植物生理学 第9回講義

ゲノムワイドな遺伝子機能の解析

第9回は、いわば光合成を道具として使って、遺伝子の機能解析をゲノムワイドに行なおう、というプロジェクトについて紹介しました。実験手法が大きな意味を持つ研究の紹介だったので、まだあまり実験をやっていない2年生には難しかったようです。それでも、研究プロジェクトを立ち上げるに当たっての考え方などについて少しでもわかってもらえたのではないかと思います。


Q:様々な生物のゲノムが決定していることは耳にしていたが今回の講義でのグラフを見るとその増加に驚いた。これからその解析によって進化の過程やゲノムによる病気の治療法の発見など、どのように活用するかが今までのゲノム解析より重要になると思うが、そんな世界中で競っている中で解析したゲノム情報が、インターネットで見たいときに簡単にわかることは研究の進歩に役立ちそうだ。私は今まで解析できたものは特許などにも関わってきて、そんなに簡単に公開しないものなのではないかと思っていた。授業では、光合成遺伝子の欠損を光合成のクロロフィル蛍光のキネティクスで確認できたのには驚いた。直接関係しないものでも見方をかえることで関わってくることはとても勉強になった。もうすぐこの授業も終わってしまうが、この植物生理学という授業を通して、研究に必要な知識が自分にはあまりに乏しいことを知ったとともに、見方をかえることができる柔軟な考え方を養いたいと改めて思わされた。

A:会社で決めたゲノムは、少なくともすぐには公開されませんが、国際共同プロジェクトなどの形で決定されたものについては、原則的に公開されます。研究者だけでなく、高校生でもその情報を見ることができるところが、インターネット時代のよいところですね。


Q:植物生理学という学問自体とは話が少し離れてしまうかもしれないが、生物工である僕が今回の講義で関心を持ったのはやはりゲノム決定についてだ。今塩基配列の決定で、1塩基決めるのに大体10円~20円かかるらしい。すると、やはり一つの種の生物のゲノム決定にも数百万~数億はくだらない費用がかかる。また配列決定の速度が上がったとは言え、一つの種の全塩基配列を決定するにも軽く数年という月日を要する。ヒトを例にすると、30億塩基対で1塩基対10円で計算すると費用で一人あたり300億くらいかかるようだ。これでは簡単に『ゲノム決定!』というわけにはいかないだろう。現在理化学研究所はこれを、つまり300億円かかるところを10万円まで下げたいようだ。そうすると、ヒトならば医療等に役立てるのも現実味が帯びてくる。植物も、食用であれば気温や病気に耐性があるもの・種や実を多くつけるもの・それこそおいしくさせることも可能になるだろう。実際、ゲノム決定が簡単になればどの遺伝子がどんな機能を発現しているかも分かりやすくなるだろう。何をどうしたらコスト削減・速度上昇が可能なのか分からないがそんなことも研究してみたいと思った。

A:今は、まだ気軽にゲノムを決める、という段階には来ていませんが、もう少しすると、この生物を研究したいからまず手始めにゲノムを決めておこう、という時代が来るかも知れません。


Q:さまざまな生物のゲノムの解析が進んで、もう設計図さえ手に入れてしまったんだと思っていましたが、それがすべてではなく今後それぞれの遺伝子の機能の解析という課題が残っていると思うと、ひとつの生物の仕組みをぼんやりとでも把握できるようになるまでにはまだまだ時間がかかるんだなあと思いました。今回の講義はシアノバクテリアの遺伝子機能の解析についてでしたが、それをクロロフィルの蛍光の変化で調べるというものでした。その生物種に独自のアイデアで戦略を立てて遺伝子機能を解析しているということに驚きましたが、同時にこの方法ではほかの動物はもちろん高等な植物にさえ応用ができないと思うと、ゲノム機能の解析はとても難しいものだと感じました。また今回の講義でマイクロアレイがどういうものであるかについて知ることができたのは大きかったです。

