代謝生物学 第1回講義
エネルギー代謝の基礎
初回は一種のイントロダクションとして光合成を中心とするエネルギー代謝の地球生命における意義についてお話ししました。今回の講義に寄せられた意見と、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。
Q:太陽電池について調べてみました。まず、一般的に使われている太陽電池は、「性質の異なったP型とN型と呼ばれる半導体物質を張り合わせた薄い板型の構造で、表面に光が当たると、これら半導体間に起電力が生じて電流が流れる特性を利用した発電機」で、光エネルギーを電気エネルギーに変換する効率は多くて20パーセントです。そして、今研究されているのが、有機太陽電池とよばれるものです。これは、植物が光合成する仕組みを参考に、①光エネルギーによる励起子作成②受容体へ励起子移動③受容体内で励起子解離④電極へ電子移動、という段階をへて電気エネルギーを取り出す装置で、従来の太陽電池に比べてコストがかかりません。今はまだ効率がよくないそうですが、受容体に3次元炭素構造であるフラーレンを利用したりすることで効率が高まり、理論的には33パーセントまでよくなるそうです。
人類がエネルギーを大量に使うまでに蓄積されてきた太陽エネルギー(石油や石炭など)を使い尽くしてしまいそうな現在、無尽蔵なエネルギーである太陽エネルギーをいかに効率的に、自然に近い形で利用できるかというのは大事なテーマだと思いました。
私は中学生のとき「家の屋根に葉緑体をたくさんはりつけたら温暖化がとまるんじゃないか」と真剣に考えたことがあります。実際生物で使われている光合成タンパクを利用した電池も研究されてるみたいで、あながち夢物語ではなかったのかなぁと嬉しくなりました。調べているときに「有機薄膜太陽電池の最新技術 」という本がよくヒットしたので、面白そうだなぁと思ったら、7万円近くする本でした。びっくりしました。東大の瀬川先生も執筆されているんですね。私は物理と化学が苦手なので、瀬川先生の熱力学は不可をとってしまいました。
A:植物の光合成の仕組みを使った実用になる太陽電池というのは、まだ今のところ夢物語の段階だと思います。ただ、太陽電池の普及という意味では、効率より値段ですね。効率20%でも、安ければ皆導入するでしょう。その意味では、製造コストはどんどん低下しているようですから、これから普及は加速するかも知れません。
Q:何故“高等な”動物は光合成をしないのか、という問いは、何故光合成をする生物が生まれたのか、ということまで考えさせられる。「最初に誕生した生物は従属栄養生物である。何故なら、生命が誕生した頃の海は栄養に富んでいて、光合成(や化学合成)により独立に栄養を創り出す必要がなかったからだ。」と高校で習ったことを鵜呑みにすると、その栄養が不足しだしたときに独立栄養生物が生まれたのだろう。光合成細菌が生まれ、酸素が発生し、好気性従属栄養細菌が誕生した。(Q.光合成色素は何種類かありますが、光合成の能力の獲得は、何度か独立に起こったのでしょうか?)酸素は自身にとって毒となるのに、何故酸素発生型光合成細菌は誕生し得たのか。それは周りにいくらでも水があったからだろうか。細胞内共生によりミトコンドリアと葉緑体を得た細胞が、多細胞化する際に何故“動物”とならなかったか。それは、太陽光が一様に降り注ぐ中、折角光合成能を持っている生物がエネルギーが必要だが失敗する可能性のある補食のために動き回るのは効率が悪いからだと推論する。動物が光合成能を持ったとしても、結局動かなくなるのだろう。
A:植物(葉緑体)はシアノバクテリアの共生によって生まれたわけですが、その最初の共生は1回限りだったようです。ただ最初の共生によって生まれた藻類が二次的に共生して植物化するという現象は複数回起こっているようですね。シアノバクテリアは原核生物ですから、それが真核生物の祖先に共生するのは、いろいろなメカニズムが違って大変だったでしょうけれども、二次共生の場合は真核生物動詞の共生ですから、比較的スムーズにいったのかも知れません。
Q:原子レベルでの光合成研究の所でLHI(Light-harvesting complexI)とLHII(Light-harvesting complexII)の構造が図示してありましたが、LHIにはRC(Reaction Center)が有って、LHIIにはRCが無いのですね。構造が異なるということはただ光化学系Iに結合するからLHIで、光化学系IIに結合するからLHIIであるだけでなく、光を捕捉し伝達する段階において両者に機能的な違いがあると思うのですが、どういったものなのでしょうか?
