最近の光合成研究の進展
1.はじめに
光合成の研究の歴史は古く、少なくとも17世紀にさかのぼる。光合成という、ある意味で特殊な生物反応は、光エネルギー変換という物理的過程、酸化還元という化学的過程を内包しており、その巧緻なメカニズムは、生物分野に限らず多くの研究者の興味を引いてきた。これに加えて21世紀に入り、いくつかの外的要因により、光合成の研究の推進が強く望まれるようになってきている。すなわち、エネルギーの石油・原子力依存から脱却するために、太陽光などの自然エネルギーの利用の推進が喫緊の課題となる中で、光エネルギー変換のモデル系としての光合成研究が重要になるとともに、バイオマス生産の効率を上げるための方策としても光合成研究が注目を集めている。さらにマクロな面に目を向けると、地球環境問題がクローズアップされる中で、環境中の二酸化炭素を吸収する役割を地球生態系において担っている光合成と炭素循環のメカニズムを地球規模で明らかにすることが望まれるようになってきている。光合成のメカニズムの研究に加えて、光合成の利用の研究が必要になってきていると言えよう。本稿では、これらの状況変化を踏まえ、光合成研究の進展をいくつかの点に絞って紹介し、これからの研究の行方について考えてみたい。
2.これまでの光合成研究
光のエネルギーを利用して水を分解し、酸素を発生して二酸化炭素を有機物に固定する、という光合成の基本的な構成自体は、18世紀の終わりにはすでに明らかになった。具体的なメカニズムについても、二酸化炭素を有機物に固定する炭素同化系の経路は1950年代には明らかになり、光エネルギー変換の基本的なメカニズムについても1960年代に主だった反応成分が同定された。1970年代には界面活性剤により膜タンパク質を生化学的な手法により扱うことができるようになったことから、光合成を担うタンパク質複合体の性質の解明が進み、1980年代からは分子生物学的な手法により生物種をこえて光合成のメカニズムを統一的に解釈できるようになった。1988年にノーベル化学賞を受賞した光合成反応中心の結晶化とX線結晶構造解析の成果は、機能を構造に還元して議論する研究手法のスタートラインとなった。現在までに光合成を担う光化学系反応中心複合体を含む主要なタンパク質についてその3次元構造が明らかとなり、最後まで詳細な構造がわからなかった光化学系Ⅱ反応中心の水分解を担うマンガンクラスターについても、今年ついに1.9Åの分解能で構造が明らかになった(1)。いまや光合成というゲームにおけるプレーヤーはほぼ明らかになったように思われる。
そのような状況の中で、現在の光合成研究はどのような方向を目指しているのだろうか。一つの方向性は、光合成というゲームの中で、個々のプレーヤーがお互いにどのような駆け引きをしているのか、というダイナミックな側面であろう。これについては外部の環境に対して応答する、といった時間の側面が重要であり、これらの多くはいまだ未解明のまま残されている。その中でも、光合成に直接影響を与える光に対する応答、すなわち光環境応答は中心的なテーマとして研究がすすめられてきた(2)。また、上でも述べた地球規模での光合成研究も、衛星によるリモートセンシングの発達により単なる見積もりからデータに基づいた議論ができるまでになってきている。しかし、これらの話題については稿を改めることとし、まずは、光合成研究の最近の研究例として光合成反応中心の構造決定について紹介したい。
3.光合成反応中心の構造と機能
(1)2つの光化学系
陸上植物、藻類、そしてシアノバクテリアが行なう酸素発生型の光合成においては、光エネルギー変換を担う光化学系反応中心複合体が2種類存在し、それぞれ光化学系Ⅰ、光化学系Ⅱと呼ばれる。これらの光化学系は、20から30のタンパク質サブユニットと、それに結合した100分子前後の光合成色素などの補欠分子からなっており、光合成の膜系を貫通した疎水的な超分子複合体であるため、構造解析が遅れていたが、ノーベル賞を受賞した光合成細菌の反応中心の結晶化と構造解析の仕事がブレークスルーとなり、近年急速に研究が進んでいる。
