植物生理学 第3回講義

光合成と生体のエネルギー

第3回は、エネルギー代謝の基礎として、呼吸と光合成によるATP合成の概略についてお話ししました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:なぜ、植物は光合成と呼吸という二種類の方法で、エネルギーを獲得しているのでしょうか。そこで、呼吸をせずに光合成のみに頼っている植物があると仮定します。この植物は、日光の当たっている時間しかエネルギーを得ることができなくなります。そうすると、夜間にはエネルギーを得ることができなくなってしまいます。たとえ、日中に今、存在している植物の2倍量のエネルギーを獲得できるようになったとしても、雨が続くなど太陽が出ない日が続くと、光合成だけに頼っている植物は、すぐに枯れてしまいます。やはりエネルギー源が、安定していない日光である光合成を利用する植物には呼吸が必要だと考えられます。
 しかし、他の方法、例えば窒素固定など、によりエネルギーを得ている細菌などはどうでしょう。窒素はエネルギー源として安定しているので、わざわざ呼吸をする必要はないと考えられます。すると、安定したエネルギー源を利用している生物はミトコンドリアがなくても、大丈夫だと考えられるのではないでしょうか。

A:前半はよいのですが、後半、窒素固定というのは、ATPを作るのではなく、逆にエネルギーを使って進む反応です。今回の講義の中で触れたように、硝酸の還元や、アンモニア・亜硝酸の酸化によってはATPを作ることができますが。


Q:今回の講義で興味を持ったのは酸化還元電位についてです。呼吸による糖の分解において単純に燃焼させないのは、活性化エネルギーの大きさの問題と反応によって失われるエネルギーの大きさということでした。つまり呼吸において複雑な化合物を用いて何段階にも分けて反応を行うのは、活性化エネルギーを著しく下げ、生体の体温で反応を進行させるためと、反応によって失われる熱エネルギーを最小にするためということでした。今まで呼吸の代謝反応はなぜ複雑な経路をたどるのか疑問でしたが今日の講義で納得できました。
 また、酸素発生には2つの光化学系が必要であるという問題を解決するのにも酸化還元電位は重要で、水を用いてNADP+を還元する還元力を得るために2回励起エネルギーが必要なためである。しかしここで1つ疑問がわく。光合成が始まった頃の地球にはオゾン層はなかったと考えられているので、地球にはさんさんと紫外線が降り注いでいたはずである。紫外線は可視光線よりも大きなエネルギーを持つので、進化の過程で紫外線を利用できるクロロフィルができていたなら1度により多くのエネルギーが得られたはずであり、そうすれば1つの光化学系で済んだのではないだろうか。しかし現実にはそのようなクロロフィルは存在しない。確かに紫外線はRNAやDNAを傷付けてしまうが、進化の過程でかなり有害な酸素を利用できるようにもなったのだから、紫外線を克服できるものが出てきてもおかしくはないはずだと思いました。

A:紫外線がDNAを傷つけない仕組みを考えてみるのも頭の体操になるかも知れません。


Q: 今回の授業でもっとも興味を持った部分は、光化学系の中で、光エネルギーの吸収によって酵素を使わずにエネルギーを得る部分です。この部分があるおかげで、地球上の生物が地球以外の系からエネルギーを得ることができ、地球を閉鎖系ではなくさせているのだということが具体的に分かりました。そして、疑問を持った部分は、植物にとっての酸素発生の意義についてです。光合成を行なわない生物にとっての、植物の酸素発生の意義は、好気呼吸だと思いますが、植物にとってはどうなのでしょうか。水が分解される反応では、酸素と水素イオンと電子が生成されます。水素イオンはATP合成に、電子は後の光合成電子伝達系に使われという役目があるようです。そして酸素は、二酸化炭素から糖を合成する過程で再利用されるのではないかと思いましたが、調べてみるとそういうことはどこにも書いてありませんでした。ここで、第一講の授業を思い出して気づきましたが、植物も好気呼吸をするのでした。
 しかし、生物がまだ嫌気呼吸をしていた頃に誕生した光合成細菌のシアノバクテリアは、好気呼吸ができたのだろうかという疑問をまたもちました。調べてみると、どうやら、酸素呼吸は光合成よりも古いという説があり、光合成細菌の古いタイプは酸素存在下でも生存できるらしいというこがわかりました。

