Iの還元側が失活していることが前提になっているので、十分な暗順応後(通常1時間以上)に測定する必要があり、他のすべての測定の前に行う必要がある。この後、上述のNIRmaxプロトコールにより吸収変化の最大値を測定し、最後にP700-DMPプロトコールとPC-DMPプロトコールを走らせるのがよい。PC-DMPプロトコールについては、標準スクリプトのFR-intensityを最大に変更し、繰り返し回数を10回に増やして使用することが推奨されている。

Fdプロトコールの測定原理

50 msのMT光を照射すると、最初の20 msでP700およびプラストシアニンの酸化とフェレドキシンの還元が起こる。その後系IIからの電子が届くので、50 ms後の段階では、P700とプラストシアニンは部分還元され、フェレドキシンはほぼ完全還元された状態になる。照射が終わると、100 ms以内にP700とプラストシアニンは完全還元される。その後、フェレドキシンが酸化されるが、この際にP700とプラストシアニンはしばらく還元型のままである。従って、50 msから100 msまでの吸収変化は、主にフェレドキシンの酸化を反映することになる。ただし、次に説明するように、被子植物以外では、フェレドキシンの再酸化が非常に早く起こるので、通常のプロトコールでは測定できない。600 msのAL光でフェレドキシン、P700、プラストシアニンがすべて還元され、P700とプラストシアニンは、その後3,4秒は還元されたままとなる。他方、フェレドキシンは再酸化される。FNRが活性化されると、光照射中にフェレドキシンの再酸化が起こる。

被子植物以外の測定

裸子植物などを測定対象とする場合には、暗順応によって失活した光化学系Iの還元側の光活性化が非常に速いために、標準的なプロトコールでは、Fd-DMPファイルを作成できない。裸子植物については、この問題を解決するために、600 msのAL光の代わりに30-100 msのMT光を使うFd_NIR_Ref_NeedleAlgaeプロトコールが用意されているので、これを利用する。これを利用する際には、Fd_NIR_Ref_NeedleAlgae.prgファイルを、KLASのフォルダからたどっていくとKLAS-100 / Script Files / NIR_Script / NIR_Refフォルダにコピーし、Fd_NIR_Ref_NeedleAlgae.stmファイルを、KLASのフォルダからたどっていくとKLAS-100 / Slow_Kin_Triggerフォルダにコピーする。また、この場合は、NIRmaxプロトコールも置き換える必要があり、NIRmax_NeedleAlgae.prgとNIRmax_NeedleAlgae.stmファイルを、それぞれのフォルダーにコピーする。。

シアノバクテリアの場合は、裸子植物よりもさらに問題が多い。暗順応によって失活した光化学系Iの還元側の光活性化がさらに速いので、スクリプトを変更するだけでは解決せず、場合によってはFd-DMPファイルの作成のためにグルコースとグルコースオキシダーゼの添加によって、試料を嫌気条件にする必要がある。また、強い呼吸活性により暗所でプラストキノンプールが還元されることを避けるために、PC-DMPファイルの測定のためにNDHの阻害剤もしくは変異体を利用する必要性が考えられる。さらに、一般のシアノバクテリアではPSI/PSII比が大きいため、与える短い閃光の長さを少し長くする必要性があるかもしれない。

