代謝生物学 第5回講義

過剰なエネルギーの消去

最終回となる第5回は、植物にとってエネルギーが過剰になってしまった時の処理方法についてお話ししました。エネルギーはあればあるほどよい、と考えがちですが、実際には、使える以上のエネルギーが入ってくると活性酸素の生成などにつながり光阻害という現象が起こります。葉緑体の定位運動についての研究は、現在、基生研におられる和田先生、筑波大におられる加川先生のお仕事です。後半に紹介した、短期的な強光条件下で野生型よりも生育がよくなる変異株の話は、駒場の池内研究室、埼玉大学の日原グループとの共同研究です。


Q:葉緑体の原形質内での移動はアクトミオシン系によって行われているのだが、アクチン繊維はどのように配置しているのだろうか。ランダムに配置された上を葉緑体が適切な方向に動いているのだろうか。それとも、アクチンが適切に配置され、その上を葉緑体が動いているのだろうか。光や酸素のように、必要だが過剰だと害になる物質に対する進化は、種ごとにさまざまな戦略があっておもしろいなと思った。

A:最終回のレポートとしてはちょっと寂しいですね。


Q:今回の講義で、一番注目したのは、ホウライシダの葉緑体の移動に関してです。葉緑体が集合したり逃避していた映像について、何故、青色光が当たっている部分を避け、その周囲に集まるのか、そして、青色光がなくなったときに、集合するのかというところが疑問でした。そこで、葉緑体の逃避反応は、シグナルが関与しているというところに着目してみました。シグナルが関与しているということは、葉緑体にシグナルが伝達されるからだと考えられます。しかし、そのシグナルはどこから来るのだろうかと考えると、一番考えられるのは、細胞膜ではないかと思いました。細胞膜は細胞壁に続いて、細胞の最も外側にある器官です。そのため、外的な要因を受容するには最も速く反応できるのではないかと思ったからです。また、細胞膜は流動性に非常に富んでいます。そのため、膜にある受容体が光に反応して、集合し、そこから、逃避のシグナルを葉緑体に向けて出すことで、葉緑体は、青色光のあたる部分を避けていたのではないかと考えました。 一方で、葉緑体が青色光の周囲に集合し、青色光消滅後に集合した点に関してです。これは、上に述べたことを前提として考えてみました。まず、先には、葉緑体以外の器官から逃避反応のシグナルが出ていると考えました。そのため、葉緑体側に、青色光を感受し、集合する働きがあると思いました。よって、葉緑体自身は光の方向へ集合する反応をとりつつも、他の器官からの逃避シグナルによって青色光のある場所には集合できなかったのではないかと考えました。よって、青色光が消えた後は、逃避シグナルが消失したため、葉緑体は集合できたのではないかと考えました。 また、このシグナルは、光の持つエネルギーにも左右しているのではないかと思いました。理由は、赤色光と青色光の反応の違いからです。講義では確かに、赤色光と青色光の当て方が全く異なっていました。そのため、比較することはできないのですが、ただ、青色光のほうが波長の短い光であるため、それの持つエネルギーのほうが赤色光よりも高いと思います。よって、もしかすると、光を受容する化合物の応答によって受容したエネルギーが高ければ高いほど、集合や逃避に対するシグナルの伝達の早さが左右されるのではないかと思いました。 今回の講義で最後になるかもしれないということを考えると、何かもの寂しい気がいたします。レポートの書き方では、疑問点ばかりを取り上げてしまうなど反省する点は数多くあるため、今後、自分のレポート作成にこの反省点を生かして生きたいと思います。最後に、全体的に非常に面白い講義でした。これから、物事を考えるときは少しでも深く、現象一つ一つに対する意味をじっくり吟味していきたいです。

A:よく自分の頭で考えていますね。あと、もう少し考察を加えるとすると、どうやって方向を感知するか、という部分でしょうか。「光の方向へ集合する」といっても、もし光センサーが1つだけだと、今いる場所の光の強さの情報しか得られませんから、どちらの方向がより明るいのか、判断できません。一つの手はセンサーの数を増やすことです。センサーが異なる場所に2つあれば、その差から方向を見積もることができます。もう一つは光の強さによって動く速度と方向を変える頻度を変えることです。方向とスピードをうまく設定すれば、ランダムな方向に動いていても、いわば統計的に光の強いところ(もしくは弱いところ)にいる時間の割合を変えることができます。


