植物生化学 第1回講義

イントロダクション

初回はイントロダクションとして、1)光合成の、地球生態系、人間、植物、地球環境における重要性と、2)光合成の過去の研究と将来の研究の方向性、について解説しました。今回の講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。


Q:レジュメにあった海洋の硝酸濃度・クロロフィル濃度(植物プランクトン)の分布図を利用すれば、実際に窒素が多量に供給されている領域が分かると考えた。窒素が存在する可能性のある場所は、(1) 硝酸濃度が高いところ、(2) クロロフィル濃度が高いところ、である。(2) については硝酸濃度が高くない地域もあるが、このような地域では窒素が供給されるとすぐにプランクトンに消費される、あるいは硝酸態以外の形で窒素が供給されていると考えることができる。これらを総合すると以下の場所に窒素が存在すると言える。
1.太平洋(日本とアメリカを結ぶライン)、2.南アメリカ西岸、3.オーストラリア南岸、4.南半球高緯度地方、5.大西洋(アメリカとヨーロッパを結ぶライン)、6.地中海、7.アフリカ南西岸
このように窒素が海に局在する理由を、現在提唱されている窒素供給の要因で説明できるかを考える。窒素は、(i) 湧昇、(ii) 雨に含まれる窒素降下物(工業地域周辺)や黄砂(砂漠周辺)、(iii) 河川、によって供給されると言われている。それぞれ(i)は2,4,7、(ii)は1,3,5,6、(iii)は3,5,7の地域の窒素供給を説明できるかもしれない。しかし、これだけでははっきりした因果関係や定量的推定について言及することはできない。

A:図は申し訳ないのですが、省略しました。マーチンの鉄仮説について講義の中で少し触れましたが、このレポートの中で窒素の供給源として考えられている黄砂と河川は、鉄の主要な供給源でもあります。また、窒素降下物が多い、工業地域周辺は船の往来が多く船底から鉄が供給される可能性も多いでしょう。鉄律速のもとで鉄が供給されると窒素濃度は減るでしょうから、いわば変数が2つある方程式を解くようなもので、さらに因果関係を考えるのは難しくなりますね。何かもう一工夫必要かも知れません。


Q:南極海やアラスカ湾では硝酸濃度が高いが,クロロフィル濃度が低い.マーチンの鉄仮説では,この海域では鉄濃度が低く,これが植物プランクトンの量を決定している.海への鉄の供給は河川からの鉄の流入と,風で飛ばされる土壌であると考えられている.私はこの説より,南極海では近くに河川がなく,鉄を含む土壌粒子がほぼ運ばれないため鉄濃度が低いことには納得するが,アラスカ湾では近くに河川の流入があるのに鉄濃度が低いことに疑問を抱く.また,太平洋の中央部では河川がなく大陸よりかなり離れているので鉄の流入が少ないと考えているが,クロロフィル濃度が高い.ここで,これらを説明するために鉄濃度は河川からの鉄の流入の影響が小さく,風による運搬が非常に大きいという仮説を立てる.この仮説を用いると,太平洋では偏西風により大陸からの土壌が多く供給され,アラスカ湾は偏西風により湾からカナダ方面に風が吹くため風による鉄運搬が少ないということになる.この仮説を証明するためには,海上にやぐら様の施設を作り,土壌飛散量と土壌の鉄含有量を測定し,面積・時間当たりの鉄飛散量を測定すると良いと思う.

A:一口に河川と言っても、透明度の高い小川から、黄河などのように濁った川まで様々ですから、それも考慮に入れる必要があるかも知れませんね。おそらく鉄の濃度は川によってオーダーが2−3桁は違うのではないでしょうか。いずれにしても、土壌飛散の影響が大きいことは確かなようです。中国では北京近郊の砂漠化が急速に進んでいるようですが、北京の砂漠化が太平洋の漁獲量に影響する、というようなこともあるかも知れません。


Q:高等動物が光合成をしない理由について考察してみる。講義では光合成でエネルギーを得るには広い面積が必要という理由が説明されていたが、少ないエネルギーでも得られれば有利になるのではないか?この点について考えてみた。光合成暗反応と解糖系はともにグリセルアルデヒド3-リン酸を途中で基質としている。このため呼吸は光合成と拮抗すると考えられるが光合成はほとんど体表で行われるはずなので呼吸の激しい筋肉や内臓などでは問題にならないと考えられる。次に、光合成では水が消費されるがこれは動物にとってとても大きな問題になると考えられる。なぜならば、光合成反応は光が当たっている限り進み、動物の体内の水が不足していたとしても水をさらに消費してしまうからである。これを防ぐためには水を体内に貯蔵するか、水が常に得られる場所にいるかしかない。結果として動物の高い移動能力が無駄になってしまう。これらの理由から高等動物の光合成は進化しなかったと考えられる。

A:面白い考え方ですね。講義のうしろの方で植物における水の重要性には触れる予定ですが、「光合成では水が消費される」といった時には、2通りの考え方があります。光合成の基質としての水と、光合成にともなう蒸散によって消費される水です。この2つの水の量には大きな隔たりがありますので、そこをどう考えるかによって結論は変わってくるかも知れません。


