生命と非生命のあいだ
小林憲正著、講談社ブルーバックス、2024年、302頁、1100円
生物の進化の研究は、生物学の一領域として進化学として位置づけられます。ただし、光合成の進化に関していえば、水を分解して酸素を発生する光合成生物の出現が地球環境自体を変化させましたから、生物学の範疇だけにはおさまらず、地球科学との融合が必要となります。また、生物の起源の研究は、当然ながら生物の誕生以前に何が起こっていたのかが重要になりますから、やはり生物学の枠組みだけでは議論できません。「生命と非生命のあいだ」というやや抽象的なタイトルからはわかりにくいのですが、本書はまさに生命の起源の前段階として非生命が生命に進化していく過程の研究を中心に、その背景なども含めて丁寧に解説した本です。「非生命」段階における化学進化が、複数の段階を踏む連続的なものであったと考えること自体は、それほど新しいものではありませんから、このタイトルは、本の内容を直接反映するというよりは、同様なタイトルを持つ過去の本へのオマージュとしての側面が強いかもしれません。著者の考え方の独自性は、がらくたワールドと名付けられた、分子量が大きく複雑で一定の構造をもたないがらくた分子が化学進化に重要な役割を果たしたと考える点にあるように思いますので、その点を強調したタイトルでもよかったのかもしれませんが、著者の考えだけを述べることが本書の目的ではないということでしょう。実際に、本書の記述は古代ギリシャの生命感から始まり、自然発生説が否定されたことにより、生命は必ず生命に由来すると考える限り、生命の起源は知り得なくなってしまうという歴史が丁寧に紹介されます。そして、そのような生命の起源の研究が、宇宙からの有機物、場合によっては生命そのものが起源であるとする考え方がクローズアップされたこともあって、主にアストロバイオロジーという学問分野において進められてきた経緯が説明されます。分野の研究の流れの概略がこの一冊だけでも把握できるという意味では、一般書として出色の出来だと言えるでしょう。