植物生理学I 第7回講義
光合成の電子伝達
第7回の講義では、光合成の電子伝達反応を解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:光化学系Ⅱが使用する波長を紫外線にしてZスキームの矢印を伸ばさなかったのは、紫外線がDNAを壊してしまうからと学んだが、他の理由としては大気が紫外線をほとんど吸収してしまうので利用したくてもできなかったのではないかと考えた。もし紫外線が利用できたならば、遺伝情報にはDNAを使用しないような進化をしたのではないか。このように考えたのだが、そもそも紫外線が降り注いでいたら遺伝物質はDNAになっていないはずである。もしそのような環境だったならば生物はどのような進化をしたのであろうか。おそらく、タンパク質や無機物が遺伝物質になっていたのではないか。もしくはDNAを厳重に守るシステムが構築されたのか。光合成細菌などに紫外線を当て続けることによって、少しは想像がつくかもしれない。
A:確かにその通りで、紫外線はDNAに吸収されるから光合成に使わないのではなく、もともと弱いから光合成には使わず、また同時に遺伝物質として紫外線を吸収するDNAを使ってもよい、というのは論理的ですね。きちんと考えていると思います。
Q:光を吸収する必要のないシトクロムb6/f複合体が何故、光合成色素をもつのか。
その理由としてまず考えたのは、「シトクロムb6/f複合体は現在では電子伝達媒体ではあるが、かつては光を吸収しており、しかし進化の過程でその機能は不要とされた、今現在シトクロムが持つ光合成色素はその名残なのではないか」ということである。ここで、吸収した光エネルギーをシトクロムb6/f複合体は何に使っていたのか、ということが問題となる。電子は酸化還元電位のプラスとなる方向へと流れていくが、その逆の反応は自然には進まないため、エネルギーを必要とする。シトクロムb6/f複合体では、このエネルギーは必要とはされない。仮にかつてシトクロムb6/f複合体が電子の輸送にエネルギーを必要としていたとしても、それが今現在のシトクロムb6/f複合体に進化したと考えるのには無理があるように思われる。次に考えたのは、「シトクロムb6/f複合体はアンテナとして光合成色素をもつのではないか」ということである。光化学系のもつクロロフィルでも、酸化還元反応を行う反応中心としてのクロロフィルはその一部であり、他はアンテナ色素である。シトクロムb6/f複合体の色素は、光化学系のもつ反応中心としてのクロロフィルのアンテナとしての役割を果たしているのではないだろうか。光捕集をするクロロフィルは、その数が多い方がより光を吸収でき、そのために、シトクロムb6/f複合体も色素をもつのではないかと考えられる。光合成色素は集中して存在すると光の吸収効率は悪くなる(参考文献p.62)ため、シトクロムb6/f複合体にも色素を持たせることで分散させ、より多数の光合成色素を持とうとしているのではないか。
≪参考文献≫宮地重遠 編『現代植物生理学1 光合成』朝倉書店、1992年2月
A:面白いと思います。アンテナとして働いているという考え方の難点は、わずか1分子ずつのクロロフィルとカロテノイドしか持っていない点でしょうね。アンテナだったら、例えば光化学系1が100-200分子のクロロフィルを持っていることを考えると、もう少し数が多くないと役に立たないように思いますし。
Q:太陽電池では+と?の電荷分離効率は約20%であるのに対し、植物の反応中心では約96%という高い割合で電荷分離が行われているということに驚いた。植物の反応中心におけるこのような電荷分離効率の良さを支える分子機構を真似ることが出来れば、逆反応を出来るだけ防いだ効率のよい太陽電池を作ることが可能となるのではないかと考え、まずは植物の反応中心における分子機構について調べた。反応中心クロロフィルと過渡的な電子受容体間で電荷分離が起こり、過渡的な電子受容体はすぐに安定な電子受容体に電子を渡す。(式①)さらに、ここに次の段階の電子受容体と電子供与体との反応が加わり、電荷分離が進む。(式②)
