植物生理学I 第8回講義

生体のエネルギーと代謝

第8回の講義では、前回の続きとして光の色に対する応答と光が過剰な時のエネルギーの散逸について触れたあと、エネルギー代謝のイントロダクションとして呼吸の基本的なメカニズムについて解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:授業で炭素の数と化合物の種類の数について学んだとき、生物はなぜ炭素からなる物質で構成されていて、それを利用するのか疑問に思いました。動物にとっての三大栄養素である炭水化物、タンパク質、脂質も、遺伝子であるDNAも植物の光合成で作られるでんぷんや植物を支える細胞壁のセルロースなども、すべて炭素化合物です。地球上に一番多い元素を調べると、酸素でクラーク数49.5%、その次はケイ素で25.8%であるのに対し、炭素はわずか0.08%しか存在しないので、生物が炭素骨格を持つことをますます不思議に感じました。そこで私が考えたことは、炭素は反応性が低いということです。炭素は電気陰性度もイオン化傾向も高くなく、一度化合物を作れば安定して存在できることがよく利用される理由だと考えました。また酸素では2つの相手としか結合できませんが、それに比べて炭素は4つの相手と結合できるので、化合物が多様化、複雑化できることも生物が炭素骨格を持つことになった理由だと考えられます。窒素やリンは3つの相手と結合でき、多様化はできますが、平面構造になりがちで、立体構造になるには水素結合やファンデルワールス力による弱い結合になってしまうので、炭素と比べると安定しなくなってしまうと考えられます。地球上に2番目に多く存在するケイ素は炭素にくらべて原子が大きいので、水素などの小さい原子と結合すると不安定な立体構造になってしまうと考えられます。以上の点から、生物が炭素を中心に構成され、利用し、発達してきたと考えられました。

A:これは面白い観点からのレポートですね。今までにないタイプのレポートで珍しいので紹介しました。


Q:11/24の講義ではキサントフィルサイクルは、光の強さによってエポキシ化、脱エポキシ化の酵素量を変え、弱光時には光を効率的に利用し、強光時には励起エネルギーを熱として放出するとい内容があった。ではこの一連の反応はどれくらいの期間の応答なのか?先週の授業でも取り上げていた実験では、光受容体が光を受け取りシグナルを発し葉緑体が移動するまでに数時間以内での反応だった。ということは引き起こされたシグナルがエポキシ化、脱エポキシ化の酵素の転写調節に達するのは数時間以内だと考えられる。転写から酵素が作られるまではそれほど時間がかからないので、このキサントフィルによる受光の調節は短期的に行われると考えられる。

A:実際には、キサントフィルの相互変換は酵素反応なので、分のオーダーで進行します。ですから、短期的な応答の中でも短い方ですね。


Q:ホタルの光でATP合成の測定したJagendorfの実験に興味を持ち、ATP合成の可否をホタルの光で測ったが、ほかのもので代用することはできないかを考えた。発光する生物を考えると、クラゲを思いついた。調べてみるとウミホタル、ホタルイカ、発光クラゲ、ヒカリゴケがあり、ホタルと同じルシフェリン?ルシフェラーゼ反応により発光するものと、過シュウ酸エステル化学発光というものがあることがわかった。しかし、『過シュウ酸エステル化学発光ではシュウ酸誘導体と過酸化水素との反応に伴って、共存する蛍光物質が発光します。』とあるように、実験生物をそのまま使い実験の測定に用いることはできないと考える。ルシフェリン?ルシフェラーゼ反応と過シュウ酸エステル化学発光の2つを使い分ける生物も存在するかもしれないが、少なくとも発光生物の発光する箇所を抽出すればJagendorfの実験を使いルシフェリンーフェラーゼ反応を行う生物はわかると考える。 参考・引用文献:http://science.is.akita-u.ac.jp/education/sentan/chemilumi/index.html

A:気をつけなくてはいけないのは、ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応というのは、いわば総称であって、実際に使われる物質は、生物種によって全く異なることです。ですから、同じルシフェリン・ルシフェラーゼ反応と名前がついていても、ホタルの場合はATPを必要としても、ほかの生物の場合、別の物質を使う可能性もあります。このあたり、面白いと言えば面白いところです。


Q:今回はエネルギー代謝解糖系について疑問を持ちました。 スライドに示された中間体のエネルギー順位を示した図について、エネルギー順位の大きい方から5番目の物質から6番目の物質に移るとき、この個所のみエネルギー順位が上昇していました。 解糖系はグルコースから中間体を経ることで徐々にエネルギーを取り出す機構である一方でわざわざエネルギーを加えることはどんな意味を持つのかという点に関して考えてみたいと思います。 ヴォート生化学によれば、上で挙げた5番目の物質はGAPとDHAPという物質にあたり、6番目の物質は1,3-BPGという物質でした。この反応過程でリン酸基が一つ付加されることによりエネルギー順位が上昇すると考えました。GAP以降の中間体はすべて炭素数が3であるため、炭素間の結合からはエネルギーを取り出すことができません。以降の過程ではリン酸基の移動と脱水反応をもちいてエネルギーを取り出しているようなのですが、そこに疑問の答えがあると考えました。GAPにリン酸を付加することでリン酸の移動の回数を増やすことができ、その間により効率的にエネルギーを回収しピルビン酸まで反応を進めることが可能になっているのだと考えました。

