光合成色素
はじめに
光合成は光によって進む反応ですから、出発点としてはまず光を吸収しなくてはなりません。そして、光合成が使う目に見える光、すなわち可視光を物質が吸収すれば色がついて見えますから、その物質は色素でなくてはなりません。ですから、光合成の始まりは光合成色素による可視光の吸収である、と言えます。
光合成色素にはさまざまな種類のものがあります。まず、大きく分けると、クロロフィル、カロテノイド、そしてフィコビリンということになるでしょう。クロロフィルとカロテノイドは多くの光合成生物に含まれますが、フィコビリンは紅藻やシアノバクテリアなどの一部の藻類しか持ちません。以下、それぞれの光合成色素について見ていきましょう。
クロロフィル
まずは、光合成色素の代表格、クロロフィルを考えてみましょう。クロロフィルはポルフィリン環と呼ばれる炭素と窒素からなる環状構造に、フィトール鎖と呼ばれる長い炭化水素の鎖がついた形が構造の基本です。ポルフィリン環の中央にはマグネシウムが配位しています。クロロフィルは、青い光と赤い光をよく吸収するため、残った緑色の光が散乱・反射されて植物の葉は緑色に見えることになります。クロロフィルには、陸上植物・藻類・シアノバクテリアが持つ、狭い意味でのクロロフィルと、光合成細菌が持つバクテリオクロロフィルがあります。もっとも、クロロフィルとバクテリオクロロフィルは、構造的な特徴があって分類されているわけではありません。単に陸上植物などが持つクロロフィルをクロロフィル、光合成細菌が持つクロロフィルをバクテリオクロロフィルといっているだけで、実際には、バクテリオクロロフィルgなどは他のバクテリオクロロフィルよりクロロフィルaに構造が似ていたりします。クロロフィル、バクテリオクロロフィル共にそれぞれいくつかの種類があり、aとかgなどといったアルファベットで区別されます。おそらく、一番有名なのは陸上植物が持つクロロフィルaとクロロフィルbでしょう。ちなみにこのアルファベットはイタリックにするのが決まりです。以下にそれぞれのクロロフィルの分布と機能を示しておきます。
名称 | 分布 | 機能 |
クロロフィルa | 陸上植物・藻類・シアノバクテリア | 反応中心・アンテナ |
クロロフィルb | 陸上植物・緑藻・ユーグレナなど | アンテナ |
クロロフィルc1, c2, c3 | ケイ藻・褐藻・クリプト藻・ハプト藻など | アンテナ |
クロロフィルd | アカリオクロリス(特殊なシアノバクテリア) | 反応中心・アンテナ |
クロロフィルf | アカリオクロリスの近縁種 | 反応中心・アンテナ |
バクテリオクロロフィルa | 紅色細菌・緑色硫黄細菌・緑色糸状性細菌 | 反応中心・アンテナ |
バクテリオクロロフィルb | 紅色細菌 | 反応中心・アンテナ |
バクテリオクロロフィルc | 緑色硫黄細菌・緑色糸状性細菌 | アンテナ |
バクテリオクロロフィルd | 緑色硫黄細菌・緑色糸状性細菌 | アンテナ |
バクテリオクロロフィルe | 緑色硫黄細菌 | アンテナ |
バクテリオクロロフィルf | 生物からは発見されていない | |
バクテリオクロロフィルg | ヘリオバクテリア | 反応中心・アンテナ |
表の中で、機能とあるのは、そのクロロフィルが、光合成の電子伝達反応に直接関わる反応中心として働いているのか、それとも光を集めるアンテナ(集光性色素)として働いているのか、という区別です。昔は、光合成色素の中でも、反応中心として働くクロロフィルaに対して、アンテナとして働くクロロフィルbやカロテノイドなどを「補助色素」という言葉で表していましたが、現在では、クロロフィルaでも反応中心として働くのはごく一部であり、大多数はアンテナの役割を果たしていることがわかってきましたので、光合成色素分子の種類として「補助色素」といった分類はしないようになっています。個々の光合成色素分子がどのような役割を果たしているかに即して分類するわけです。なお、上記の他に、クロロフィルaの立体異性体である、クロロフィルa'、クロロフィルgの立体異性体であるクロロフィルg'が反応中心として機能していると考えられています。また、一部の光合成細菌では、バクテリオクロロフィルの中心金属が亜鉛に置き換わった亜鉛バクテリオクロロフィルaが機能していることが見つかっています。