PIX → P*IX → P+I?X → P+IX? ……①
DP+IX?A → DP+IXA? → D+PIXA? ……②
(P:反応中心クロロフィル I:過渡的な電子受容体 X:最初の安定な電子受容体 A:次の電子受容体 D:電子供与体 P+:酸化生成物 X?:還元生成物)
だが、このとき酸化生成物と還元生成物間で電荷の逆反応が起こる可能性もある。それを防ぐため、反応中心クロロフィルでは「反応速度定数の適当な組み合わせ」、「反応分子種の構造上での隣接」、「酸化生成物と還元生成物の空間的な分離」、「光合成膜の構造や機能の非対称性」というような機構がある。これらの機構によって反応中心は、速やかな電荷分離と移動や安定化をもつことが出来る(参考文献P.98より)。太陽電池においても、これらの機構で人為的に利用出来るものを取り入れることが出来れば効率が上がると考えられる。例えば、次のような機構は人為的に作れるのではないかと考えた。
・「反応速度定数の適当な組み合わせ」:植物における式①②の反応速度 定数を調べ、太陽電池でもこの反応速度定数を利用する。
・「酸化生成物と還元生成物の空間的分離」:酸化生成物と還元生成物それぞれを吸着させる物質を機構内に用い、それぞれの生成物が出来たと同時に分離させて逆反応を防げるようにしておく。
上記は一例だが、このような機構を太陽電池に用いればエネルギーの損失は減らせ、光の変換時の効率が上がるのではないかと考える。
?参考文献?光合成 (西村光雄著、岩波書店、1987年6月第1版発行)
A:太陽電池と光合成の比較は、同じ土俵で比較したものではないので、実際にはいろいろと考える必要があります。光合成の効率については、講義の後半でもう一度取り上げる予定です。
Q:Qサイクルでは、シトクロムb/f複合体のコンフォメーション変化によって電子がまわり(下り坂を下ってきた電子をエレベーターで上に上げる)、このサイクルを働かせている。 このサイクルでは、電子の動きが重要になってくる。電子は水の分解(2H2O→4H++O2+4e-)によって、シトクロム複合体に電子を渡した光化学系IIのクロロフィル(P680)に補充され、反応が継続できる。ここで疑問が生じた。どのようにして、Qサイクルを始動し、通常の動きになるのだろうか?はじめ水の分解を考えると4電子を光化学系IIから得ることができるはずだ。4電子のうちQサイクル内に残るのと系Ⅰにいくのが半分半分である。つまり2電子がQサイクル内に残る。そこにまた光化学系IIの4電子が加わり、6電子になる。また半分の3電子が残り、そこに4電子が加わり、7電子になる。とやっていくと割り切れなくなる。自分は、おそらく2回目以降の光化学系IIからの4電子がすべてQサイクルに入れられるわけではなく、必要数を入れていくのではないかと考えた。つまり上の例の3電子がQサイクル内に残っている場合、光化学系IIからは3電子入れて(1電子は1回後)、偶数にする。しかし、そうするとまた3電子がQサイクル内に残って、また1電子を1回後になってしまう。Qサイクルを始動から通常状態までもっていくとき、光化学系IIからの1電子をずっと残したままでは、いささか効率が悪いと思われる。しかし、どうすれば良いかが考えつかなかった。
A:ここは、きちんと考えようとした人だけがわからなくなる部分なので、わからなくなったということ自体、評価できます。少し考え方を変えて、系IIから2電子、Qサイクルから2電子入る状態を考えてみると、理解できると思います。「Qサイクルを始動し」という前提として、電子伝達成分がすべて酸化型であると考えているのだと思いますが、必ずしもその必要はありません。
Q:クロロフィルの、アンテナ色素と反応中心の話を聞いて。「ヴォート基礎生物学」では、このアンテナ色素から反応中心への電子の受け渡しのことを「漏斗が水を集めるように」と表現されていた。その点では納得したが、アンテナ色素から反応中心へはランダムに移動するから、最短距離というわけではないため少し効率が悪い気がする。「このアンテナ色素はこういう経路を通ってこの反応中心へ電子が運ばれる」という風に厳密に経路が決められていたら、最短時間・最小コストで光合成が行われるのではないか。
