代謝生物学 第3回講義
生物のエネルギー獲得戦略
第3回は光合成と呼吸による地球上の物質循環とエネルギーの流れ、電子伝達と、その駆動力となる酸化還元電位、そして電子伝達によってプロトンの濃度勾配ができる仕組みなどについて説明しました。
Q:b/f複合体のコンフォメーション変化がQサイクルにおける循環的な電子伝達の駆動力となるとのことだったが、コンフォメーション変化がどのようにして酸化還元電位に逆らった電子伝達をもたらすのかがわからなかった。隣接する原子団が変化するだけならば、酸化還元電位に逆らうことはできないように思う。強制的に電子の供与体と受容体を近づけることで無理やり電子を渡しているのだろうか。何らかのエネルギーが必要なはずだが、そのエネルギーがどのような形で与えられているのか疑問に思った。
A:基本的には、電子の供与体と受容体の距離を、「強制的に」変化させている、という理解でよいと思います。また、電子受容体、電子供与体なりは、タンパク質に結合していることにより、特定の酸化還元電位になります。従って、結合しているタンパク質の構造が変化すれば、酸化還元電位自体も変化する可能性があります。
エネルギーは酸化還元反応から得られます。プラストキノンからの2電子のうち、1電子は酸化還元電位に従って反応しますので、そこでエネルギーを得ることができるわけです。そのエネルギーを使って、もう1電子の反応を進めるわけです。もちろん、2電子分の反応を合計すると、酸化還元電位によるエネルギー勾配に従った反応になります。
Q:今回もおもしろい授業ありがとうごさいました。今回のエネルギーにまつわるいろいろな話は駒場の総合講義にも少し出てきましたが、こんなにまとまって話されるのはとても新鮮に感じました。
特に藻類の光合成機構では光化学系をつかって光エネルギーを電気的エネルギーそして化学的エネルギーに変化するところが興味深いです。たまたまの突然変異から生まれてきたという中立的な進化論からはとても考えにくいです。また、高等植物は二つの光化学系を組み合わせて水を使うようにして複雑な仕組みをつくっているのも、やはり生物はエネルギーを利用して熱力学第二の法則に反して進化している傾向のよい例だと思いました。
A:進化自体を「熱力学第二法則に反して」いる、という言い方は不正確かも知れませんね。我々が見ているのは進化の最終結果だけで、その過程では「無駄に」死に絶えてきた無数の(乱雑な?)生物がいたわけですから。
Q:これまで光化学系I、IIの両方を持つ意味やZスキームについて、ただ効率がよくなるから?と思っていました。今回の講義で植物は効率が良いから系I、II両方を使っているのではなく、電子供与体として水を使うようになった時から必要があって2段階の反応を使っていることがわかって本当にすっきりしました。シアノバクテリア以降高等植物まで広がっていることからも、水を使えるようになったこの反応が植物にとっていかに重要だったかがわかりました。なぜそのような反応になっているのかということがわかると、どのように起こっているのかも理解しやすかったです。
また、鉢植えなどに水をやりすぎるとよくないという意味がやっとわかったような気がしました。根腐れを起こすという以前に根の呼吸が妨げられて普通の陸生植物は根が酸素不足になってしまうということだったんですね。水没耐性に必要な性質のひとつだと思いました。水生植物ではこのために通気組織があるのでしょうが、湿地に生えていて気根を作らないような植物でも同様なのでしょうか。
A:イネは田んぼに水を張って育てますが、ちゃんと通気組織があるので、問題なく育ちます。園芸の分野で言い伝えられていることは、ちゃんと理由があることが多いようですね。
Q:太陽電池の効率が20%、光合成の効率が100%、その差を作るのは光合成の反応が多段階に分かれていて、共役反応によってエネルギーロスがほとんどでないようになっているからなのでしょう。太陽電池にどんな改良を行えば効率を上げられるだろうかと考えました。人工物で電子伝達系のタンパク質で行われている電子伝達反応を再現するのは難しいと思うので、これらのタンパク質を大量に合成して膜に並べ、活性のある状態で電池に組み込むことができたら、効率を上げられるのでは、と思いました。