Q:仮に人間が現在のボディプランのまま光合成を行えるようになったら、それは有利な形質となるかどうか、ごく簡単なモデルを作って考えてみる。陽に当たる表面積をなるべく増やし、最も効率よく光合成を行うために腹這いになって寝そべっている状態を仮定する。このとき、毛に覆われていない背中からかかとまでで光合成を行うとし、その部分を台形に近似して考える。その台形は上底(肩幅)0.35m、下底(二つのかかとをくっつけたときの長さ)約0.15m、高さ(つま先から首までの身長)約1.5mとなるので、面積が約0.375m2になる。さて、1m2当たりに降り注ぐ太陽光エネルギーは1.4kWであるので、人体はこのとき約0.525kWの太陽光エネルギーを受けることになる。現行の植物の光合成能力では、最大で太陽光エネルギーのおよそ10%を固定できると言うことである。これに従うと結局、光合成人間は1秒間光合成を行うごとに最大で約0.0525kJのエネルギーを得ることになる。仮に1時間、最大のエネルギー収率で光合成を行うとすると、光合成人間は約189kJ=45kcalのエネルギーを得ることになる。ここで、成人の一日あたりの基礎代謝は1300kcal~1500kcalである。従って一日八時間、最大収率で光合成を行ったとしても、光合成人間は基礎代謝の1/4程度のエネルギーしかまかなえないことになる。エネルギーを補う食事をしたり、植物と違い根が存在しないので、太陽光によって失われる水分を得るために行動をすると、運動によるエネルギーの消費量が増え、また、必ずしも最大の収率で光合成を行えるわけではなくなるので(暗い森の中に木の実を取りに行く、など)、光合成の利点はますます小さくなる。以上より、現行のボディプランで人間が光合成を行えるになっても、それは光合成を行わない現在より有利な形質とは言えないと思われる。光合成を行う動物が(原始的なものをのぞいて)存在しないのは、これと似たような理由があるからかもしれない。

A:このような定量的な考え方は非常に重要ですね。あと、注目して欲しいのは、そもそもなぜ人間の基礎代謝はそんなに高くなくてはいけないのか、という点です。植物の基礎代謝(?)というものをもし考えた場合(どのように定義するのか難しいですが)、それは、動かない人間の基礎代謝のおそらく1/100以下ではないかと想像します。人間が光合成をしても引き合わないのは基礎代謝が高いせいなのですから、疑問は、動物の基礎代謝はなぜ高くなくてはいけないのか、という問題に定義し直すことができます。これはやはり、移動能力を持つことの代償であるとは考えられませんかねえ。


Q:光合成の進化 光合成と地球の成り立ち
 昔の地球は二酸化炭素が大量に存在した。しかし、岩石や植物に吸収されて、徐々に大気中の二酸化炭素濃度は減っていった。また植物の光合成による固定によっても減っていった。そして酸素も植物による光合成により発生した。つまり現在の植物と、昔の植物とではおかれた大気環境が違うということだ。ならばそれぞれに適した光合成機構を持つのではないか?今と昔の違いは二酸化炭素濃度の違いである。とすると、それぞれの違いは二酸化炭素が固定されるところまでの違いである(それ以降は濃度は関係ない)。また、その違いが現れたのは、二酸化炭素濃度が変化した時期と関係があるに違いない。二酸化炭素を固定する反応を触媒する、リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RuBisCoとも表記される)。RuBisCoは、藍藻から高等植物にいたるまで同様に存在しているので、進化したのはそこに二酸化炭素を運ぶまでである。そこに違いがあるのはC4植物だ。C4植物がカルビンベンソン回路に二酸化炭素を取り入れるとき、リンゴ酸から二酸化炭素を放出することによって、反応場所の二酸化炭素濃度を高めている。なので、C4植物が現れたのは、地球の二酸化炭素濃度に関連するだろう。しかしどうもそこまで急激な二酸化炭素濃度変化は無いみたいだ。昔の反応自体は調べられないがそれを触媒する酵素の遺伝子について調べることで、どのように反応ができてきたかがわかるかもしれない。
補足・参考資料
葛西奈津子「植物が地球を変えた!」:C4植物は約1200万~800万年前に進化したとあるが・・・ 二酸化炭素濃度の低下よりも、酸素濃度の上昇がC4植物を進化させたとしている。RuBisCoで酸素は二酸化炭素と競合するし、酸素濃度はこの10億年で100倍にまで増加しているのでこっちの説のほうがよさそう。
Wikipedia C4植物の項:1億3500万年~6500万年前とあるが引用元は不明。しかし、ここに記してあるように、C4植物が単子葉類網だけでなく、双子葉類網にも存在するなら、その起源は白亜紀ジュラ紀程度にさかのぼるのは確か。同時多発的にC4が生まれたとは考えにくい。
西田治文「植物のたどってきた道」:いろいろ。