あと、高等動物であるタコクラゲが珊瑚と同じような褐虫藻を共生させていて、光を追うようにタコクラゲも水中を移動するらしいのですが、光を実際に使うのは褐虫藻ですよね。体内に共生している褐虫藻にはタコクラゲをコントロールして動かす程の力は無いと思うのですが、タコクラゲは自分で光を認識して褐虫藻に光が十分に当たるように動いているのですか?褐虫藻が光が足りないと感じることと、タコクラゲが動く動機の所が上手く自分の中では繋がらないのですが、何かタコクラゲを動かすような伝達物質を褐虫藻が出しているのでしょうか?
A:説明不足で誤解を招いたようです。原子レベルの光合成研究のところで説明したのは光合成細菌です。光合成細菌は反応中心を1種類しか持たず、そこに二種類の集光性複合体LHIとLHIIがエネルギーを渡します。一方、シアノバクテリアや高等植物では光化学系Iと光化学系IIを持ち、それぞれにLHCIとLHCIIがアンテナとして働いてエネルギーを渡します。間違いやすいのですが、LHIとLHCII、LHIIとLHCIIは別物です。タコクラゲが光を認識するのは「自分で」だと思います。
進化を考える上で、「なぜ」あるメカニズムが生じたかを考えることは重要ですが、現象とその理由の間に直接的な因果関係がある、と考えるのは危険です。褐虫藻(渦鞭毛藻)に光があたるように動くとタコクラゲが得をする、というのはメカニズムの発達の理由にはなります。しかし、渦鞭毛藻を共生させたタコクラゲのうち、光の方向へ動くものと動かないものがあった場合、明らかに動くものの方が有利になりますから、進化の過程ではそれが生き残ることになるでしょう。その場合でも「渦鞭毛藻が光が足りないと感じる」のが理由でタコクラゲが動くわけではないのです。
Q:先日の講義、とても楽しく、そして、面白かったです。その中でも、いくつか気になる点がありました。
まず、植物の光形態形成について、質問というよりも、考え方の方向性についてのご意見をお願いしたいことがあります。それは、幼植物体の暗所形態形成に関してです。暗所形態形成では、胚軸は伸長するものの、その節間が伸長するとおっしゃっていましたが、それは、胚軸において、細胞分裂はせず、水分を吸収することで、個々の細胞が伸長しているということでしょうか。もしそうであるのなら、胚軸は、個々の細胞が伸長することで、細胞分裂をすることによって生じるエネルギーを節約することができるからということでしょうか。また、クロロフィル合成も、光がないため、光合成を行うことができないという条件下、その存在がまだ不必要であるため合成されず黄化のままであると先生はおっしゃっていましたが、暗所にてクロロフィル合成を行い、その存在を維持するためのエネルギーを節約することもまたできると思ったのですが、そのような捉え方もできるでしょうか?