A:実際に、そのような試みがなされています。ただ、それはそれで、タンパク質の活性を保った条件に保つのが難しく、現段階では太陽電池の効率にもとうてい及びません。また、光合成の効率が100%近いというのは、量子収率です。量子収率とエネルギー収率の違いについては次回の講義で説明する予定です。
Q:今回の授業で、興味深かったのは、Z-schemeのところで先生が説明してくれた内容です。有機酸を利用する光合成細菌と硫化水素を利用する光合成細菌が共生することによって、植物が現在もつ光合成のシステムが生まれ、その光合成が水を利用するシステムだったことによって、地球上の色々な場所に植物が進出できたという話が印象的でした。光合成に水を使えるようになったというのは、生物の歴史の中でもとても重要な出来事だったのでしょう。どのようにして、あるとき、光化学系IIと現在呼ばれるものに相当する反応系が、化学的に非常に安定である水を利用することができるようになったのかということには、非常に興味が湧きます。
A:実際に、多くの研究者が興味を持っているのですが、光化学系を1つしか持たない光合成細菌と2つ持つシアノバクテリアの中間段階の生物が存在していないため、その進化の過程は謎に包まれたままなのです。
Q:Z-schemeのスライドのところで、植物・藻類・藍藻はPSI&IIをもち、これは紅色・緑色糸状細菌のもつ光合成系と緑色硫黄最近のもつ光合成系が共生して構成された、という説明があった。共生の必要性として、大幅な酸化還元電位の差を可視光の範囲で反応させることがあるのは理解できた。ただ、どのように共生が達成されたかが理解できなかった。真核単細胞生物に光合成細菌が細胞ごと取り込まれて葉緑体となったとする共生説とは異なって、ここでは異なる種の光合成系が「共生」し、結合したとされているからである。
A:上に書きましたが、「どうのように共生が達成されたか」については、いまだにわかっていません。進化の過程というのは、実験的に証明するのが難しい上に、この問題の場合は、作業仮説すらなかなか立てられない状態です。何か大きな発想の転換が必要なのかも知れません。これからの若い学生さんに解決を期待したいところです。
Q:今回も地球規模の話から、光合成系のミクロな話まで興味深く聞きました。ミクロな話ばかりではなくてそれが大きな視点から見てどういうような関係性の中で存在しているのか(たとえば、光合成が生物が生きる上で持つ意味など)をお話していただいたので、面白かったです。規模の大きい話は実感がわきます。ただ、太陽と地球の輻射のスライドの説明で、地球の放射スペクトルが250Kの黒体放射で近似できるというのは意外でした。地球の温度を示すのならば300K近くてもいいような気がしたのですが...。
酸化還元電位とエネルギー獲得の話でよく理解できない点がありました。酸化還元電位の異なる2つの物質があると電子伝達ができるようになる、というのはわかったのですが、その電子が流れる勢いでエネルギーができるというところでよくわからなくなりました。これは膜という構造物があるために電子伝達があるとプロトン勾配ができてエネルギーを獲得するという理解でいいのでしょうか?ということは膜の存在がないと酸化・還元剤があってもエネルギーを使える形で獲得はできないということでいいのでしょうか?
光化学系の話ではIとIIが直列であるということが実験的に証明されたことは、ほかの授業でも聞いたことがあったのですが、それがなぜそうであるのかという意味づけは今回はじめて聞いて納得しました。大きなエネルギーを得るため、また、水という還元力が強く普遍的な物質を電子伝達の出発点とするために、生物進化は合目的的だったとわかって納得するとともに、やっぱり生物はすごいことをしていると思いました。またH2OとNADP+を光化学系を2つ使わずに結ぶ方法をいろいろ考えたのですが、↑を伸ばすために紫外線が使えないとすると、もっと電子伝達機能を改良することを考えたのですが、実際はそういう方向には走らずに、2タイプの生物から光化学系を1つずつもらってきたということでした。これは単純なようでいて難しいのではないでしょうか?どういう進化をたどったのでしょうか?
