植物生化学 第10回講義

オルガネラ間のクロストーク

第10回は、光合成系と呼吸系の間の相互作用を中心に、オルガネラ間のクロストークに関する研究の紹介を行ないました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:なぜggat1-1は0.03%CO2条件下ではWTに比べて小さな個体になり、0.3%CO2条件下ではWTと似たサイズまで生育するのだろうか。ggat1-1はGGAT1欠損株であるため、光呼吸経路内のグルタミン酸とグリオキシル酸からグリシンを作ることが出来なくなっている。このことから個体内でのグリシンとセリンの合成量が低下し、生育に不利になっているのだろう。また光呼吸は光阻害の回避に役立っていることから、WTに比べてggat1-1は光によって光合成経路に支障が出て生育に影響を及ぼしていると考えられる。しかし、0.3%CO2条件は、大気に比べて圧倒的にCO2が濃い。この条件下ではWTと似たサイズまで生育するように見られた。0.3%条件下では光呼吸に関する酵素Rubiscoのカルボキシラーゼ活性とオキシゲナーゼ活性の活性比がへんかし、カルボキシラーゼ活性が高くなると考えられる。そのためWTでは光呼吸が抑制される。ggat1-1はもともと光呼吸が抑制されている変異体なのでWTと似た生育条件になり、またCO2濃度が高いことからより多くのCO2を得ることができそれらを固定して得られるエネルギーも多いため0.03%条件下と比べて大きく成長できたのではないかと考えられる。

A:光呼吸経路の変異株の生育が高CO2条件下では、野生株と同程度まで上がってます。これはレポートにも書かれているように、光呼吸経路が高CO2条件下では働かないために、この酵素があってもなくても大きな影響を及ぼさないのでしょう。高CO2条件下では野生株でも生育が良いので、CO2固定量が高CO2条件では増加したのでほう。ただ、CO2固定量がどれだけ多くなったのはかは、測定しないと分かりませんね。


Q:葉緑体やミトコンドリアは、細胞内共生を行った結果存在しているとされ、その調節遺伝子は核に存在し制御されているものもある。一方で葉緑体やミトコンドリアは、様々な物質を用いて核に対しての情報伝達も行っているとされる。葉緑体やミトコンドリアは、細胞内におけるエネルギー産生において重要な役割を果たすことから、その酸化還元電位などの状態を核に伝達することはエネルギー利用の効率をあげる事などが予想され、生物の適応度を向上させるものと思われる。
 しかし、これらのシグナルは細胞内共生の前後、どちらで得られたものなのだろうか。細胞内共生の前と考える場合には、共生し細胞質遺伝が確立する際に元々原核生物が外部に放出していたシグナルが、そのまま細胞内の伝達物質として利用されるようになったことが考えられる。これは光化学系で発生する活性酸素が葉緑体シグナルである可能性が考えられていることにも符合すると思われる。一方で、細胞内共生の後に成立したシグナルが存在するならば、それは原核生物の環境では外部に放出されていなかったものと予想される。
 これらの可能性を考えるのに、葉緑体の場合であれば、シアノバクテリアなどの原核生物が外部に放出する物質と、葉緑体シグナルとの関係を調べることで一定の知見を得られるのではないだろうか。共生の際には、膜構造の面からも物質の輸送に大きな変化があったことが予想されるため、二次共生・三次共生を行う生物の解析など含め細胞内共生自体について調べることは有用であると思われる。

A:原核生物のときに、外部に出していたシグナルがどんな物質で、どんな意味があったのかはわかりませんが、あったら面白いと思います。また二次共生、三次共生の生物ではどのような制御機構があるのかは面白いと思います。これまでの知見はモデル生物の知見が多いので、驚くような現象があるかもしれません。


Q:なぜ、ミトコンドリア・葉緑体の遺伝子は核に移行していったのだろうか。オルガネラDNAまたはRNAが漏れ出し、それが核DNAに結合または逆転写されたのであろう。細胞内共生が起こった時点では、お互いの膜の安定性は低いだろうし、単細胞なので変異は直接遺伝されていくことになる。その中で、核DNAの方がオルガネラDNAよりも安定することはヒストンや高エネルギー産生しないことから理解でき、DNAを失ったオルガネラが残っていることも理解できる。しかし、DNAを失ってはいないオルガネラがいなくなったのはどういうことがあったのだろうか。個体レベルで淘汰が起こるのは理解できるが、ないよりはある方がよいDNAをもつオルガネラが淘汰されうるのだろうか。コストの面もあるかもしれないが、細胞から提供を受けるオルガネラには関係のない話のようにみえる。
1つの仮説として、オルガネラDNAが核DNAに移ったことが、その細胞・個体自体が生存に有利になった、ということが考えうる。しかしDNAの移行がそこまで大きく淘汰に表れてくるとは想像しがたい。もしかしたら、偶発的な大きな出来事があり、急な転換があったのかもしれない。

A:オルガネラDNAが核DNAに移行していったメカニズムや意義には不明なことが多いです。脊椎動物のミトコンドリアDNAは小さな環状構造をしており、含まれている遺伝子は種を超えて高度に保存されています。一方、植物のミトコンドリアDNAは一般にかなり長く、断片化して存在しています。また、植物種によって長さや配列がまちまちで、非常に多くのjunkと思われる配列が含まれています。葉緑体DNAにあった配列が、核だけではなくミトコンドリアDNAに転移した場合もあります。以上を考えると、植物ではミトコンドリアと核、葉緑体のDNAの遺伝子転移は、中立な進化によるもので、必ずしも淘汰圧にはならなかった場合が多いのでしょう。