植物生化学 第8回講義

植物の光に対する応答

第8回の講義では、変動する光環境の中で、植物がどのように応答して、生育の阻害などを受けないようにしているかを中心にしてお話ししました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:フォトトロピンが葉緑体運動に関わることが講義で紹介されていた。葉緑体運動に関わるフォトトロピンにはPhot1とPhot2があり、phot1は葉緑体集合運動に関わっている。Phot2は葉緑体集合運動と葉緑体逃避運動の両方に関わっている。Phot2が両方の現象に関わるしくみについて考えてみる。まず、Phot2が光の強さや波長にあわせて別の応答を示す可能性が考えられるが、Phot2単独では難かしいと思う。Phot2が別の分子と相互作用することによって反応性を変化させ、別の下流因子へ情報を伝達することで葉緑体集合運動と葉緑体逃避運動という逆の反応を誘導するというモデルのほうがありえると思う。この現象が実際どのような機構で起きているかを解明するにはPhot2自体の構造と機能を調べることはもちろん、Phot2が正常でも葉緑体の運動に異常が見られる変異体のスクリーニングと解析を用いての下流因子の同定、Phot2と相互作用する分子の探索を行って機能を調べることが必要だと思う。

A:逆の言い方をすれば、葉緑体の集合運動にはPhot1とPhot2が両方関わっているわけですが、そのような言い方をした場合、2つの可能性がありますよね。集合運動に両方共必要な場合も、どちらかが必要な場合も、どちらも日本語では両方が関わっている、という言い方をします。破壊株を作った時の表現型からすると、二重変異株にしないと表現型が出ない場合と、両方の単独変異株で表現型が出る場合、ということになります。まずは、それがどちらかをはっきりさせないと、議論の方向性がまるで逆になってしまいますよ。


Q:キサントフィル類の相互変換を用いて余分な光エネルギーを消費すると、そのエネルギーは熱となる。この際に生じた熱は蒸散によって放出されると思われる。従って光エネルギーを熱として消費する際には、気孔開放が促進されると考えたので以下この点を考察してみる。植物ホルモンの一種であるアブシジン酸のことを考えてみる。アブシジン酸は気孔の閉鎖を促進するので、余分な光エネルギーを熱として消費する際にはなるべく働いて欲しくないはずである。よって、その合成あるいはシグナル伝達を抑える必要がある。ここで、アブシジン酸生合成の原料を考えてみると前述のキサントフィル類である。以上より、下記のような仮説を考えた。
 「キサントフィル類の相互変換を用いて余分な光エネルギーを熱として消費する際は、より速いキサントフィル類の活性型と不活性型の間の変換が、より遅い酵素を用いたアブシジン酸合成経路に優先するためアブシジン酸合成が阻害される。その結果、アブシジン酸による気孔の閉鎖がおこらず、開放された気孔は、過剰な光エネルギーが十分に消費される(光によるキサントフィル類の活性型と不活性型の相互変換の頻度が少なくなる)まで開いたままとなる。こうして過剰な光エネルギー消費の際に生じる熱を、その反応が終わるまで放出させ続ける系ができる。」
 この仮説を検証するためには、キサントフィル類より積極的にクロロフィルの余分な光エネルギーを奪って熱として放出する物質を植物に与え、与えなかった植物との間でのアブシジン酸合成量の相違を測定すればよいと思われる。

A:仮説は非常に面白いですね。ただ、「優先するためアブシジン酸合成が阻害される」という部分のイメージがつかめませんでした。これは基質を取り合う、という意味ですかね?あと、仮説の検証の方も今ひとつわかりません。エネルギーを熱にする物質を与えるとアブシシン酸の合成量が下がったとしたら、それは何を意味するのでしょうか。