A:確かにクロロフィル蛍光を使うのでは、動物には適用できません。しかしまあ、一歩一歩それぞれの研究者が工夫していくしかないでしょうね。


Q:シアノバクテリアは原核光合成生物であり細胞内小器官を持たないのですべてのメカニズムが完全に独立して機能するのは不可能であろう、という発想は言われてみれば当然のように思えるがなかなか気づくことの出来ないことだと思う。今回紹介された非光合成遺伝子の欠損をクロロフィル蛍光によって解析する実験は植物の個々のシステムの垣根を越えたものでありとても感心させられた。クロロフィル蛍光は一度に多くの植物を観測できる利点があるし、発光強度などを定量化し数値やグラフにすると説得力もあり分かりやすかった。その一方で、生物学の研究の複雑さを痛感させられた。一つの事象をいろいろな視点から追究できるということは、逆に考えると何か一つのことを立証するのにも、複雑に絡み合った他の事象をすべて吟味し関係性を示すかもしくは関係性がないことを立証しなければならないことを示唆しているように思う。例えば、同じような特徴を持つ変異株が同じ遺伝子に変異が入っていたと確認できてもすぐにその特徴を決定しているのはその変異が入った遺伝子だと決め付けることはできないと思う。その遺伝子に欠損があるため他の遺伝子が主に関与している別の機構が変化した、などという可能性もあるだろう。

A:生物学の一分野として、最近システム・バイオロジーというものが出てきています。個々の現象を切り取るのではなく、全体をシステムとして捉えるというものの見方はこれから必要になってくると思います。


Q:今回の講義では遺伝子解析について学びましたが、その機能解析の方向性は理解できたものの、実際の実験方法は複雑で後半はあまり理解できませんでした。遺伝子解析についてトランスポゾンを用いてランダムな変異株の作成してからglnAを特定するという方法のように、遺伝子をノックアウトした変異株と正常株を比較するというやり方は、ヒトでは細胞レベルでの解析ならともかく個体レベルでの実験は当然できないわけで、最も注目されているヒト遺伝子の解析はその遺伝子発現の起きていない病気の個体と正常個体を比較して研究が進められているのだと思いますが、この方法ではいつまでたっても終わらないんじゃないかと感じました。

A:確かにヒトの場合は「実験」が難しいですからねえ。基本的には、他の動物で機能解明を進めて、そこからのフィードバックに期待することになるかと思います。


Q:今回の講義では、特定の現象ではなく、全体的、網羅的な植物の研究をするためのゲノム解析ということでしたが、遺伝子工学の授業でも遺伝子操作について学び、とても面白いなと思っていたので、興味深かったです。確かに今までの私の知識の中には遺伝子の機能を解析するためには遺伝子をノックアウトするということぐらいしか知りませんでした。今日の講義でも、それに大きく変わる方法があるという話ではなかったと思いますが、やはりこのままの方法では機能解析は限界があるのではないかと感じました。まだ自分では考えつくことはできませんが、おそらく別の画期的な方法をみな考えているのではないかと思いました。それが発明されたとき、またひとつ、生物に関連のある科学はみな大きく発展するのではないかと思いました。

A:そのような画期的な方法を、これから研究を始める若い人に見つけて欲しいと思います。そのためには柔軟な発想が必要ですから、なるべく広い分野に興味を持って行くことが案外早道かも知れません。


Q:今回の授業で興味を持ったのは、トランスポゾンを使ったランダムな遺伝子変異株の作成です。トランスポゾンは動く遺伝子としてノーベル賞を受賞した発見です。遺伝子がもとの場所から動くということですが、どのような法則で動くかはわかっているのでしょうか。それとも、わかっていないからこそ、この遺伝子を導入することでランダムな遺伝子変異株を作成することができるということなのでしょうか。単純に考え過ぎかもしれませんが、どのような動きをこの遺伝子がするかがわかっていなくても、作成された遺伝子変異株から遺伝子の動きの法則のようなものがわかるのではないかと感じる部分があります。
 また、ランダムな遺伝子変異株を作成する場合、トランスポゾンを使用するとどのようにランダムになったかは調べないとわかりませんが、トランスポゾンを使わないでランダムに目的遺伝子を挿入すればどのようにランダムになっているかは調べなくてもわかります。加えて、トランスポゾンによってできた変異株には重複するものがある可能性もあります。このようなことから、遺伝子変異株を作成するのに必ずしもトランスポゾンを使用するのではなく、実験の意図する所によると考えます。

