代謝生物学 第6回講義
炭酸固定、ルビスコ、光呼吸
第6回は炭酸固定系の話を中心に行ないました。カルビン・ベンソン回路の大まかな経路、糖とデンプンの合成経路、転流の仕組み、C4光合成、CAM植物、光呼吸と話題としては盛りだくさんだったと思います。最後に、雨でルビスコが壊れるという生理生態学的な研究例を紹介しました。雨の話は、昔、生態学研究室にいた石橋百枝さんの仕事です。
Q:今回の講義の最後で雨のRubisco活性に対する影響についての研究について触れましたが、雨によってRubisco量が低下し、光合成活性も低下する、ということであった。面白い実験だと感心しました。この研究が生物学的に無意味だった根拠が、日照条件の拘束が無かったことであり、日照が小さい時、つまり自然界では雨による阻害が起らないとおっしゃいましたが、雨の成分や、NO3-やpHの値なども、ある拘束を設けて行ったのでしょうか?最後の葉の濡れやすさというのは、親水性という意味でとって宜しいのでしょうか?濡れやすさというのは、私にとって初めて聞く、微妙な定義に思えます。
A:実験で雨に使った水は脱イオン水なのでだいたい中性だと思います。自然界では、都会の場合など、酸性に傾いている時が多いのかも知れませんね。あと、「生物学的に無意味」ではなく、「生態学的に無意味」です。ある簡単な条件でルビスコが壊れうるという発見は、生理学的には充分意味があるものでした。最後の、「濡れやすさ」については、もし、葉っぱが完全に平らなら、親水性という定義でよいと思います。ただ、葉の場合は、細かい毛が生えていたりして、それによっても水のはじき方が変化しますので、親水性・疎水性だけで決まるものではありません。
Q:光呼吸の生理的意義に「炭素の回収」が含まれることを初めて知った。オキシゲナーゼ反応で生じたグリコール酸から再び二酸化炭素が生じさせる、という見方である。実際に炭素回収という生理学的意義があるのか・また光呼吸が炭素の回収のために進化してきたのか、という問題もあるが、オキシゲナーゼ反応が不可避ならば(擬人化した表現だが)逆らわずに適応してしまうというのが植物らしいように感じた。しかしながら、炭素の回収だけを考えるならば、Rubiscoがオキシゲナーゼ反応も触媒してしまうのがそもそもの発端である。現在においてもカルボキシラーゼ反応のみを行うRubiscoが進化的に達成されていないのはなぜだろうか。オキシゲナーゼ反応が問題となるほど二酸化炭素分圧が低下したのは、光合成の進化から見ると比較的最近のことなのだろうか。
A:古くは、ルビスコからオキシゲナーゼ反応に関わる部分を取り除いてカルボキシラーゼ反応をする部分だけにしてしまおうという研究がなされたのですが、結局、反応の基質結合部位は、どちらの反応でも全く同じ部分であることがわかり、無駄骨に終わりました。
Q:Rubiscoのタンパク質の一部が変化して酸素と親和性をもたなくなったような植物はいないのでしょうか?おそらく、光呼吸ができなくなると活性酸素の傷害を受けるので、光呼吸の方はまた別に、酸素を処理する光呼吸専門の酵素が必要になるとは思います。たとえば、遺伝子の重複で酸素と二酸化炭素のそれぞれとの親和性をもつドメインに片方ずつ変異が入れば可能なように思えますが、実際にそんな植物がいないなら、きっと酸素に親和性のある部分と二酸化炭素に親和性のある部分が一つの酵素の上にのっかっていることに、植物にとっていいことがあるのか、もしくは、それらの部分が別々に離れて作用すると、植物にとってよくないことがあるのかもしれませんね。
A:最近の研究では、ルビスコは、本来別の酵素活性を持っていたものが、進化の過程で炭酸固定能を持つにいたったらしいことがわかりました。とすると、土台が悪いのかも知れませんね。改めてカルボキシラーゼ反応だけを行なうような酵素を人工的に一からデザインすれば何とかなるのかも知れません。
Q:ルビスコが巨大かつ効率が悪く大量に存在する酵素であることはわかりました。では植物がルビスコをもつ理由は何なのでしょうか。話は逸れますがイネのC4化について気になった事があり、それは水田が強光的条件との仮定で、気象条件、農薬の使用や土壌等の栽培条件、地域の問題、色々考えると、知識に乏しいのではっきりとは言えないものの、C4化して収量が上がる、或いは栽培や収穫に手がかからなくなるなど実際の農業まで考慮できるのかと。実家でイネを栽培しているので個人的にタイムリーな話題でした。
A:基本的にC3植物の場合は、(少なくとも光が充分強い条件では)大気中の二酸化炭素濃度が光合成反応の律速段階になるので、C4化すれば、生育は早くなると思います。