一方、疑問に思ったこともありました。それは、硫酸鉄を海洋にまき、光合成の律速段階を求める方法です。これは、地球環境に何か影響を及ぼしたりはしなかったのでしょうか?この実験の結果として、硫酸鉄をまいた海洋での光合成量が増加したとのことでしたが、約2週間の変化は、海洋の環境に富栄養状態をもたらし、そのことで、少なからず、海洋の環境に変化が生じるのではないかと感じました。プリントでは、実験から約2週間の結果が載っていたのですが、それ以降も、少なからず、硫酸鉄による影響は残っていたはずです。
また、動物と光合成に関するお話の中で、ミドリムシが連想されました。先生は、光合成能を獲得した高等な動物が存在しない理由として、推論ですが、光は密度が低く、十分なエネルギーを得るためには、広い面積が必要であるとおっしゃいました。それでは、ミドリムシの場合は、その体表面積にあたる光エネルギーを用いることで、その個体に必要なエネルギーをまかなえるため、光合成能も、移動能力もともに持っているということでしょうか?また、ミドリムシの大きさが、自ら移動し、光合成をすることで、自らのエネルギーをまかなうことのできる限界なのでしょうか?それゆえに、ミドリムシのような生物の進化が滞ってしまったと考えられるのでしょうか。
A:胚軸の伸長については、専門家ではないのでいいかげんですが、基本的にはおっしゃるとおりだと思います。個々の細胞の伸長によって長さは稼ぎながらエネルギーは節約する、ということだと思います。クロロフィルも、必要ないものは節約する、という考え方でよいと思います。
鉄をまいたことの環境への影響という点では、さほどなかった、と考えてよいと思います。何トンという量をまいたにせよ、地球全体からすれば蚊に刺されたようなものでしょう。しかも、数週間では完全に元に戻ってしまったようです。その意味で、地球温暖化防止に役立つかも、というねらいは失敗したということになります。一方で、鉄律速仮説の証明という意味では意義があったように思います。
動物の光合成については、「正解」というものはないので、個人個人で答えを考えるしかありません。ただ、研究者としては、正解がなくとも考える、という姿勢は必要だと思います。
Q:地球のエネルギーの流れについて。太陽光が地球に入りそれを用いて植物が光合成をして一次生産物などのエネルギー源になることはよく知っていたが、熱として地球外に放出されていくという点はあまり意識しておらず、温暖化と結びつけて考えることで再認識できました。また調べてみると、温室効果ガスは温暖化を引き起こすなどの悪い印象があったが、ある程度存在することで地球を適温に保つことができるとわかりました。
A:もう一つ考えなくてはいけないのは、地球温暖化、といっても地球の長い歴史の上では、今の温度はむしろ低い方だということです。人間の文明自体がせいぜい数千年ですから、地球の歴史から見れば一瞬であって、その一瞬の動きに一喜一憂しているということでしょう。
Q:代謝生物学という講義の名前から分子レベルでの代謝を予想していましたが今回はマクロな視点での話が多かったですがそれも面白いと思います。今回は光合成がいかに重要であるか多少は実感できたつもりです。また、私が特に関心を持ったのは、鉄鉱石との関係です。現在利用されている鉄鉱石が昔の光合成によるものであるということは今までにも聞いたことがありますが、鉄を海に入れると植物プランクトンが増加するという関係は初めてで驚きました。ちなみに私名前が「柏学」なので柏キャンパスには何か因縁めいたものを感じます。
A:今回はマクロな話でしたが、次回からはもう少し代謝の中身に入ります。ただ、そのような分子レベルでの話の中に置いても、今回の講義の中で言った「なぜ」という考え方は重要だと思います。