Fd-DMPファイルの作成

  1. 十分に暗順応した試料をセットする。
  2. メインパネルの下のSlow Kineticsタブを選択し、その下のブロックの内、NIR Balを押してバランスを取る。
  3. メインパネルの右のCalib.ボタンを押して、キャリブレーションする。
  4. 右下のサブパネルのScriptのLoadボタンを押して、Fd-DMPプロトコールを読み込む。上部のフォルダを開くアイコンを押し、Script filesフォルダの中のNIR_Scriptフォルダの中のNIR_Refフォルダの中から、Fd_NIR_Ref.prg(もしくはFd_NIR_Ref_NeedleAlgae.prg)を選択し、ウィンドウの右上隅のリターンボタンで、メイン画面に戻る。
  5. バランスを再度確認して問題なければ、右下のサブパネルのScriptのRunボタンを押して、スクリプトを実行する。
  6. スクリプトが終了すると、自動的にFittingタブへ移行する。この左上部分のKineticsサブパネルには、測定結果の吸収変化がグラフ表示されており、2本の紫色の縦線が表示されている。この左側の縦線をドラッグすれば、2本の線が左右に移動し、右側の縦線をドラッグすれば、右側の線だけを移動させて、2本の線の間隔を変えることができる。データは、フェレドキシンが緑、P700が青、プラストシアニンが赤で示されている。2本の紫色の線を移動させて、P700とプラストシアニンの吸収変化は無視できるが、フェレドキシンの吸収変化は存在する時間領域を挟んで指定する。必要に応じてグラフ右のアイコンの一番上にある上下矢頭のアイコンで縦軸のスケールを変更して、吸収変化を拡大縮小して見やすくしてもよい。暗順応が十分であれば、光照射終了後、プラストシアニンとP700の吸収変化が先に起こり、フェレドキシンの吸収変化は遅れるので(これはSlow kineticsの画面で、右上の上下の矢頭で縦軸のZoomを変えて3つの吸収変化が同時に見えるようにして確認する)、光照射後少し時間をおいてそれ以降の時間範囲を指定することになる。暗順応が不足しているなどした場合は、適切な時間領域が存在しない可能性がある。時間領域を変化させると、吸収変化のグラフの右のSpectral Plotsサブパネルのx印が動く。通常であれば、すべてのx印が負であって、900 nm付近のものが一番下に(絶対値は一番多きく)なっているはずである。
  7. 紫色の線で時間領域を設定したら、メインパネルの上の一番左のグラフの形をしたGet model spectrumアイコンを押すと、色の設定ウィンドウが開くので、色を選択して、OKを押す。フェレドキシンには緑色を使っておくのが混乱が少ない。
  8. メインパネルに戻ると、吸収変化グラフの下のサブパネルにDMPの情報が表示されている。902.50の行(下から2行目))の値の絶対値が一番大きいはずなので、この数値をダブルクリックすると開くウィンドウで、OKボタンを押すと、この値が1にノーマライズされる。
  9. ここで、吸収変化のグラフの上の左から二番目のセーブアイコンを押して、開くモデルスペクトルのフォルダに、適当な名前を付けてスペクトル情報をセーブする。ファイル名の頭に「Fd_」をつけておくとまぎれが少ない。拡張子は.KMSである。

この後、上述のNIRmaxプロトコールにより吸収変化の最大値を測定してから以下のP700-DMPファイルの作成に入るのがよい。

P700-DMPファイルの作成

  1. メインパネルの下のSlow Kineticsタブを選択し、その下のブロックの内、NIR Balを押してバランスを取る。
  2. 右下のサブパネルのScriptのLoadボタンを押して、P700-DMPプロトコールを読み込む。上部のフォルダを開くアイコンを押し、Script filesフォルダの中のNIR_Scriptフォルダの中のNIR_Refフォルダの中から、P700_NIR_Ref.prgを選択し、ウィンドウの右上のリターンボタンで、メイン画面に戻る。
  3. バランスを再度確認して問題なければ、右下のサブパネルのScriptのRunボタンを押して、スクリプトを実行する。
  4. スクリプトが終了すると、自動的にFittingタブへ移行する。Fd-DMPの場合と同様に2本の紫色の線を移動させて、フェレドキシンとプラストシアニンの吸収変化は無視できるが、P700の吸収変化は存在する時間領域を挟んで指定する。Fd-DMPの場合とは異なり、フェレドキシンとプラストシアニンの吸収変化は非常に小さいので、通常、この作業は極めて簡単である。
  5. 紫色の線で時間領域を設定したら、Get model spectrumアイコンを押すと、色の設定ウィンドウが開くので、色を選択して、OKを押す。P700には青色を使っておくのが混乱が少ない。
  6. メインパネルに戻ると、吸収変化グラフの下のサブパネルにDMPの情報が表示されている。902.50の行(下から2行目))の値の絶対値が一番大きいはずなので、この数値をダブルクリックすると開くウィンドウで、OKボタンを押すと、この値が1にノーマライズされる。
  7. ここで、吸収変化のグラフの上の左から二番目のセーブアイコンを押して、開くモデルスペクトルのフォルダに、適当な名前を付けてスペクトル情報をセーブする。ファイル名の頭に「P700_」をつけておくとまぎれが少ない。

