ライオンを食べると勇猛になれるか?

昔は、勇敢に戦った敵の肉を食べてその勇猛さを取り込もうとするとか、賢者の脳みそを食べてその知恵を受け継ごうとするなどといったことが、まじめに行なわれていたらしい。しかし、例えば牛肉を食べ続けたからといってだんだん自分の体が牛になることはない。あるのは、せいぜい比喩的な意味でブタになるぐらいであろう。これは、牛のタンパク質を食べても、それは、体の中で一度アミノ酸に分解されて、もう一度ヒトのタンパク質として合成しなおされるからである。牛の肉を食べたらといって、それが直接、ヒトの筋肉になるわけではないのは常識・・・と思っていたら、最近、理系の学生でも、コラーゲンを食べたらそれがそのまま自分の皮膚のコラーゲンになると信じている人がかなり多くいるので愕然とした。

皮膚の張りにコラーゲンが重要な役割をしているというのは本当だし、年と共にコラーゲンが失われていくというのも間違いないだろう。しかし、だからといって「コラーゲンを食べれば皮膚の張りが保たれる」という論理にはならないのである。

食べ物の消化の経路同じことは、糖や脂肪についてもいえる。糖は解糖系によって、脂肪は脂肪酸酸化回路によって、それぞれ体内で分解されていったんアセチルCoAなどの低分子の化合物になる。ヒトの体の脂肪は、このアセチルCoAから合成しなおされるのであって、食べた脂肪が直接体につくわけではない。アセチルCoAは糖の分解によっても生じるので、いくら脂肪を食べないようにしても、山ほど甘いものをとれば、糖の分解から生じたアセチルCoAにより脂肪が合成されるので、体に脂肪がつくことは結局避けられない。コラーゲンを食べれば皮膚のコラーゲンが保たれるのではないか、もしくは、脂肪を食べなければ脂肪は体につかないのではないか、という多くの人の「願望」は、ライオンを食べれば勇猛になれると信じていた昔の人の「迷信」とまったく同じレベルのものである。

初出:早稲田ウィークリー 1226号, p.6、2010年