光化学系Ⅰは、複合体中の電子伝達成分の酸化還元電位が比較的低く、生体内での生化学反応において還元剤として働くフェレドキシンやNADPHを還元する役割を担う。光化学系Ⅰは、シアノバクテリアにおいて1998年には結晶化され、2000年代前半に構造の解析が進んだ(3)。陸上植物の光化学系Ⅰは、反応中心複合体の周囲にLHCIと呼ばれるアンテナ複合体を余分に持つため、その構造解析は遅れていたが、それも2003年には結晶構造が明らかとなった(4)。
一方の光化学系Ⅱは水の分解反応を担う。水が分解されて酸素が放出されるためには、2分子の水から4つの電子が引き抜かれる必要がある。水分解の難しさは4電子分の酸化力が蓄積しなければ反応が進まないという点にあり、この反応を進行させることができる唯一の生物反応が、光合成系の光化学系Ⅱ反応中心複合体における酸素発生反応である。光合成の酸素発生においては、4電子分の酸化力の蓄積を、光化学系Ⅱ反応中心複合体に結合した4原子のマンガンを含むマンガンクラスターが担う。このマンガンクラスターの構造は最後まで不明であったが、以下に述べるように今年になってようやくその詳細な構造が明らかとなった。
(2)酸素発生系の構造
さまざまな生物種において光化学反応中心複合体の結晶構造が明らかとなる中で、光化学系Ⅱ反応中心複合体の水分解部位であるマンガンクラスターに関しては、これまで結晶構造の分解能が十分ではなく、その詳細な構造は不明であった。しかし、ごく最近になり、1.9 Åの分解能で光化学系Ⅱ反応中心複合体の構造が明らかになり(1)、マンガンクラスターについても周囲の水分子の配位も含めて構造が決定された。この構造は、単細胞の原核光合成生物であるシアノバクテリアの一種、Thermosynechococcus vulcanusについて決められたものであるが、酸素発生型の光合成の反応中心の構造は極めて保存性が高く、陸上植物の反応中心も同じ構造をとっていると考えてよいだろう。
報告された構造によれば、4個のマンガン原子は1個のカルシウム原子、5個の酸素原子とともにMn4CaO5クラスターとして「ひしゃげた椅子」構造をとっている(図1)。マンガン原子のうち3個と酸素原子のうち4個、そしてカルシウム原子の合計8原子がサイコロ状に座る部分を構成し、残るマンガン原子と酸素原子が背もたれの部分を構成する。カルシウム原子は椅子の背もたれ側ではない上部に存在し、背もたれのマンガン原子とともに2分子ずつの水分子を配位している。椅子がひしゃげている原因は背もたれの付け根に存在する酸素原子と、周囲のカルシウム原子と2個のマンガン原子との間の距離が他の原子間に比べて長いためである。したがってこの酸素原子はより水酸化物イオンに近い状態で存在していると考えられ、このことは、この酸素原子が基質の水のうちの一つに由来する可能性を示す。この酸素原子の近傍に存在するカルシウム原子と背もたれ上のマンガン原子は上述のように水分子を配位していることから、もう一つの基質となる水分子は、これらのうちの一つである可能性が考えられる。
(3)酸素発生系の酸化還元状態
マンガンクラスターに4電子分の酸化力が蓄積する過程については、Kokの「酸素時計」モデルが提唱されており、これが現時点においてもほぼ受け入れられている(5)。これは、マンガンクラスターに5つのS状態S0からS4を仮定するもので、ここに、
- 光照射によってマンガンクラスターから1電子が引き抜かれるたびにS状態はS0からS1、S1からS2、S2からS3、S3からS4へと遷移する。
- S4状態は寿命が短く、酸素分子を放出してS0状態に戻り、基質である2分子の水を配位した状態となる。
- S0からS1への遷移、S2からS3への遷移の際にそれぞれ1個のプロトンが放出され、S4からS0に戻る際に2個のプロトンが放出される。
- 暗所に長く置かれると、S2、S3状態はS1状態へと逆向きに遷移する。