なお、クロロフィルdやクロロフィルa'に関する研究の新展開については「新しいクロロフィルの研究」で紹介しています。さらにそれよりも新しい展開としてはクロロフィルfの発見が挙げられます。クロロフィルfは2010年に新しく報告されたクロロフィルで、最初はストロマトライト(シアノバクテリアが浅い海で生育して岩石状になったもの)の中で存在が確認されました。その後、日本の研究者が、アカリオクロリスに近縁の特殊なシアノバクテリアが光合成色素として持っていることを明らかにしました。クロロフィルfはクロロフィルd同様に赤外領域の光を吸収し、しかも、面白ことに、赤外領域の光を照射して生育させた場合にこのクロロフィルfを持つようになるようです。つまり、赤外線が豊富な時にそのエネルギーをも使うために発達させる特殊なシステムということのようです。このあたりは、今後の面白い研究テーマでしょう。
カロテノイド
クロロフィルに次ぐ光合成色素といったら、やはりカロテノイドでしょう。カロテノイドは二重結合と一重結合を交互に持つ(このような形を共役二重結合といいます)炭化水素の鎖が基本構造です。直線状のものもありますし、両端が丸まって、環状構造になっているものもあります。青い領域の光を主に吸収するので、見た目は黄色からオレンジ色をしています。ものによっては、酸素分子を含むものあり、酸素分子を含まないものをカロテン、含むものをキサントフィルと呼びます。カロテノイドの種類は極めて多く、藻類などでは、どのカロテノイドを含んでいるかが分類の一つの基準となっています。ここで全てのカロテノイドの解説をすることは不可能なので、陸上植物に一般的な光合成色素の中から、β-カロテンおよび相互変換する3種のキサントフィルであるビオラキサンチン、アンスラキサンチン、ゼアキサンチンについて主に取り上げることにします。
β-カロテン
β-カロテンは、光合成色素の中でもクロロフィルに次いで一般的に存在します。クロロフィルbと並んで、「補助色素」として光の吸収に働いている、というのが昔のイメージでしたが、現在は、β-カロテンの一番の働きはアンテナではなく、生物にとって害のある活性酸素が生成しないようにすることだと考えられるようになりました。クロロフィルがエネルギーを吸収した状態におかれると、その一部が三重項クロロフィルと呼ばれる特別な状態になります。この三重項クロロフィルが酸素と反応すると一重項酸素という活性酸素が生じ、細胞に害を与える可能性があります。β-カロテンは、この三重項クロロフィルまたは一重項酸素と反応して、それらを元のクロロフィルや酸素に戻して危険が広がらないようにする役割を果たすのです。
ビオラキサンチン、アンスラキサンチン、ゼアキサンチン
この3種のキサントフィルは、分子内に含む酸素の数が異なり、酸素を付加もしくは取り外す酵素の反応により相互変換します。この中で、ビオラキサンチンはアンテナの機能を持ち得るのですが、ゼアキサンチンは、クロロフィルへエネルギーを渡すアンテナの役割を果たさず、むしろクロロフィルからエネルギーを受け取ってそれを熱に変えてしまいます。熱に変えると言うことは、せっかく吸収した光エネルギーをどぶに捨てるようなものですから、もったいないように思いますが、実は、エネルギーはあればあるほどよい、というものではないのです。光が強すぎる場合には、そのエネルギーを使い切ることができず、かえって余分なエネルギーが光合成を阻害してしまう場合もあります。このような強すぎる光による光合成の阻害を光阻害といいます。そして、ゼアキサンチンがエネルギーを熱に変えるのは、この光阻害から植物を守るためであると考えられます。