クロロフィル定量法
光合成の研究においては、クロロフィルあたりでものの量や活性を計算する場合も多く、クロロフィルをきちんと定量することは必要不可欠です。また、植物が環境変動に応答して順化する際には、光合成装置を変化させますが、そのような時の光化学系I・光化学系系IIの量比や、アンテナとして働くLHCIIの量などの変化は、クロロフィルa/b比の変化として捉えることができます。ですから、単にトータルのクロロフィル量だけではなく、a/b比についても常に考える必要があります。こちらでは、クロロフィルの抽出法および分光学的な定量法を5つの場合に分けて紹介しておきます。
なお、一般的に以下のような場合の「吸光度」というのは、散乱を含みません。クロロフィルの吸収がない750 nm付近における吸光度が0でない場合は、その値をクロロフィル吸収極大の吸光度から引き算して用いるのが普通です。また、海水などの試料で、測定前に大規模に濃縮する必要がある場合は、吸引濾過を使います。この際、藻類細胞からの色素の抽出効率が悪い場合は、ガラス繊維の濾紙を使って濾過し、有機溶媒中でガラス繊維ごと乳鉢ですりつぶすと、抽出効率が高くなります。
- 80%アセトンによる抽出(チラコイド膜などの場合)
- 100%メタノールによる抽出(シアノバクテリア生細胞などの場合)
- DMFによる抽出(葉をそのまま使う場合)
- 吸収スペクトルからの推定(シアノバクテリア生細胞のクロロフィル・フィコシアニン定量)
- クロロフィルcを含む場合(ケイ藻などの場合)
80%アセトンによる抽出(チラコイド膜などの場合)
装置:ボルテックスミキサー、卓上遠心機、分光光度計
試薬:アセトン
手順:
- エッペンドルフチューブにチラコイド膜などのサンプルと蒸留水を200 μl になるように入れ、軽くボルテックスする。濃い試料にアセトンを先に加えると抽出がうまく行かない場合があるので、希釈する場合はアセトンを加える前に希釈する。ここで何倍に希釈したかを記録しておくのを忘れないように。
- アセトン 800 μl を加え、よくボルテックスする。アセトンをピペットマンを使って加えるときは、数回ピペッティングしてチップ内のアセトンの蒸気圧を飽和させる。これをしないとアセトンがチップからたれてくる。
- 3000 rpm,室温で5 minで遠心する。この過程で、タンパク質を沈殿させる。そうしないと、測定を妨害する可能性がある。
- 分光測定器を用いて、上清の吸光度を663.6 nmと646.6 nmの二つの波長で測定する。波長は使用する計算式によって少し異なる。
- クロロフィル濃度を計算する。計算式は以下を参照。計算式の結果の数字は、元の試料のクロロフィル濃度ではなく、80%アセトン中のクロロフィル濃度であることを忘れずに!!
