動物と太陽コンパス
桑原万寿太郎著、岩波新書、1963年、202頁、720円
この本は、さまざまな動物にみられる帰巣本能が実験的に解き明かされていく過程を丁寧に解説した本です。初版は、1963年ですから、すでに出版されて半世紀がたっています。それでも、この本が増刷されて現在第29刷にまでなっているのは、単に知識が紹介されているだけではなく、知識を目指す過程が描かれているからでしょう。ハトを箱に入れて運んで別の場所で放すと自分の巣に戻る、という単純な事実の背後に隠れているメカニズムを明らかにしようとした場合に、どのような実験を計画すればよいのかは案外単純ではありません。たとえば、どの程度の距離まで帰ることができるのかを調べようとして、少しずつ距離を延ばして実験をした結果、ある距離を超すと巣に帰れなくなったとします。でも、それが、方角がわからなくなって帰れなくなったのか、それとも距離が長すぎて疲れて帰れなくなったのか、まだ可能性はさまざまに考えられます。一つの実験によって可能性がいくつかに絞られたら、残った可能性を区別するには、どのような実験をしたらよいのかを考えるという手続きが必要になります。そのような、「実験」・「考察」・「新たな実験の立案」というプロセスの繰り返しが丁寧に描かれていて、研究というもののあり方がくっきりと浮き上がります。二、三年生の学生だと、たまに「卒業研究って何回ぐらい実験をするとおしまいになるんですか?」と質問をするものがいます。そのような際には「実習は決められた実験をやり終えればおしまいになるけれども、研究は違うんだよ。」と答えます。これから卒業研究に入る学生にぜひ読ませたい一冊です。