Q:ホウライシダに赤色光を照射すると,赤色光を照射した場所に葉緑体が移動する.この反応は直接葉緑体に光を照射しなくても起きる反応である.この反応機構について考察する.赤色光受容体はフィトクロムであり,これが赤色光を受容するとPr型からPfr型に変化する.原形質流動によりフィトクロムが細胞中を動き回るとしたら,赤色光を照射した場所から遠くなるに従いPfr型フィトクロムが減少するような濃度勾配が生じる.葉緑体はPfr型フィトクロムを受容し,フィトクロムが濃い場所に誘引されるのかもしれない.青色光に対する反応はその逆であり,青色光を受容したフォトトロピンの濃度勾配に従い,葉緑体はフォトトロピンが少ない場所に逃避すると考える.葉緑体定位運動は比較的早い反応なので,細胞中に存在するアクチンフィラメントのモータータンパク質であるミオシンがフィトクロムやフォトトロピンを認識し,葉緑体をアクチンフィラメントに沿って輸送しているのかもしれない.

A:フォトトロピンはC末側がリン酸化酵素になっていますから、そのタンパク質自体の濃度勾配というよりは、その下流のリン酸化を受けたタンパク質などが関与している、と考える方が自然ではないでしょうか。また、一口に「濃度勾配」といっても、濃度の勾配を検出するためには、2カ所での測定が必要なはずです。案外難しい気がします。


Q:光化学系Iや光化学系IIのどちらかが必要以上に励起されることが問題になるとき、考えられるのは適切な光化学系I・IIの比ができないと仕事をしない無駄なタンパクができてしまいコストがかかるという問題ある。しかしこれは長期的な持っている資源をより効果的に使うというもので、短期的な光応答に関して必要な視点ではないだろう。短期的な光応答が必要なのは、片方の光化学系ばかり励起されるせいで光エネルギーが飽和してその光化学系が破壊されるのを防ぐためである。このとき、光化学系Iが多い場合は吸収したエネルギーを次に受け渡すだけでよいので、二つの光化学系の励起状態のみに問題がある場合は吸収したエネルギーは十分に使われ、特に問題はない。一方光化学系IIが多い場合、光化学系Iの反応に律速されるために、光エネルギーの逃げ場がなくなることになる。ステート変化やキサントフィルによる熱放散など、さまざまな短期的な光応答において光化学系IIの方の反応を調節しているのはこれが原因だろう。

A:なるほど。これも面白い考え方ですね。「光化学系Iが多い場合は吸収したエネルギーを次に受け渡すだけでよい」とありますが、次に渡すのは還元力ですよね。エネルギーの流れと電子の流れは区別しないといけません。その意味では、もし光化学系IIが少ない場合には、還元力の新たな発生が少ない、ということですから、光化学系Iの周りで電子を回す、つまりサイクリック電子伝達をしていれば、還元力が溜まってしまうことはありません。サイクリック電子伝達の性質も、光化学系IIが調節部位になっている一つの原因かも知れません。


Q:多くの植物で、光合成効率を高めるため、葉緑体が生育環境の光条件に応じて細胞内を移動することが知られている。弱い光の下では、なるべくたくさんの光を受けられるように細胞上面に集合し、強い光の下では、強い光から逃げるように細胞の側面に移動する。これを葉緑体の定位運動という。定位運動が起こる詳しい仕組みはまだ解明されていないが、アクチン繊維が関わっていることがわかっている。この機構についての理解を深める実験として、私は次の方法を考えた。葉緑体定位運動を正常に行えない葉緑体を持つミュータントや強光に弱く光阻害を起こしやすい個体を選び取り、WTをコントロールとしてアクチン繊維を染色して強い青色光を一定時間照射する。それを、一定間隔をおいて経時観察する。そうすると、照射を受けてアクチン繊維の構造が変化する様子が光学顕微鏡でも容易に観察できるようになる。変異体のアクチン繊維の構造変化の様子から、定位運動に必要なアクチン繊維の動きを知ることが出来る。

A:これは充分実現可能な実験プランですね。ただ、アクチン繊維は、葉緑体の運動には必要かも知れませんが、アクチン繊維自体が動くことが必要かどうかはわかりませんよね。ただ存在すればよいのかも知れませんから。