最後に、QサイクルでQ0Q1シャトルでプロトンを1つ多く運べるというところで、無意識的に納得してしまいましたが、元に戻るので酸化還元電位に逆らっていると聞いて、しまった!と思いました。受動的に聞いていると見過ごしがちな点を喚起していただいてとても助かりました。
A:ひとまとまりにして「地球の温度」といった場合に、どこの温度を調べればよいのでしょうかねえ。宇宙空間から見るのでしたら、雲の上部の温度でしょうか。高空の温度なら低いかも知れませんね。
膜の重要性に関してはその通りです。単に酸化還元反応が起こっても、通常は熱になるだけです。電子がランダムに移動するだけではエネルギーを利用できる形に取り出すことはできないのです。
Q:今回の講義では呼吸と光合成の類似点と、光合成のZ-schemeに特に関心を持ちました。今まで、呼吸と光合成で使われる補酵素の種類がそれぞれNADとNADPで互いに異なっているのは、ミトコンドリアと葉緑体、それぞれの祖先が最初にそれを選択したためだと考えていました。しかし、陸上植物や藻類のもつ反応中心が紅色イオウ細菌などと緑色イオウ細菌などに分在し、これらの光合成細菌が植物の祖先であったとすると、緑色イオウ細菌がNADを使っていることから、私の考えは間違いだったのではないかと思いました。では、なぜ現存する植物は酸化還元の補酵素にNADではなくNADPを使っているのでしょうか。また、これに関連して、NADとNADPは構造上はヒドロキシル基とリン酸基の違いのみのように思えますが、実際どのような違いがあるのでしょうか。
A:酵素の基質特異性などを見ると、NADだけしか基質としないものやNADPしか基質としないものもありますが、両方どちらも基質として使う酵素も数多く存在します。ですから、原理的に2つのオルガネラでNADとNADPを使い分けなくてはいけない理由は、僕には思いつきません。このあたり、西田先生が詳しそうですから訊いてみましょうか。
Q:夜行バス車中で講義資料を見つつ思ったのは、夜中でも大量のエネルギーを消費する人間の凄まじさ、日光が当たっている間にしか光合成は行われないにもかかわらず地球のエネルギーが賄えていることです。原始生命にとっては有害だったであろう酸素を現存の多くの生物は利用していますが、酸素を利用できなくなった場合新たな生物はどの元素を用いどのような代謝経路を生み出すか想像することも可能でしょう。紫外線については、現存生物では遺伝子の問題で、利用する生物(?)が出現する可能性もあると思いますが。
A:酸素を使わない生物は、現在も地球上に数多く存在するわけですから、「想像」ではなく、調べることができますよ。最後の「現存生物では遺伝子の問題で」というのが意味が取れませんでした。
Q:シトクロムCはアポトーシスに関わっていると授業でやったのですが、それについて少し疑問に思ったことがありました。僕はアポトーシスについてよく知らないのですが、シトクロムCは酸化還元反応を通すような形でアポトーシスに関わっているのですか?それとも酸化還元反応とはまた違う形で関わっているのですか?そもそもアポトーシスの原因となるものとはなんなんですか?アポトーシスが起こるときに発現するDNA部分があって、そこからRNAに転写する酵素またはタンパク質に翻訳する酵素が何らかの原因で活性化する。という感じなんですか?でも細胞の死を誘導するのが自らが作り出したタンパク質と考えること自体が間違いですか?
A:アポトーシスの際にチトクロームcが働きますが、これは、電子伝達とは全く無関係です。むしろ、チトクロームcがミトコンドリアから漏れだすことによってアポトーシスの引き金が引かれます。アポトーシスの制御は、通常の生命反応の制御と大きく違うわけではありません。シグナル伝達や転写調節といった一般的な反応によって起こります。アポトーシスは制御されたシステムで、自分の作り出したタンパク質が死を誘導すると考えてよいと思います。
Q:私はいわゆる環境問題について興味があり、特に地球に降り注ぐ太陽エネルギーと太陽電池の効率については以前から興味を持って注目しています。もし太陽エネルギーを100%に近い効率で人間の使えるエネルギーに変換できれば、エネルギー問題を解決できたに等しいのに、そのためには太陽電池の効率、太陽電池を作る際のコストとエネルギー、太陽電池を置くスペースなど解決しなければならない問題が山積しています。エネルギー効率のよい光合成のシステムを用いてエネルギーを獲得する、もしくは植物を用いてエネルギーを獲得する技術が開発されるのを期待したいです。
A:もちろん太陽電池などの効率が上がることは期待できますが、現在20%ということは、どんなに革新的な進歩があっても効率は5倍以上にはならないということです。講義の中で触れましたが、やはり光は「薄い」エネルギーなので、その利用には、常にそれを頭に置いておく必要があります。
