植物生化学 第1回講義
イントロダクション
初回はイントロダクションとして、1)光合成の、地球生態系、人間、植物、地球環境における重要性と、2)光合成の過去の研究と将来の研究の方向性、について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:ギャップ形成後の種多様性について:大木が倒れ、ギャップが出現すると、林床に光が届くようになる。ギャップでは稚樹が成長し、植物が繁茂するが、種多様性は変化するのだろうか。京都大の牧野による研究によると、主にヒノキ・アカマツから構成される森林に人工的にギャップを形成した場合、萠芽再生と散布種子による実生の生育が確認されたという。しかし、伐採以前には見られなかった種で実生が確認されたものも各調査区で15種前後あるという。これらは埋没種子の発芽によるものと考えられる。しかし、これらの種はギャップ形成前には発芽しなかったことから、ギャップの稚樹が成長し林冠が形成されると、これらの種は光環境の悪化により、枯死してしまうのではないかと考えられる。そのため、ギャップ形成直後は樹種が増えて種多様性が大きくなるが、長期的に見るとギャップ地点の種多様性はあまり変化しないだろう。
参考HP・参考文献
里山における人工ギャップ創出後に出現する木本植物のダイナミックスに関する研究http://www.landscape.kais.kyoto-u.ac.jp/landscape/thesis/Makino.pdf
生態学入門 日本生態学会編 東京化学同人
A:視点としては面白いレポートだと思うのですが、これだけだと調べた結果を報告している感じになってしまいます。できたら、自分なりのアイデアなり論理なりを盛り込むことができるとよりよいレポートになると思います。
Q:今回の講義では、光エネルギーは膨大だが、光合成として利用できる波長は限られていて、ある程度の面積が必要であること、そして植物はその光エネルギーをうまく利用して光合成をおこなっていることがわかった。しかし、なぜエネルギー源が光エネルギーに限られるのだろうか。太陽光だけでなく、人間が発電に使っているように、潮力や風力、水力などを利用する生物が存在しないのか。例えば、生物が風力をエネルギーとして利用することを考えてみる。風力発電は、風の力でプロペラを回し、その回転運動を電気エネルギーに変えることで発電を行う。だとすると、風を受けるプロペラ状の構造体を器官として持ち、その構造体の回転運動を最終的に光リン酸化によるATP合成のような反応にする機構を持てばよいと考えられる。植物は種子散布などに風力を利用しているので、風を受けやすい構造体を作ることは可能なはずである。条件としては、比較的通年で風の強い環境であること、さらにその強風条件下でも飛ばされないような、比較的安定した力学的構造を持つこと(例えば、地上部が風に応じてしなる、地下に向けて根をしっかりとはりめぐらせる、など)、風の方向にプロペラ状の構造体を向けるために、いろいろな方向にプロペラ状構造体を向けたラメットを形成し得られるエネルギーを相補的にする、あるいは太陽の方向を向く向日葵の花のごとく、風の方向に応じてプロペラ状構造体の向きを変化させること、などが考えられる。このような生物が存在すれば、既存の植物がより光条件の良いところを求めるように、より風のあたるところを求めて競争が生まれたり、光環境と温度や湿度との兼ね合いに応じて葉の形状や大きさを様々に変化させるように、より効率的に風を受けることのできるような、様々なかたちのプロペラ上構造体を持つ、多様な風利用生物が出現することが考えられる。このような風利用植物が存在しない理由としては、風力が太陽光に比べてエネルギー供給として安定しないからだと考えられる。光の向きに比べて風の方向は一定しない。しかし、風利用には太陽光に対して、夜でも利用できるという利点がある。今後地球環境が変化し、太陽光より風力の方がエネルギー供給源として安定になれば、このような生物が出現する可能性は考えられる。
(参考)http://app2.infoc.nedo.go.jp/kaisetsu/egy/ey04/index.html
実は、この疑問を調べる過程で、おそらく東京理科大の植物生理学だと思うのですが、先生の過去の講義のホームページとその学生によるレポートに、同じような題材のレポートを見つけてしまいました。なので、そのレポートより少しつっ込んで書いたつもりです。それから、自分なりの考察が思いつかなかったので今回レポートにしませんでしたが、熱力学の第2法則が支配する中で、どうして生物の自己組織化が起こるのかについて調べていたら、イリヤ・プリゴジンの散逸構造論に行き当たりました。植物生化学の講義内容とは外れてしまうかもしれませんが、文献にいくつかあたったところとても興味深い話題なのでよければ雑談形式にでも扱って頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。
A:このレポートは、僕がレポートに求める条件をきちんと満たしているという点において百点満点ですね。アイデアも面白いですし、論理と考察がきちんとなされています。散逸構造については、講義の時間が余った時にちょっと触れましょうかね。
Q:熱力学第2法則について:別名、エントロピー増大の原理ともいう。学者によって表現は異なるが、エネルギーの移動の方向とエネルギーの質に関する法則である。熱力学的なエントロピーとは、初期値に、単位時間に受け取る熱を系の温度で割ったものの総和を足したものである。熱の出入りがある系ではエントロピーが増大することも当然起こりうる。受け取った熱量は内部のエネルギーを増やすか仕事を行うので、系内部の乱雑性は増す。ただし、これは分子・原子レベルの話である。シュレディンガーは生命を負のエントロピーを取り込むものと考えたが、実際は生物も通常の開放定常系として扱うことができる。ただし、自己修復系が存在し、物質循環を積極的に行うことによって生物は生きている。しかし、老化、死が存在するということは、その機構が不十分であるということである。エントロピーの増大への対抗手段として、分子レベルでの自己修復機能が完全でない代わりに、生物は世代交代を行うことを選択したのだろうか。