Q:タコクラゲが褐虫藻という生物と共生しているという話は朧気に知っていたが、今回授業で聞いて興味を引かれたので基礎知識を集めてみた。まず気になるのが、褐虫藻とは虫なのか、褐藻なのかということである。少し調べると、褐藻ではなくて移動性の単細胞の渦鞭毛藻であることが分かった。そして、褐虫藻との共生を営む生物は、主に刺胞動物に広く見出されるということだ。子供の頃、ミドリムシは光のある方へ移動して光合成するという話を聞いて、動けない植物と比べて非常に有利そうだと思った。そして、なぜ地球上がミドリムシだらけにならないのかと不思議だった。確かに、他の条件が一緒ならば、動ける方が光合成において有利だが、光合成に適した体制を作るという点ではミドリムシは不利だろうし、様々な要因を総合すればそれほどすごい生物ではないのだろう。では、かつて私がミドリムシに見た”夢の光合成生物”は、生命共同体としてのタコクラゲだろうか。褐虫藻は動物という乗り物を使って自由自在に移動することで、大海を席巻しているのだろうか。実際問題としては、褐虫藻のホストには造礁サンゴといった固着性のものもあるし、褐虫藻は共生しなくても移動できる。褐虫藻が共生から得ているものは、二酸化炭素や無機塩類と考えた方が、現実的であろう。また、光合成を行う海洋動物は刺胞動物だけではないことが分かった。軟体動物のウミウシの中には、海藻を食べてその葉緑体だけを消化器系の細胞に共生させるものや、褐虫藻を共生させた刺胞動物を食べてそれを”二次共生”させるものがいるということだ。今までほとんど認識していなかったのだが、このように多くの海洋生物が光合成を行っているようだ。では、なぜ水中でだけこのような生態が発達したのだろうか。陸上には簡単に共生できる光合成生物がいなかったから?それも一因かもしれないが、むしろ陸上では上へ上へと光を求めて伸びる競争が激しく、光合成に特化した体制を持たない動物が入り込む余地はないという要因が大きいと思う。一方、水中では、浅瀬や海面近くといった、動物が海藻の上にいて光を存分に受けられる環境が豊富に存在している。光合成生産に頼る動物がでてくることは合理的であろう。究極的には、水の中では重力が小さいために支持体なしに動物が自由に動き回れるため、支持体である植物よりも上へ行けるのだと言える。媒体の物理的性質に依存して、動物のあり方が違うという視点はちょっとおもしろいかもしれない。
A:よい点を考えています。陸上植物における支持構造の必要性が、動く光合成生物が地上にいない理由である、という考え方は説得力がありますね。もちろん「正解」かどうかはわかりませんが、このように考えることは極めて重要です。
Q:「エントロピーと生物の働き」 地球が誕生した時、地球は一言で言えばただの岩石の集まりであった。生物は当然のこと、大気というものも存在しない、そして宇宙からは大量の放射線が降り注ぐ状態であり、これはエントロピーが極めて高い状態といえるだろう。この状態から長い年月をかけた地球の進化、および生命の働きによって現在のような極めて秩序付けられた状態、すなわちエントロピーの低い世界が形成されたことを考えると、生物の力の大きさを実感する。太陽から地球へ莫大なエネルギーが降り注いでいるように、宇宙全体では巨大なエネルギーが存在する。しかし、そのエネルギーをこれほどまでに生物が有効に利用してきた天体は地球のほかにあるのだろうか。
A:おそらく重要な点が2つあるような気がします。1つはエネルギーがあるだけではエントロピーを減らすことはできない、ということです。太古の地球は一時表面の岩石が全て融けるマグマオーシャンの状態にあったと思われます。温度はエネルギーの一種ですから、エネルギー的には非常に高かったはずですが、それだけでは役に立ちません。
もう一つ考えなくてはいけないのは、ここで考えられている地球の秩序というのは、あくまで人間(生物)の目から見た秩序だ、ということです。岩石の結晶などを見ると極めて秩序正しく美しいものです。これは生命とは無関係ではありますが、それでも秩序は秩序ですよね。
Q:光合成により二酸化炭素濃度が低下し光合成の限定要因になっているのは知っていたが、地球の酸化によりそれまでの生物の存在を脅かしただけでなく、海水中の溶存鉄が酸化鉄として沈殿し,生物(プランクトン)の生育の律速になっていたのは意外だった。C4植物は低二酸化炭素に適応しているが、この低鉄イオンに適応した生物がいたら是非知りたい。銅を中心元素とするヘモシアニンがそうかと思ったが海水中の鉄と銅の存在量に大きな変化が無かった上酸素1原子を結合するのに鉄なら1原子でよいところを銅なら2原子必要のようなので違うようだった。ネットで少し調べたところヘモグロビンやクロロフィルに広く使われているポルフィンは中心部に様々な金属をとって錯体を作れるそうなので、人工的に高性能のクロロフィルなどを産生したエネルギー問題への取り組みや医療利用などがあったら教えて欲しいです。