という振る舞いを考えると、水分解に関して得られている実験事実をおおむね説明できる。マンガンクラスター中のマンガン原子はおおむねⅢ価とⅣ価(S0状態にあってはⅡ価の場合も考えられる)をとると考えられており、4つのマンガン原子の価数の変化として酸化力が蓄積する。構造解析がなされた結晶は、暗所での結晶化の過程で、主にS1状態をとっていると考えられる。水分解過程のダイナミクスを明らかにするためには、他のS状態での構造情報が必須であるが、他のS状態をとっている反応中心複合体の構造解析は現時点においては残念ながら技術的に困難である。
4.光合成の効率
(1)光の吸収効率
人工光合成を目指すにしても、光合成をバイオマス生産などに利用するにしても、その前提には植物の高い光合成効率がある。それでは、植物の光合成の効率はどの程度高いのだろうか。光合成に光を利用するためには、まず吸収しなくてはならない。植物の葉による光の吸収率は、植物の種類や波長によっても異なるが、平均して80%以上と考えてよい。ここ数年、人工照明による閉鎖系の植物工場が一種のブームとなっているが、この際に、クロロフィルが吸収しない緑色の光は効率が悪いので、赤色LEDと青色LEDを生育光に用いて効率を上げている、と称する例がみられる。確かに、有機溶媒中のクロロフィルの吸収スペクトルをみると550 nm付近の緑色光の吸収は、青色光や赤色光の吸収極大における吸収と比べると2桁程度小さい。これをみると植物は緑色の光を吸収できないと考えるのも無理はないが、実際には、植物の葉の緑色光の吸収率はいろいろな植物種の平均値で70%を超す。
この高い値は、葉の高いクロロフィル含量と、葉の中の細胞の配置によって実現されている。葉の断面を顕微鏡により観察すると、表面側には円筒形の細胞が規則正しく縦に並んでいる。細胞間には空気があるのに対して、細胞の内部は近似として水とみなせるので、屈折率の違いによって、これらの細胞は光ファイバーの役割を果たし、光を内部に導く。一方、葉の裏側に近づくと、不定形の細胞が不規則に配置されており、結果として光は散乱され、そのまま裏側へ透過せずに、葉の内部へと戻される。このような仕組みによって、葉を透過する光の光路長は、葉の厚みの最大数倍となり、緑色の光でもそのかなりの部分を吸収することができる。それどころか、光が十分強い場合には、葉の表層細胞で光がほとんど吸収されてしまう青色光や赤色光に対して、緑色の光の場合は、葉の内部の細胞も光合成に寄与することになるため、光合成の効率はむしろ緑色光の場合の方が高いという結果さえ得られている(6)。
いずれにせよ、白色光の代わりに緑色光を除いた光を葉に当てることによって増加する光吸収量は高々数%であり、光合成の量子収率は後述するように緑色光よりもむしろ青色光で低いことから、光合成速度の差はこれよりも小さくなると考えられる。したがって、光の色が光合成の効率を通して植物の成長に与える影響は実際には極めて小さいと考えられる。ただし、植物は光環境のセンシングに450 nm付近の光を吸収する青色光受容体と670 nm/730 nm付近の光を吸収する赤色光/近赤外光受容体を用いて形態などを調節しており、特定の光を除いて植物を生育させた場合は、形態形成などが大きく影響を受け、その結果、生育が変化することはしばしば観察される。
(2)励起エネルギーの移動効率
光合成色素(アンテナ色素)が吸収した光のエネルギーは、励起エネルギー移動によって反応中心クロロフィルへと伝えられる。反応中心複合体には、反応中心あたり数十から数百の色素分子が結合しており、励起エネルギーはそれらのアンテナ色素分子の間を次々と渡される形になる。それらのアンテナ色素は、分子種が同じ場合でもタンパク質との配位の違いにより異なるエネルギー順位をとることになるが、その順位の差は大きくなく、室温では相互にエネルギー移動が起こると考えられる。したがって、特定の色素に注目した場合、その色素から反応中心クロロフィルに励起エネルギーが移動するルートには数多くの可能性があると考えられるが、そのルート選択のメカニズムについては必ずしも明確ではなかった。2007年になり、2種類の光合成細菌において、少なくとも液体窒素温度においては、複数の光合成色素(この場合はバクテリオクロロフィル)が電子的共鳴状態にあることが示された(7)(8)。