植物生理学I 第10回講義
酸化還元と電子の伝達
第9回の講義では、電子伝達の反応という、エネルギー代謝以外の生物学ではあまり扱わない物理的な内容について説明しました。今回は寝ている人が多かったですね・・・。しかし寄せられたレポートを見ると、かなりきちんと理解している人が多いようで、かえってびっくりしました。
Q:Qサイクルに興味を持ちました。Qサイクルでは、2つのe-が通過する時のエネルギーを利用し、倍のH+を運ぶことができます。Qoからの反応が進んだ時に、余分なエネルギーが発生するのならば、Qサイクルを回さないよりも、回した方が効率がよいと思われます。Qサイクルが進むか否かで、H+の量を変える事が出来るということは、H+が過剰または不足した時に調節する役割をQサイクルが担っているのではないでしょうか。
A:これは面白い考え方だと思います。昔はQサイクルが必ず回っているのか、それとも回らない時もあるのか、という点について議論がありました。ただ、シトクロムb6/f複合体の構造変化が起こって電子の「振り分け」がおこることが明らかになったので、現在では必ず回っていると思っている人が大部分だと思います。それでも、回らない時の利点を考えてみる視点は重要です。
Q:今回は授業中に「世界でまだだれも理由を突き止めていない」と紹介されたシトクロムb6/f複合体中のクロロフィルaとβカロテンについて考えてみたいと思います。そこに存在しているからには何らかの役割を担っていると考える事を前提に話を進めてみたいと思います。まず考えられることはこれらの色素が複合体中で、1)光を受容して働く、2)光の受容と関連性を持たずに働く。という二通りが考えられます。ここで東京大学大学院総合文化研究科 栗栖源嗣氏の書いた生命史ジャーナルの記事に以下のような記述があります。「クロロフィルaが結合している部分は、光合成細菌ではシトクロムbの一部分でうまっており、b6/f 複合体がβカロチンを挟み込んでいる部分は、光合成細菌には元々存在していない。」※1
この記述から、電子伝達系の役割を満たす上では色素の存在は不必要であり、上で上げた2)の可能性、言い換えれば、分子の立体構造を埋めるために組み込まれた可能性を否定できると考えます。よって2)では、クロロフィルaとベータカロテンの挿入により下等植物のシトクロムにくらべ立体構造が変化し電子伝達効率が上昇させる役割があると考えられます。1)について考えれば、先に上げた色素の挿入による電子伝達効率の上昇にくわえ、光を受容することによってさらに複合体のコンフォメーション変化をもたらし、例えば強光条件下で電子を流す速度をさらに上昇させる働きを持つことなどが推測できます。
※1引用元「JT生命誌研究館」HP参照http://www.brh.co.jp/
A:何らかの光スイッチとして働いていたりすると面白いのですが、現時点においてはそのようなデータはないようですね。将来の研究に期待したいところです。
Q:トンネル効果の説明に大きな驚きを感じました。トンネル効果はつまり量子力学を利用した物理現象であり、電子は物体間を移動していますがその移動している間の状態の電子は存在しないと考えられます。量子力学はSFなイメージ(惑星間交信や量子コンピュータなど)があったので、植物という身近なところで利用されているということに驚きました。移動している間の電子は存在しないということは、その間に必要となるエネルギーや時間、抵抗もまた存在しないということではないでしょうか。つまり電子伝達部位と真空管を使い、トンネル効果を連続させて電子を一瞬で遠距離を移動させることができれば、通信や電力の配給に利用できるのではないでしょうか。
A:「移動している間の電子は存在しないということは、その間に必要となるエネルギーや時間、抵抗もまた存在しない」というわけにはいかないと思います。電子移動の中間状態電子のエネルギーレベルは非常に高いために普通であれば活性化エネルギーが大きすぎて起こらない反応が起こるのは確かですが、反応が起こるからには、最初のレベルよりは最終レベルの方がエネルギーのレベルは低くなりますし、「一瞬」で反応が起こるわけでもありません。ちょっと僕の説明が舌足らずだったかも知れませんね。