○計算式
according to R. J. Porra et al, (1989)Biochimica et Biophysica Acta 975: 384-394
現在、もっとも一般的に使われる計算式。
μMでの計算
- Chl a = 13.71*A663.6 - 2.85 *A646.6
Chl b = 22.39*A646.6 - 5.42 *A663.6
Chls a + b = 19.54*A646.6 + 8.29 *A663.6
μgChl/mlでの計算
- Chl a = 12.25*A663.6 - 2.55 *A646.6
Chl b = 20.31*A646.6 - 4.91 *A663.6
Chls a + b = 17.76*A646.6 + 7.34 *A663.6
◯参考計算式1
according to G. Mackenney (1941) J. Biol. Chem. 140: 315-322
Porraの論文以前にはこれがよく使われていた。シアノバクテリアなど、クロロフィルaだけを含む場合はA663を82.04で割ればモル濃度が出る。
μMでの計算
- Chl a = 12.72*A663 - 2.585 *A645
Chl b = 22.88*A645 - 4.671 *A663
Chls a + b = 20.3*A645 + 8.05 *A663
◯参考計算式2
according to D. Arnon (1949) Plant Physiology 24: 1-15
これもよく使われていた。ほとんど Mackenneyの式と変わらない。
μgChl/mlでの計算
- Chl a = 12.7*A663 - 2.69 *A645
Chl b = 22.9*A645 - 4.68 *A663
Chls a + b = 20.2*A645 + 8.02 *A663
◯参考計算式3
according to Lichtenthaler & Welburn (1983) Biochemical Society Transactions 11: 591-592
Mackenney や Arnon の式よりは正確という話。カロチノイドの量が出るのが特徴。あまり使ったことがないのでよくわかりません。
μgChl/mlでの計算
- Chl a = 12.21*A663 - 2.81 *A645
Chl b = 20.13*A645 - 5.03 *A663
Carotenoids= (1000*A470 - 3.27[Chl a] - 104[Chl b])/227
◯参考論文
R.J. Porra. (2002) Photosynthesis Research 73: 149-156
この論文に、クロロフィル定量の歴史がまとまっているようですが、ちゃんと読んでいません・・・
100%メタノールによる抽出(シアノバクテリア生細胞などの場合)
装置:ボルテックスミキサー、卓上遠心機、分光器
試薬:メタノール
手順:
- シアノバクテリアの培養液をエッペンドルフチューブに入れて遠心し、上清を捨てる。
- エッペンドルフチューブ中の沈殿に100%メタノールを1 ml 入れてボルテックスミキサーで撹拌する。
- 5分ほどおいた後、室温、10,000 rpm、10分間遠心する。
- 上清のOD665を測定する。
- 測定値(OD665)に希釈倍率(1/シアノバクテリア培養液の量、ml単位)と13.4をかけると、μgChl/mlを単位とした濃度が求められる(下の計算式でクロロフィルbの濃度を0とした場合に相当)。藻類でクロロフィルbを持つ場合は、もちろん、二つの波長で測定し、きちんと計算式で計算すること。
培養液が十分濃い場合は、メタノール1 mlに培養液をそのまま5 μl 加え、ボルテックスミキサーで撹拌してもよい。この場合、希釈率は201倍となる。ただし、水の量が多くなると(メタノール濃度が100%でなくなるため)正確な定量ができないことに注意する。逆に、培養液が薄い場合は、最初により大きいスケールでの遠心によって濃縮する必要がある。
○計算式
according to Grimme and Boardman (1972) Biochem. Biophys. Res. Comm. 49: 1617-1623
μgChl/mlでの計算
- Chl a = 16.5*A665 - 8.3*A650
Chl b = 33.8*A650 - 12.5*A665
Chls a + b = 4*A665 + 25.5*A650
DMFによる抽出(葉をそのまま使う場合)
装置:分光器
試薬:DMF(ジメチルホルムアミド)
手順:
- エッペンドルフチューブにDMFを1 ml入れ、そこに一定量の葉を入れる。葉は何あたりでクロロフィル量を求めるのかに応じて、葉面積、あるいは生重量を測っておく。普通に緑色に見える葉であれば、1 cm角程度の面積があれば十分。
