植物生理学I 第9回講義

ATPの合成

第9回の講義では、電子伝達によるプロトン濃度勾配の形成と、それを利用してのATP合成のメカニズムについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:光合成系の酸化還元電位では2回、酸化還元電位が大きくマイナスの方向に動く。ここで疑問に思ったことは、なぜ、酸化還元電位を上げる(エネルギーを放出する)反応は少しずつ酸化還元電位がにも関わらず、下げる(エネルギーを吸収する)反応は一度に大きく変化するのであろうか。これは、光合成色素は一度にある程度大きなエネルギーを吸収するので大きく動き、放出する際は少しずつ小出しにして複雑な反応経路を作ることで、エネルギーを効率よく生体反応に利用するためであると考えられる。また、もしかしたらこの複雑な反応経路には光阻害に対する対応もあるかもしれない。いずれにしろ、このような反応経路を持つ植物が突然変異で生まれ、生き残ったことはほぼ確実であろう。

A:これは、面白い視点です。実際には、光の「光子」としての性質が、エネルギーを吸収する反応が小さなステップに分かれていない原因です。通常、光が強い、弱いと言うときには、単位時間当たり単位面積当たりの光子の数の大小を意味します。しかし、光が強くても弱くても、光の色が一定なら、1つの光子の持つエネルギーも一定です。ですから、色素がある光を吸収するときには、その時に吸収されるエネルギーはその光子の波長によって決まってしまうのです。図で上向きの矢印で示した光の吸収の際の酸化還元電位の差は、実際には、可視光の光子の持つエネルギーにちょうど対応しているのです。


Q:今回の授業の中で、微生物や酵母は酸素を用いず、発酵によってブドウ糖からエネルギーを得ることができ、エネルギー産生の副産物として乳酸やエタノールを細胞外に排出する、という説明を受けた。私はこの説明を受けて、これはミトコンドリアが周囲の細胞質からピルビン酸や酸素を取り込み、ATPを合成し、その副産物として二酸化炭素を排出するというのに似ていると思い、体内に酵母や微生物を共生させ、これらを利用している生物がいるのではないかと思った。ただし、微生物や酵母はミトコンドリアと異なりATPを細胞外に排出するわけではなく、嫌気性分解によって得られるATPは好気性分解を行うミトコンドリアによって得られるATPよりも少ないため、直接微生物や酵母からエネルギーを得ることは難しいと考えれる。ここまで考えた上で、発酵について調べたところ、発酵にはアルコール発酵の他に、乳酸発酵やアセトンブタノール発酵、メタン発酵など、行う微生物の違いや副産物として排出される物の違いで様々な種類があり、また生物のエネルギー獲得形式という意味とは外れるが、人為的に代謝機構を変換させた微生物にアミノ酸を生産・排出させることをアミノ酸発酵と呼ぶということが分かった(http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%99%BA%E9%85%B5/)。アルコールやメタンからATPを得ることはできないが、アミノ酸を得ることができる、というのは生物にとって+なのであり、自分では合成できないアミノ酸を体内で微生物に作らせる代わりに酸素やエネルギーを供給する、という共生モデルはありえそうだと考えられた。しかし、動物は必須アミノ酸を食物から得ており、必須アミノ酸をを体内の微生物から得られたとしてもグルコースやそのほかの生体維持に必要な要素を得るために食事をやめることはできず、それならば微生物を共生させるメリットがあまりないことやそもそも人間が手を加えない限り微生物はアミノ酸を排出しないことなどからこの方法でも微生物を利用している生物は居ないであろうと考えられる。

A:話は少しそれますが、人間に寄生する回虫は、嫌気的な腸の中で生存するので、活発な酸素呼吸を行なえず、有機酸を電子受容体とする呼吸を行なうので、結果としてコハク酸などが作られます。ただ、人間がそのコハク酸を利用しているという話は聞きませんね…。


Q:ATP合成酵素のF?部位がモーターの様にクルクルと回転する、ということを学びましたが、機械に取り付けられているモーターを動かすにはかなり電力を消費するイメージがあったので、F1部位の回転でもエネルギーが必要になってくるのではないかと考えました。エネルギーを蓄えるためのATP合成であっても、回転に必要なエネルギーや回転後に放出されるエネルギーが大きすぎる場合回転そのものの意味がなくなってしまいます。調べてみたところ、F1部位の回転はATPの加水分解で生じたエネルギーと、まわりの溶媒の熱揺らぎから吸収したエネルギーによるものだということがわかりました。ATP合成酵素で同時にATPの分解も行われていたら意味がないのではないか、と思いましたが、実際はATPの加水分解によるエネルギーより熱揺らぎから得られるエネルギーが大きいので、ATP分解よりもATP合成のほうがはるかに多く行われているようです。F1部位が固定されていた場合と比べ、回転させた場合はエネルギーが必要になるけれど「熱揺らぎ」という物質の物理的な現象を利用してエネルギーの損失を最小限にとどめているのではないか、と考えられます。 (http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/main.html?right/~seibutu/projects/f1_j.html参照)

