ヨウ素デンプン反応の実際

植物が光合成をどの程度しているかを調べる方法にはいろいろなものがあります。それらの詳細については、「光合成の測定」のページを見ていただくこととして、ここでは小学校からおなじみのヨウ素デンプン反応に絞ってその実際を見ていきましょう。

光合成の測定方法としてのヨウ素デンプン反応

ヨウ素デンプン反応自体は、ヨウ素液でデンプンが染まる、というだけの簡単なものですからそれこそ小学生でもできます。しかし、この反応は、比較的特異性が高く、デンプン以外の物質があまり染まらないこと、また染色を顕微鏡で観察することにより細胞内の分布を詳しく見ることができることから、学術雑誌に掲載される専門の論文の中にもヨウ素デンプン反応を利用した実験が載っていることがあります。デンプンは室温では水に不溶性のため、染色はデンプン粒で起こります。したがって、均質な溶液とは異なり、その染色の程度を定量的に測定するには不向きです。ただし、デンプンが多いか少ないか程度は染色の濃さによってわかりますし、デンプン粒が水の溶けないだけに操作中に位置が動くことは少なく、デンプンの局在を調べるにはうってつけの方法です。基本的にはデンプンの量をはかる方法ではなく、デンプンのある場所を見つける方法だと言えるでしょう。

一方で気をつけなければならないのは、ヨウ素デンプン反応はデンプンを測定する方法であり、光合成産物を測定する方法ではない、という点です。「光合成の測定」のページで触れているように、すべての植物がデンプンを貯めるわけではなく、イネ科の植物などにはショ糖の形で光合成産物を貯めるものが多くあります。そのような植物においてヨウ素デンプン反応を試して染色が見られなかった時、「デンプンがたまっていない」という結論は正しいのですが、「光合成産物が貯まっていない」あるいは「光合成をしていない」という結論は間違っている場合があるわけです。また、光合成をしなければデンプンはたまりませんが、一般の方が光合成をする、と思う条件での光合成速度はそれほど高くない場合があることにも注意が必要です。

ヨウ素デンプン反応の原理

デンプンはグルコースが数多く重合したものです。同じグルコースの重合体であるセルロースとは、単にグルコースのつながり方が違うだけですが、立体的な構造は大きく異なります。セルロースでは長い繊維状の構造をとるのに対して、デンプンではグルコースのつながり方が少しずつねじれるため、らせん状の構造をとり、中央部に空間を生じます。構造的に強靭なセルロースが植物の細胞の構造を決める構造材として使われる一方、デンプンが光合成産物の一次的な貯蔵に使われるのは、このような構造の差を反映しています。デンプンのらせん状構造はヨウ素デンプン反応の発色に重要な役割を果たしていて、加熱されて構造が変化するとヨウ素デンプン反応の発色は消えてしまいます。この変化は可逆的で、室温に戻って構造も元に戻ると再び発色します。グルコースがそのまま長くつながった重合体をアミロースと呼び、これに対して、ところどころで枝分かれ構造をとるデンプンをアミロペクチンと呼びます。アミロースもアミロペクチンもどちらもヨウ素デンプン反応を示しますが、枝分かれの有無によって発色する色合いが異なります。セルロースの場合は構造が全く異なるため、ヨウ素デンプン反応は見られません。

ヨウ素デンプン反応のいろいろ

一口にヨウ素デンプン反応といってもいろいろな利用方法があります。それらを見ていきましょう。ヨウ素液は1/10Nのものが市販されていますから、それを希釈して使うのが一番簡単です。

(1)ヨウ素デンプン反応による葉の観察

まず、植物の葉を80℃ぐらいの湯せんにより温めたエタノールに浸して脱色します。この段階でクロロフィルの緑色を完全に抜いた方がヨウ素のよる発色がはっきりしますから、時間がなければ5分ほどでもよいですが、あれば少し気長に脱色するとよいでしょう。次いでエタノールから引き上げ水につけて柔らかくします。エタノールの脱色により脱水されてパリパリになりますからそれを水で戻して柔らかくする必要があります。最後にヨウ素液につけます。ヨウ素液は濃い液につけてしまうと、単にその色が移った感じがしてしまって「染色」になってしまいますので、希釈して使いましょう。下の写真は、左が元の葉、真ん中がエタノールで脱色したもの、右が染色後です。タデの仲間で斑入りの葉なのですが、エタノールで脱色すると模様が全く見られなくなります。その後、ヨウ素液に浸すと、元の葉で緑色だったところにちょうど対応してデンプンが蓄積していることがわかります。ヨウ素デンプン反応は青く発色すると書かれていることが多いのですが、充分にデンプンがたまっているとこのようにほとんど黒く見えるまで発色します。なお、タデの仲間に特徴的な葉の中央の赤みがかった模様がありますが、その部分はデンプンの蓄積に無関係であることがわかります。