A:これについては、アンテナにおけるエネルギー伝達の経路が「決まっていない」ことが実は効率的なエネルギー移動を可能にしているという論文が今年Natureに出ました(Vol 463, 4 February 2010)。光合成系では、量子力学的な効果が室温でも表れているというものです。いわば、後から最短距離が選ばれるという、ちょっと常識的にはわかりづらい結論です。
Q:今回の授業では構造が重要であるということが面白かったです。チラコイド膜のモデルもそうですが、電荷分離が元に戻るのを防ぐために複合体内ではそのような速い反応を支える構造と仕組みがあるということが驚きでした。太陽電池の効率があがっていない理由として今の段階では電荷分離が元に戻るのを十分に防げたいないのであれば、やはりPSIIやPSI複合体から電子を取り出したいと考えるのが普通だと思うのですが、ここで考えられる困難な点を挙げてみようと思います。まず、光化学系の複合体はタンパクであるので適切な範囲のpH、温度、溶媒など多くの条件がそろわないと変性、失活し、そのはたらきを維持できない。なので光化学系の複合体を仮に色素増感太陽電池に使おうと考えた場合、電解質にヨウ素液などを使っているので、複合体がこの環境ではたらきを維持できるか分からない。しかし、電解質を水に変えてしまえばPSII複合体を利用することができそうな気がします。次に、材料として複合体を使いたい場合、精製するか、作らなくてはいけないですが、複合体なので精製中にばらばらになってしまう可能性がある、作る場合は各ドメインを目的のかたちにフォールディングしてかつ目的の位置に結合させるという複雑なことができるのかということです。もうひとつ半導体電極にどうやって複合体を結合させ安定させるかということも気になります。タンパクの質量分析の実験で、MALDI-TOF MS分析をしました。ペプチドをイオン化できるのであればそのペプチドと目的の物質、たとえば無機物などとイオン結合させることも可能なのではないでしょうか。実験ではタンパクを変性しペプチドにしてからイオン化しましたが、タンパクの状態でイオン化できれば、たとえば光化学系の複合体を半導体電極とイオン結合させることができそうな気がしました。しかしイオン化してイオン結合してしまえばタンパクの構造が壊れてしまい目的のはたらきを失ってしまう可能性もあると思います、イオン化したものには後からH?やOH?などを補って元に戻し、イオン化しやすい側鎖をタンパクの機能が変化しないところに付加させて、その側鎖と対象物をイオン化結合させるなどの方法が考えられます。それができれば非常に高効率の太陽電池ができそうな気がします。
A:人工光合成については、時間があったらきちんとまとめて紹介しようと思います。
Q:今回の授業で紅色硫黄細菌は光化学系Ⅱの先祖、緑色硫黄細菌は光化学系Ⅰの先祖という仮説を聞きました。その意見は正しいと思いますが、光化学系Ⅱが水を分解するのに対し、紅色硫黄細菌が有機物を分解するという違いがあります。ではこの違いはどこから来るのでしょうか? 授業の最後で波長の高い光は光化学系の片方しか吸収できず、結果全体としても反応しないレッドドロップという話も聞きました。赤い光を吸収できないのはどちらの光化学系か? 無論、赤の光を透過している紅色硫黄細菌に基づけば光化学系Ⅱでしょう。では、何故赤い光を吸収しないのか?
ここで一つの仮説が生まれます。かつて、紅色硫黄細菌は深海にいて、それが何らかの形で浮上したのではないかと。深海では特に赤い光が水に吸収されてしまうため、赤い光を吸収する機能は不必要です。さらに深海は貧栄養ですが、生物の死骸など有機物はあります。わずかな有機物を使って細々と生活していたが、何らかの形で浮上した際、一気に光エネルギーが強くなります。そのため効率よく光合成をすべく、周りに大量にある水を利用するように進化したのが光化学系Ⅱの始まりなのではないでしょうか?