A:この「合成したATPを利用して回転している」というのはATP合成酵素の逆反応の話とごっちゃにしていませんか?合成したATPは、逆反応においてプロトンを排出するためのプロトンポンプの駆動力として使われ、それに伴ってATP合成酵素(実際には逆反応なので、ATPの分解とプロトンの能動的な輸送を触媒する)の回転が起こります。最初のモーターの話についても同じことが言えます。発電機とモーターの構造は、実はほぼ同じですよね。酵素反応というのは、たいてい逆反応も触媒するものであり、反応はどちらの方向にも進みえます。東工大のホームページの記述は、非常に詳しくて面白いのですが、情報がいっぱい詰まっているので、誤解しないようによくよく自分の頭で考えなくてはいけません。なお、この研究を行なった東工大の久堀さんは早稲田の教育・生物の先輩です。


Q:ATP合成が回転運動によって行われているということはなんとなく聞いたことがありましたが、その合成酵素が非対称的な構造でATPを合成しているということは非常に意外でした。ATP合成酵素が非対称的な構造をとっており、それを回転という動作により合成自体は均等に行っているというのは凄く効率的だと思いましたが、それでも回転する以上は一定の方向性があるので対称性についてはやはり保たれていないのだと思いました。しかし、他の合成タンパク質を考えると、分子内で対称的な構造をとっているもののほうが珍しいのだと気づきました。また一方で、モーターについては、電池で動く市販のものであっても内部は軸を中心に対称的ですが、一般的にそれを取り巻く外部については対称的でないのだと思いました。回転運動によってATPを合成するというので、回転するものを想像してつい対称性を考えてしまいましたが、今回のATP合成酵素で改めて生物を小さい単位で見たときの非対称性を感じました。

A:確かに多くの場合、対称的であるとされるものも、スケールを細かくしていくと非対称的な部分が目につきます。ただし、それは、生物でなくても同じかもしれません。数学の対称性の場合は、それ自体に意味がありますが、生物や人工物の場合、対称的な性質というのは本質的に要請されるものではなく、その方がうまく動くから、という実用的な面から求められているものだと思います。なので、実用的でさえあれば、細かな非対称性は問題にならない、ということがあるのかもしれません。


Q:授業で聞いたとき、水素と二酸化炭素からメタンを作ることができるなんて、メタン合成細菌はすごいと思った。これがあれば資源問題に大きく貢献するのではないかとも考えた。だがよく考えてみれば、二酸化炭素を使ってメタンを作り、燃焼したときには酸素を使って二酸化炭素を放出する、ということは二酸化炭素の量は変わらないかもしれないが酸素が減るので全体的に見ると空気中の酸素が減って二酸化炭素の割合が増えてよくないのではないかと考えた。ここで水素からの燃料ということで水素燃料電池を思い出した。水素燃料は、水素と酸素で水を作り出すときのエネルギーを使う方法である。酸素は水になってしまうが、これが植物などに取り込まれれば光合成の手助けになり最終的に酸素にもどって収支が同じになるのではないかと考える。ということはメタン合成においても、二酸化炭素の酸素部分が水素を酸化した後に変化した物質が最終的に酸素になって、メタンを燃焼するときに必要な酸素分を補えばサイクルとして成り立つと考えた。そして調べてみると、どうやらメタン細菌は CO2 + 4 H2 → CH4 + 2 H2O というような反応を行っているようなので、つまりは水を生成しているのである。そうなると酸素の収支は合い、さらに合成は二酸化炭素からはじまっているので、むしろ環境に良いのではないかと思った。つまりうまく利用すれば資源問題にも温暖化問題にも貢献するのではないだろうか。
参考文献:http://www.1023world.net/blog/2009/07/13、2009年12月14日21:00現在

A:難しく考えて議論されていますが、全体として眺めると案外単純な話であるように思います。水素と二酸化炭素からメタンを作って、それを酸素で燃やした場合、結局、できるのは水と二酸化炭素です。つまり、全体を通してみれば水素を燃やして水にしているのと同じですね。メタン細菌の中で、さらに水を作る反応があっても、全体の方向は変わりません。つまり、二酸化炭素に関しては、特にプラスマイナスがあるわけではないので、同じエネルギーを得るのであれば、そのまま水素を燃やした方が、おそらく効率が良いのではないかと思います。