面白いことに、最初に述べた酸素を付加もしくは取り外す酵素の活性は植物がおかれた状況によって変化し、光が強すぎてエネルギーが余っている場合にはゼアキサンチンを作る方向に反応が進み、逆に光が弱くてエネルギーが欲しい状況ではビオラキサンチンを作る方向に反応が進みます。つまり、エネルギーが余る時にはそれを熱に変え、エネルギーが不足する時には、アンテナとして光を集めるという、極めて合理的な反応が自動的に起こるようになっているわけです。このような、光環境による3種のキサントフィルの相互変換はキサントフィルサイクルと呼ばれています。
その他のカロテノイド
β-カロテン、ビオラキサンチン、アンスラキサンチン、ゼアキサンチン以外に、α-カロテン、γ-カロテン、ルテイン、ネオキサンチン、ペリジニン、スフェロイデン、スピリロキサンチン、フコキサンチンなど、極めて多くの種類のカロテノイドがあります。そのうちの多くは、いわゆる光合成色素のイメージ通りアンテナとして光エネルギーの捕集に関わっていますが、はっきりと機能のわかっていないものもあります。一部の藻類だけに含まれるような光合成色素の場合、その機能を解明するのも一筋縄ではいかない場合があり、これからの研究が必要なところでしょう。
フィコビリン
光合成色素の最後にフィコビリンを紹介しておきましょう。フィコビリンは、上記のクロロフィルやカロテノイドとは決定的に違う点が一つあります。クロロフィルやカロテノイドは、生体内でタンパク質に結合して存在していることが多いのですが、その結合は共有結合ではなく配位結合です。ですから、有機溶媒などで抽出すれば、タンパク質に結合していない状態のクロロフィルなり、カロテノイドなりの溶液を作ることができます。そして、それらの溶液も、クロロフィルなら緑色をしていますし、カロテノイドなら黄色です。しかし、フィコビリンはタンパク質と共有結合をした状態で存在しており、そのままでは有機溶媒には抽出されてきません。そして、共有結合をしているタンパク質が変性したり、タンパク質から取り外されたりすると、その元の色を失ってしまうのです。海苔をあぶると黒っぽい色からより緑色っぽい色に変わりますが、これは、紅藻の一種であるアサクサノリにおいて、フィコビリンが熱変性して退色すると比較的熱に安定なクロロフィルの色だけが残るのが原因の一つです。褐藻であるワカメを湯通ししても同様のことが起こりますが、こちらは褐藻の含むフコキサンチンというカロテノイドの吸収がタンパク質に配位した状態かどうかによって大きく変化することによります。このような変化はカロテノイドとしては例外です。フィコビリンは、クロロフィルの吸収が少ない緑色の領域の光を吸収することができ、そのため見た目は青から紫色に見えます。フィコビリンというのは、本来はタンパク質を除いた色素部分(発色団といいます)の名称ですが、通常は、タンパク質に結合した全体(フィコビリタンパク質)をさしてフィコビリンという呼び方もします。フィコビリンの発色団は、ちょうどクロロフィルのポルフィリン環の部分を切り開いた形をしていて、タンパク質のシステイン残基と共有結合をしています。
フィコビリンの種類としては、フィコシアニン、アロフィコシアニンが一番普遍的に存在し、フィコエリスリンを持つものもよく見られます。一部のシアノバクテリアはフィコエリスロシアニンというかわったフィコビリンを持ちます。フィコビリンはフィコビリゾームという巨大な複合体を形成して、二つある光化学系の内、光化学系IIのアンテナとして主に働くと考えられます。ただし、フィコビリゾームに吸収されたエネルギーのうち、一部は光化学系Iにも使われます。このエネルギー分配の仕組みなどについては、いまだに謎に包まれています。
最後に
このように、光合成色素といっても、従来のように、単に光エネルギーを集めている、というものではないことがわかってきました。今後は、そのような従来考えられていなかったさまざまな役割の解明に力が注がれると思います。