植物生化学 第2回講義

呼吸を中心とする基礎代謝

第2回は呼吸を中心に基礎代謝について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:光化学反応によって得られたエネルギーを糖合成のみにではなく、AOXやUCPにも用いていることに興味をもった。寒冷地に自生するサトイモ科のザゼンソウは氷点下にもなる環境の中で、発熱により体温を20℃程度に維持している。温度調整を行うためには、自身の体温変化に気づくことと、発熱することが必要になり、その両方の機能が肉穂花序にある。
 植物の体温調整の代表的なものに蒸散があるが、高温になると蒸散が活発になることは自然に考えていた。しかし植物に低温を受容する機構があるならば、高温を受容する機構もあってもおかしくはない。われわれ動物は神経系によって体温を感知できるが、特別な器官をもたない植物は、細胞レベルで温度を感知していると考えられる。低温になると、発熱遺伝子を抑制するタンパク質が不活性化するのだろうか。この仮説は変異体を用いた遺伝学的解析によって検証することができるだろう。
 発熱し、体温を維持するにあたって、肉穂花序はどのような形状をとっているのだろうか。まず、肉穂花序を覆っている覆いは蒸散を抑えるように、クチクラの発達が見られるのではないだろうか。また、一枚一枚の覆いの中は、さらに層状になっていて空気を含んでいるのではないだろうか。肉穂花序においては、球状構造をとることで熱の放出を最小限に抑えている。物理的・化学的に効率のよい形状に進化してきたはずであり、実物を解剖してその機能を確認したいものだ。
参考文献:岩手大学農学部附属寒冷バイオフロンティア研究センター 生体熱制御システム研究分野
http://news7a1.atm.iwate-u.ac.jp/zazensou/main/index.html

A:肉穂花序においてどのように温度を検知しているのか、他の植物の組織とはどのように違うのかがわかると面白いですね。肉穂花序を覆っている覆いは、仏炎苞(ぶつえんほう)といい、苞の一種です。仏炎苞自体の蒸散がどの程度、肉穂花序に影響するかはわかりませんが、肉穂花序が仏炎苞で囲まれていることにより、肉穂花序自身の境界層抵抗が厚くなっていることは確かです。


Q:呼吸におけるATP合成は、主にミトコンドリアでおこなわれる。細胞質基質でもATPは合成されるが、やはり割合的にはミトコンドリアで合成されるほうが多い。このことについて考察してみる。細胞質基質は膜系のオルガネラなどの外部(細胞膜と膜系オルガネラの間)であるため、反応系の中でプロトン勾配を作り出すことがむずかしいとかんがえらえる。そのため、プロトン勾配を用いたATP合成タンパク質によるATP合成がおこらない。(解糖系で発生したNADHを消費することができない。)しかし、ミトコンドリアでは膜が存在するため、プロトン勾配を膜の内外に作り出すことができる。そのため、プロトン勾配を用いたATP合成タンパク質を用いることができ、NADHなどに含まれるプロトンを効果的に用いることがでると考えられる。また、糖では解糖系を経たピルビン酸がその後のTCAサイクルに入り電子伝達系でATPを生産するが、脂肪やタンパク質ではほかの代謝経路を通り、TCAサイクルで使用可能な物質となってTCAサイクルにくわわる。このことにより、解糖系(細胞質基質)で合成されるATP量とミトコンドリアで合成されるATP量に更なる差が生み出されていると考えられる。

A:細胞膜にもH+-ATP合成酵素があるのはご存知ですか?細胞膜型のH+-ATP合成酵素はATPを分解して、H+を細胞質から細胞壁側にくみ出す機能をしています。そのため通常の条件では細胞壁のpHが低いのです。そういう意味では細胞壁という比較的大きな構造でもpH勾配を作り出せるのでしょう。


Q:ミッチェルの化学浸透説とは、電子伝達系で生じたエネルギーをどのようにしてATPシンターゼが利用できる形で保存するかに関する説で、現在最も有力なものである。葉緑体におけるチラコイド膜を隔てた電子伝達系にも適用される。膜の内外にプロトンの濃度勾配を形成し、この電気化学ポテンシャル勾配がATP合成に利用されるというものである。この説は、酸化的リン酸化には無傷のミトコンドリアが必要、ミトコンドリア内膜はプロトン、OH-、K+、Cl+を通さない、実際にミトコンドリア内膜の内外に電気化学勾配が形成される、ミトコンドリア内膜のプロトン透過性を高めて電気化学勾配を解消する化合物は電子伝達を押さえずATP合成だけを阻害する、ミトコンドリア内膜の外部を酸性にするとATPが合成される説いた実験事実を説明できる。この機構の説明には様々な仮説がたてられ、60年以上も研究が続けられてきたという。聞いてみれば簡単に思えるし、それに関して膜の内外にさまざまな種類の液体を入れてみるなど実験手法は思いつくかもしれないが、最初に考え付くのは非常に大変なことだと思う。
参考文献 ヴォート生化学 東京化学同人

A:講義でうまく伝わらなかったのかもしれませんが、pH勾配でATPが合成されるのを調べた最初の実験で用いたのは葉緑体です。どのような試行錯誤があったのかはわかりませんが、短時間で思いついたことが画期的な結論に結びつくというのは、理学の醍醐味なのでしょう。