2010年には、光合成細菌とそれに引き続いてクリプト藻(この場合の光合成色素はフィコビリン色素)について、室温でも同様の量子状態をとっていることが示された(9)(10)。クリプト藻のフィコビリン色素は、相互の平均中心距離が20Åほどあるが、そのように離れた色素間で、かつ室温でも共鳴状態がみられることは極めて興味深い。このような共鳴によって、各アンテナ色素からの励起エネルギーは、効率的に反応中心へと集められると考えられる。量子力学的な効果は、極低温の制御された均一系でのみ観察されると考えられがちであるが、光合成のような生命現象においては、ごく自然な条件下で量子力学的な効果がみられることになる。このような現象の研究を量子生物学と名付けて量子コンピューティングなどのテクノロジーのモデルとして考えようという動きが始まっている(11)。
(3)光化学反応の量子収率
励起エネルギー移動によって反応中心が励起されると、反応中心クロロフィルから一次電子受容体への電子移動反応(電荷分離)が起こる。この初期電荷分離の量子収率は98%以上とされ、極めて高い。太陽電池などにおいては電荷分離後の電荷再結合が収率低下の一因となるが、光合成においては、一次電子受容体から次々に電子を受け取る複数の受容体を反応中心複合体内に配置することによって、高い量子収率を実現している。
光合成の電子伝達反応には2種類の光化学反応中心複合体(光化学系Ⅰ、光化学系Ⅱ)とそれをつなぐ電子伝達成分が関わる。電子は光化学系Ⅱにおいて水から引き抜かれ、酸化された水は酸素分子となるため、電子伝達の活性の指標として酸素発生量がよく用いられる。酸素発生の量子収率は10光子程度で1分子の酸素が発生するという例が多く、8光子で1分子の酸素発生という理論値と比較すると、その収率は80%程度となる。スペクトルを詳細に観察すると、480 nm付近の青色光領域で収率が低下しており、吸収自体は小さい緑色光領域ではむしろ収率は高い。収率が低下する波長領域は、ちょうどカロテノイドの吸収帯の付近である。以前は、カロテノイドは「補助色素」として光を吸収して励起エネルギーをクロロフィルに渡すアンテナの役割を果たすとされていたが、近年の研究により、β-カロテンやゼアキサンチンの主要な役割は、光捕集ではなく、むしろ強光条件下などにおけるエネルギー散逸や活性酸素の除去にあると考えられるようになった。青色光領域での量子収率の低下は、このエネルギー散逸過程を反映していると考えられる。
(4)光合成のエネルギー収率
次に、光合成の反応全体でのエネルギー収率を見てみよう。光のエネルギーが光合成により有機物の化学エネルギーとして固定される際の理論最大収率は30%程度である。一方、実際の植物でどの程度の光エネルギー変換効率があるかを蓄積された有機物量(バイオマス)として実測すると、環境をコントロールされた実験室の条件においても最大5%程度、人の管理下にある農地では最大1%程度であり、通常の野外条件では0.1%を下回ると言われている。これらの値は、市販されている太陽電池のエネルギー変換効率が10-20%程度であることを考えると、極めて低いように思われ、通常「高い」とされている光合成効率のイメージとそぐわない。
この原因には大きく分けて3つある。1つ目は「製造コスト」の問題である。太陽電池の場合は、あらかじめ製造したものを据え付けた状態でエネルギー変換効率を測定する。一方、植物の場合は光合成の稼ぎをすべて光合成産物として蓄積できるわけではなく、その一部、場合によってはその多くを自らの成長に振り向けなければならない。また、生命活動を維持する、つまり単に生きているだけにもコストはかかる。すなわち植物の場合、製造コスト・維持コストの部分が光合成の効率から差し引かれていることになり、これが上記の30%と5%の差の主要な原因である。公平に比較するのであれば、太陽電池の場合も、製造コスト・維持コストを、場合によっては廃棄コストをも変換効率から差し引かないとならないだろう。