A:植物にとっての酸素発生はあくまで一種の副作用です。酸素はもともと空気中に21%も含まれているので、何も自分で酸素を出さなくても好気呼吸はできます。パン酵母の出す二酸化炭素と同じで、できちゃったから捨てる、という感じでしょう。
 呼吸系の起源が光合成より古いのは確かだと思いますが、「酸素」呼吸が光合成よりも古い、という説にはなっていないように思います。光合成細菌にもいろいろなタイプのものがありますが、少なくともかなりの部分は嫌気的な条件でないと生育できません。


Q:今回の講義で興味を引かれたのは、回転によるATP合成の仕組みです。プロトンの濃度勾配によって生じるプロトンの流れに対応してATP合成酵素は回転し、ADPとリン酸からATPを合成します。この時の回転の方向は、プリントの図によるとADPからATPを合成する一定方向となっています。この回転が逆方向に回り、ATPを分解してADPを作るようなことはあるのでしょうか。もし分解反応ができたら、生体内で行われているホルモンのフィードバック調節のような仕組みができるのではないかと思います。
 この回転の仕組みが解明されたことによって、人工的にATPを合成することができ、プロトンの濃度勾配によらないエネルギーの供給が可能となります。このことは、ナノバイオテクノロジーで作られる分子機械のエネルギー源やATP合成が上手く行われないために引き起こされる病気の治療に使うことができるのではないかと考えます。

A:実は、ATP合成酵素は、逆にATPを分解してプロトンを輸送するポンプとしても働きます。細胞内のpHを適切な値にすることは非常に大事ですから、このようなポンプは細胞膜や液胞膜に存在して生物の生育には重要な役割を果たしています。後半の部分は、意味がよくわかりませんでした。メカニズムが解明されても、ATPを作るのにエネルギーが必要なことには変わりないのですが・・・


Q:今回の講義で一番興味をもったことはクエン酸回路である。クエン酸回路では回路を1回転する間に二酸化炭素を2分子生成する。これはアセチルCoAを変換していると考えられるが、アセチルCoAをそのまま変換するのではない。1度オキサロ酢酸と結合させることで炭素数を2から6に増やし回路をまわすことで、エネルギーを効率よく得ているという。では、この回路は細胞内に突然発生したのだろうか?私は違うだろうと考える。生物が発生し、糖の代謝をはじめるようになったころはおそらくこんなに複雑な回路ではなかったと思う。複雑な回路を働かせるにはエネルギーを必要とする。例えば解糖系のグルコースをフルクトース1,6ビスリン酸に換えるときに2分子のATPが必要である。最終的には4分子のATPを生成するのでプラスになるが、最初にエネルギーを消費するのは原始的な生物には重荷だっただろう。最初はエネルギーの消費をまったくしないでエネルギーを得ていたのではないだろうか。そして進化の過程でエネルギーを用いても最終的にはプラスになる回路をみつけ、それを導入したのだろうと考える。そうだとしたら私たちもさらに進化をし、さらに効率よくエネルギーを得ることができる回路を身につけることができるかもしれない。とても興味をひかれるところである。

A:複雑な回路が進化の過程でどのようにできてきたのかを考えるといつも不思議です。進化の研究というのは、現在ある最終結果だけをみて物事を判断することになりがちですから、難しいですね。


