生命とエネルギー

岡山繁樹ほか著、共立出版、1981年、163頁、1,700円

ちょうど今から30年前に書かれた生体エネルギーの教科書です。この当時は曖昧模糊としていたエネルギー変換の仕組みは、この30年間に詳細にわかってきましたが、一方で、この本で述べられている生化学的な知見はその多くが現在でも通用するものです。これはタンパク質という実体を伴うものの解明の容易さに比べて、エネルギーがいかにとらえどころのないものであったのかということを示しているのでしょう。生体エネルギーの教科書は往々にしてエネルギー産生系の話に偏りがちなのですが、この本の特徴として、視覚などのシグナルの検知や能動輸送や筋肉などのエネルギーの利用系についてもしっかりと紹介されている点が挙げられます。現時点からみて興味深いのは、能動輸送に働くトランスポーターなどの解析過程で、化学量論比の測定と阻害剤の効果の検討からいわば手さぐりによりトランスポーターの実態を明らかにしていく様子現在進行形で紹介されています。これは、X線結晶構造解析による構造情報と遺伝子変異による表現型情報を基本とした近年の解析手法と極めて対照的です。考えてみれば、構造情報と表現型情報からだけで機能を明らかにするには限界があり、それにもかかわらず現在の生物学が成り立っているのは、このような過去の生化学的な情報の蓄積があってこそであることに気づかされます。生化学的な情報の重要性を再度認識するためにも、このような過去の教科書を振り返ってみることには意味がありそうです。

書き下ろし 2011年11月