Q:地球上の生命体が、無償に手に入れることができる最大のエネルギーは光エネルギーであるから、生命体がエネルギー獲得において、それを利用し、利用するように進化するのは自然なことである。直接的に光エネルギーを利用しているのは植物のみに限られるが、動物である私達も地球上のエネルギー源の循環という意味では、植物などを食べてることなどから、光エネルギーに依存することが分かる。また、個人的に感動したことだが、春に新宿御苑で落羽松の呼吸根を見て、「これは何だろう?気持ち悪いな」と思ったが、授業のスライドでもあったが、新宿御苑のHPで調べてみると、膝根(しっこん)と呼ばれる呼吸根だったのですね。呼吸をする場所が根であるということが、不思議だった。
A:別に根だけで呼吸をしているわけではありません。葉でもちゃんと呼吸をしています。ただ、葉では光合成で酸素が発生しますから、酸素不足などということは起こらないわけです。
Q:植物の光合成の効率が100%に近いというのは、驚きでした。生物の歴史の長さをあらためて感じたような気がしました。ところで、シアノバクテリアが共生して葉緑体となったのなら、共生する前からすでに今のような効率の良い光合成ができたのかと思いました。シアノバクテリアと植物の光合成の反応系の違いについては考えたことがなかったのですが、大きな違いはあるのでしょうか。初回の講義の資料には、最古の酸素発生型光合成開始が27億年前と書いてありましたが、そのときにはすでに今のように高い効率の光合成反応系を持っていたのでしょうか。
A:27億年前の光合成の効率が実際にどうだったのかを調べるのは難しいでしょうね。ただ、進化の過程では、いったんできたものの効率を上げるという作業は比較的短期間に起こるようです。酸素発生型の光合成が生まれるまでには18億年かかったわけですが、その改良はすぐできたのではないでしょうか。
Q:この講義では植物の命綱である光がいかに植物の形態や生存戦略に影響を及ぼすかという部分に強く引かれるものがありました。発芽後の光形態形成の部分では、暗所で発芽した実生が光を求めていわゆるもやしの形態になるところなど、生か死かのはざまでいかに植物が生存のために巧妙且つ動的な機構を獲得しているものかと感心させられました。僕の家にある鉢植えなども冬は地上部がすっかり枯れていても春になると芽を出して葉を展開したり茎を伸ばしてやがて花をつけますが、この芽吹きの時期に暗い棚下などにうっかり置いていたものなどは芽を吹いても必ず葉身が黄色く葉柄も長くなり、茎も細く間延びして力無く倒れたりします。あわてて日向に出しても葉の色などはちゃんと緑になりますがやはり葉柄や茎は間延びしたままでその後の成長も遅く、花もつけずに1年を棒に振るようなことがあります。こうしてみると動かないイメージが強い植物が形態形成という不可逆的な戦略によっていかにダイナミックに光を獲得しようとし、そのためにその後の多くの犠牲を払うものであるか、芽生え、芽吹きといった急激な形態形成期における光の多少がいかにその後の植物の運命を強く左右するものであるかという点について考えさせられることが多かったです。あと、水草に覆いつくされた湖面にも木陰になったところだけ葉に覆われていない写真がありましたが、水草って本当に成長早いですよね。1日に2,3枚新葉を展開してあっという間に水面を覆いつくします。やはり水面という限られた面積を奪い合うため地上の植物より光をめぐる競争が激しくそのため高速成長を達成できるような機構を獲得するよう進化してきたんでしょうか。
A:本当に水草の成長は速いですよね。そういえば、地球環境問題に早めに手を打つことの必要性を考えさせるたとえ話がありますが、知っているでしょうか。ある池に1日で2倍に生長する水草があって、水草に全面が覆われると池の生態系が破綻するとします。100日で全面が覆われるとすると、半分が覆われるのは何日目でしょうか、という問題ですが・・・答えは簡単ですよね。環境問題は、破綻ぎりぎりになるまでたいしたことがないように見える、という教訓です。
Q:私が駒場にいた時に一番苦手な科目の一つが熱力学だったので、講義で熱力学の話が出てきた時には身構えてしまったが、内容は基本的なことで難しくなく、逆にそこから地球上のエネルギーに関しての話に移っていったので、自然と聴くことができた。地球のエネルギーや光のエネルギーがどう利用されるか、という話は、自分自身としてはとても興味がある話で、楽しく聴くことが出来た。
また、もやしの話は大変興味深く聞かせていただいた。私は、もやしが白く長くなるのは暗闇の中でだけだと思っていたため、土の中での種の自然な成長の仕方でそうなるとは思ってもいなかった。それゆえ、この講義で聴いたことはとても新鮮だった。
A:熱力学を本当に理解しようと思うと大変ですが、生物学者に取って重要なポイントを理解するだけなら何とかなるでしょう。