原子吸光による光化学系II(Mn)の定量

光化学系IIの活性や量子収率を調べる方法には、いろいろよい方法があります。酸素電極によって電子伝達活性を測定してもよいでしょうし、クロロフィル蛍光によって量子収率を測定してもよいでしょう。しかし、光化学系IIの絶対量(反応中心濃度)を調べようとすると案外よい方法がありません。反応中心のサブユニットの一つであるシトクロムb559のヘムの濃度を分光的に測定する、あるいは、電子受容体のフェオフィチンの量をHPLCもしくは分光的に測定する、などといった方法が考えられますが、一長一短があり、必ずしも簡単ではありません。その中で、系IIに含まれるMn(マンガン)を指標にして反応中心の量を見積もる方法は、原子吸光測定装置という特別な測定装置を必要とするものの、装置さえあれば、比較的簡便に再現性よく値を求めることができます。ここでは、この原子吸光によるMnの定量方法を紹介します。

  1. 原子吸光分析とは
  2. 光化学系IIとMn
  3. 試料の準備
  4. 原子吸光の測定
  5. 研究室内の心覚え

原子吸光分析とは

原子吸光の原理

太陽の光は白色光であって、全ての色を含む連続的なスペクトルを示します。しかし、その中をよく見ると、暗い線がたくさん見つかります。これは、発見者にちなんでフラウンホーファー(Fraunhofer)線と呼ばれます。これは、太陽から放出された光が太陽の周りのガスを透過する際に、ガスの中の特定の元素によって光が吸収されることによって生じます。分子の吸収は、普通ある程度広がりを持ったスペクトルを示しますが、これは分子内の原子の電子状態が相互作用していることが大きな原因です。ということは、原子状になった元素による吸収の場合は、非常に鋭いピークを持つ吸収スペクトルを示し、背景に連続的はスペクトルがある場合は、そのスペクトルに黒い線が入ったように見えることになります。これが、フラウンホーファー線の原因です。この現象を用いて、私たちの太陽だけでなく、遠くの恒星にどのような元素が存在するかを知ることができます。原子による光の吸収は、非常に狭い波長範囲に現れ、しかもその波長位置は元素の種類によって異なりますから、ある特定の波長だけに注目して吸収を測定すれば、波長に対応した特定の元素を(理想的には他の元素の妨害なしに)定量することができることになります。これが、原子吸光分析の原理です。基本的には金属元素の定量に使われますので、酸化還元が主役を務める光合成のように、金属のコファクターを調べる機会の多い研究分野では、案外使用頻度の多い分析方法です。

フレーム型とファーネス型

原子吸光の測定の場合、試料を原子化する必要がありますが、その方法には2種類あります。古くから使われてきたのはフレーム型といい、フレームという名前の通り、炎を使います。アセチレンガスなどの燃焼によって生じさせた炎の中で試料を原子化し、その吸収を測定します。より近年になって(といっても1970年代後半ぐらいからですが)使われるようになったのが、ファーネス型(フレームレス型ともいいます)の方法で、こちらは、ファーネス(炉の意味)の名前の通り、炉の役割を果たすグラファイトのチューブに試料を滴下し、そこに電流を流すことによって加熱し、試料を原子化します。基本的にファーネス型の方が感度が高いので、生物試料の場合などはファーネス型によって測定することがほとんどです。

グラファイトチューブの種類

ファーネス型のグラファイトチューブには3種類あります。高密度グラファイトチューブ、パイロ化グラファイトチューブ、プラットフォーム型グラファイトチューブです。高密度グラファイトチューブは、一般的に広く用いられますが、感度は低くなります。試料濃度が高い時、原子化温度の低い元素の時、に使われるようです。パイロ化チューブは、グラファイトの表面を加工したもので、試料がしみこみにくいので、試料が炭素と反応しやすい場合に使われます。感度は高密度グラファイトチューブに比べて高くなります。一方で、試料中の酸の濃度などによって値がばらつくという欠点があります。プラットフォーム型のグラファイトチューブはバックグラウンドの信号の影響を受けづらく、感度も比較的高いという利点があります。従って、夾雑物の多い生体試料の場合は、主にプラットフォーム型のグラファイトチューブが用いられます。