参考文献:深海生物ファイル あなたの知らない暗黒世界の住人たち 北村雄一 ネコ・パブリッシング p.10,11
A:なかなか大胆な仮説ですね。深海が光合成の出発点かもしれない、という点については、僕のホームページの熱水生物群集の成り立ちをご覧ください。ちょっと専門的ですが。
Q:授業で光エネルギーを利用してエネルギー勾配を逆方向に進む反応を勉強した。今まで光化学系Ⅰ、Ⅱという名前は知っていたが、それが何をやっているのかを理解できて疑問が氷解した。と、そんなことはさておき、今回はそのエネルギーを光ではなく他のエネルギーでやるとしたらどうなるかを考えてみたい。電気エネルギー、化学エネルギー、熱エネルギーなどがあるが、一番利用しやすいエネルギーとして熱エネルギーで考えてみようと思う。なぜなら摩擦や分子などの運動により熱エネルギーは比較的簡単に生産できるからだ。熱エネルギーを利用するとなると植物体内には耐熱構造が出来上がる。そして葉は光を受け止めるために扁平ではなく、より熱を受けやすくするために真っ黒となり、さらに熱を逃がさないように表面積を減らすので形状は球に近くなる。そして内部では対流が起こるようにいくつかの大きな部屋に分かれていることだろう。また光エネルギーを利用していたときにはなるべく高く広くを目的に成長していくが、熱を利用する場合は高くする必要性はない。なぜなら太陽熱が届くのは地表面だけであり、高くなればなるほど熱は少なくなってしまうからだ。そのため、熱エネルギーを利用して勾配を逆方向に進む植物体は、地表面に丸くて黒いものがごろごろ転がっているような形状になるだろう。
A:面白いですが、本当は熱力学的な考察が欲しいところです。エネルギーを生み出せるのは、熱そのものというよりは温度の勾配です。ちょうど、独立栄養化学合成細菌がエネルギーを得るためには、異なる酸化還元電位を持つ2つの物質を必要とするのと同じですね。
Q:国立環境研究所のHP(http://www.nies.go.jp/kanko/news/25/25-5/25-5-04.html)によると、「分子にある波長の光(励起光)を当てると,物質はエネルギーを持ち基底状態から励起状態へ遷移します。その直後,物質が元の基底状態へ戻る際,様々な波長を有する光(蛍光)を放出します。(中略)例えば藻類量の目安であるクロロフィルaは,波長が430nm付近の励起光を照射すると660nm付近の蛍光を発する」とある。波長430nmの光により励起状態になったクロロフィルaが基底状態になるために660nmの光を放出するということは、つまり基底状態と励起状態の差が660nmの光エネルギーに相当するということである。光のアンテナの役割をするために必要な波長660nmの光は赤色である。まさに葉緑素の吸収スペクトルのピークであり、葉が緑色に見える理由であるといえる。
A:当該ホームページの記述はやや不正確です。蛍光の極大波長はもう少し長波長の680 nm付近になります。また、話は複雑になりますが、生体内で機能しているタンパク質に配位した状態でのクロロフィルの分光学的な性質は、有機溶媒に溶けた状態のクロロフィルのものとは異なります。あと、最後の部分、赤い蛍光を出すことは葉が緑色になる理由にはならないと思うのですが。
Q:今週の授業ではPSⅡ、PSⅠ、シトクロムという光合成におけるタンパク質複合体の構造と機能を学びました。その中で、シトクロムについてはまだ機能がわかっていない部分が多いとのことでした。その代表が、シトクロムb6/f複合体には、まだ役割が不明のクロロフィルa(Chl a)、β-カロテン、さらに新型のヘムx(ヘムc1ともいう)が含まれているということです。PSⅡとPSⅠの間に存在し、電子伝達によって膜内外のプロトン濃度勾配をつくるのが主な働きと思われているシトクロムになぜ光合成色素や新型のヘムx(以下3つをまとめてXと記す)が存在するのか、これについて考えてみました。このXがなにかしている可能性について考えたのは、Xは光吸収を条件的に行っているのではないか、ということです。条件というのは強すぎる光のとき、カルビン・ベンソン回路が止まり、還元力が余ってしまったときです。つまり、こういった条件になったときは通常のシトクロムの電子伝達に関わらないXが電子を受容することによって、過度の還元力合成を生成しないことが出来るのではないか、ということです。これを調べるには、このXを自然状態よりも多く存在させる変異体をつくり強い光の下で障害が減るかを調べればよいと思います。光合成細菌はこのXをもたないそうなので、光の条件を考えれば光合成細菌がもっていないことも有り得ることと思います。
A:面白い考えです。ただし、電子というのは、次々に流れていくものです。電子伝達成分が1つ増えても、それが電子を受け取ったらそれでおしまいですから、還元力の吸収源にはあまりならないのではないかと思います。吸収源になるためには、数が多くないといけないわけです。