Q:生体内の代謝系には反応において多段階を経るものが多く、クエン酸回路や脂肪酸の酸化回路のようにサイクルを形成するものも見られる。また、アセチルCoAのように複数の代謝系に関わるものも多く、植物や微生物では二次代謝産物を作り出すこともある。このように生体内の物質は多様であるが、一つ一つの反応は酵素による触媒を利用し選択性が高い。このような代謝系が形成される過程について考えてみることにする。生物が、内外の物質を利用して生体の維持や増殖を行うためのエネルギーを得るためには、反応の自由エネルギー差の利用、光合成のように外からのエネルギーを取り出す方法がある。また、電気化学ポテンシャルを利用する方法などがあり、生体における膜構造の重要性が示唆されている。しかし膜構造は、ATPaseの駆動などポテンシャル差を生み出すだけでなく、代謝系そのものの形成に必要であったのではないだろうか。代謝系の多段階反応や回路の形成は、分子に比べ巨大な海のような環境、物質が自由に拡散するような系では存在し得なかったのではないかと考える。膜構造のような限られた空間内に物質が留まる事によってこそ、効率的なエネルギー利用ができるのではないかと考えられ、これは酵素複合体の存在や電子伝達などの物理的な効率からも支持されると思われる。しかしこの考えを検証しようにも、海のような巨大な環境の再現は現実的でないので、限られた空間でリポソームなどの人工的な膜構造と必要な物質から代謝系の形成を行うような結果を得るか、もしくは現存する生物の解析により得られる代謝系や自己複製のアルゴリズムを利用し、膜構造の中で代謝系が形成されるかを計算機により検証するなどの方法が考えられるが、これは初期条件の吟味が非常に困難であることが予想され、膜構造の必要性を検証する以上、膜構造を持たない系においても代謝系の形成が可能であるかの検証を同時に行う必要があると思われる。
参考文献:ヴォート「生化学 上」 東京化学同人

A:膜構造の必要性や有効性を検討するのは難しそうですが、脂質合成の突然変異株などでは膜構造が発達しない例もあります。そのようなものを使って検討しても良いのかもしれません。


Q:今回の講義では呼吸系電子伝達に関与するユビキノンの働きについて紹介された。ユビキノンはNADH脱水素酵素複合体からシトクロムb/c1複合体における電子伝達体である。一方、ユビキノンは化粧品やサプリメントとして広く商品化されている。このような商品にはどんな効用があるのか。ユビキノンはビタミンと違い、体内で合成される。しかし、年齢と共に合成量が下がるので、サプリメントとしてこれを補うことで老化の原因になる活性酸素を抑え、アンチエイジングに効用がある、と謳われて売られている。効用や過剰摂取による影響についての説明はまちまちで、どちらについてもはっきりとした根拠になるデータは得られていないようである。ではなぜ、ATP合成において重要なユビキノンの合成量が低下してしまうのか。哺乳類の多くでは体内で合成されるがヒトなど一部では合成能を失っているアスコルビン酸のように、生理的に重要な物質でも、摂取することで補わなくてはならない例はある。これを考えると、物質を摂取できずに欠乏状態を起こす危険性よりも、体内で合成する経路を省いてしまう効率の方が選ばれる場合もあると考えられる。生体に重要な物質でも食生活により欠乏を起こし、人為的に物質を摂取しやすいよう作った食品としてサプリメントを取ることが有効だとすると、ユビキノンの合成量の低下に応じてユビキノンを摂取することにも意味があるといえる。
(参考)http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail677.html、http://www.q10coenzyme.com/2007/04/post_7.html

A:ミトコンドリアの活性酸素が発生する箇所は複合体Iと複合体IIIです。どちらも電子伝達系が滞り、電子が蓄積すると酸素が還元され、活性酸素が生じると説明されています。ユビキノンのみを外部から取り入れても、複合体III以降が滞ってしまうと、還元型ユビキノンが蓄積し、活性酸素が生じる可能性があります。量だけではなく酸化還元バランスも大切なのでしょう。


Q:ザゼンソウは自ら発熱することで寒い時期に花をつけることを可能としている。他の植物がしていないため競争を避ける、昆虫誘引物質の放散を助ける等有利に働く要素があるが、発熱によって余分なエネルギーを消費しているため必ずしも有利に働くとは限らない特性である点が不思議である。なぜそのような植物が生まれたのだろうか。仮に特に寒くない環境で発熱する性質を持つ突然変異が起きた場合、発熱はエネルギー利用における無駄であるだろうから有利には働かずに淘汰させるだろう。季節によって寒くなる環境では発熱する性質が有利に働き得るので、このような変異が定着できるように見えるが常に発熱していればやはり不利になるだろうから何らかの調節機構も存在しなければならない。ザゼンソウの場合は肉穂花序で発熱しているので肉穂花序形成に関する遺伝子に変異が起こり発熱するようになったのではないだろうか。それであれば生活環の一部でだけ発熱が起こるようになり発熱のデメリットは少なくなるはずだ。が、もともと花序をつける時期が寒い時期であったとは考えにくく、花序形成時期の調節に関する変異が起こるか、もしくは代謝による体温維持が温度に対する応答反応であるかしないと有利には働きにくいと思う。ザゼンソウと近縁で代謝による体温維持を行わない植物とDNAや生活環境を比べれば、どのようにして発熱するようになったのかわかるのではないだろうか。

A:肉穂花序が発熱するのは寒い地域に分布する種だけでなく、サトイモ科植物のいくつかに見られます。このような植物が発熱することによりどの程度有利になるかは分かりませんが、昆虫誘因物質を揮発させるのに役立つと説明されています。発熱する種と発熱しない近縁種とを比較した研究もあったような気がします。探してみます。