測光系

基本的に、元素ごとに異なるホロカソードランプが光源となり、試料を通った光が分光器に入り、分析に使用するスペクトル線の波長の吸収が測定されます。バックグラウンドの吸収の補正にはいくつか方法があります。ホロカソードランプはパルス点灯させることができますから、例えば400 Hzで点灯しておいて、得られたシグナルの内、400 Hzの成分だけを取り出せば、グラファイトチューブが熱せられることによる発光からのシグナルは除去することができます。また、ホロカソードランプの他に重水素ランプ(D2ランプ)を別の周波数(例えば800 Hz)で点灯しておけば、D2ランプの光の吸収はバックグラウンドの吸収だけを反映しますから、それを引き算することにより、共存物質によるバックグラウンドを補正できます。ここで、紹介するMnの定量には後者の方法(BGC-D2モード)を使用します。

光化学系IIとMn

光化学系IIは約30種類のサブユニットから構成される巨大な複合体で、初期電荷分離を担う電子伝達成分を反応中心サブユニットPsbA, PsbBに結合しています。光化学系IIの活性は、酸素電極により簡単に測定できますし、その最大量子収率は、クロロフィル蛍光の有名なパラメータ、Fv/Fmとして葉っぱのままでも瞬時に測定することができます。一方で、光化学系IIの量、つまり反応中心の数を数えようとすると案外大変です。光化学系IIには電子受容体としてフェオフィチンが働いていますから、このフェオフィチンを抽出してHPLCで分析する手がありますが、フェオフィチンはクロロフィルからマグネシウムがはずれることにより抽出過程などでも生成する可能性を否定できません。極めて還元的な環境下においてフェオフィチンの還元型の光による蓄積を見たり、反応中心の構成成分であるシトクロムb559のヘムの吸収変化を定量したり、ということも可能ですが、それぞれ一長一短があり、経験のない人がいきなりやっても難しいと考えられます。

酸素発生型光合成の特徴である水の分解は、4原子のマンガンと1原子のカルシウムがアミノ酸残基のカルボキシル基などに配位したマンガンクラスターによって行なわれます。従ってマンガンもしくはカルシウムを測定することにより光化学系IIの量を見積もることが原理的には可能ですが、カルシウムの場合は、環境中に極めて多量に存在する元素であるため、それらの影響を除くためには、極めて煩雑な作業が必要となり、簡便な定量には向きません。一方、マンガンは、環境中に比較的少なく、また、生体内においても一部のスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)に含まれるぐらいで、カルシウムと比較すると格段に測定がしやすいと言えます。マンガンの測定には、原子吸光の分析装置が必要となりますが、装置さえあるならば、未経験者でも確かな値を得ることができるほとんど唯一の光化学系II定量法法であると言えるかも知れません。基本的にマンガン4原子が反応中心1個に相当することになります。一方、光化学系IIの光阻害などにおいては、マンガンの遊離が見られることがあります。このような場合は、光化学系IIに結合したマンガンの数が必ずしも反応中心の個数を反映しなくなる可能性がありますが、その場合でも、遊離したマンガンはチラコイド膜の内腔に留まると考えられ、チラコイド膜を試料とした場合は、やはり反応中心の個数を反映するはずです。また、このような場合は、光化学系II標品を単離してマンガンを定量することにより、阻害のマンガンクラスターへの影響を調べることもできます。

試料の準備

材料:

光化学系II膜標品、光化学系II用バッファー:0.4 M Sucrose, 50 mM Mes/NaOH (pH 6.5), 15 mM NaCl, 2mM EDTA

手順:

  1. 光化学系II膜標品を上記bufferにクロロフィル濃度が25 μg/mlになるように懸濁する(-80℃で保存していたものを用いる場合は、上記 buffer で2回washしてから用いる)。
  2. 35,000xg、4℃、20 min遠心する。
  3. 沈殿をもう一度上記のbufferに懸濁する。
  4. 35,000xg、4℃、20 min遠心する。
  5. 沈殿を純水(なるべく純度の高いもの)に懸濁し、そのうち200 μlを用いクロロフィル定量を行う。
  6. 終濃度0. 25 μgChl/mlとなるように純水に懸濁し、原子吸光分光光度計に用いるサンプルとする(200クロロフィルあたり約4原子のMnを含む試料で適当な濃度なので、異なる条件ではその都度条件検討が必要である)。
  7. Mnの標準液(100 ppm)を希釈し,1 ppb溶液をつくる.標準液に1%硝酸を加えておくと1ヶ月ほど保存可能である.