原因の2つ目は、自然環境の変動である。自然界においては、光、温度、湿度、土壌水分含量といった環境要因は常に変動しており、実際に光合成が最大の効率を示すことができる時間などほとんどないと言ってよい。植物は、環境変化に対する様々な光合成の調節機構を持っているが、実際にはそれらの調節機構のほとんどは、「光合成の効率を下げる」メカニズムである。過剰な光エネルギーは生体にとって危険であるので、光合成の速度が低下する劣悪な環境条件では、光吸収を減少させるメカニズムや、エネルギーの放散系などを働かせることが必要となる。すなわち、植物は多くの時間、光合成の効率を積極的に落として生育しなければならないのである。これが上記の5%と1%の違いの主要な原因となる。
3つ目の原因は、他の生物の関与である。自然環境下での植物の有機物の蓄積は、他の生物の摂食などによって失われていく。これは、農作物にとっては食害であるが、植物が一次生産を担う地球生態系全体を考えた場合は、むしろ生態系をめぐるサイクルの必須の一部であると考えることもできる。地球上のヒトを含む非光合成生物が生きていくためには植物が光合成により蓄積した有機物の一部は食べられなければならない。この部分が、2つ目の部分とともに上記の1%と0.1%の違いの原因となる。
以上を考えると、製造コスト・維持コストを引き算しないエネルギー変換効率としては30%という値が妥当であろう。その場合でも、この値は、太陽電池などに比べて特段高いとは言えない。植物の光合成のエネルギー変換系における大きな特徴は、その効率の高さではなく、自己増殖能と自己修復能にある。そして、植物といえども、この自己増殖と自己修復にはそれなりのコストを支払っているのである。なお、以上の説明において、一点注意しなければならないのは、光合成の研究においてはクロロフィルが吸収できる光(光合成有効放射、400-700 nm)を対象としていることである。太陽電池などを対象とする研究で、赤外光なども含めた広い波長領域の光を対象に光吸収率やエネルギー変換効率を議論している場合は、ここで述べられた光合成の収率と直接的に比較することはできない。
5.植物の光合成の効率の改善を目指して
(1)植物の利用研究の必要性
現在、地球環境問題の深刻化、化石資源の枯渇問題、原子力にエネルギーを頼ることへの不安などの複数の面から、化石資源の使用に代わる代替手段の開発が不可避の問題となっている。その際、実際には二種類の代替手段の開発が必要である。すなわち、エネルギーの開発と有機工業原料の開発である。前者については、例えば太陽電池などの利用が考えられ技術的には充分に実用化の段階に入っている。一方、二酸化炭素から有機工業原料を作る研究も盛んに進められているが、こちらについては、実用化にはもう一段階の技術的なブレークスルーが必要であろう。これに対して、植物のバイオマスを利用する方法は、光合成による光エネルギー変換と二酸化炭素の有機物への固定が同時に行われ、エネルギーと有機工業原料を同時に得ることができる点で優れている。
そのような光合成生物の力を利用した代替エネルギー、代替有機工業原料の開発研究は、すでに現実に数多く進められている。現在研究されている多くのプロジェクトには、原理的には全く新規のものは少なく、実用化に向けては、そのコストを化石資源のレベルに引き下げることができるかどうかが鍵となる。一方、多くのコスト計算においては、光エネルギー変換効率を初めとする光合成効率・生産性の上昇・改善が前提となっているのが実情である。光合成生物の生育は、全面的に光合成に依存している以上、植物や藻類の生産性の向上に光合成の効率の向上が重要であると考えるのは自然である。しかし、現実には光合成の効率を上げて生産性が上がった実例はない。その理由は、光合成が自然界に適応したシステムであるという点が大きい。光合成の効率が悪くて得をする理由は考えづらい。生育環境に適応した植物の光合成効率は、進化の過程で最適化されているはずである。もし、見掛け上光合成効率が最適化されておらず、人工的に光合成効率を上げる改変が可能である場合には、進化の過程でその改変が起こらなかった以上、その改変は光合成以外の面でそれを打ち消すネガティブな変化を引き起こす可能性が高い。このことが、過去に光合成を改変して生産性を上げることに実用レベルで成功しなかった理由であると考えられる。