A:確かに、リン酸基の付加というのは生物の反応にとっていろいろな意味で重要です。目の付けどころがいいですね。ただし、ここで見られる自由エネルギー変化はそれほど大きくないので、実際の反応の進行にはそれほど大きな影響は与えません。だからこそ、リン酸基をくっつけるチャンスだ、という見方もできるかもしれませんね。


Q:Mitchell の化学浸透説に興味を持ちました。かつてはATPの合成は高エネルギー中間体を経て起こると考えられていたところを、 Mitchell はATP合成はプロトン濃度勾配という高エネルギー「状態」であると考えた。そしてJagendorf の実験によってそれが証明された。葉緑体を酸性液につけていたところをいきなりアルカリ性液に変えるとATP合成が行われる。つまりミトコンドリア内の電子伝達系の働きによって,プロトンがマトリックスから内膜を通り外膜との間のスペースに放出される。そのプロトンがクリステからマトリックスに流入するさいにATPがつくられ、そのエネルギーは,プロトンの濃度差である。Jagendorf の実験によれば、ただ溶液のpHを帰るだけでエネルギーを運搬するATPが作られるということですが、そのエネルギーは火力と違い完全なクリーンエネルギーではないか、ATPのエネルギーを動力機関の動力に利用することはできないかと考えました。真っ先に思いつくのが電気ウナギによる発電です。新江ノ島水族館ではデンキウナギの発電能力を利用してクリスマスツリーをライトアップさせたりしています。しかしウナギは生物であるため断続的に等量の電力を取り続けることはできません。デンキウナギの筋肉性発電組織を人工的に作るかウナギから発電組織だけを摘出・保存し、ATPを葉緑体から抽出してそれを発電組織に使わせることができれば二酸化炭素を排出しない発電機ができるかもしれません。
参考文献:植物生化学   著者: ヘルト,H.W.(ハンス・W)、シュプリンガー・ジャパン株式会社
http://shonan.keizai.biz/headline/389/

A:電気ウナギは面白いアイデアですが、実際にエネルギーを考える上では、電圧、電流、持続時間をかけ合わせた結果を考える必要があります。電気ウナギ、雷、静電気は、いずれもかなりの電圧を持ちますが、結局、電流と持続時間が問題となります。これからの冬の季節は、静電気でもって発電できたらさぞかしいいだろうなとは誰しも思いますが。


Q:今回の授業でシアノバクテリアのフィコビリソームの補色順化について触れられていた。フィコビリソームは浴びた光によって色素を変えるというすばらしい能力を持つが、どうしてそれ以外の植物がフィコビリソームを持っていないのか疑問に思った。陸上植物はシアノバクテリアよりも進化が進んでいるはずだが、どうしてフィコビリソームは進化の過程で失われたのだろうか。陸上は水中よりも光量が多いため、そこまで必死に光を集める必要が無いのかもしれないが、より多くの光を集めた方が有利な環境も存在するはずである(森に生える背の低い植物など)。

A:非常によい目の付けどころだと思います。ここでさらに仮説を立ててくれると、完璧なレポートです。


Q:植物が過剰な光を受け取った際、活性酸素の発生によるダメージを防ぐために、余分な光エネルギーを熱として発散する機構が存在するということであった。このとき、発生した熱を外に放出せずに、何かに利用することはないのだろうかと考えた。例えば、この熱を植物自体を温めるのに用いたとすると、光合成機能は温度が上がることによって高まるため、光合成機能が上昇し、ダメージを防ぐのに役立つのではないか。しかし、実際に自然状態での強光状態というと、直射日光を受けている状態が想定されるが、この場合直射日光による熱は余剰な光エネルギーで生じる熱とは比較にならないほど大きいと考えられ、逆に熱を放散しなければ葉にダメージを与える結果にもなると考えられる。このように考えると、余剰な光エネルギーから生じる熱をなにかに利用する意義は特にないと考えられる。

A:これは、論理がきちんとしていますね。ちょっとそっけないですが、僕が求めるレポートとしての条件をきちんと満たしています。


Q:今回の講義では、照射する光の色に対する細胞の色の応答について興味を持ちました。細胞が、照射された光の色の補色に変化するというのは、色素のフィコシアニンやフィコエリスリンの量的変化を伴うので、エネルギーの消費も伴うと考えられます。細胞が光の色に対応して補色に変化すれば、光の吸収効率は上昇すると考えられますが、それに際して消費するエネルギーがそれを超えてしまい収支がマイナスになってしまうと、エネルギー的に不利になるので、実際には効率が上がって得られるエネルギーの増分のほうが大きいのだと考えました。そこで、色の変化に際して、フィコエリスリンまたはフィコシアニンの一方を分解してエネルギーを得れば、収支が安定するのではないかと思いました。しかし、「フィコビリソーム」(近藤, 久益子; 佐藤, 桃子; 広瀬, 侑; 渡邊, 麻衣; 池内, 昌彦 低温科学 = Low Temperature Science, 67: 295-301 2009-03-31)によると、補色順化の際には色素の分解を伴わず、色素の合成によって行われています。したがって、やはり適応順化によって増加するエネルギーは、色素の合成にかかるエネルギーよりも大きいのだと考えられます。

A:これは素晴らしい。現象としての損得だけでなく、その現象を引き起こすための合成や分解のエネルギーの収支まで考えるという態度は立派です。自分の考えと調べた結果をきちんと融合させている点も高く評価できます。