Q:強光に対して葉緑体を移動させることで強光阻害を防ぐという、葉緑体レベルでの防御システムの存在が分かったので、太陽の方向に合わせて太陽光を垂直に受けるように植物体の葉の向きを変えていくsolar trackingのような、器官レベルでの強光に対する防御が気になりました。”負向日性”と呼ばれる現象で、加熱や水の損失を防ぐために光を避けるように葉を動かしていて青色光を認識する部位は植物種によって、主脈付近や小葉の根元など異なるけれども、水ストレスがかかると、主に葉沈と呼ばれる葉身と葉柄の間にある細胞の浸透圧変化による物理的な力によって葉身や若い茎の向きを変えているようです。朝や夕方の気温の低い時間帯は水ストレスがかかりづらいので、葉を太陽光に垂直にしておいて光合成速度が最大になるようにしている、とのことでした。でも、光屈性で曲がってしまったら細胞の長さが変わってしまって、元に戻らない的なことを授業中に聞いた気がするのですが、毎日の日の出と日の入りに合わせていたら、成長する所がどんどん曲がって、グネグネした感じになるのですか?

A:講義の中で、植物の動きは通常伸長によって起こる、といいましたし、植物細胞が収縮することはあまりないので、「元に戻らない」というのは、まあそう言ってもよいと思います。とすると、確かに理論的には細胞が伸長する場所が移り変わっていくに従って、茎がぐねぐねしてもよいはずです。しかし、もう一つ考えなくてはいけないのは動きにかかる時間です。紹介したビデオでは速回しにしていますから、何かすぐ応答しているように見えますが、植物の動きは必ずしも速くありません。環境応答を考える上では、環境の変動速度と、それに対する応答速度の比が重要になってきます。


Q:今回の講義は過剰な光に対する植物の防御ということであったが、これは実によくできていると感心した。特に面白いと感じたのはキサントフィルの役割であった。強い光によって生じるpH勾配の元で脱エポキシ化を行い、励起状態のクロロフィルからエネルギーを熱の形で放出、また弱い光に対しては中性のpHの元で今度はエポキシ化でエネルギー準位を高くして、クロロフィルへエネルギーを供給するというシステムは、やはり長い年月をかけた進化の結果といえるだろう。後半では最近の研究を題材とした適応についての話題であったが、ここで前回のレポートで疑問に感じた「火事場の馬鹿力」説が植物にも当てはまりうることを学ぶことができたのは一つの収穫であった。

A:キサントフィルのサイクルは確かによくできていますね。ただ、いかにもよくできている話は厳密な実験的な裏付けを持たずに人間がこうだろう、と考えて作った話もあるので注意が必要です。キサントフィルサイクルであれば、強光時に熱放散が大きくなるのは確かですが、弱光時にどれだけアンテナが大きくなる効果を持つのかについては、実はあまり論文を見たことがありません。


Q:植物が、強光からの防御を行っているということは初めて知りました。確かに顕微鏡下で強い光を当てて細胞を観察するとき、液胞が発達しているわけでもないのに葉緑体が細胞壁にそってべったりと並んでいるのばかり観察されていたのを不思議に思っていました。この実験ではスポットで青色光を当てていましたが、実際はここまで「光の当たる部分と当たらない部分」がはっきりと分かれることはあまりないはずです。だとすれば、ある一定以上の強光下ではPhot2のほうがより強く効果を発揮し、逃避運動となり、それ以下の光ではPhot1のほうが強く働いて集合運動になるというメカニズムになっているのでしょうか。だとすれば、たとえばPhot2は初め多くが不活化しており、光刺激が強くなり活性化している分の受容体がフル稼働(?)のようになってきたら残りの受容体が活性化するとか、そういう仕組みになっていれば理にかなうのではないか、と考えました。これで、ちょうどいい光の強さの部分に効率よく葉緑体を配置することができるのではないでしょうか。また、植物の原形質流動がアクチンとミオシンの相互作用によって起こっていることを考えると、この葉緑体の移動もアクチンに引っ張られていると考えると自然ではないかという気がします。そう思って調べてみたところ、やはり青色光照射後にアクチンのダイナミックな構造変化が起こり、どうやら細胞膜にアクチンでくくり付けられているのではないか、という研究もあるようでした。興味の湧くテーマです。

A:あるタンパク質がないとある現象が起こらない、ということは遺伝学的に比較的証明しやすいのですが、そのあと、シグナル伝達がどうなっているかを調べようと思うと、ある・ない、というレベルの観察では議論できないので、なかなか大変です。実際にどのような形でシグナルが伝わるのかは、まだ、これからの問題だと思います。


