失われた化石記録

J・ウィリアム・ショップ著、講談社現代新書、1998年、342頁、840円

話はダーウィンのジレンマから始まります。地球の歴史からみれば極めて新しいといえる先カンブリア紀にさかのぼる化石記録が見つからないという問題は、ダーウィンにとって、またその後の進化論者にとっても、深刻なジレンマだったでしょう。進化論が正しければ、カンブリア紀近くになって突然生物が発生したとは考えられないわけですから。このジレンマに対する回答は、ある意味で極めて単純であって、先カンブリア紀の生物の主役は単細胞の微生物であったために、顕微鏡で探さなくては見つかるはずがなかったということが大きな要因でした。この本では、そのような微小な化石から生命の進化を明らかにしようとする営みを、地球の歴史や生物の代謝の変化といった複数の側面から描いています。副題に「光合成の謎を解く」とあったので、読んでみたのですが、光合成自体についての記述はそれほどありません。その代わり、植物と同じタイプの光合成をする細菌であるシアノバクテリアについて詳しく取り上げられています。シアノバクテリアこそが地球環境を現在のようなものに変えたのですから、それは当然かもしれません。十数年前の本なので、残念ながら現在の視点からするとやや疑問に思われる点もありますが、数少ない証拠から太古の生物の進化の様子を論理的に考察していく姿勢は推理小説の趣さえあります。化石は岩石中に保存されているものであって、その岩石自体が地殻の変動によって失われていくものである以上、集められる証拠には限りがあります。生命の起源そのものに化石から迫ることはおそらく不可能でしょう。その足りない部分は、何らかの意味での生物学の出番だと思うのですが、それはそれで多くの問題がありそうです。とは言え、希望を捨てずに研究を続けるしかないでしょう。

書き下ろし 2012年9月