Q:今回の授業では物理的な話が多く物理を勉強していない自分には多少理解が難しかったが、光合成の光化学反応は非常に効率が良いということはわかった。光合成電子伝達鎖について疑問に思ったがPSIIからPSIまでの一連の電子伝達は連続して起こるのだからそれぞれの分子がが結合して一つの複合体となれば、より効率がよくなるのではないかと考えた。各分子が同数かつ近距離に存在するのがもっとも無駄が少ないと考えられるためである。
A:これも面白い発想ですね。確かに、呼吸の反応においてクエン酸回路に入る前のピルビン酸からアセチルCoAを合成する酵素では、複数の反応を進行させるため、三種類の酵素が一つの大きな複合体を作っています。電子伝達においてなぜそうなっていないか、という答えはわかりませんが、一つは、既に十分に大きい、ということがあるかも知れません。例えば光化学系1はサブユニット十数個に色素が百数十分子、さらに鉄イオウセンターやキノンなどが結合した極めて複雑な超分子複合体です。この程度が複雑さの限度かも、と思わなくもありません。
Q:植物の光を利用する反応は太陽光を96%ぐらい利用できているとのことであった、一方太陽光発電は10%程度でしかないとのことだが、この二つにはどのような違いがあるのか調べ、どうすれば効率よく太陽光を利用できるのかを考えてみる。
太陽電池でうまく利用できない理由としては、太陽光のパネルへの反射を抑えられない。いろいろな波長があり、どの波長を利用するかはそれぞれつくりかたが変わってくる。電子に変換しても途中で消失してしまう。これら以外にもいろいろな要因がある。では植物はなぜうまく利用できているのか、やはりこれは「生物」であることがうまく利用できる大きな要因なのだろう。「生物」であるから光が足りないなどの問題があるときに対応ができるわけで、人工物である太陽電池は自ら対応するなんてことは当然ありえない。しかし、上に挙げた問題は解決策を考えることができる分これから先、太陽エネルギーを効率よく利用できるだろう。
専門知識を持っているのでないため自分なりに簡単にではあるが解決策を考えるとすると、まずさまざまな波長がありその波長をすべて吸収できる材料がないのであれば、それぞれ光の波長の割合を調べ、その割合に応じて一枚の吸収板に適した割合(たとえば0.2マイクロメートルの波長が一番多いのであれば混ぜて作る板におおく含ませる)で作ってみてはどうだろうか、また反射を抑えられないのであれば、光ファイバーなどの光が入ったら逃さない素材を利用すれば少しは利用率を上げることができるかもしれない。しかし、これはあくまでも専門的な知識がない状態で解決策を考えたので簡単なことしか言えないが、鍵は植物の光合成にあるのは間違いないだろう。
A:太陽光発電も、最新のシステムでは変換効率が20%を超えたようですね。光合成の場合、96%というのは、あくまで正電荷と負電荷を分ける、最初の光化学反応の効率です。もし、有機物の合成までを考えたらばずっと低くなります。太陽電池の効率を上げる研究は非常に多くされています。いわゆる色素増感などの研究もあります。一度人工光合成の話もしましょうかね。
Q:光合成の明反応における電子伝達について調べると、高等植物やシアノバクテリアは反応中心としてPSIIとPSIの二つを持っているが、紅色光合成細菌はPbRCという一つの反応中心だけを持つことが分かった(1)。PSIとPSIIの吸収する波長は異なるため、高等植物やシアノバクテリアがATPとNADPHを生産するまでには二種類の波長の光が必要となり、一種類の波長で完了できる紅色光合成細菌の方が一見有利なように思える。しかし、実際のところ、PSIとPSIIは集光アンテナ(LHC)の移動によって光の吸収量のバランスを調節することができる(青色光が照射されている状況ではPSIの方が多くの光を吸収するのでLHCがPSIIの方に移動し、赤色光では逆の事が起こる)(2)ため、二種類の反応中心を持つことでが逆に利用できる光の幅が広がっていると言える。