参考文献 Wikipedia URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/、 ヴォート生化学 第3版 東京化学同人
A:最後の世代交代へとつなげる議論は非常に面白いと思います。ただ、疑問で終わってしまっているところがもったいないと思います。その疑問について自分なりの考察を付け加えることができたら完璧です。
Q:太陽のエネルギーを受け取り、利用するためには広い面積が必要であるにもかかわらず、地球の表面積の半分以上を占める海洋ではクロロフィル濃度が低いところが多く太陽のエネルギーが使われていない。このことは地球全体の生産を考えると大きな無駄になっていると思う。クロロフィル濃度が低い部分にも硝酸濃度が高いところがあり、鉄を与えるとクロロフィル濃度は増えるが、一過的なものにすぎない。また、もし安定して鉄を供給する方法があったとしても、その海域での栄養塩濃度が減ってしまうため安定してクロロフィル濃度を高めることができるとは限らないだろう。クロロフィル濃度の維持と関係した栄養塩、鉄などの調査が進み、人為的にそれらを供給できる仕組みがあれば、海洋のCO2固定は大きく増やせるのではないだろうか。
A:視点としては面白いと思うのですが、最後、「人為的にそれらを供給できる仕組みがあれば」という部分は、前半の論理からすると、結局、「生命活動に必要なあらゆる物質を永遠に供給し続ける仕組みがあれば」ということになってしまいませんか?そうだとすると、あまり意味がないような・・・
Q:植物は、太陽光を利用して光合成を行っている。緑色植物の地上部が緑色に見えるのも、白色光に対する透過・反射と色素による吸収による。つまり、光合成においては太陽光の特定の波長域のみを利用しているということである。ここで、一つ疑問が生じる。本来、太陽光から得られるエネルギーを最も効率よく吸収するならば、太陽光のより多くの波長において吸収する方が効率が良いのではないだろうか。そのとき光合成を行う生物の体色は黒色に見えるのではないかと考えられる。しかし実際には黒色をした光合成を行う生物は、緑色植物ほど地上面積を占めているようには思われない。これについて考えてみると、「黒色の生物の光合成代謝は存在しにくい」「黒色の生物の光合成代謝は生存に不利である」などの理由が考えられる。前者では原始の生物における代謝系の変化において、複数の波長を利用した電子の励起や伝達の経路は必然的に複雑になると予想されるため、出現確率が低くなると考え、後者は、前者のような代謝系が存在できたとして、その適応度が他に比べ低いためであると考えた。適応度の低下の具体的な理由については、緑色植物が利用している光合成以外の光の利用や、他の生物の光の利用が不可能になる事などが考えられる。また代謝回路の効率が悪いなどの理由も考えられるので、緑色光を吸収するような色素を利用した光合成を持つ、もしくは組み込んだ生物についての研究には意味があるように思われる。
「感想・要望」:熱力学は駒場で必修だったので、エントロピーの説明は驚きました。物理化学的な説明を簡略化する必要はないと思います。光合成の反応中心における電子移動でのトンネル効果などは、調べてみて興味深いと思いました。あのように話題だけでもレジュメに記載していただけると、面白いのではないかと思いました。400字では、書けませんでした。申し訳ありません。
A:光の吸収については第3回の講義で触れる予定です。レポートの論理としては非常に素晴らしいと思います。あとは、実際の観察がちょっとでも入ると完璧です。例えば、「実際には黒色をした光合成を行う生物は、緑色植物ほど地上面積を占めているようには思われない。」という点ですが、海苔(アサクサノリ)などはほとんど黒に見えますよね。陸上植物が黒くない理由を考えるにあたって、どのような環境では黒い光合成生物が出現するのか、という視点から考えてみると、新たな考察が可能かも知れません。
要望について:まあ、熱力学の講義ではないので、そもそも物理化学的な説明をする必要性はなく、メッセージだけが伝わればよいというスタンスだったのですが・・・。反応中心の話も第3回の講義でする予定です。400字というのは別に上限ではないので、お気になさらずに。
Q:講義中の動物の光合成という話に興味を持ち、考えてみました。動物が植物のような光合成をするには、葉緑体を持つこと、または光合成生物との共生が必要になるでしょう。そしてある程度のエネルギーを光合成でまかなおうとすると、さらに細胞の配列も効率のよいものにしなくてはならないと思います。そうすると、細胞壁を持たない動物では組織としての強度などの問題が出てきます。こういうことを考えるとやはり光合成をする動物というのはかなり小さなものや、必要エネルギーの少ないクラゲのようなものに限られるのだと思います。{もし、動物の体から、(物理的に)活動に支障のないレベルで枝葉が生えていたらどうなるのでしょうか・・・}
A:面白いのですが、論理のつながりが気になりました。おそらく「細胞壁を持たない」という部分が、持たなくても体が小さければ強度を保てるので「小さい」というところにつながり、一方で、「ある程度のエネルギーを光合成でまかなおうとすると」という前提条件が、「必要エネルギーの少ないクラゲのようなものに限られる」という部分につながるわけですよね。全体としては、きちんと考えているのだと思いますが、論理の対応を明確に示すともっとよいですね。レポートとしては、そのような論理のつながりを(行間を読ませるのではなく)示すことが重要です。