Q:今回の講義の中でC3植物とC4植物についての話があったが、その中でイネ(C3植物)をC4化する試みが紹介された。そのことについて思うところがあったので述べます。
C4植物は葉肉細胞と維管束鞘細胞とで機能分化することで細胞内のCO2濃度を上昇させ光合成速度を高めるので、確かにイネのC4化は一見すばらしいように見える。しかし、C4植物の機能分化に伴うコストの大きさも忘れてはならない。機能分化して得られる利益が、それに伴うコストを上回ったときはじめてC4植物に進化し得る。長いイネの歴史の間にはC4植物へと変化する突然変異があったと思われる。しかし、現在C4植物のイネが主流ではないことを考えると、イネのC4植物では機能分化に伴うコストが利益を上回ったために、進化上の生き残れなかったと僕は考える。つまり、イネはさまざまな自然淘汰を経た結果今のC3植物となったわけであるから現在のイネ(C3植物)が最も適応的と考えるのである。だから、たとえC4のイネをつくったとしてもその収量はC3より劣ると思う。
このようなわけで、イネのC4化を試みるのはいささかナンセンスだと思ったのですが、どうでしょうか。仮に、C4植物の出現が(CO2濃度の減少と関係して)つい最近の出来事であるため、イネのC4化の進化の実験がまだ自然界で起きていないため、今人為的に人が手助けをしていると考えるとつじつまが合いますが、そんなに植物のC4化が最近のこととは思えません。
A:1つ考えなくてはいけないのは、C4化が、野生のイネの生育条件で得になる、ということと、人間が栽培している条件で得になる、ということは、全く違うかも知れないと言うことです。C4植物が出現したのはかなり前としても、イネの栽培の歴史はせいぜい数千年をさかのぼりませんから、栽培条件には十分進化・適応していないと考えられます。ですから、人間が他の植物を取り除いて充分光をあて、また充分肥料を与えた条件では、C4化によって収量が上がる可能性は極めて高いと思います。(もし、可能ならですが・・・)
Q:炭酸固定の話はいままでいろんな講義で聞いたはずなのにいまいち理解できてなかったところなので興味深く聴けました。C4植物は光呼吸を抑えるためにCO2を濃縮した、進化した形態だという話でしたが、わざわざエネルギーを使うような(還元力は自動的に供給されているのは驚きでしたが)C4回路をつくるのと、効率の悪いルビスコを進化させるのと、進化上どちらが選ばれやすそうか考えると、少し不思議な感じでした。それともC3植物の葉肉細胞の中にはC4に先立つようなCO2濃縮系に似た経路があったのでしょうか? また、C4植物はいろいろな科で独立に進化したということでしたが、CAM植物をみるとオボロヅキとセイロンベンケイソウしか挙がっていませんが、他にも調べるとキリンソウやトウロウソウもCAM植物だったので、これはベンケイソウ科に集中しているようでした。講義で触れられたサボテンもCAM植物なので、一つだけの科に独自な進化というわけではないようですが、かなり狭い範囲で進化したのではないかという印象を受けました。乾燥した環境に適応したとも言えると思いますが、乾燥した環境にある植物のすべてがCAMではないので、CAMはこれらの科で進化した、かなり単系統に近いものなのでしょうか?それとも、医学部コート脇の乾燥しているとは言い難いところにマンネングサ(ベンケイソウ科)が密生していますが、ベンケイソウ科でもCAMではないものもあるのでしょうか?
あと、実験の話で、葉が濡れやすい植物がお天気雨に降られるとルビスコ量が半減するようですが、これは致命的な気がします。自然界でこういうことが起こっても植物は大丈夫なのでしょうか?
A:最初の部分に関しては、上に書いたようにルビスコを改良するのは難しかった、ということでしょう。C4に先立つようなCO2濃縮系というのは思い当たりません。
CAMは、C4ほどさまざまな種類にあるわけではありませんが、それでも単系統ではありません。ベンケイソウ科でもCAMではないものが合ったと思います。
最後の点ですが、雨の時間が問題です。実験では6時間から24時間といった時間で阻害が見られましたが、お天気雨が6時間続くとは思えませんよね。
Q:日光が照っているところで、雨処理を受けると、光合成活性が下がり、葉が濡れにくいとそれをある程度まで防げるという話が面白かったです。花に水をやる時とかも、できるだけ葉に水をかけないようにした方が生育が良いのですね。低緯度地域は、雨が降った後、すぐにかんかん照りになることとか良くあると思うのですが、やはり濡れにくい葉を持つ植物が多いのでしょうか?
