植物生化学 第3回講義

光の吸収と電子の伝達

今回は、光合成色素による光の吸収と電子伝達系による電子の伝達という、光合成に特徴的な反応について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートと、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:光合成電子伝達系の光化学系II、b/f複合体、光化学系Iがチラコイド膜上で複合体を形成せず、独立に存在し反応をするときだけ相互作用する理由を考えてみる。複合体を形成することのメリットとしては光化学反応の要素が近接して存在することによる電子伝達効率の向上が考えられる。デメリットとしては光化学系Iと光化学系IIが近くに存在するためアンテナを効率的に張ることが出来ない、逆反応と順反応にかかる時間にほとんど差がなくなって逆反応による効率の減少が大きくなる、光化学系IIで励起された電子が光化学系Iにプラストキノンを経ずに流れてしまいプロトン輸送が出来なくなることなどが考えられる。アンテナの問題は片側にアンテナを広げることで何とかなると考えられなくもないが、現実の植物でこれらの光合成電子伝達系の要素が複合体を形成しないのは上にあげたメリットよりもデメリットのほうが大きいからだろう。しかし、光化学系IIとb/f複合体が複合体を形成するときにはこれらのデメリットはそれほど大きな影響を持たないと考えられる。この場合にはプラストキノンが複合体の中に取り込まれるためQサイクルと通常の光化学反応を(途中文字化け)担う事になり、効率が落ちるのではないかと思う。

A:なるほど、ピルビン酸脱水素酵素のように、どうせ一度に行なう反応なら複合体上でいっぺんにやってしまおう、という発想ですね。ただ、今後の講義で取り上げる予定ですが、光化学系の量比は一定ではないのです。つまり、普通の酵素と違って、光化学系が電子を伝達する速度は、光の明るさと光の質(つまり色)によって変化し、その変化の度合いは光化学系Iと光化学系IIでは異なります。つまり、条件によって量比を変えなくてはいけない、ということになりますので、複合体にしてしまうのは難しいでしょうね。


Q:高等植物のクロロフィルa,bの吸収スペクトルは主に赤,青のところでピークがある.太陽光の可視光スペクトルは青色あたりでピークを迎える.短波長の光ほどエネルギーが高いので,短波長の光だけを主に感受する色素のほうが,高波長のエネルギーを感受する色素よりも,励起状態に至るのに必要な光が少なくて済むと考える.仮に短波長のみを効率よく吸収するカロテノイドのような色素だけが,高等植物のクロロフィル量と同じだけあるとすると,捕捉するエネルギーが強すぎるため,電子過多となり,光阻害を起こすはずである.この問題を解決するには,短波長のみを吸収する色素の量を減らせば光合成にふさわしい量の電子を供給できる.これにより色素の量を減らした分,色素を構成する物質を成長や呼吸に使用でき,必要な資源が減少すると考える.陸上植物であれば,太陽光が直に照射されるため,短波長の光のみを吸収することが可能であるので,吸光度が大きく,吸収波長が青色光あたりの色素のみを持つ植物がいても良いと思う.

A:これも、面白い点に着目しましたね。ただ、実は、光子1個のエネルギーが高いこと(つまりより、短波長の光であること)と、光子の数が多いこと(つまり、より明るい光であること)は、全く別の現象なのです。実際には、光合成がどれだけ進むかは、吸収された光子の数によって決まってしまいます。つまり、光の色は、光合成色素に吸収されるかどうかには影響を与えますが、吸収された光あたりで計算すると、色によらずに光合成速度は一定になってしまいます(例外はありますが)。ですから、エネルギーの高い紫外線ならちょっとの光ですむ、というわけにはいかないのです。


Q:高等植物の光合成反応において、プラストキノンは自身の酸化還元を通じてプロトン輸送を行う。これと同様に呼吸反応においてはユビキノンが自身の酸化還元を通じてプロトン輸送を行う。ではなぜこの二つの反応において、わざわざ違う化合物を使うのだろうか。どちらの反応でもユビキノンを使う方が生合成経路が少なくて済み、効率的ではないだろうか。実際紅色光合成細菌は光合成反応でユビキノンを使う。疑問に思ったので考察してみる。
 考えられる一つの理由として、『ユビキノンの生合成量あるいは生合成速度は呼吸において使う分を合成するだけで限界近くに達してしまい、光合成で使用しようとすると量あるいは速度が足りなくなってしまう』、というものがある。実際、ユビキノンとプラストキノンの生合成は、始まりの物質が違う(それぞれ4-クマリン酸と4-ヒドロキシフェニルピルビン酸)、またその後の合成経路も違う、というようにそれぞれ独立したものなので、この可能性はあり得る。ただ、プラストキノンとユビキノンの違いにはあまり大きな意味は無く、単にたまたまユビキノンでなくプラストキノンを光合成に使う種が高等植物に進化しただけという可能性もあるので、ユビキノン合成の限界量について定量的に調べるとよいだろう。
 話は全く変わりますが、頂いたレジュメの『プラストキノンの酸化還元』の図におけるプラストセミキノンラジカル、プラストキノールの構造式が手持ちのヴォート生化学第3版に載っている構造式と違いました。これらはどちらもプラストキノールと呼ばれるのでしょうか?