Q:植物葉は光呼吸と光傷害を防ぐために葉緑体の細胞内分布を変化させる。入射光が弱いときには葉緑体は集合反応を示し、光吸収を極大にする。光が強い場合には葉緑体は逃避反応を示し、光吸収を最小にする。では、葉緑体はどのように細胞内を移動するのだろうか。「細胞小器官の位置決定」と言われると、微小管やキネシン、ダイニンといったキーワードを真っ先に思いつく。神経軸索における小胞輸送などと同様に、葉緑体も微小管に結合したモータータンパクで移動するのか。しかしどうも葉緑体移動には、微小管よりもアクチンフィラメントの方が大事らしい。アクチンフィラメントといったら、筋肉のイメージがどうしても強く、植物細胞となかなか結びつかなかったが、先日、馳沢研で実習がありまして、植物細胞内に張り巡らされたアクチンフィラメントを観察し、少し認識が変わった次第です。アクチンフィラメントに結合するモータータンパクはミオシンなので、葉緑体はミオシンに結合していて、アクチンフィラメント上を滑るように移動するのだろうか。それとも、フィラメント自体がダイナミックに動くのだろうか。

A:植物は、自分が動けない分、細胞の中をいろいろダイナミックに変えないと生きていけない、という面があると思います。そして、そのような環境変化に応答したダイナミックな変動というのは、これからの植物研究の一つの中心になるのではないでしょうか。アクチンのフィラメントもただじっとしていては、充分な環境応答はできないでしょう。


Q:植物は過剰な光に対しては防御をするような反応をすることは驚きだった。β−カロチンという人間の栄養によさそうな名前が出てきて興味を持ったので調べたところ、クロロフィルの励起状態からエネルギーを熱として受け取るという役割を持っていて、クロロフィルを持たない動物には必要ないということがわかりました。また、光を制御する目的で植物が葉緑体の位置を変えることなど、適度にエネルギー摂取を摂取してより有利に生きようという姿勢が感じられてとても興味深かった。

A:動物に必要ない、と言い切ってしまうとやや誤解を招くかと思います。人間の視覚に重要なレチナールは、βーカロテンなどを原料にして作られますからね。


Q:キサントフィルの相互変換について。ビオラキサンチンは、脱エポキシ化すると共役二重結合鎖が伸び、励起エネルギーが下がってクロロフィルを励起できなくなる。エポキシ化酵素の活性がpH依存的であり、この結果として光環境に応答して分子の構造変化が引き起こされることが分かっている。励起した分子がどの方法で励起エネルギーを解消するか、は競争的に決まるため、ビオラキサンチンがアンテナとして有効に機能するためには、クロロフィルの近傍にあるというだけでなく、しっかりと固定されていてなるべく熱としてエネルギーを逃がしにくい状態にある方が良いだろう。これに対し、ゼアキサンチンは実際に熱としてエネルギーを逃がしているのだから、自由に分子運動できると考えられる。LHCIIの中におけるキサントフィルの状態が構造的に解かれているのか、また、励起エネルギーの解消方法がキサントフィル分子自身の構造の違いに依存しているのであれば、それを具体的に知りたい。

A:物理的にきちんと考えたレポートですね。LHCIIの結晶構造は既にわかっているのですが、キサントフィルサイクルによって熱放散を調節しているのは、LHCIIと反応中心の間にある、量的にはマイナーなアンテナ複合体であると言われています。その部分は、まだ細かい構造がわかっていません。


Q:葉緑体はフォトトロピンの働きにより逃避運動や集合運動を起こす。フォトトロピンとクロロフィルは吸収スペクトルが似ている。また、フォトトロピンは光屈性や気孔の開閉にも関与している。しかし、そのメカニズムがよくわからなかった。活性酸素は光化学系Iの近傍で、その還元力を利用し消去される。いろいろな反応からなるが、全体としてはゼロであり、植物を強光から守っている。またβ—カロチンは強すぎる光エネルギーを熱に変えて消去している。キサントフィル類も相互変換することにより、光を熱として放出している。正直月曜日にはわかったつもりになっても、木曜にレポートにするときは忘れています。レポートは早くやった方がいいようです。

A:その通り。いつ書いても使う時間は一緒ですから、講義のあとすぐに書いた方が絶対得ですよ。


Q:葉緑体運動に関わる青色光受容体であるフォトトロピンですが葉緑体の反応の他にも植物体を守るため光屈性や気孔の開口に関与していることがわかりました。それに関して気になったことなのですが、phot1は集合反応だけ、phot2は集合反応・逃避反応に関与している、とのことなのですが、どうしてphot2は逃避反応・集合反応の両方に関与しているんですか?phot2は光が強いときに働くということは逃避反応を促進して、集合反応を阻害していると考えると機構的にはphot1と対になる反応すなわち逃避反応を促進する反応だけに関与する方がスマートな気もします。

A:確かに、完全に別経路で動いていた方が単純ですよね。ただ、生物の仕組みをいろいろ見ていくと、シグナル伝達などに関しても案外一本道ではなく、入力と出力が共にたくさんある、というようなケースが見られます。一般論としては、その方が柔軟にシステムを変化させることができるのかも知れません。