Q:今回の講義で呼吸と光合成の機構がよく似ている、との話がありました。しかしそのシステムはほとんど共通であるといっても、物質のやり取りについては表裏の関係にあります。もともと、ミトコンドリアも葉緑体も従属栄養細菌と共生する前は古細菌であり、ほとんど同じようなものだったはずなのに、なぜそのように表裏の関係になったのでしょうか。大体古代の地球の原始大気にはほとんど酸素がなかったはずなのに、ミトコンドリアの元になるような古細菌がなぜ進化したのでしょうか。地球上の最初のバクテリアは酸素を使わないで有機物を酸化してエネルギーを得ていたと思われます。最初の細菌は従属栄養細菌で、原始の海にあった有機物を利用する一方でした。これは呼吸のメカニズムと似ていたと考えられます。しかし細菌は進化して化学合成細菌や光合成細菌などの独立栄養細菌が出現してきました。では、なぜ光合成細菌に進化したのか? それは私にはわかりませんが、最初のバクテリアが有機物を酸化するシステムと光合成のシステムが似ているのはわかる気がします。新しいシステムを一から作るよりは、新しい部品(この場合はクロロフィルなどの光合成色素) を組み入れつつ、元のシステムとすこしだけ違うシステムを作った方が簡単だからです。また、光合成によって酸素が増加し一定の酸素濃度がたもたれるようになったので、酸素によって有機物を酸化してエネルギーを得るシステム、すなわち呼吸ができた、これは最初のバクテリアのエネルギーを得る経路をやはり少しだけいじったシステムです。

A:初期進化の過程を自分の言葉できれいにまとめています。すばらしいレポートですね。


Q:ATP合成酵素はプロトンの濃度勾配を利用して構造を回転させることによってATPを合成している。これはモーターを回転させることによって発電をする仕組みによく似ている。遺伝子組み換えやナノテクノロジーを使用して、ATP合成酵素が回転することを証明したのに使われたアクチン繊維の代わりに、磁石に反応する棒のようなものをつける。そして溶液を混ぜる装置の原理でその細胞の下で磁石を回転させる。もしこのことが可能になれば、ATP合成酵素が回転しATPの生産効率が高まり、さらにプロトンの濃度勾配を利用しないでATP合成でき、またうまく回転を調節すればATP合成を抑制することもできると考えられる。

A:それはその通りなのですが、プロトン濃度勾配の代わりに電気が必要なのでは、結局引き合わない気もします・・・


Q:今回の講義で興味を持ったのは、クエン酸回路において、なぜオキザロ酢酸にアセチルCoAを付けて炭素の数を増やす必要があるのかという疑問です。炭素数を増やせば、回路内での物質がとる構造の種類が増えるので、活性化エネルギーの小さい複数段階の反応が起きて生物が利用できるエネルギーを得るのに適するという先生の説明は理論的で面白かったです。生物の反応の中には化学的には非効率でも、生物学的には効率が良いものもたくさんあり、その1つだと思いました。
 また、活性化エネルギーの理由だけでなく、阻害剤による調節もこの理由の1つだと思います。各段階における反応物が多いほど、阻害の機会が増えて反応調節が容易になります。生物で行われている反応の多くは、生物内の物質が急激に産生されるのは危険なので調節機構が存在しています。発現量が増えないようにmRNAを用いて遺伝子発現を調節しているのも1つの代表例だと思います。

A:なるほど。調節ステップを増やすために反応ステップを増やす、という考え方は僕は思いつきませんでした。非常に微妙な調節が必要な場合には、可能性があるかも知れませんね。


Q:植物内ではさまざまな化学反応が行われている。周囲の状況の変化に応じた反応が細胞内で行われるが、どのように全体がコントロールされているのか知りたいです。
 脂肪酸酸化回路をみると、脂肪酸を酸化したいときと脂肪酸を生成するときの化学反応は回路を逆に進めるだけです。これは、とても効率の良いように思えるのですが、こんがらがったりしないのだろうか。どちらに反応を進めるか、わからなくなったりしないのだろうか。光合成と呼吸は同時に反応が進んでいて、同じ物質を経由する場合進む反応の方向性がわからなくなったりしないのだろうか。このような回路を複数持っていたらもっと複雑になりはしないだろうか。植物全体をコントロールしている部分はないのだろろうか。
 たとえば、タンパク合成の反応では、間違って転写したり翻訳してしまったりした場合には修正機構が働く。反応が速やかに進めることができない場合においての機構は存在しないのか。反応が進まない場合はそのままにすることしかできないのだろうか。または、このコントロールを速やかにしてくれる物質や機構が存在するのだろうか。

