生命生存応答学 第3回講義
過剰な光からの防御
第3回の講義では光合成系において光が強すぎることによる阻害が起こる例と、そのような光阻害を回避するための防御メカニズムに関して紹介しました。
Q:植物の生長には光合成が必須であり、しかもそれは適当な光によって行われることが重要である。よって植物は葉の向きや葉緑体の配置を光強度によって調整するようなマクロな応答から活性酸素消去系やキサントフィルサイクルなどミクロな応答までたくさんの応答経路をもっている。葉緑体移動のスライドの細胞を横から見た断面図をにおいて暗所1と強光下を比べると暗所では光をたくさん取り込むべく光の入射してくる方向である上、もしくはその反対方向にも葉緑体が配置されている。一方強光下では細胞の上方向、下方向には強光を避けるために葉緑体は配置されない。このような配置の変化があるとき、葉緑体の構造自体には変化は起こっていないのだろうか。細胞の断面図で側面にあるような葉緑体において葉緑体が球形に近いほど上から入ってきた光が当たる面積は大きくなりよりたくさんの光が吸収でき、細胞側面と平行にシート状につぶれたような形態をとれば光にあたる表面積は小さくなるのではないだろうか。葉緑体の形態変化によってどれほど光の吸収が変わるのかはわからないが、葉緑体自体の形態も光強度によって変化する可能性はあると思った。 また葉緑体移動をつかさどるものとして細胞骨格が深く関わっているとされている。ホウライシダやシロイヌナズナではアクチン繊維が葉緑体の移動に関わっているとされているが、ヒメツリガネゴケの原糸体では微小管の配向が葉緑体の往復運動など大きな移動に、アクチン繊維は小さな動き関わっているそうだ。植物によって葉緑体の配置や運動に関与するものが違うのは興味深い点である。一番最初に気づくのは細胞の形である。シダやシロイヌナズナに比べヒメツリガネゴケの原糸体の細胞はとても長細い形をしている。このような細胞形態の植物においてはより長く束状に伸びている微小管が多かったりして長距離移動のレール役として働き、アクチン繊維は短距離移動を担う、というほうがエネルギー的に効率がよいのだろうか。シダやコケにおいて細胞骨格の分布場所や量的な違いがあるのだろうか。
A:細胞には葉緑体が多数存在します。細胞が分裂する際には、葉緑体も新しい細胞に分かれて行かなくてはならないわけで、その時には葉緑体の運動が必要になってきます。植物の種による違いというよりは、運動の目的による違いかも知れませんね。
Q:シアノバクテリアが研究室内でいつのまにか「進化」していたことについて、私が以前研究していた枯草菌でも似たようなことがあった。 枯草菌168株は枯草菌研究では広く用いられている野生株である。私がある時168株の植菌されたプレートを観察していると、プレート上に2種類のコロニーがあることを発見した。1つは白っぽいコロニーで、もう1つは黒っぽいコロニーである。枯草菌は株によってコロニーの色・形状が異なるため、私は168株の経代培養中に突然変異が起こり、異なる2つの株が共存するようになったためだと考えた。そこで、胞子の状態でストックしていた168株をプレートに起こしてコロニーを観察したところ、もともとの168株は白っぽいコロニーを形成するものであることが判明した。 では一体168株のどこに変異が起きたのだろうか。2つの株が混在したプレートを経代培養した場合、2つの株は、どちらの株が優勢ということもなく共存して増える。このため細胞の成育にあまり関わりのないような、細胞壁を形成する遺伝子に変異があるのではないかという推測に至り、残念ながらこれ以上の追求は行わなかったが、培養条件を変えてみればひょっとしたらシアノバクテリアのようなおもしろい話が出てきたかもしれない。
A:シアノバクテリアの場合も、強光という、ストレスをかけた条件で初めて生育に差が出て研究が進展しました。最近、ゲノムのかなりの数の遺伝子は、そのような環境応答に関わる遺伝子であるような気がしています。
Q:今回の授業で、強すぎる光というのは植物にとって「毒」であるということを初めて知った。今まで、植物を育てるために与える光というのは強ければ強いほど良いと思っていたがそうではなく、人においてもカロリーの取り過ぎは問題になるように、植物でも過剰なエネルギーは問題になるのだなと感じ、また、何事にも適量というのがあるのだなと思った。 また、今回、植物の「過剰な」光からの防御反応のひとつとして、葉緑体の定位運動というのがあり、これは青色光受容体のフォトトロピンによって引き起こされることを初めて知った。そして、このフォトトロピンは防御反応だけでなく、植物の光による性質全般に関わっている。その昔、植物は光の方向に向かって伸びること(光屈性)や日の当たりにくい植物は葉の面積を大きくしたり茎を長くしたりするとか漠然と習ったが、これにはこの「フォトトロピン」というもが大きく関与しているのだろうということを何年越しに知ることが出来た。そう考えると、植物の適応戦略にはフォトトロピンが欠かせないものであることを実感できる。
A:過ぎたるは及ばざるがごとし、というのは当たり前なのですが、教科書的な記述の中では案外出てこないんですよね。どうしても、一番よい状態の記載が主になるからでしょう。
Q:光合成のために生きる:植物は自身の光環境に適した光合成色素を持ち、また光合成反応自体を環境の変動によって変化させる。これらは遺伝子から代謝系までの分子的な話であるが、もっと巨視的な変化によって光合成を調整することも当然可能であると思われる。単細胞の藻類の場合、運動性を持つものは光の強度などの条件が良いほうに遊泳することが出来る。陸上植物の場合、植物体の形も多種多様であるが、幹の方向や枝分かれ、葉の形なども自身の光環境に適応した結果である。動物と違って急速な運動は出来ないのが多細胞の植物の常であるが、光の方向に成長し、あるいは強すぎる光を忌避することも可能であろう。あるいは、マリモのように自身が光合成で産生した酸素の浮力によって水深を上下させるのもこれにあたるのかもしれない。植物にとって光合成はほとんど唯一のエネルギー源であるから、動物が接触のための移動手段や形態を変化させるように、光合成のために生体の機構を最適化するのは当然であるとも思う。
A:その通りなのですが、観察したことを「当然だ」と思うと、なかなか新しい発見につながりません。研究者の修行としては、当然でない所に目をつけた方がよいですよ。