PC-DMPファイルの作成

  1. メインパネルの下のSlow Kineticsタブを選択し、その下のブロックの内、NIR Balを押してバランスを取る。
  2. 右下のサブパネルのScriptのLoadボタンを押して、PC-DMPプロトコールを読み込む。上部のフォルダを開くアイコンを押し、Script filesフォルダの中のNIR_Scriptフォルダの中のNIR_Refフォルダの中から、PC_NIR_Ref.prg(もしくは、FR-intensityを最大に変更し、繰り返し回数を10回に増やしたPC_NIR_Ref-h.prg)を選択し、ウィンドウの右上のリターンボタンで、メイン画面に戻る。
  3. バランスを再度確認して問題なければ、右下のサブパネルのScriptのRunボタンを押して、スクリプトを実行する。
  4. スクリプトが終了すると、自動的にFittingタブへ移行する。Fd-DMPの場合と同様に2本の紫色の線を移動させて、フェレドキシンとP700の吸収変化は無視できるが、プラストシアニンの吸収変化は存在する時間領域を挟んで指定する。近赤外光照射によってすべての成分は酸化された後、暗所でフェレドキシンは酸化状態に保たれ、P700は素早く還元状態に戻る。その後、プラストシアニンがゆっくりと再還元されるので、この時間領域を指定すればよい。
  5. 紫色の線で時間領域を設定したら、Get model spectrumアイコンを押すと、色の設定ウィンドウが開くので、色を選択して、OKを押す。プラストシアニンには赤色を使っておくのが混乱が少ない。
  6. メインパネルに戻ると、吸収変化グラフの下のサブパネルにDMPの情報が表示されている。902.50の行(下から2行目)の値の絶対値が一番大きいはずなので、この数値をダブルクリックすると開くウィンドウで、OKボタンを押すと、この値が1にノーマライズされる。
  7. ここで、吸収変化のグラフの上の左から二番目のセーブアイコンを押して、開くモデルスペクトルのフォルダに、適当な名前を付けてスペクトル情報をセーブする。ファイル名の頭に「PC_」をつけておくとまぎれが少ない。

作成したDMPファイルのチェック

  1. Fittingタブで、吸収変化のグラフの下のDMPファイルのフォルダの内容が表示されたサブパネルから、チェックしたいDMPファイルをフェレドキシン、P700、プラストシアニンについて一つずつ選んでチェックし、右上のFitボタンを押す。
  2. 吸収変化のグラフに、DMPファイル情報から再構成されたP700キネティクスが表示される。Fitボタンの下のResetボタンを押すと、元のキネティクス表示に戻る。

作成したDMPファイルの取り込み

  1. 上述したように、メインパネル下のタブリストからSettingを選択し、上のタブリストの左からNIR Measure Lightを選択する。メインパネル右下部分のDeconvolutionサブパネルのP700の右のセルをダブルクリックすると、波長のdeconvolutionに必要なDMPファイル(*.kms)の保存ディレクトリが開いて、作成したファイルを読み込むことができる。同様に、PC, Fdについても、作成したDMPファイルを新規に読み込むことができる。
  2. 新しく決められたDMPファイルに変更した場合には、試料は取り換えていない場合でも、Max-valuesは再度NIRmax測定によって取り直す必要がある。
  3. なお、Deconvolutionサブパネルの下部にあるCopy to Recordsの2つのボタンを使うと、過去の測定データ(レコード)にDMPもしくはMax-valueの情報を関連付けることができる。

