光合成とはなにか 生命システムを支える力
講談社ブルーバックス、2008年、254頁、940円+税
「光合成とはなにか」は、光合成の仕組みや環境との関わり、そして光合成研究が目指す方向を高校生ぐらいからの一般の人向けに書いた本です。出版してから10年以上を経ていますがまだ重版され続けています。
この本は、このサイト「光合成の森」から出発した本といってもよいでしょう。この本では、「光合成の教室」の中でごく簡単にしか解説できなかった光合成の仕組みにについて詳しく説明しています。また、「光合成質問箱」には今までに1000を超える質問が寄せられています。その中には、僕自身、はたと膝を打つような斬新な発想を秘めた質問が数多くありました。そこで、そのような質問・疑問に対する回答を本文中に挿入したコラムのかたちで紹介するようにしました。おかげで、光合成の仕組みそのものと、光合成をめぐるエピソードをバランスよく紹介することができたのではないかと思います。2007年に共著で書いた「光合成の科学」もよい本なのですが、一冊四千円近くすることもあって「光合成について知りたいのですが、よい本を紹介して下さい」と言われた時に、ややためらいがありました。今度の「光合成とはなにか」は、新書ではありますが、基礎的な事項はだいたい網羅していると思いますし、最新の事項もできるだけ取り入れました。まあ、千円札一枚程度のお値段なので、人に勧めやすいかな、と思っています。本文にはやや難しいところもあるかも知れませんが、コラムなどは、どなたでも楽しんで頂けると思います(下に挿入コラム一覧を載せています)。夏休みの自由研究の種を探すのにも使えるかも知れません。2013年4月には電子書籍にもなっています。是非、ご一読頂ければと思います。なお、もっと図や絵がたくさんある本がよい、という方には「トコトンやさしい光合成の本」もありますのでご覧ください。
もくじ
- エネルギーの源
- 光合成の始まり
- 光を集める
- エネルギー変換
- 二酸化炭素の固定
- 水と光合成産物の輸送
- 光合成の効率と速度
- 植物の環境応答
- 光合成の研究
- 光合成とはなにか
- 光合成と地球環境
「まえがき」の始めの部分から
昨年でしたか、久しぶりに小学校のクラス会に出席した時のことです。30年ぶりに会うような友達もいる中で、お互いの近況などが当然話題になります。僕が大学の教員をしていると言うと、まあ、これも当然の質問として「何の研究をしているの?」と聞かれます。それに対して、「植物の光合成の研究をしているんだ」と答えると、途端に相手は少し気の毒そうな顔になって「光合成って小学校で習うアレのこと?今でも研究することが残ってるの?」と聞き返されました。
実は、この手の反応はこれが初めてではありません。光合成は小学校から既に習いますし、長い研究の歴史もありますから、そのような疑問を持つことも理解できます。しかし、今でも世界中で光合成の研究は盛んに続けられていますし、環境問題が大きく取り上げられるようになったこともあって、地球規模での光合成研究など、新しい研究の方向性も生まれています。
この本は、光合成など小学校で習うことだと思っている方々に、光合成の研究をしている研究者が今何を面白いと思って研究しているのか、どのような新しい発見があるのか、といった点を知ってもらうことが一つの目的となっています。光合成は単純でわかりきったものではないぞ、ということをお話ししようというわけです。
一方で、逆に「光合成は難しい」と感じる人々もいます。光合成は、一般には植物生理学という分野の中で扱われます。ところが、植物生理学や植物分子生物学を研究しているばりばりの研究者の中に「いやあ、私は光合成はどうも苦手で・・・」という人が案外多いのです。以前の生物学といえば、この生物はこんな形をしているといった、博物学・分類学が中心でした。いわば生物ごとに別々に研究されていたと言ってもよいでしょう。しかし、遺伝子の本体がDNAであることがわかり、DNAからRNA、そしてタンパク質へという生物に共通のメカニズムが明らかになってから、研究者は別々の生き物を扱っていても、いわば同じ言葉を使って議論できるようになりました。人間のDNAを切り貼りする技術は、そのまま植物のDNAにも使えるのです。
ところが、光合成には、光の吸収という、DNA、RNA、タンパク質だけにはとどまらない側面があります。色素が光を吸収する過程を扱うのは、生物学と言うよりも物理学の分野です。量子力学という物理学の中の学問分野がありますが、光合成の研究では量子力学が重要な意味を持ちます。そんな生物学のテーマは、光合成以外にはあまりないでしょう。さらに、光合成においては、酸化と還元といった化学の分野の現象も、非常に大きな意味を持っています。それに加えて、この本の後半には地球の成立と言った地学の分野の話も出てきます。
このような、一筋縄ではいかない、広い学問分野にまたがる光合成研究の特徴が、ある専門分野に特化している研究者にはかえって難しく思えるのでしょう。そこで、この本では、生物学の範囲に納まらない、物理化学や地学といった幅広い視点から光合成を見つめるすべについても紹介しようとしています。このあたりの特徴は、第1章を読み始めて頂ければ、すぐにわかると思います。(後略)
挿入コラム一覧
- 動物と植物のバランス
- 夜間の植物は体に悪いか
- 鉢物の腰水はよくない?
