生物と無生物のあいだ

福岡伸一著、講談社現代新書、2007年、285頁、740円

この本では、前半は、分子生物学草創期のおなじみのエピソードが紹介され、後半では著者の研究の流れが紹介されます。前半の語り口は、ガブリエル・ウォーカーの「スノーボール・アース」やアンドルー・ノールの「生命最初の30億年」といったアメリカの科学啓蒙書そのままで、研究現場の人間ドラマを通して学問の進歩を浮き上がらせます。紹介されるエピソードはDNAの構造発見をめぐる確執など有名なものがほとんどで、さほど目新しいものはありませんが、生物の定義を動的平衡に求めるという点が縦糸に使われていて、思わずするする読み進んでしまいます。後半は、より著者の体験に即した形で、タンパク質の小胞輸送の研究がクローズアップされますが、こちらは研究のかなり細かい点まで触れられており、バックグラウンドを知らない読者にとっては、それほどするする読む、という感じにはならないかも知れません。後半のテーマの一つは自己組織化なのですが、それが本書の冒頭で紹介されたウイルス粒子の構成の動因でもあることで落ちになるのかと思ったらはずれました。最後は、遺伝子のノックアウトが必ずしも表現型に結びつかないという点から動的平衡系の柔軟性に話が進み、なるほどそのような展開があったかと感心しました。少し残念なのは、ここで紹介される研究がなかなか面白そうである一方、ポスドク生活などを含む研究者生活の描写はあまり魅力的ではない点です。紹介されている教授・助教授・助手の階層搾取構造などには著者の所属していた医学系部局の問題点が反映されているようで、必ずしも理学系の分野には当てはまらないように思います。文系の読者が、ふんふんと読む分にはよさそうですが、理系の若い読者が読むと研究者になるのをためらってしまうのではないかとちょっと心配になりました。

書き下ろし 2008年6月