原子吸光の測定

装置:

原子吸光測定装置(島津AA-6800)、グラファイトファーネスアトマイザ(島津GFA-EX7)、オートサンプラ(島津ASC-6100)

手順:

1.電源
(1)単相200 Vの電源を入れる(壁のボックスの中)
(2)機器のスイッチを入れる
 ○オートサンプラー(ASC-6100) 本体前部の左側
 ○ファーネスアトマイザ(GFA-EX7) 本体後部の左側(メインスイッチが手前、加熱スイッチのレバーが奥にある。加熱スイッチは加熱する前に入れればよい)
 ○分光光度計本体(AA-6800) 本体の左側手前

2.ソフトの立ち上げ
(1)パソコンのメインスイッチオン
 ○パスワードは設定されていない
(2)WizAAardソフトウェアを起動する
(3)ソフトウェア上における設定
 ○基本的にはOKを押していく
 ○元素選択からMnを選ぶ
 ○接続
フレーム測定ではないので、燃焼ガスは使わない
設定項目に対して普通はOKでよい
フレーム測定を行ないますか、と聞かれたら、いいえ
最後に接続パラメータの送信を行なう

3.その他の準備
(1)上記の接続が終了すると分光器本体のブザーが3回鳴るが、時間がかかるので、待つ間にその他の準備をする。本体のランプの安定に10分ぐらいかかるが、実際には、接続や準備に30分程度かかるので問題ない。
(2)右手の流しの水道栓を開ける
 ○ある程度勢いよく流す
 ○流量は測定前に再度チェックする
(3)アルゴンガスボンベを開ける
 ○2本ある内、手前が原子吸光用
 ○スパナで元栓を開け、二次弁と最後の弁を開けて二次圧力を0.38に設定
 ○流量は測定前に再度チェックする

4.グラファイトチューブの交換
(1)ソフトの「装置」「GFAチューブ交換」「グラファイトチューブ交換」を選択する
(2)サンプルカバーを取り外し、手前のリリースボタンを押してグラファイトカバーを開ける
(3)チップをグラファイトカバーのサンプル投入坑を通して(新しい)グラファイトチューブのサンプル投入坑に刺して、向きを固定しながら右側のセットボタンを押してグラファイトカバーを固定する。
(4)サンプル部の左側に紙を入れ、本体の発光部から来る光を遮る。
(5)サンプル部の右側の本体に鏡を引っかけてグラファイトチューブの中が見えるようにする。
(6)アームガイド(サンプル部に取り付けられた白いテフロン製の部品)のねじを緩める
(7)鏡を見ながらソフト上からチップの上下位置を調節する(30パルス幅の調節で大丈夫)
(8)チューブのちょうど中心にチップの先端が来るぐらいにする(通常は210ぐらいになるはず)
 ○グラファイトチューブは消耗品(品名:プラットホームチューブ C 206-50887-02)なので、ブランクの測定値が高くなったら交換する。
 ○純度の高い試料を測定する場合は、対象金属ごとにチューブを交換した方がよい。
 ○上記7でチップの水平位置が試料投入坑とずれている時は、オートサンプラー下部の黒い板の2つのねじを緩め、オートサンプラーごと動かしてチップが坑にはいるように調節する。調節後、2つのねじを締める。

5.オートサンプラーのチップの交換
(1)ソフト上から「装置」「メンテナンス」「ASCメンテナンス」「シリンジ交換」を選ぶ
(2)チップ上部のねじを緩めてチップ部分を取り出す。
(3)硬く締まっているので、スパナを使ってテフロン部からチップを取り外す。
(4)新しいチップをテフロン部に取り付け、オートサンプラーに取り付けてねじで固定する。
 ○チップは汎用品でよいが、基部の出っ張りがオートサンプラーのくぼみに引っかかるのに十分なものである必要がある。

7.ラインサーチとパラメータ編集
(1)ソフト上から「パラメータ」「パラメータ編集」「分光器パラメータ」を選び、ラインサーチを実行する。
(2)ソフト上から「パラメータ」「パラメータ編集」「繰り返し測定条件」を選び、繰り返し回数と最大繰り返し回数を1にしておく。(誤差の主な原因はオートサンプル時の試料の取り込みなので、1回ごとに目で見て状況を判断した方がよい)

