光阻害では光合成のどこが阻害されるのか?

光合成の反応にとって光は必要不可欠なのですが、それでも、光が強すぎると、光合成がかえって阻害されてしまう現象、すなわち「光阻害」がおこることがわかったのは今から70年前ぐらいのことです。Kokという人が1956年ごろから、ホウレンソウの葉緑体に非常に強い光を当てると光合成活性が落ちることを見つけて、「光阻害(photoinhibition)」と名付けました。従って、少なくとも当初の光阻害の定義は、非常に単純に「強すぎる光によって光合成が阻害されること」というものです。その後、単離した葉緑体や藻類などでその阻害部位が調べられるようになって、1970年代から1980年代にかけて、光化学系Iの阻害や光化学系IIの阻害がおこることが確かめられました。しかし、1980年代後半以降、植物の葉を材料にした場合、単純に強光をあてて主に阻害されるのは光化学系IIであって光化学系Iは極めて壊れにくいことが明らかになり、「光阻害=光化学系IIの光阻害」と考える人が多くなりました。多くの教科書などでは、今でもこの考え方に従っています。

ところが1990年代のなかばから、実は光阻害は単なる阻害ではなく、光合成の調節メカニズムであるという考え方が広まりました。強すぎる光によって光合成装置が決定的に破壊されないようにするため、光のエネルギーを比較的安全な熱エネルギーに変える仕組みが存在することがわかってきたのです。この場合、熱になってしまった分の光のエネルギーは光合成には使えなくなりますから、光合成の効率や速度は低下しますが、これは、光合成の装置が破壊されないように「わざと」やっていることになります。このような調節に主に働いているのは、やはり主に光化学系Ⅱであることも分かりました。

一方、やはり1990年代の半ばから、寒さに弱い植物(亜熱帯原産などの低温感受性植物)を低温で弱光の条件に置くと、光化学系Iが主に阻害されることが明らかになりました。さらには、2010年ごろから、自然の光環境のように、光に強弱がある(例えば木漏れ日がちらちらするなどの)場合には、やはり光化学系Iが主に光阻害を受けることがわかってきました。そして、(1)この光化学系Iの光阻害は、一度起こると修復が難しいこと、一方で(2)光化学系IIは、阻害されても比較的すぐに修復できること、さらに(3)光化学系IIが働いていない時には光化学系Iの光阻害は起こらないこと、が明らかになりました。これらのことは、本当に植物にとって危険なのは光化学系Iの光阻害であって、光化学系IIの光阻害は、いわば電気系統のヒューズのように、光化学系Iを守るために自らを犠牲にしている現象である可能性を示しています。ヒューズはわざと切れやすくしておいて、切れたら簡単に取り換えるのと同様に、光化学系Ⅱも壊れやすい一方で修復が簡単なわけです。よく「ヒューズが電気回路を守っている」といいますが、本当は「ヒューズが切れることが電気回路を守っている」わけですよね。同様に光合成においては、光化学系IIが阻害されることが、光化学系Iを守っていると考えられます。

結論としては、光阻害の部位は、光化学系Iと光化学系IIの両方なのでしょう。ただし、光化学系Iの光阻害は、一度起こってしまうと修復が難しいので、植物はそれに対していろいろな防御の仕組みを用意していて、そのために、単に強光をあてた場合などには、光化学系Iではなく光化学系IIの光阻害が見られます。そして、その光化学系IIの光阻害は、実は光化学系Iを光阻害から守る仕組みの一つであると考えられます。