Q:~酸化反応~
・亜硝酸酸化細菌:NO2- → NO3 においてNの酸化数は+3→+6に変化している。この際反応に要するエネルギーは、-76.04 [kJ/mol]、よって吸熱反応である。(http://www.geocities.jp/acaradisco55/Taikou/science63.htmlよりエネルギー値引用)また、
・アンモニア酸化細菌:NH3 → NO2- においてNの酸化数は-3→+3に変化している。上記同様、酸化数が増加しているため、エネルギ-は負の値をとり、吸熱反応であることがわかる。
~硝酸還元細菌~
硝酸還元細菌:NO3- → NO2- においてNの酸化数は+5→+3に減少している。この際放出されるエネルギーは、亜硝酸酸化細菌の逆の反応であるから、+76.04 [kJ/mol]となる。同様にNO2-を還元していくと、Nの酸化数は減少して結果的にN2となり酸化数はゼロとなる。
吸熱反応は系外のエネルギーを用いて、系内のエネルギーとして使っている。講義で用いられたスライドを見る限り、酸化でも還元でもエネルギーの産生が行なわれているように私は認識している。エネルギーの生産だけで考えれば、酸化によってエネルギーを得る(例:使い捨てカイロ)ものが当たり前だと考えていた。以上より、酸化数の増減とエネルギーの放出・吸収に因果関係は必ずしも成立しないのではないか、と考えた。

A:講義でしゃべったことも聞いていてくださいね。講義で説明したのは、「窒素循環という話の中で説明を受けると、窒素に注目することになるので、窒素の酸化によっても還元によってもエネルギーが生み出されるように取れてしまう。しかし、実際には窒素の酸化は酸素という酸化剤の存在によっておこり、還元は、水素などのほかの還元剤によっておこるので、酸化還元反応の片側(この場合は窒素)だけを取り出して議論するのは意味がない。」ということなのです。


Q:講義での、「通常植物は発酵は行わないが冠水した根では報告がある」という話について興味を持ち、調べてみると、イネなどの植物では冠水条件時に酸化的リン酸化が機能せず、アルコール発酵が行われることが分かった(1)(2)。また、これらの植物はアルコール発酵の途中段階で発生する有毒なアセトアルデヒドを酢酸に脱水する酵素を持っているため、冠水時に他の植物よりもアルコール発酵を有利に利用できることが分かった(2)。アルデヒド脱水素酵素の遺伝子は、人間では持っている人と持っていない人がいるということをよく聞く。植物でも限られた種類しかアルコール発酵を利用できない理由の一つが、アセトアルデヒドを脱水素できないことであるなら、人間などの動物で筋肉での嫌気的解糖にアルコール発酵ではなく乳酸発酵を使っている理由も同様であると考えられる。また、植物や動物でアルコール発酵があまり利用されないのは、おそらく多細胞生物では反応の過程で生成された有害物質を速やかに体外に排出できないためだと考えられる。
(1)http://kaken.nii.ac.jp/ja/p/16580011, (2)http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmg/nakazono4.html

A:進化的な損得を考えると、そもそも人間のアルデヒド脱水素酵素についても、いろいろ考えることができますね。お酒を飲むことを前提に考えるとアルデヒド脱水素酵素があった方がよいように思いますが、そもそも、ヒトはお酒を飲むことを前提に進化したわけではないでしょうからねえ。冠水するかどうかは、生育環境によって様々でしょうから、その環境に応じて酵素を持つか持たないかが左右されている、と考えるのは妥当なのではないかと思います。


Q:亜硝酸酸化細菌と硝酸還元細菌のエネルギー獲得様式において、酸化でも還元でもエネルギーができる、という点に興味を惹かれた。しかしどちらにしても、酸素で還元、水素で還元する為、実際には無限にエネルギーができるわけではないというオチが面白かった。半永久的にエネルギーを作ることは難しいと先生はおっしゃられたが、ふと放射線を食べてエネルギーに変える菌がいることを思い出した。この菌を利用することに成功すれば、この記事にもあるとおり、宇宙には放射線が無限にあるため、エネルギーを作り出すことは可能ではないかと考える。
http://digimaga.net/2008/03/fungus_eats_radiation.html

A:これは、面白いのですが、放射線の利用を「半永久的」というのであれば、普通の光合成もやはり半永久的な電磁波の一種である光を利用しているわけですから、植物はみな半永久的にエネルギーを生み出していることになるのかな、と思いました。とすると、わざわざ放射線を持ち出すこともないかもしれません・・・。あと、この話のもとはPLos Oneの論文ですが、それを見ると炭素源として酢酸を使って培養しています。「放射線を食べる」というのは、この日本語記事および、その元のFOXニュースの記事の勝手な解説のようですね。