キリンの斑論争と寺田寅彦
松下貢編、岩波科学ライブラリー、2014年、125頁、1,200円
寺田寅彦は、一般にはその随筆で知られた物理学者で、非常に広い視点からの科学エッセーをたくさん書き遺しています。この寺田寅彦の弟子の一人が、キリンの斑模様は粘土などが乾くときに見られる割れ目とよく形が似ていることを指摘し、斑の形成過程にも割れ目と同じような物理現象が関与しているのではないか、という仮説を提唱したところから論争がはじまります。1930年代のことです。第1部では、その当事者双方の文章が再掲され、第2部では、縞模様などの形成に関する理解について4つの解説記事が載せられています。論争自体は、科学的に見た場合それほど程度の高いものに思えませんが、人が全く異なる考え方を持っていると、これほど議論がかみ合わないものなのか、という点では興味深い読み物になっています。光合成を研究対象にしていると、生物学に物理学の考え方が入ってくるのはむしろ当然に感じるのですが、そのように感じない生物学者がいることは十分に理解できますし、そのような人が、「生物の非専門家」からわかったようなことを言われて反発する気持ちもわからないではありません。ただ、反論の仕方があまり論理的ではないところが残念です。最後に登場する寺田寅彦本人の文章も、論争という文脈におかれてしまうとシャープさを欠く印象を与えます。第2部は「現代科学との関わり」と銘打たれているものの、いずれも17、8年前の文章なので、生物学の発展を考えるとやや古い感じは否めません。最後に一つでも本当の「現代」の視点からの文章が載っていれば、だいぶ印象が変わったのではないかと思います。