ポストゲノム時代の生命科学 第7回講義
生物が匂いを識別するしくみ
第7回は、分子認識科学分野の東原先生が担当されました。 寄せられたレポートの中から選ばれた3つと、その他のレポートの中で、目に付いた箇所5カ所の抜粋を、以下に載せておきます。
今回の講義は、嗅覚という世界の底に流れるものの奥深さを感じられました。 特に印象的だったのは、嗅覚と空間の話や、日本人の嗅覚についての話です。 講義のあとで、「嗅覚から見た日本人の空間論」について自分なりに考えてみました。 日本人は、もともとあまり嗅覚を研ぎ澄ませるという文化的素地を持っていません。平安期などは「香」の文化は発展しますが、魔除けにおいては香を焚く行為そのものに 意味があったり、貴族の生活においては入浴しないことによる強い体臭をごまかす為に 香を使ったりしているため、香りそのものは阻害されていると結論づけてよいでしょう。 しかし、それで日本人の空間に対する意識が低いかというと、決してそうではありません。 茶室のような顕著な例を初めとして、中世に完成された空間感覚は、 「静」を基調として一つの芸術性を確立しています。 この二面性はどこからくるのでしょうか。私は、キーワードは「無臭」だと思います。 和食では、「米飯」という何の味も持たない食材が、 他の食材を味わう為のリセット効果を持つように、 匂いが無いことが空間の静けさを際立たせているのだと思います。
海のこと
嗅覚は味覚に近い感覚だと考えていたが実際は視覚、聴覚に近く、空間を把握することができるらしい。ぼくの地元は海のある町だが、海が見えていないときでも海独特のにおいで海が近いことを知ることができた、と思い出した。海のにおいとはどのような成分なのだろうか。子供の頃は波しぶきのにおいだと思っていたが、においの成分は空中に飛散する揮発性の高い物質ということだった。海のにおいは基本的香調表現の中ではアニマリック(動物くさい香調)に近いのではないかと思う。魚も同じようなにおいがするので。カメムシのにおいにおいの感じ方は同じ物質でも人によって様々である。と聞いて思い出したのはカメムシのにおいだ。カメムシは危険を感じると体からにおいのする物質を出す。人はこれを臭いというのだが僕にはシトラス(かんきつ系の香り)のようないいにおいに感じられる。講義の中で濃度によって良いにおいや嫌なにおいに変わるという濃度依存性の話が出てきたがカメムシのにおいも濃度によって良いにおいだったり嫌なにおいだったりするのだろうか。
今回の講義で、匂いは複数の受容体によって認識され、その組合わせによって異なる匂いとして感知されるということを知った。これにより、40万以上もある匂い物質を350個程度の受容体で識別することができ、とても効率の良い仕組みだと思った。mRNAでのアミノ酸の指定でも、似たような仕組みが使われている。mRNAは、たった4個の塩基A,U,G,Cしかないが、それらを3個の塩基で1組と考えることによって20種類のアミノ酸が指定されている。また、免疫においては、B前駆細胞に抗体の遺伝子が多数あり、それらがDNA分子上にいくつかの領域に分かれて並んでいて、それぞれの領域から1つずつ遺伝子を選び、再構成することで多くの抗体を作り、多数の抗原に対応している。このように、何か多くのものを識別するのに、組合わせを使うというのは生物の基本的な仕組みの1つではないだろうか。ということを今回の講義を通して思った。
以下はその他のレポートの中で目に付いた部分の抜粋です。
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疑問に思ったのは、以前「香道とは3世代位かけないと、できない」という話を聞いた事があるのだが、嗅覚というのは遺伝性のあるものなのか、ということである。
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たとえば人は自分の体臭はあまり感じない。だから人がどんなにおいを好むかとか、どんなにおいを感じて、どれを感じないかといったことは、その人が受け継いだ遺伝子だけでなく、その人が普段接しているにおい(自分の体臭とか家のにおいなど)といっった、後天的な要素とも関係が深いのではないかと私は思った。
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「人間臭い」という言葉があるが、あれも目や耳では感じ取れないヒトの雰囲気といったものを、嗅覚になぞらえて表現したものである。そこには、嗅覚が感じることの出来るものの奥深さを見て取ることが出来る。
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私たちが日常で事物に対して感じるような「(総合的な)質感」、事物そのものから受ける「印象」、といったきわめて高次の「刺激」と考えられるようなものも、もしかしたら視覚、聴覚、嗅覚etc.といった、より階層の低い情報の組み合わせパターンとして認識されるのかもしれない。
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そういえば、視覚をつかさどる目も聴覚をつかさどる耳も、そして嗅覚をつかさどる鼻(の穴)も2つずつありますがこれは単なる偶然なんでしょうか?口は1つしかありませんし、鼻も1つで事足りるのではないかと思うのですが。いつかじっくり考えてみようと思います。
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