星屑から生まれた世界 進化と元素をめぐる生命38億年史
ベンジャミン・マクファーランド著、渡辺正訳、化学同人、2017年、388頁、2,800円
原著の副題は「周期律表がどのように生命を形作ったのか」というもので、様々な元素の性質が生命の本質を規定しているということを、多くの実例を挙げて平易に解説している。各元素の大きさや溶解度、酸化還元のしやすさなどによって、生体内での役割が規定され、そのような性質と、生物が利用可能なそれぞれの元素のその時点での地球上の濃度とによって、実際の生命の進化が左右されたという説明には説得力が感じられる。また、光合成による地球生態系への酸素の供給は、普通、酸素の毒性や、呼吸における利用を通して生命の進化に影響を与えると考えがちであるが、もう一つ、生態系を酸化的にすることによって生物が利用可能な元素の種類を変化させたことも、進化に影響を与える大きな要因であることが指摘される。著者は化学のバックグラウンドをもって合成生物学的な研究をしている人のようであるが、思い付きでストーリーを紡ぐのではなく、それぞれのストーリーを裏付ける論文に基づいて議論する姿勢が徹底しており、巻末につけられた引用文献の総数は900近くに上る。生物学的現象の化学的な背景を知ろうというする生物学者にとっても、十分に勉強になるだけのレベルの本になっている。一方で、文章はあくまで一般向けであって、わかりやすさを追求しているため、むしろ、ある表現が科学的に何を指しているのかがぱっと理解できない場合もある。「レチナールが光を吸収した瞬間、曲がっていた分子がピッとまっすぐになる。その分子変形がタンパク質の鎖をひずませ」ぐらいであれば、むしろ親切でよいかな、と思うが、「大腸菌は、やってきたヒ酸を専用のタンパク質で始末する」と言われると、どう始末するのか具体的に読み取れない。とは言え、この記述にもきちんと引用文献がつけられているから、そんなことが気になる専門家は自分で調べればよい、ということなのだろう。もう一つ興味深いのが、進化の方向性に対するこだわりである。本の中では、生命のテープを巻き戻すと次の時には別の進化が引き起こされるはずだというグールドの考え方が繰り返し批判される。これは、どうもキリスト教的な背景があるようで、人間の存在が偶然の産物である可能性が受け入れにくいらしい。化学的に考えると、生物の進化の大筋の方向性には必然性がある、という主張自体は、それでよいようにも思うが、議論自体は「高等な」生物に向けての一本道の進化を前提としているようで、原核生物もまたヒトと同じだけの経過を経た進化の産物であるというイメージは全く感じられない。そのあたりの感覚は、やや現代の生物学の方向性とは異なるように思えるけれども、著者の持つ哲学が感じられるところであって、それも本書の読みどころの一つかもしれない。