A:トランスポゾンにも色々あって、ある種のものは、どこに飛びやすい、ということがあるようです。紹介した研究に使ったものは、比較的「ランダム」に飛ぶ、とされているものです。


Q:今回の講義で、実際に研究をどのように進めていくかを説明していたのでとても参考になった。その中でも自分が研究したいテーマに適した実験材料を探し出すことはこれから行われる実験がうまくいくかどうかを決定するほどに重要なことなのだとわかった。毎回のことなのだが2年になってからはカリキュラム上実験というものが無いので、こういった話はとても参考になります。またマイクロアレイの実験によって、シアノバクテリア遺伝子の機能解析を行うことにより、遺伝子の推定機能ネットワークというものが作成できる話が興味深かった。この推定機能ネットワーク構築は人の新たな遺伝子機能の発見にはつながらないのかと思った。

A:昔から、ショウジョウバエの例でもわかるように、生物の研究には材料の選択が大きな意味を持っています。シアノバクテリアも、光合成研究にとっては、非常に使いやすい生物の1つですね。


Q:数多くの種のゲノムを解析することで進化的に共通点を追い、根本的に必要な遺伝子を同定し、生命の定義とも言えるような生命体を創ることができるようになり、将来的には任意の機能を持つ生命を自由に創造できるのではと、今回の講義のイントロの部分で感じました。しかし、現実的には「遺伝子の推定機能ネットワーク」にあるように、個体の発現は実に複雑で1つの遺伝子が複数の影響を及ぼしていることなど、すべての結果を解析し集計するには終わりが見えないように感じました。トランスポゾンによる変異体の作り方で疑問に思ったのですが、error-pone PCRやRNAiなど変異体の作り方には他にも方法があると思うんですが、今回の実験ではなぜトランスポゾンを用いたのですか。RNAiの方がDNAを任意に選べていいと思うのですが。

A:RNAiなどの手法は、いわば破壊株の作成が難しい生物での切り札なわけですが、何しろシアノバクテリアの場合は、細胞にDNAを振りかければ形質転換してしまいますから、あまり必要性が感じられない、ということだと思います。


Q:今回の講義は植物体全体に関わる遺伝子の解析と言うことを通じて具体的な遺伝子機能を決定する研究の流れをつかむというものだった。植物の研究だからこそともいえるかもしれないが、植物の1番の特徴である光合成という現象を材料としてではなく道具として用いてことに新しさを感じた。確かにまだ解析できた遺伝子の情報も少なく比べる対象も少ないため、規則性やグループごとのまとまり、特徴はあまり現れていないと思うが、量が増えるに従って植物特有の機能の関わりあいなどが見えてくるだろう。他の生物とは違った特徴を発展させるということは、大きな労力を費やしているということだ。そこまでしてでも必要とし作り出そうとするということは自ずと、同じ特徴を持つものの特徴がわかるはずである。研究では対象物の最大の特徴を生かすということが最も大切であり、それによって得る情報も対象物特有のものになるということを実感した。こう考えると植物、動物、無機物などという分類とは異なる対象物の分け方によって様々な切り口から共通性が見出されると思う。これが例になるかはわからないが、対象物の持つ色素というのでわけてもいいと思う。植物の葉の多くが緑色であることには、光合成の色素であるクロロフィルの吸収が関わり光合成という植物特有の特徴を表している。我々の肌が肌色なのも、髪の毛の色が人種によってことなるのも、血液が赤色なのもきっと何かの意味があるはずであり、これら共通のものの比較で新たな遺伝子と機能の関わりがわかってくるだろう。見え分け方をかえることでクロロフィル蛍光のように新しい指標、方法が見つかるだろう。
 今回は特に抽象的な感想のようなものになってしまった。