また、シアノバクテリアや高等植物の電子伝達系には非循環経路(NADPHが多く作られる)と循環経路(ATPが多く作られる)が存在し、これによって必要に応じてATPとNADPHの生産量を調節できるが、紅色光合成細菌の電子伝達系には循環過程しか存在しない(3)。このような点から考えると、結局紅色光合成細菌よりも、シアノバクテリアや高等植物のほうが優れた電子伝達系を持っているということが分かる。紅色光合成細菌が一つの反応中心しかない単純な機構を用いていることには、「光合成細菌が400~800nmの可視光が届かない暗くよどんだ池に生息する(4)」ことが関係しているように思われる。つまり、元々利用できる波長が限られているので吸収波長の違う複数の反応中心を用いることができないのだと考えられる。
参考文献:ヴォート『基礎生化学』東京化学同人
2007、(1):p.364~366 (2):p.373 (3):p.366,372 (4):p.364
A:光化学系を1種類持つか、2種類持つかという問題は非常に面白いところです。実際には、おそらく水を分解して酸素を発生する能力を持つかどうか、という点と非常に密接に絡みます。この話は、講義の残りのどこかでやりたいと思います。
Q:1周しているすべての経路が下り坂であるということはありえないという話を聞いたが、これからだまし絵を思い出した。正方形を階段が囲うようにして一周していて、歩いたら永遠にぐるぐる回ることになり、また一辺一辺はすべて下り坂というような絵である。だまし絵なわけであって実在させることができるのかどうかはわからないが、もしできるとしたら動物はずっと下り坂を降りている気分で歩き続けることができるのではないだろうか。つまり実際はその階段の存在そのままの負荷(たとえば平面がでこぼこしているだけ)しか体にはかかっていないはずだが、錯覚により実際とは異なる感じ方をすることで偽の負荷がかかるのではないかということだ。たとえば平面を歩くときと階段を昇降するときの使う筋肉は違うと思うのだが、錯覚により平面を歩いているのに階段を昇降しているときの筋肉を使うということがありえるのではないだろうか。視覚による錯覚というのは、すごいもので私も体感したことがあるが本当に体は錯覚を起こすことができる。これを利用して化学の反応系を回すことができないだろうかと思ったのだ。化学ではないが、たとえば人間は寒いと体温をそれ以上下げないためにじっとしたりして、動きがにぶくなる。暑いときも動くのが億劫になり行動の効率が下がる。これがもし感覚器官が錯覚して寒いのに寒いと感じることがなくなったらこれらのことを克服することができる。一つの系だけでは難しいがほかの感覚器官などが組み合わさることによって錯覚を利用して、反応経路のすべてを下り坂にしているように見せかけうまく反応させている生物がいるのではないかと思った。
A:講義内容とはあまり関係ないような気もしましたが、面白かったので。これを読んで2つのことが気になりました。一つは、人間の「反応」と化学の「反応」を同じレベルでとらえていることです。人間の反応は論理的である必要はありませんし、常識と反していても構いませんが、化学の反応は、人間の都合で変わるということはありません。もう一つは、錯覚といえども、生物の進化のたまものだ、ということです。何らかの適応意義があるからこそ、生物は錯覚を起こすはずです。そのあたりをきちんと考えると面白い考察ができそうですね。
Q:今回の講義では光化学系やシトクロムの構造について述べられていた。そこで僕が気になったのは、構造の左右対称性である。講義の中で確認した一連の光化学系における構造は左右対称であり、その中でもタンパク質、色素、電子伝達成分の一つ一つをとってみてもその性質は変化しない。このことは植物が光合成をすることでエネルギーを得る、という過程で最適にエネルギーを得るためにとった構造であると考える。なぜなら左右対称の構造は局在性が存在することがなく、左右どちらかの方向からの伝達が大きかったり、小さかったりしても一定の効率で電子伝達によるエネルギーを生み出すことができるからである。