8.試料のセットと測定
(1)専用試料チューブに試料を入れオートサンプラーにセットする
 ○専用試料チューブは自分用の分をあらかじめ洗浄し、MiliQ水でゆすいでから乾燥させておくとよい。
 ○試料の添加量は100 μlあれば十分
(2)ソフト上で測定プログラムを編集する。標準液の測定はSTD、試料の測定はUNKで行なう。
 ○測定中は条件変更ができないので、1回ごとにPAUSEを入れて、測定を停止できるようにしておいた方がよい。この場合、測定終了時にメッセージのないウィンドウが現れるので、キャンセルにすれば条件変更などが可能。OKを押すとそのまま次に進み条件を変えることができない。
 ○STDによって検量線を書いてくれるが、STDをあとで変更することができないので、最初はUNKで一度測定をしてみて、オートサンプラーなどが正常に働いていることを確認してから、STDによって標準液を測定した方がよいかも知れない。
 ○試料の分取量は10 μl程度でよい。
 ○機械の測定レンジは吸光度0から0.75程度がよい。ただし、測定元素によっては早く飽和するものもあるかも知れない。ファーネスタイプで測定する場合、Mnは0.01~2 ppbが適当な測定範囲。1 ppbを最大濃度として検量線を作成し、サンプルの測定を行う。
 ○Mnの場合は、10 ppbの標準溶液10 μlで吸光度0.42、MiliQ水で、吸光度が0.02程度であった。 0.25 μgChl/mlのシアノバクテリア系Ⅱ標品では1.8 ppbの値が出た。2年前の修理記録から考えるとグラファイトキャップ・ホルダが劣化しているのかも知れない。(2007年11月)
 ○ブランクの吸光度(バックグラウンド)はグラファイトチューブのきれいさによっても変化する。しばらく使用していなかったグラファイトチューブの場合、最初はホコリのシグナルなどが出るので、バックグラウンドの値が低くなるまで何度かMiliQ水の測定を繰り返す必要がある。

9.終了
(1)測定結果はファイルに保存できる。テキストファイルへの書き込みも可能。
(2)ソフトを終了し、パソコンを終了する。
(3)全ての機器の電源を落とす。
(4)壁の単相200 Vの電源を切る。
(5)アルゴンガスを止める。
(6)水道を止める。
(7)使用記録にサンプル数、アルゴンガスの残り圧力などを記録する。

研究室内の心覚え

Mn測定時の測定パラメータ

装置:ファーネス、ノーマルランプ
波長:279.5 nm
スリット:0.2 nm
点灯モード:BGC-D2
ランプ電流(Low):10 mA
測定パラメータ:ピーク高さ
温度 時間 加熱モード 感度 ガス種類 ガス流量 サンプリング
1 150 20 RAMP REG #1 0.1 OFF
2 250 10 RAMP REG #1 0.1 OFF
3 800 10 RAMP REG #1 1 OFF
4 800 10 STEP REG #1 1 OFF
5 800 3 STEP HIGH #1 0 OFF
6 2200 2 STEP HIGH #1 0 ON
7 2500 2 STEP REG #1 1 OFF

修理記録:

平成17年8月
(1)エラー内容
 ○標準液で測定しても全くシグナルが出なくなった。(元素問わず)
 ○Zn (5 ppb) で0.2 ABS出ていたのが、0.04 ABSに低下した。
(2)修理・対応内容
 ○ファーネスベース部のロックシャフト(グラファイトチューブを固定するねじ)についている固定部(そろばん玉)が金属疲労のためずれているため、ロックシャフトASSYを交換した。
 ○Mn (1 ppb) で感度確認したところ、0.157 ABS, %RSD 0.45で良好。
 ○グラファイトキャップ・ホルダ清掃
 ○全体的に感度が落ちているので、燃焼温度プログラムのサンプリングをおこなうステップとそのひとつ前のステップのガス流量をさげる(0.0-0.2)ことにより感度を上げる(亜鉛やカルシウムなどはサンプリングするステップでもアルゴンガスを流すことであえて感度を抑えるようなプログラムになっている)。もしくは注入する液量を増やすなどで対応する。
 ○感度は1 ppb Mn溶液で吸光度が0.15以上でていれば問題ないそうです。もし、それより低下するようであればグラファイトキャップとグラファイトホルダの劣化が考えられるので新しいものに交換したほうがよいそうです。