A:おそらく、「情報」という概念は、バイオインフォーマティクスに限らずこれからの生物学にとって極めて重要になると思います。例えば、色素という切り口で考えた場合に、果たしてどれだけ多くの情報がその切り口から得られるか、という点が大事でしょう。


Q:今回の講義で面白かったのは、クロロフィル蛍光色素を用いて光合成の電子伝達状態を調べる実験です。光からのエネルギーにより励起された色素が、元の状態に戻るときに放出する蛍光のエネルギーは、光合成により利用されたエネルギーにより異なる事を利用しているのには驚きました。また光合成以外の表現系で、どの遺伝子が発現することでどのような表現系に影響するのかを調べる実験も面白かったです。DNAマイクロアレイを利用することで、特定の遺伝子に変異を入れた変異株を使って野生型と比較できるようになるので、RNA量つまり発現量がどれくらい変化したのか調べることが可能になります。ただし、この実験法では発現量が非常に少ないRNAなどは検出されにくいのでは無いでしょうか?特異的な細胞に置ける表現系において、重要なRNAは必ずしも多量に発現しているわけではないので、発現量の少ない遺伝子の重要性を調べることも必要だと思います。

A:まさにその通りです。マイクロアレイは非常に便利な手法ですが、シアノバクテリアの場合、約3200の遺伝子の内、発現量がある程度あって解析できるのはやく2/3です。つまり、ゲノムワイドといいながら実際には全遺伝子の1/3の情報は切り捨てられているわけです。これからは、そのあたりの解析も重要になってくるでしょうね。


Q:今まで、ゲノムのシークエンスを決定する方法などについて学んだことはありましたが遺伝子の機能解析の方法についての知識は皆無に等しく、興味を持って聞くことができました。どんな方法で機能を解析するにしろ、生物体内で行われている個々のメカニズムがある程度分かっているという前提が必要なのだと分かりました。今回の講義ではシアノバクテリアの遺伝子の機能解析で、多くの代謝経路が光合成の電子伝達経路に影響を及ぼしているということから、光合成の機能について考察を行うことによって、光合成に関与していない他の多くの遺伝子についても機能を解析し得るという訳ですが、例えばヒトのような複雑なメカニズムを持ち、個々のメカが独立しているように見える生物の解析はどうしたらよいのでしょうか?おそらく、個々のメカニズムにおいて発現しているタンパク質の一次構造を利用しているのだと思いますが、今回学んだようにダイナミックな方法で遺伝子の機能が分かれば面白いなと思いました。

A:おそらく今回の方法は、同じ光合成生物の高等植物でも、それほどうまく働かないかも知れません。それは、葉緑体というコンパートメントがあるからです。高等生物に適用するには、また別の工夫が必要でしょうね。


Q:破壊遺伝子が決定されている変異株の解析は、シアノバクテリアのように適用できる生物に対しては良い方法だと思った。その遺伝子の機能を知るということについて、私が思ったことは、その遺伝子を壊すという方法もあるが、逆にその遺伝子の発現を多くしてみるのはどうかということだ。大量に発現させると、そのたんぱく質がたくさんでき、そのたんぱく質の触媒する反応が速く進み、何か変化が起きるかもしれない。ではどのようにたくさん発現させるかというと、その道の遺伝子の前にプロモーターを組み込んでみるということである。又はその遺伝子をクローニングしてプラスミドに組み込み大腸菌にたんぱく質を多量につくらせる。そして、できたたんぱく質をもとの植物に注入してみて、人工的にその遺伝子が働いているような状態を作り出す。こうしてそのたんぱく質の構造から、予想される反応と、実際に起きた変化とを照らしあいながら考えていけばよいのではないかと思った。これならば、オルガネラの有る生物でも解析することができるのではないかと思った。

A:実は、エンハンサー・トラップという手法があって、これはランダムな位置の遺伝子の発現を上げて、それによる表現型から変異体をスクリーニングする方法です。破壊株の作成とはちょうど相補的な関係になりますね。