Q:SFは強光下において余分な電子を酸素に渡して細胞内の過剰な還元を抑えるがこれはサイクルの反応が外からのエネルギー無しには進まないという法則を利用して電子を捨てる以外に何も細胞に対して、益はなさないが、害もなさないと聞いて感心した。負のフィードバックはもちろん大切だが、過剰産物の廃棄においてもスマートな方法を獲得していて、今のゴミ問題などに生かせないか考えた。現時点で作れる産物の2次利用など、その一種の節約の姿勢は広く皆が触れるべきところのように思える。それにしても、進化は結果的にこうなったというだけの話しだと思うのですが、いろいろな先生の話をきいているとたまにその目的のために変化したかのように言われて不可解に思います。選択圧がすぐに掛かったにせよ、はじめ中立で後で掛かってきたにせよ、私たちの考察する理由はいつも後付けに過ぎないと思っているのですが・・・。 講義ではサイクル反応にエネルギーを消費することや、光とエネルギーの関係から光化学系は2つに分かれていた方が納得がいく、ルビスコにおける様々な不可解な点など高校の時ふと疑問に思ったり何も考えなかったところの話が聞けてとても面白かったです。 ふと思ったのですが、ルビスコのプロモーターは挿入した遺伝子や過剰発現用のプロモーターには使えないのでしょうか?rRNAの方が発現量が多いとか、転写因子に不都合が生じるなどなければ使えそうな気がします。いままであまり聞かなかったので使われていないのでしょうが、理由が気になります。

A:確かに、「進化の理由」というのは後付けに過ぎません。ですから、あくまで人間がどのように解釈するか、ということです。そして、そのような「なぜ」という疑問をきちんと持つことは非常に重要だと思うのです。これが、一般の人向けの講演会か何かで、目的論的な言い回しをしてしまうと、あたかも生物が目的を持って進化してしまう聴衆が出てきてしまうかも知れませんが、生物を専攻している東大生向けなら大丈夫でしょう。 植物の場合、実はルビスコ以上に合成量が多いタンパク質があって、大量発現にはそのプロモーターが使われます。そのタンパク質は、光化学系IIのサブユニットの1つなのですが、分解量も極めて多いので、結果としてルビスコほどは存在量がありません。


Q:光阻害にたいする対策は物理的なものや、分子の特徴をいかしたものや反応系の調節といったものの色々ありました。今までは逆に光が少ない状態の競争に注目がいっていたので、強光阻害の影響の大きさが意外でした。pmgAについても、光化学系Iの光合成活性が高いほうがいいというのが単純な発想であり、スーパー変異株をつくるという考えの方がむしろしっくりきます。栽培条件においても光は十分以上でpmgAが有利になるとはあまり思いませんがpmgAでは強光条件において光化学系Iを抑制できないために、還元側で電子が過剰になり活性酸素が発生し生育阻害がおきるということは分かりました。しかし、その生育阻害が強光の時間によって変わることがよく理解できていません。短時間でもpmgAにとって強光は悪影響しかないように思えるのですが。反応の時間の問題で、短時間では強光による阻害以上に光合成活性の上昇が影響するという事でしょうか。

A:長期的な強光でのみ阻害が見られるのは、おそらく、活性酸素によって細胞膜の脂質が徐々に過酸化され、過酸化脂質の割合があるところ以上になると生育できなくなる、といったメカニズムがあるのではないかと考えています。ただ、実験的な裏付けがあるわけではありません。


Q:高校までの生物の授業では、x軸に光の強さ、y軸に光合成速度をとったときのグラフは、だんだん増えて臨界点に達したら一定になる、というものだったので、光阻害が起こってむしろ光合成速度が下がるというのは意外でした。駒場でも少し習ってはいたのですが、なんとなくしか理解していなかったので。植物が、普段受けている量の光あたりに適応するように進化してきたというのはわかります。でも、光がたくさんあたるとき、それをもし全部利用できるなら利用したほうが植物にとっては嬉しいですよね??それと、二酸化炭素の飽和濃度は、地球上の濃度よりだいぶ高かった気がします。それなら、今の地球上の二酸化炭素濃度で飽和するようなシステムが作れていれば、光を強くして光合成系IIが律速段階になるのを防げたのではないかと思ってしまいます。

A:そこで、やはり二酸化炭素の固定の回で紹介したルビスコの問題に戻るわけです。結局、ルビスコと二酸化炭素の親和性が低いために植物の生育は制限されているということになります。ただ、「土台」が悪いのか、ルビスコの改良はいろいろ試みられてはいますが、なかなかうまくいかないようです。