A:ユビキノンとプラストキノンでは、酸化還元電位もさほど違いませんし、どちらかにしなくてはいけない理由は僕にもわかりませんね。しかも、原核光合成生物の場合は、呼吸系と光合成系が細胞の中で同居していることになり、シアノバクテリアの場合などは、プラストキノンが呼吸系と光合成系の両方に共通して使われますので、なおさらです。
 配ったプリントは、確かに間違いでした。プラストキノールとプラストセミキノンラジカルは区別されます。ですから、生化学にはプラストセミキノンラジカルの構造式は載っていない、ということになります。プラストキノールの図については、生化学に載っている構造が正しくて、六員環の中はベンゼンのように二重結合は1つおきに3つ入ります。プラストセミキノンラジカルは、酸化型のプラストキノンと同じように、六員環の中は二重結合が2つになっている点は正しいのですが、こちらにも間違いがあって、ラジカルになった酸素と六員環の間の結合は正しくは二重結合のままです。申し訳ありませんでした。


Q:今回の講義では、光化学系における2種類のアンテナが存在することを教わった。一つはすべてのアンテナ分子が平等であるshallow trap、もう一つはアンテナ色素別に差別化・段階化されているdeep trapである。そこで、なぜ2種類の違ったアンテナが必要なのか考えてみた。shallow trapの必要性については、光合成を行う生物の多くがもつ対称性からも容易に想像がつく。太陽は時間経過に伴ない動くため、ずっと同じ方向にだけアンテナを向けていれば良いわけではないのだ。例えば自分では動けない植物を考えてみると、地面に対して水平な面上において最も光を受けやすい角度・位置は約24時間周期で変化する。これに対応するためには、あらゆるところに感受性などの段階が同じアンテナ分子を配置する方法、つまりshallow trapが有効である。deep trapの場合は、環境からシグナルを受けたアンテナ分子が直接反応中心に情報を伝達するよりも、何段階かステップを踏んで遠回りをすることで、シグナルの強さを増幅することができるためではないかと思う。

A:これも、独自の考え方をしていて面白いですね。偏光した光を当てた場合には、その偏光と角度が合った色素だけが励起されます。ですから、まさにこのレポートで提案されているようなことが起こります。しかし、太陽光は特に偏光されているわけではありませんから、現象としては、そのような状況は見られません。後半の「シグナルの強さを増幅することができる」という点については、具体的になぜそうなるのかがよくわかりませんでした。


Q:クロロフィルは、窒素原子1個を含む5員環複素環芳香族化合物であるピロールが4つ環状につながったテトラピロールに、フィトールと呼ばれる長鎖アルコールがエステル結合した構造をしており、植物の持つクロロフィルではテトラピロール環の中心にマグネシウムが配位している。このテトラピロール環の部分はポルフィリンと呼ばれ、この構造を持つ物質は様々な金属イオンと配位して、そのイオンによって特色ある性質を示す。クロロフィルの場合は、中心のマグネシウムが脱落すると、代わりに水素原子が結合してフェオフィチンという物質になる。フェオフィチンはクロロフィルと異なり褐色に近い色をしており、長波長側の光吸収極大が、クロロフィルに比べて弱く分散している。このことから、クロロフィルの中心のマグネシウムは、中心付近の電子状態を制限して光吸収に関与できる状態を限定していると考えられている。このようにして吸収できる範囲を狭めて極大を大きくすることでエネルギー吸収の効率が上がるのかどうかは詳しく調べていないのでわからないが、短波長側の吸収がほとんどクロロフィルと変わらないにも関わらずフェオフィチンが光吸収色素(途中文字化け)ら考えても、何らかのメリットがあるに違いない。もしかすると、地表に届く太陽光の中で、クロロフィルが吸収を集中させている領域の波長の光が多く安定な量供給されるのかもしれない。授業の中で、紅色光合成細菌がマグネシウムの代わりに亜鉛が配位した色素を用いているという話題があった。配位している金属が違うので、おそらく吸収スペクトルも通常のマグネシウムを持つクロロフィルとは異なっているだろう。紅色光合成細菌が光合成を行うのは、湖沼の下の方など可視光のあまり届かない嫌気条件下である。このような光条件では、亜鉛が配位したときの吸収スペクトルの方が有利なのかもしれない。

A:亜鉛の場合は、実は吸収スペクトルにあまり大きな変化は見られません。ただし、フェオフィチンとクロロフィルはだいぶ違いますね。途中「吸収できる範囲を狭めて」というのは必ずしも適切ではないかも知れません。可視光の領域においては、吸収を波長で積分した量は、クロロフィルの方がフェオフィチンよりだいぶ大きくなると思います。紅色光合成細菌が湖沼の下の方に生息しているということに関しては、むしろ亜鉛クロロフィルとマグネシウムクロロフィルの差を考えるよりは、緑色植物のクロロフィルと、バクテリオクロロフィルの違いを考えた方がわかりやすいように思います。