- 冷蔵庫で一晩放置する。この間に何もしなくてもクロロフィルが抽出される。ただし、樹木の葉の場合など、組織が硬い場合は、葉をあらかじめ細かく刻まないと抽出が不完全になる場合がある。
- クロロフィルが抽出されたDMFの吸光度を663.8 nmと646.8 nmにおいて分光器で測定し、以下の計算式によりクロロフィル量を求める。
○計算式
according to R. J. Porra et al, (1989)Biochimica et Biophysica Acta 975: 384-394
μMでの計算
- Chl a = 13.43*A663.8 - 3.47 *A646.8
Chl b = 22.90*A646.8 - 5.38 *A663.8
Chls a + b = 19.43*A646.8 + 8.05 *A663.8
μgChl/mlでの計算
- Chl a = 12.00*A663.8 - 3.11 *A646.8
Chl b = 20.78*A646.8 - 4.88 *A663.8
Chls a + b = 17.67*A646.8 + 7.12 *A663.8
吸収スペクトルからの推定(シアノバクテリア生細胞のクロロフィル・フィコシアニン定量)
装置:懸濁試料の吸収測定が可能な分光器
試薬:なし
手順:
- シアノバクテリアの培養液の吸収スペクトルをそのまま分光器で測定する。
- 678 nmと620 nmの吸光度と以下の式から、クロロフィルaとフィコシアニンの濃度を求める。
○計算式
according to Arnon DI, McSwain BD, Tsujimoto HY, Wada K (1974) Biochim Biophys Acta 357: 231-245
μg/mlでの計算
- Chl a = 14.97*A678 - 0.615 *A620
PC = 138.5*A620 - 35.49 *A678
元論文に載っている式(mg/mlでの計算)
- A678 = 67.5*[Chl a] + 0.3*[PC]
A620 = 17.3*[Chl a] + 7.3*[PC]
この方法は、ある意味で簡便法であり、測定の正確性には問題がなくはないが、有機溶媒による色素の抽出過程が不要で、極めて簡便であるため広く使われている。 細胞をそのまま使うため、使用する分光器は、懸濁試料の吸収測定が可能であるものである必要があることに注意する。試料セルを光電子増倍管のすぐそばに置けるタイプであればよい。そうでない場合は積分球を使う必要がある。
クロロフィルcを含む場合(ケイ藻などの場合)
装置:ボルテックスミキサー、卓上遠心機、分光光度計
試薬:アセトン
手順:
- エッペンドルフチューブにチラコイド膜などのサンプルと蒸留水を100 μl になるように入れ、軽くボルテックスする。濃い試料にアセトンを先に加えると抽出がうまく行かない場合があるので、希釈する場合はアセトンを加える前に希釈する。ここで何倍に希釈したかを記録しておくのを忘れないように。
- アセトン 900 μl を加え、よくボルテックスする。アセトンをピペットマンを使って加えるときは、数回ピペッティングしてチップ内のアセトンの蒸気圧を飽和させる。これをしないとアセトンがチップからたれてくる。
- 3000 rpm,室温で5 minで遠心する。この過程で、タンパク質を沈殿させる。そうしないと、測定を妨害する可能性がある。
- 分光測定器を用いて、上清の吸光度を664 nmと630 nmの二つの波長で測定する。クロロフィルbも含まれる場合は、647 nmにおいても測定する。
- クロロフィル濃度を計算する。計算式は以下を参照。計算式の結果の数字は、元の試料のクロロフィル濃度ではなく、90%アセトン中のクロロフィル濃度であることを忘れずに!!
○計算式
according to Jeffrey, S.W. and Humphrey, G.F. (1975)Biochem. Physiol. Pflanzen 167: 191-194
μg/mlでの計算(ケイ藻などでクロロフィルbを含まない場合。c1とc2はほぼ等量。)
- Chl a = 11.47*A664 - 0.40*A630
Chl c1+c2 = 24.36*A630 - 3.73*A664
μg/mlでの計算(渦鞭毛藻などでクロロフィルbを含まない場合。c2を持つ。この場合のみ100%アセトンで測定。)
- Chl a = 11.43*A664 - 0.64*A630
Chl c2 = 27.09*A630 - 3.63*A664
μg/mlでの計算(複数の種の藻類の混合群集などで、クロロフィルa, b, c1, c2を含む場合。)
- Chl a = 11.85*A664 - 1.54*A647 - 0.08*A630
Chl b = -5.43*A664 + 21.03*A647 - 2.66*A630
Chl c1+c2 = -1.67*A664 - 7.60*A647 + 24.52*A630