ルーイン細胞生物学

Benjamin Lewin他著、永田和宏他訳、東京化学同人、2008年、681頁、8,000円

学術雑誌Cellの編集長を長年勤めたLewinなどによる教科書である。スタイルはオーソドックスで、修飾の少ない短い文によって事実がテンポよく述べられる。これからの研究の方向性に触れた短い節が各章に添えられているのが特徴かも知れない。内容はと言えば細胞生物学であるのは当然だが、実は、細胞生物学という学問が現在どのように捉えられているかを知りたい、というのが本書を手に取った動機であった。訳者の前書きによれば、細胞の中の生命現象を対象とした学問である、とのことだが、それだけでは生化学や分子生物学と区別がつかない。本書の内容を見ると、どうも二種類のものごとが対象となっているように思われる。一つは細胞構造の分子基盤であり、例えば細胞骨格の章などがこれにあたる。これは古い細胞学(ちなみに原題はCells)を分子レベルで捉え直したものと言えよう。もう一つの対象は、細胞における物質の移動や時間の経過、つまり空間と時間の変化である。タンパク質の輸送や細胞周期・細胞分裂などの章がこれにあたる。シグナル伝達の章もここに入るだろう。そのように分類すると、定常状態における細胞の働き、例えば代謝などが細胞生物学の対象外となる理由が説明できるように思われる。以前、さるところでアポトーシスに興味のある学生さんがミトコンドリアのシトクロムcの話を細かくしてくれたことがあった。その話に何かピントがはずれているところがあったのでいろいろ質問してみると、実はアポトーシスを起こしていない細胞でシトクロムcが何をしているのか知らなかったということがあった。その時はものを知らない学生さんもいるものだ、と思ったが、このルーイン細胞生物学ではまさにシトクロムcはアポトーシスの誘導因子としての説明しかない。本書の前書きで、生化学・分子生物学の記述は他書に譲るとなっており、そのあたりは教科書の方針として充分に考えられる一つの選択だろうが、読者としてはその方針を理解しておく必要があるだろう。ある学問分野において定常状態における知識が蓄積してくると、空間的・時間的変化が知りたくなるのは当然である。おそらく細胞生物学は、生化学・分子生物学の基盤の上に「細胞の変化」を追求する学問なのではないか、というのが本書を読んでの感想である。

生物科学ニュース 2009年6月号(No. 450) p. 8-9