その他の測定

通常のPAM測定装置のように、一般的なクロロフィル蛍光測定装置として利用される測定方法を用いることもできる。

Light Curve(光-光合成曲線)測定

  1. メインパネルの上のタブリストからModeタブを選択し、メインパネルの左下サブパネルのModeからSP analysisを選択する。
  2. Light Curveウィンドウで、Editをクリックし、「Time/10 s」の下のセルをクリックして各ステップの時間を設定する。測定の必要のないIntensityは時間を0にしておけばよい。
  3. メインパネルの下のブロックのNIR Bal.でバランスを取り、右にあるStartを押してプロトコールを走らせる。
  4. 測定終了後、SP analysisウィンドウから、興味のあるパラメータをクリックすることにより、情報を得ることができる。
  5. また、グラフパネルのすぐ右のパネルの上部にあるサブパネルでModelをEP(Eilers-Peeters)もしくはPlatt et al.から選択した上でFitボタンを押して曲線のフィッティングを行うことができる。結果は、その上のセーブアイコンからエクスポートすることができる。

クエンチング解析、インダクション解析

  1. メインパネルの下のSlow Kineticsタブを選択し、グラフパネルのすぐ右のパネルの下部のManualボタンを押すとドロップダウンメニューが現れるので、ここからInd.Curveを選ぶとインダクション解析を、Ind.+Rec.を選ぶとクエンチング解析ができる。Manualでは自分のタイミングで励起光などを照射しながら測定ができる。Trig. Runは、そのManual測定と全く同じタイミングで測定ができる。そのためには、Manual測定をStopボタンを押して終了したのち、同じサブパネルの少し上部にあるCopy Trig Run from Nan.Rec.ボタンを押してトリガーのパターンを保存しておけばよい。この際に、ファイル名は選択できないので、保存できるパターンは直近の一種類だけとなる。
  2. 測定条件の設定は、メインパネルの下のSettingsタブを選択し、メインパネルのSlow Kin.タブを選び、必要に応じて設定値を変更すればよい。

測定ファイルの操作

メインパネルの下のタブでSlow kinetics, SP kinetics, Fast kineticsが選択されている場合には、グラフが表示されるメインパネルの右側に3個ずつ上下2段のアイコンが現れる。上段のフォルダアイコン、ディスクアイコンは、フォルダを開くのとファイルのセーブに用いる。下段のプリンタと矢印アイコンは、グラフウィンドウの印刷とデータのテキストファイルへの書き出しに用いる。一番右には上段にマイナス、下段にプラスのアイコンがあり、これらは、複数のデータファイルを開いてデータ同士の引き算(例えばベースラインの傾きの除去)とデータの平均(例えば複数データの積算によるS/N比の改善)に用いる。

その他の解析

メインパネル右上よりのGet Maxボタンの右側の領域を押すとドロップダウンメニューが現れ、Get Max以外に、Exp. Fitなどを実行できる。これは、指数関数によるフィッティングにより、減衰成分の速度を求めるなどに使える。

励起光の変更

メインパネル下のSettingsタブを選択し、上のActinic Lightタブを選ぶと、Act. Light、Far Red Light、Blue Lightの設定ができる。Widthがman.になっている場合は、一度照射された励起光は、マニュアルもしくはスクリプトで停止されるまで照射され続ける。一番右のSine Modulationサブパネルを利用することにより、励起光を任意の周期で変調することができる。これにより、一種の変動光照射を実現することができる。Blue Lightのサブパネルの下部の、Use as Actinic Lightにチェックを入れておくと、蛍光測定の励起光として赤色光の代わりに青色光を使うことができる。

パルス光の持続時間などは、メインパネルの下にある「AL Pulse」「FR Pulse」「BL pulse」「TR Pulse」「ST」ボタンを右クリックすると現れるPulse Widthウィンドウから変更することができる。ただし、この変更は、Fast Acquisitionモードでの測定には反映されない。