A:生物を考える上で注意しなくてはいけないのは、生物は「どちらに反応を進めるか」を”考えて”反応を起こしているのではなく、反応は単に進みやすい方向に進む、ということです。AとBという2つの物質が平衡関係にある場合、Aが減少すればBからAへの反応が進みます。これは純粋に化学反応速度論の問題ですが、足りないものが作られる、ということですから、生体内で一種の自動制御が起こる、と解釈することはできます。


Q:今回の講義を聞いて、植物は発酵しないということに興味を持ちました。
 その理由について、まず、嫌気状態があり得ないからという説明は納得できました。しかし、NADHが必要だからという説明は、はじめはよくわかりませんでした。NADHを使って、炭素固定しなくてはならなく、そのために大量の還元力が必要な植物は発酵しないと、順を追うことで理解できました。これにより、ピルビン酸をそのまま細胞外に捨てないのも、NADHをためこまないためだと考えました。
 しかし、そもそもの植物は発酵しないということ自体に私は疑問を感じます。そう断定することはできるのでしょうか。調べたところ、発芽初期など、植物細胞では酸素を消費しないでグルコースを分解し、反応の際には乳酸のほかエタノールも生産される場合もあるとのことです。これは発酵と同じことを言っているのだと私は考えました。よって、植物が全く発酵をしないとは言えないと思います。

A:そうですか!それは勉強になりました。なるほど、発芽中の種子などは光合成をしませんから、そのようなことは十分考えられますね。とすると、「植物は」ではなく、「光合成をする生物は」と言えばよいのかな。


Q:光合成生物である植物はエネルギー源である光エネルギーを化学エネルギーに変換し、呼吸により自己の活動のためのエネルギーとして利用する。ところで、植物の呼吸は光合成と同じように光の有無に左右されるのだろうか。
 強光下で光合成を行っていた植物を暗所に移すと、直後に二酸化炭素の大きな放出が見られる。この二酸化炭素放出は植物の呼吸が暗所よりも明所で高い事の反映であるが、気相の酸素濃度を21%から1.5%に下げるとこの二酸化炭素放出はほとんどゼロになる。暗所における呼吸は、酸素濃度を1.5%に下げてもほとんど影響を受けないからこれと区別できる。明所で活発な呼吸を光呼吸と呼び、Rubiscoのオキシゲナーゼ作用(基質分子へ酸素分子の酸素を取り込む反応)によって葉緑体に生じたホスホグリコール酸がペルオキシソームとミトコンドリアによって代謝され二酸化炭素を放出するためである。
 上述のように、呼吸も光の影響により反応に変化が生じるようである。

A:よく調べましたね。光呼吸はあとの方の講義で話そうと思っていたのですが・・・


Q:プロトンの移動はどのようにしてATP合成酵素におけるF1部分の回転に作用するのであろうか。細胞内には多くの化学物質が存在する。その中]から選択的にプロトンをATP合成酵素の膜結合部分に通す必要がある。つまりF0部分にはイオンチャネルのようにプロトンと結合する部分が存在するのではないかと考えられる。もしくは、プロトンは最も小さな分子であるので、プロトンしか通り抜けることのできない入り口が存在するのではないかと考えられる。そしてF0部分をプロトンが通過するときの運動エネルギーが、風車のように回転エネルギーへと変換されるのではないだろうか。ここで一つの疑問が挙げられる。F1部分は回転運動と共にATP合成反応を行うが、その反応によってF1部分が不安定になり、F1部分を支える部分が必要になるのではないか?しかし回転運動を行っていないF0部分を埋め込んでいる膜には流動性があり、F1部分を支える部分がどこかにあるとは考えにくい。ここでF1部分の回転のスピードである。F1部分が高速で回転することによって安定性が生まれ、ATP合成反応によるF1部分のぶれを小さくすることができるのではないだろうか。

A:細かい点をきちんと考えていますね。実際には、プロトンは、Fo部分を構成するタンパク質のアミノ酸にくっついたり離れたりしながら通っていくようです。