所変われば
その昔、錬金術師の時代には、一人でコツコツと研 究して発見した成果は、少数の弟子に伝えられればよい方で、最後はお墓の中に、という場合も少なくなかったらしい。しかし、近代の科学研究は成果を公開することが原則だから、どんなに素晴らしい発見をしても、その詳細を公表しない限り鼻も引っ掛けられない。しかも言語は英語に限られる。現代の研究者は、英語で論文を書き、海外の研究者に英語で自分の仕事を宣伝して回ることになる。中学時代に英語で赤点を取った僕にとっては、拙い英語と面の皮の厚さだけで世の中を渡っていくことになる。
とは言え、世の中悪いことばかりではない。研究者稼業をしていれば、国際会議や共同研究のために海外を訪れる機会がいくらでもある。短期の旅行だけでなく、アメリカのセントルイスには留学で9ヶ月住んでいた。今から四半世紀以上前の話。いきなりの外国暮らし/一人暮らしだったから、最初は研究と生活で精いっぱいという日々がしばらく続いた。
ようやく暮らしにも慣れて余裕がでてきた頃、家の近くの公園に散策に行くと、日本で憧れだったアカショウビンのように全身がほぼ真っ赤な鳥がまるで日本のキジバトのようにあちこちにいる。枢機卿の緋の衣をまとったカージナルである。セントルイスを本拠地にするプロ野球の球団の名前に付けるぐらいだから、ここでは市民におなじみの鳥。
赤い鳥がいれば、青い鳥もいて、きれいな青い羽根を持つブルー・ジェイに、これまたカラス並みの頻度で会うことができる。こんなに珍しい鳥をいくらでも見ることができるとはと、喜んで双眼鏡で観察していたら、その話が同じ研究室の研究者仲間の耳に入ったらしい。ご主人が鳥好きで、夫婦で珍しい鳥を見に行くので一緒に行かないかと誘ってくれた。どうも、街中の当たり前の鳥を見て喜んでいる僕を憐れんでくれたらしい。
話によると、何でもセントルイスは全米でもここでしか見られない鳥が見られる特別な場所なのだという。「何の鳥か!」と勢い込んで聞くと、答えは「ツリー・スパロー」。そこらでたくさん見かける頭が灰色のハウス・スパローとは違って、「頭が茶色で頬に黒い点がある特別なスパローなのだ」と説明される。それって、日本でいうところのスズメそのものでは……。佐賀で「カササギを観察しよう」と誘ってくれた感じなのだろうとは思いつつ、僕のそれまでの期待と興奮は消え果てて、日本人にとってはハウス・スパローつまりイエスズメの方がよほど珍しいことを、彼らに丁重に説明したのだった。
初出:「野鳥」806号(日本野鳥の会)2016年7月号