植物が彩る切り絵・しかけ図鑑
エレーヌ・ドゥルヴェール絵、ジュリエット・アインホーン文、檜垣裕美訳、矢守航監修、化学同人、2024年、32頁、4,290円
不思議な雰囲気の本です。原書はフランスで出版されたようですね。基本的には絵本であって、その絵は写実性を失わない範囲で優しく、文章には振り仮名が多く使われています。他方、その文章の内容は、植物の形態や働きについて、人間の生活とのかかわりや生態的な見方も交えて書かれており、いわゆる子供向けの絵本ではありません。花の作りについて説明している部分の「受粉すると子房はふくらんで果実になります」「子房に含まれる胚珠は種子になります」といった記述は、ちょうど日本では中学1年生が理科で習う事項であって、その他の部分の記述も、おおよそ中学校や高等学校の教科書に載っていてもおかしくないような極めてきちんとした説明です。普通の植物の紹介本では無視されがちな根と菌根菌の関係や土壌での物質循環なども取り上げられており、部分的には大学初年次ぐらいの知識まで紹介されます。フランスではどのような年代の人がこの本を購入したのか、気になるところです。この本と同様にその読者層が気になった本としては、創元社の『世界で一番美しい植物細胞図鑑』がありました。2015年の出版で、当時税抜き6,000円でしたが、こちらは256ページの半分ぐらいがカラー写真という大型本でしたから、自然のデザインに学びたいという読者がいたのではないかと思います。今回の本の「切り絵・しかけ」に関していえば、3枚ほど挿入されている切り絵はきれいですし、めくれるようになっている仕掛けの部分も外からは見えない中の部分を探るという趣旨に合わせて考えられているところなどは有効に使われていると言えるでしょう。ただ、その切り絵・しかけの芸術性だけによって大人の読者を獲得できるかと問われると、数多くのカラー写真ほどのインパクトはないように思います。このようなきちんとした植物の本が広く売れてほしいとは思いますが、お値段が大人向けと思われるだけに難しいようにも思いました。