PS 鉄を撒いてプランクトンが増加した話がありましたがプランクトンの何に鉄が主に使われているのか聞き逃してしまいました。できればレスか授業で教えてください。
A:鉄は、動物のヘモグロビンが有名ですが、その他に、呼吸系や光合成系などで使われるチトクロームにも必須ですし、鉄イオウセンターとして電子伝達反応に密接に関わっています。海洋の藻類などでは鉄のトランスポーターやフェリチンと呼ばれる鉄結合タンパク質を利用して、低い鉄濃度に適応しているようです。
Q:講義の内容を聞き、光合成がいかに地球規模でのエネルギー循環に役立っているかが再確認できました。我々の生活にも直接影響が出ている温暖化のメカニズムも勉強になりました。私自身の考えとしては、温暖化を解決する術としては光合成の詳しい研究(CO2をより吸収する植物体)などやバイオマス技術(最近ではサトウキビからエタノールが生成できる技術も実用段階に入りつつあるみたいです)など、あくまでも思い浮かんだ例ばかりですが植物が鍵を握っているように感じます。これからの授業で光合成の知識を吸収していき自分なりに考えてみたいと思います。
A:もしかしたら講義の最後で触れるかも知れませんが、現在の生態系における「人間」の存在というのは極めて異常です。おそらく、人間の現在のライフスタイルをそのままにした状態では、光合成をいくら研究しても残念ながらやれることは限られているように思います。ただ、もちろん研究しないよりはした方がよいことは間違いありませんけど。
Q:動物が呼吸しても酸素はなくならないのは光合成による物質の循環が行われているからである、ということ、人間は動物である、ということから人間は植物の存在なしには生きられない、ということを実感しました。また、太陽は人間のエネルギー源であることから、人間は太陽にも依存していることも実感しました。このように、人間は植物や太陽など他のものに依存しなければならない弱い存在であると感じました。人との関わりを意識して植物について考えることは興味深いと思いました。
A:植物であれ、動物であれ、人間であれ、一つの生態系としてお互いに密接に絡み合っています。そのような生態学的な考え方は、地球が「狭くなってきた」今後どんどん重要になっていくでしょうね。
Q:地球上の生物のエネルギーは、元を辿ればほとんどが太陽光をもとにした植物の光合成によって得られたものである。また、呼吸に必要な酸素も光合成起源であり、二酸化炭素濃度の低下など、光合成によって地球の現在の大気組成は作られた。以前から気になってはいたこと、なぜ動物が光合成をしないのか、について広い面積を持って移動するのは効率がよくないという推論が得られてよかった。移動の抵抗を減らし、また、熱を維持するには表面積は狭い方がいいので、動物はそちらを選んだのだろうか。しかし、細胞内共生とはいかずとも、今回の講義のサンゴやタコクラゲのように植物と共生するのは生存に有利と思われる。そのような進化の上での「偶然」がまだ起きていないだけなのだろうか。自分の体に細胞を付け足して成長していく植物と違い、動物の成長の仕方は共生に不向きにも考えられる。
A:確かに成長の仕方も違いますね。せっかく面白い推論を思いついたら、もう少しそこを考えてみると、さらに新しい発見があるかも知れませんよ。
Q:「植物にとっての光合成」に興味を持った。今までもやしは暗所で生育するとなってしまうという程度しか知らなかったが、先端がカールしているのは土壌中であることを誤認しているためであると言われて、深くは考えたことはないが葉緑体の極度に少ない胚軸が伸びたものだと認識していたため、土壌中というのはおかしいのではないかと考えた。他の生物の下にいるために光条件が悪く上に伸びるために最低限機能で伸びているのではないかと思っていた。しかし、調べたところ、シロイヌナズナではAtTIP2;2の根細胞における発現によって暗順応を示し、この遺伝子の発現がアクアポリンをコードする遺伝子の発現量低下に相関しているらしい。しかし、FR照射によってphyAを介するシグナル伝達系によってこのAtTIP2;2の発現量は低下し、暗順応が抑制される。他の植物の下という生育条件においてはFR照射下と同等の生育条件であるので、このことから、土壌中とは区別されることが示唆される。このAtTIP2;2の発現系は根であるが、胚軸の成長コントロールも同様であると予測できるのでやはり、もやしは生物による遮光ではなく土壌中での暗条件と感受していると思われる。