- マラリア原虫の光合成
- 共生の始まり
- 動物の光合成
- 紅葉
- 光のエネルギー
- 光合成色素の起源
- 生物と金属
- 回転する酵素
- 大気が水素の星では・・・
- ルビスコの先祖
- 砂糖の原料を確かめる
- C4やCAMとC3を行き来する植物
- 昼寝現象
- ヨウ素デンプン反応が使えない植物
- 植物の光合成速度と人間の呼吸速度
- スーパー植物を作るには
- 光合成とノーベル賞
- マーチンの鉄仮説
- 光合成と呼吸の相互作用
- スノーボールアース
出版経過
- 2008年 9月20日 初版 12,000部 発行
- 2009年 7月15日 第二刷 1,000部
- 2010年 6月21日 第三刷 1,000部
- 2011年 3月18日 第四刷 1,000部
- 2011年12月 1日 第五刷 1,000部
- 2012年10月22日 第六刷 1,000部
- 2013年 4月26日 電子書籍版出版
- 2013年 8月 1日 第七刷 1,000部
- 2015年 4月 3日 第八刷 1,000部
- 2017年 1月 5日 第九刷 1,000部
- 2018年11月16日 第十刷 500部
- 2019年10月 7日 第十一刷 500部
- 2020年10月13日 第十二刷 500部
- 2022年 2月18日 第十三刷 500部
- 2023年 8月 7日 第十四刷 500部
正誤表
- p.36, 図2-2、バクテリオクロロフィルaの構造式:右上の五員環の右上の二重結合は、一重結合が正しい。(第二刷で修正済)
- p.51, 図2-8、二次共生を示すクリプト藻と渦鞭毛藻への矢印(白い矢頭の二本の矢印)が緑藻の所から出ているが、紅藻の所から出るのが正しい。(第二刷で修正済)
- p.54, 6行目:「ミトコンドリアと細胞質」は「ミトコンドリアとサイトゾル」の方が適切。(第十四刷で修正済)
- p.82, 3行目:「ミトコンドリアと細胞質」は「ミトコンドリアとサイトゾル」の方が適切。(第十四刷で修正済)
- p.82, 「A解糖系」の本文5行目:「細胞質の中で」は「サイトゾルの中で」の方が適切。(第十四刷で修正済)
- p.90, 最後から2行目:「水素より電子を受け取りやすい」は間違い。「水素より電子を受け取りにくい」が正しい。(第三刷で修正済)
- p.94, 図4-6、第五刷で、NADH脱水素酵素の上にあるNADHの反応においてプロトン(H+)が反応の前後に存在してしまっている。これは少なくとも不適切。第四刷までは反応の前にプロトンがあった。プロトンの移動については現在も確定していないが、NADHの酸化還元反応として表記を統一するのであれば反応の後にプロトンが生じるように記載するのが適切であると考えられる。(第六刷で修正済)
- p.113, 8行目:「光化学系IはIIと比べると」は間違い。「光化学系IやIIと比べると」が正しい。(第二刷で修正済)
- p.116, コラムの本文2-3行目:「細胞質の中には」は「サイトゾルの中には」の方が適切。(第十四刷で修正済)
- p.133, 5行目:「酸素を分解することはできず」は間違い。「水を分解することはできず」が正しい。(第二刷で修正済)
- p.163, 4行目:「細胞質へ」は「サイトゾルへ」の方が適切。(第十四刷で修正済)
- p.163, 11行目:「細胞質に」は「サイトゾルに」の方が適切。(第十四刷で修正済)