ヨウ素デンプン反応

(2)たたき染め

葉を2枚の濾紙に挟み木づちでまんべんなく叩きます。次いで家庭用漂白剤を10倍に薄めた液に濾紙をつけて脱色します。次いで、濾紙を軽く水洗いして漂白剤を落とします。最後に濾紙をヨウ素液につけます。たたき染めは、葉の細胞を破砕してその中のデンプンを濾紙に移すわけですから、葉がぐちゃぐちゃになるぐらいたたいた方がよいでしょう。実験用の濾紙の場合は心配ないと思いますが、使用する紙によっては表面をデンプンで処理してあるものがあるので、実験前に反応がないことを確かめておく必要があります。

(3)バナナの実やイモなどを使った実験

バナナのヨウ素デンプン反応

単にバナナの実を切って断面にヨウ素液を垂らすだけです。イモなどの貯蔵器官に光合成産物がためられる場合もデンプン粒としてためられます。この場合は、葉緑体と同じ色素体の一種であるアミロプラストに蓄積されます。せっかくなので、未熟なバナナと完熟バナナで比較してみるとよいでしょう。バナナの場合、デンプンの分解によって生じる糖が甘みをつくり出しますから、完熟バナナではその分デンプンの量が減少しているはずです。右の写真の2本のバナナでは染色された部分の濃さや大きさがだいぶ違っていることがわかります。写真ではバナナの皮の部分がほとんど写っていないのですが、熟し具合と一緒の考察するとよいでしょう。

(4)オオカナダモの葉

オオカナダモの葉を熱湯にしばらく浸します。その葉をスライドグラスに載せ、ヨウ素液を一滴落としてカバーグラスをかけ、顕微鏡で観察します。オオカナダモのような水生植物は細胞層が少ないので、切片にしなくても細胞内の顕微鏡観察ができます。葉緑体内に直接光合成産物が蓄積される場合には、デンプン粒としてたまりますが、通常、光学顕微鏡では葉緑体の内部構造を観察することは困難です。光学顕微用では細胞の中で葉緑体が染まったように見えると思います。オオカナダモの場合も、エタノールで脱色したほうがヨウ素デンプン反応の発色は見やすくなりますが、葉緑体の位置とヨウ素デンプン反応の場所とが一致しているのを確認するには脱色しない方がよいかもしれません。

(5)上新粉、白玉粉

単に粉を少量取り、そこへスポイトでヨウ素液を垂らすだけです。この場合、ヨウ素液はごく薄くした方がよいでしょう。原理のところで述べたように、デンプンにはアミロースとアミロペクチンがあって、発色する色合いが異なります。うるち米はアミロースとアミロペクチンを両方含みますが、もち米はアミロペクチンだけなので、デンプンをとる材料が違うとアミロース/アミロペクチンの組成が異なり、結果としてヨウ素デンプン反応の色が異なることになります。上新粉、白玉粉など袋の原材料の表示と一緒に考察するとよいでしょう。

ヨウ素デンプン反応の実験に当たっての注意点

光合成

ヨウ素デンプン反応の実験で発色が見られない/見づらい場合、その原因は実験手順というよりは葉に実際デンプンがあまりたまっていない場合がほとんどです。葉に前もって充分光合成をさせることが一番のコツです。葉の中のデンプン量は、基本的には昼間の光合成により量が増大し、転流と呼吸によって夜の間に減少します。したがって朝方盛んに光合成をしている葉でも、デンプン量自体はまだ十分にたまっていない場合もあります。できればお昼過ぎまで充分に光があたっていた葉がよいでしょう。また、デンプンの量は夜の間に低下しますが、鉢植えなどであれば夜の間電灯などで光を当てておくとデンプンの減少が抑えられ、朝でもデンプンを十分に持った葉を用意することができます。ただし、電灯の光は日光と比べると弱いので、昼間に電灯の光で光合成をさせようと思ってもなかなかデンプンはたまりません。あくまでデンプンの減少を抑えるだけです。デンプンをちゃんと貯めるにはやはり日光に当てるのが一番です。

ヨウ素液の濃さ

ヨウ素液の濃さはビールの色よりちょっと濃いぐらいで十分です。ウーロン茶よりはずっと薄くする必要があります。薄い色のヨウ素液に浸しても濃く染まるからこそ発色・反応という感じが出ます。発色が悪い場合、たいていはヨウ素液のせいではなく、デンプンがたまっていないことがほとんどです。

植物の種類

イネ科の植物には、糖葉といってデンプンではなく糖の形で光合成産物を貯めるのもが多く見られます。なので、きちんと発色させるためには植物の種類が適切である必要があります。できたらいくつかの植物を比較してみるのがよいでしょうね。上の写真で見たように、斑入りの場合は染色される部分とされない部分がはっきりしますから、斑入りの植物を使うのもよいと思います。

おわりに

ヨウ素デンプン反応は、実験が極めて簡単で小学校でもやるせいか、幼稚な実験と馬鹿にする人も多いのですが、実際には意外に多くの情報を与えてくれます。また、上で述べたように、さまざまな材料を使うことにより、植物のいろいろな側面を見ることができます。家庭でも簡単にできますから、是非一度トライしてみることをお勧めします。

(2011年12月2日執筆)