A:そうですね。一口に「暗い」といっても、植物にとって「土の中のような暗黒」と「上が植物によって覆われてしまった」という状態は意味合いが全く違います。意味が異なれば、対処の方法も異なるので、当然メカニズムも変えなくてはいけません。そのような意味でも、「なぜ」という視点を常に持つのは研究者にとっては極めて重要です。
Q:光合成に興味があって生物学科植物に進んだこともあり、今回の授業は非常に興味深かったです。特におもしろかったのは、地球上の生物の活動エネルギーの源は太陽からエネルギーで、その吸収に光合成が大きく関与しているということです。エネルギー保存則的に考えれば当たり前のことなのでしょうが、地球規模というマクロ的な視点で光合成をとらえるというのは目からうろこでした。不足すると貧血になるなどで親しみのある鉄が、植物にも必須だということは意外でした。他にも微量必須金属イオンがあり、クロロフィルの中心のマグネシウムもその一つです。鉄を含むヘモグロビンと、マグネシウムを含むクロロフィルの構造が似ているような気がするのですが、偶然なのでしょうか?それとも、進化の過程で必然的に起こったことなのでしょうか?植物では鉄はどこでどういう反応で用いられるのでしょうか?
A:上にも書きましたが、鉄はチトクロームや鉄イオウセンターなどに入っています。ヘモグロビンのヘムとクロロフィルの構造の類似は偶然ではありません。おそらく起源は一緒だったと考えられます。生合成の経路も途中までは一緒で、あるところからヘム合成系とクロロフィル合成系に分岐します。生物というのは、既存のものに工夫を加えて別の目的に使う、ということをよくやるようですね。
Q:今日の授業で、「動物は光合成をしないのはなぜ?」という話題を扱い、講義では、広い面積をもって移動するのは効率的でない、という推論を紹介していただいた。私はこの推論のような考え方をしたことはなく、とても刺激的な内容で興味を持った。これも物理・化学というバックグラウンドでをお持ちの先生だからこその視点というやつなんだろうか?とても面白いテーマなので、この点についてもう少し自分で考察してみたいと思う。動物が動くことに、なんのメリットがあるのだろうか?と考えた時、まず考えられるのが、捕食行為が可能になるということ。アメーバなどごく原始的な動物(動く生物)を見ても、動くこと=捕食行為として捉えることが出来る。だとすると、動物が動くことというのは、それ自体が新たなエネルギー供給手段の獲得とセットになっていると考えられないだろうか?植物は動かないことで、その分光合成機構を作り、また環境に対する鋭敏な応答性を持つシンプルなボディープランを持つ。動物はエネルギー固定を行う機構を持たない代わりに、移動機構を持ち、移動することにより環境変化に対応するという戦略を持つ。しかしそう考えた時、では植物でありながら虫を食べて栄養を吸収する食虫植物はどうなるのか?葉緑素を持ち、光合成を行いながらも移動能を持つミドリムシは?という疑問が湧いてくる。このような話はまさに一義的に決められる話題ではなく、それでこそ奥が深いと感じた。また、今回の授業は生物学を非常に大きな視点から概観するような講義であり、細かな生物学に入り込んでしまうとともすれば見失いそうな視点に触れた気がして面白かった。概観する視点と、各論の知識とを併せ持ってこれから勉強して行きたいと思った。
A:ウツボカズラなどの食虫植物の栽培の説明には「肥料をやらないこと」と指示してあります。これは、窒素などの栄養源がたっぷりある時には捕食器官が退化してしまうからです。光合成ではエネルギーを獲得することができ、二酸化炭素から糖を作ることができますが、普通の植物は窒素固定はできません。つまり、窒素は根から吸収するか、もしくは虫を食べるしかないわけです。その意味で、食虫植物の場合は、エネルギー以外の視点から見る必要があります。