(2)どのような場合に生産効率が上昇するか
例えば、果実を巨大にするという育種では、上記の進化の過程の最適化の問題は起こらない。必要以上に果実を大きくすることは植物自体にとって損であるから、進化の過程で選択されることはない。このような変化、すなわち植物にとっては「損」な変化であって、人間にとっては「得」な変化であれば、育種として成り立ちうる。しかし、そうだとすると光合成の効率のように、生産性(=フィットネス)に直結する形質においては、育種による改善は望めないことになってしまう。
であるとすれば、1960年代に作物の生産性が上がった理由はなんだろうか。ちょうどアジアでの人口が急激に増加したこのころ、稲や小麦を中心として生産性の高い品種が数多く開発され、「緑の革命」と称された。緑の革命で育種された品種はさまざまであるが、生産性に直結したもっとも大きな形質の変化は背が低くなったことである。これにより、倒伏に耐性となり、また穂の本数を増やすことが可能となった。しかし、背の低い形質は、自然界では、光を巡る競争にとってマイナス要因となるため、自然選択されづらい。言い換えれば、だからこそ育種による改善の余地が残されていたことになる。畑や田では、除草により光をめぐる競争から解放されており、さらには、窒素肥料の投与により、植物体が徒長しやすくなっている。そのように、自然条件と栽培条件の差を埋めるような変異を選抜したからこそ、緑の革命は成功したのである。
(3)光合成の効率自体を上げることは可能か?
以上のように考えると、単純に光合成の最大効率を上げるような育種を行うことは非常に難しいと考えざるを得ない。前節で述べたように光合成の最大効率は、様々な「仕掛け」によって最適化されており、これを改変して効率を向上させることは無理であるように思われる。一方で、野外における光合成効率はさまざまな理由によって抑制されている。変動する自然環境下で生育する植物は、さまざまな環境応答のメカニズムを発達させている。光環境応答だけでも、色素量の調節、色素タンパク質複合体のバランスの調節、複合体間のエネルギー分配の調節、電子伝達の調節など、さまざまなレベルでの調節がみられるが、注目すべきことにこれらのほとんどは光合成の効率を下げる応答である。すなわち、植物は、最適条件での光合成の効率を最適化しておき、これに光合成の効率を下げる調節メカニズムを組み合わせる形で、自然環境に適応していると考えられる。とすれば、光合成の効率を上げるただ一つの方法は、環境制御と育種を組み合わせて考えることにより、制御された環境の中で自然環境への適応のためのコストとして考えることができる調節メカニズムを省いた植物を栽培することなのではないだろうか。現実に、特定の環境下においては野生型をしのぐ光合成効率を示す遺伝子変異株を取得することに成功している(12)。光合成の応用研究としてはそのような方向性が考えられるのではないかと考えている。
6.おわりに
光合成に関わる巨大な色素タンパク質複合体である反応中心クロロフィルタンパク質複合体が軒並み結晶化され、構造が明らかになった現在、次なる研究のターゲットはそのダイナミクスであろう。上述したように長い生物の進化の過程で植物の光合成の最大効率はおそらく最適化されていると考えられ、効率の改善の余地は動的な制御システムの中にしかないと思われる。光合成の研究の歴史は長く、その歴史の中で多くの構造情報・機能情報が明らかとなってきたという事実は、光合成研究の終わりを示すものではなく、今後のダイナミクスの研究の土台を提供するものである。さらには、光合成の研究が、量子生物学と言った新しい分野のスタート地点になる可能性も高いように思われる。光合成の研究は、これまでも生物学の分野にとどまらず、物理・化学の分野と協調して進められてきた。その延長線上に、狭い分野にとどまらない、また、基礎と応用に分断されない光合成研究の推進が望まれているように思う。
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(2011年8月8日執筆、初出:太陽エネルギー 37(5), 3-9、日本太陽エネルギー学会、2011年)