A:熱帯の植物についてはあまり詳しくありませんが、滝のそばのシダなどでは、常にしぶきがかかるので葉の層を薄くして気孔に依存しないでもある程度二酸化炭素を取り込めるようにしてる例が知られています。単に「濡れない」だけではなく、いろいろな適応の仕方がある、ということですね。
Q:植物の雨ストレスの実験のお話では、条件をきちんと分離することが重要というのが参考になりました。雨処理によりRubisCOの量が半減するというのは驚きでしたが、確かに日照があり葉が常に濡れている状態というのは自然状態では考えにくいです。低二酸化炭素と雨処理の共通点として、NADPHが使われずに余分な還元力が生じてしまうということが思い浮かびましたが、雨処理でRubisCOが壊れる(分解される?)のは、その他に何が関わってくるのでしょうか。ますます自然に起こりうる条件からは外れてしまいますが、高二酸化炭素条件で雨処理をした時に阻害がどうなるのか気になります。あと実験の方法についてなのですが、低二酸化炭素条件の6Paという値はどのように決めたのでしょうか?
A:講義で紹介した以上のメカニズムというのはいまだにわかっていません。確かに、二酸化炭素を飽和させた雨を降らせたらどうなるのか、ちょっと興味がありますね。低二酸化炭素の実験は、さまざまな分圧でやってみて、雨処理と同程度の阻害が見られる条件として6 Paを選びました。
Q:雨チャンバーの実験は、「実験条件を整理しないと、科学的な実験にならない」というところが非常に教訓的でした。その実験のひとつの結果についての質問です。「雨のルビスコ量に対する影響」のスライドで、雨についてルビスコは量自体が減っているとありました。ルビスコのターンオーバーは非常に早いと思うのですが、この制御系は、ルビスコの合成が阻害されているのか、それとも分解が促進されているのか、両方なのか、という点については解析されているのでしょうか。
A:合成か分解か、という点については、きちんと解析できませんでした。そのような点を見る時は合成を止めた状態で比較するのですが、何しろ充分な阻害を引き起こそうと思うと処理に最低24時間かかるので、合成阻害剤などを入れると二次的な影響が大きく出てしまうのです。
Q:今回の授業の後半で話していただきました雨の研究では、霧をふりかけると気孔が閉じるが、乾燥を感知して気孔を閉じる植物ホルモンとしてアブシジン酸がありますが、逆に水がありすぎるから気孔を閉じるような働きをするホルモンもあるのではないかと思います。また、雨処理時に日に照ると光合成が阻害されるが、その場合は霧を振りかければ葉の表面は全体的に小さい水玉がつくので、それらが凸レンズの原理に従って、太陽の光を焦点に集めることになりますので、水玉が細かいほど焦点が短く、集められた光は葉肉細胞に入ります。これは強光に当てるのと同じ状況だと想定できます。つまり活性酸素が大量にできて、結果的に光合成が阻害されることになります。このように考えてもいいでしょうか。
A:紹介した実験では材料にインゲンを使っていますが、インゲンは葉が濡れやすく、雨が降ってもあまり水玉にならないのです。ですから、この場合の阻害の理由は凸レンズのせいではないと思います。ただ、植物によっては、そのような理由による阻害が起こる可能性はあると思います。
Q:今回、実際に先輩が行った実験の計画や方法を聞いてみて、自分が知りたいということを知るために行う実験の難しさを感じた。2年生の時にハナバチを観察して、その行動の規則性などを予測して自分で計画を建て、データを集めたが全然思い通りの結果が得られなかったのを思い出した。先輩の行った実験も光の強度から方法としては多少失敗はあったようだが、思い通りの結果がとりあえずは得られたということはすごいと思う。
話は変わるが、植物の炭素固定に大いに関わっているルビスコ。複雑に炭素数が移り変わるカルビン回路の中でなぜか効率が悪い。その原因はルビスコより効率の良い酵素が出現しなかったのか、効率が悪いから故の適応の良さがあるのか?光呼吸の生理的意義を考えると植物にとってはエネルギー過多が良くないということがわかる。つまり、ルビスコの効率が上がると活性酸素の影響で逆に適応が下がるということが予想できる。
A:ルビスコを含むカルビン・ベンソン回路はその反応の過程でATPとNADPHを消費します。ですから、反応の律速段階であるルビスコの効率が上がればむしろエネルギーの消費が増大することになります。というわけで、ルビスコの効率は上がるに越したことはないのです。
Q:講義の前半の話でC4植物はいろいろな科で同時平行で進化してきていることを初めて知り、C3植物にもC4植物で用いられている回路と似たような光合成には使われない回路の存在があるのではないかという疑問が湧きました。葉の濡れによる植物への影響の研究は大変興味を持ち、同時に実験条件の設定の難しさがよく分かりました。周囲の環境による植物への影響、植物の応答はまだまだ分かっていないことが多いように思われるので、一つ一つ調べていくのは大変な作業ですが、自分のやってみたいことの一つだと思います。
A:光合成の研究も、その基本的なメカニズムに関しては非常に進みましたが、環境に対する応答に関してはまだまだわからないことだらけです。