A:この対称性の問題は、研究の一つのトピックになっています。陸上植物の光化学系1においては、対称性があるといっても、反応中心を直接構成する2つのサブユニットは(似てはいるけれども)別のタンパク質ですが、光合成細菌の場合は1つの同じサブユニットが2つ集まって反応中心複合体を形成しています。つまり、古い起源の生物では、より対称性が高いことになります。また、電子伝達も、左右の両方を使える場合と、実際には決まった側しか使えない場合があります。このあたりの理由は必ずしも完全には解明されていません。
Q:今回の授業で反応中心の話が出ていました。反応中心の数は少なく、周りの色素が反応して反応中心に集まるような仕組みになっている、また、反応中心が多いと様々なメカニズムや因子が必要になるため、多すぎるのも良くないとの事でした。生体内に最低限必要な反応中心の量と維持していく上で困らない反応中心の量があると思います。これらの量のバランスが取れた時が効率の良いシステムが出来上がった状態だと考えられます。 植物はおそらく効率の良い状態だからこそ生きているのだと思います。それでは、反応中心はどのようにして“ちょうど良い”割合で存在しているのでしょうか。自ら制御して作り出すのでしょうか、後から量を調整できるのでしょうか。 光量が少なければ必要となる反応中心は少なくて良いのではないかと考えました。したがって、光量が変化すれば必要な反応中心の量も変化すると考えられます。そこで、光量の異なる条件下で生育させたものを比較することで分かるのではないかと思いました。存在量が光量に関わらないのであれば全く無意味なのですが・・・
A:この光環境が変わった時の反応中心の量の調節の問題は、僕の研究室で研究を進めている中心的なテーマです。ここで考えなくてはいけないのは、「何あたりの量で比べるか」という点です。光を吸収する色素の量をそろえて、反応中心を数えるのか、それとも二酸化炭素を直接固定する酵素の量を基準にして考えるかによって、答えは大きく変わってきます。別の言い方をすれば、量ではなくて量比が重要だ、ということでしょうね。
Q:今回の講義で、電子は酸化還元電位差が大きいほど早く動くわけではない、ということが溶媒効果とマーカス理論によって説名できる、という点がよく理解わからなかったので質問をさせてください。まず講義では、溶媒効果により、溶媒中の分子は溶媒からの影響を受けるため、ある程度の幅のエネルギーを取りうると説明を受け、次にマーカス理論により、分子間のエネルギー差がほぼ同位の時に、電子は分子間を移動すると説明を受けました。そして、分子間の電位差が低ない時は、中々エネルギー差がほぼ同位にならないために、電子の移動速度が遅く、分子間の電位がある程度高い時は、エネルギー差がほぼ同位に比較的なりやすいので、電子の移動速度が速くなるが、しかし分子間の電位差がある一定量以上になると、分子間のエネルギーの差が溶媒効果によって取りうるエネルギーの幅よりも大きくなってしまうために、段々と電子の移動速度が遅くなっていく、という説明を受けました。電位差高すぎる時に電子が移動しないというのはわかりますが、電位差がない時に電子が移動しないことや、電位差が低い時に移動速度が遅く電位差がある程度高い時に早くなるというのはなぜなのですか?電位差がなかったとしても溶媒効果によって分子はある程度の幅のエネルギーをとりうるのだから両分子間にはエネルギー差が生まれ、電子は移動するのではないでしょうか?また、電位差が高すぎないのであれば、同様に、とりうるエネルギーの幅の中で両分子間のエネルギー差がほぼ同位になる点があるのだから電位差がある一定の高さになるまでは電子の移動速度は一定になるのではないのでしょうか?
A:2つの分子のエネルギー準位にほとんど差がない時に、電子が移動しなくなるわけではありません。電子は移動するのですが、問題は方向です。エネルギー準位に差がなければ、どちらの方向へも電子が移動しますから、結果としては、ある方向への電子移動と、逆の方向への電子移動が同じ回数だけ起こります。とすると、個々の電子移動反応は起こっていても、結果として、全体としてみた時に電子が流れる速度は遅くなってしまうことになりますよね。