A:炭酸固定反応については、今後の講義の中で詳しく説明する予定ですが、実は、その起源は単一ではないと考えられています。つまり、「同時」かどうかは別として、「多発的」にC4植物は進化してきたらしいのです。逆から見れば、低い二酸化炭素濃度という環境が、いかに植物にとって困難な状況をもたらし、二酸化炭素が光合成にとって重要であるかがわかると思います。


Q:基本的に「より大きく 地球規模での評価」の文脈での植物生化学に興味があります。システム的に地球や生命を見ることが授業で紹介されていましたが、例えば「入力である光の量が増減した場合、植物は(特に地球規模で)どう応答するのか」は、大いに興味深いテーマです。太陽放射は一定ではなく、有名な“11年周期”(可視光強度が0.1%変動)をはじめとして様々な時間スケール(分~億年)で変動しています。地球と太陽の関係(距離、角度など)も変動しています。こうした変動に対し、植物の代謝も、多かれ少なかれ地球規模での応答を示すはずです。植物の変動は、大気の組成や生物圏全体に影響を与えるので、地球そのものにも影響を及ぼすことになります。“入力の変動”に対する地球の変動を明らかにするためには、植物応答の理解が必須です。実際の植物を使った実験はもちろん、人工衛星によるクロロフィル観測データの時空間解析(~数十年スケール)、100~億年スケールの過去における植物活動の復元、植物応答を組み込んだ気候シミュレーションなどを行うことが、理解の進展に役立つでしょう。

A:確かにその通りですね。太陽放射だけではなく、地球の反射率も大きく変動します。しかも、温度が低くなって雪に覆われた面積が大きくなると、地球の反射率は上がりますから、反射率からだけ見ると地球の温度は正のフィードバックがかかることになります。いわゆる地球の「スノーボール」仮説はそのようなところから出発しているのだと思います。地球環境については、最終回の講義で解説する予定にしています。


Q:授業の中で、渦鞭毛藻と共生するタコクラゲの話があった。この共生関係では、渦鞭毛藻はクラゲが光や栄養塩の条件がよい所へ移動してくれることで得をしていた。高等植物は自分で移動しないが、条件のよい所へ移動できた方がずっとよいのではないだろうか。細胞の要素として動物にあって植物にないものというのはあまりないので、植物が動いて移動できないのは、主に細胞壁が邪魔になっているからではないかと考えられる。細胞壁は身体を支える役割を果たしている。動物ではこれを外・内骨格が行っており、必ずしも細胞壁でなければならないわけではない。それに不都合な環境から逃げられるなら、非常に丈夫な細胞壁を作る必要もないだろう。しかし植物は一カ所に留まって、堅い細胞壁で身を守りながら光合成をする生き方を選んだ。これは、光合成をするシステムを作るのにコストを費やすと、動くためのシステム作りや動くこと自体のためのエネルギーが足りなくなるからではないだろうか。動物細胞が動くために費やすエネルギーの割合と、植物細胞が細胞壁や光合成のために費やすエネルギーの割合とを測定して比較できれば、何かわかるかもしれない。

A:「動くために費やすエネルギー」というのをどこまで含めるかが難しいでしょうね。本当に動いた時に消費するエネルギーだけなら計算は簡単ですが、それは必要なエネルギーのうち一部でしかないと思います。実際には、「動けるような体にしておくためのエネルギー」というのが非常に大きいのではないかと思いますし、これは計算するのが難しいでしょう。


Q:今週の授業でウズベンモウソウと共生しているタコクラゲについて学んだ。考えてみればもっと多くの動物種が食物の摂取ではなく共生によって栄養を獲得する道を選んでいてもおかしくないような気がする。そうなっていないのは、通常は他の生物を食べる従属栄養であるほうが得がある、もしくは損が少ないためだろう。これを確かめるためにはタコクラゲと、タコクラゲの近種で大きさもほぼ同じ従属栄養の生物種で、一日あたりの平均的なエネルギー生産を比較するとよいだろう。ただし従属栄養の場合獲物の獲得や消化に相当のエネルギーを消費するだろうと思われるので、必ず呼吸で消費した分とエネルギーの獲得に使った分は除いて考えること。では次に、タコクラゲと他の生物とで異なる点から分岐の原因を考えてみる。最も大きな違いはタコクラゲが湖という軽度の閉鎖空間に生息していることだ。このことから、①天敵を含め生存を脅かすような他の種がいないために攻撃性を失った→摂食器官の退化、②食べられる生物が少なかったもしくは食べつくしたために餌を必要としない方向に進化した、の二つの可能性が考えられる。②については、タコクラゲが何を餌としていたのかがわからないので検証できない。①についてはまず、さまざまな動物について摂食器官のすべてないし一部が他を攻撃する器官と共通しているかどうかを調べる必要があるだろう。

A:逆に光合成能力を失う方向の変化もあるはずですね。生物の進化の過程を見ていくと、もとは光合成をしていたのに光合成能力を失った生物がたくさんいるのに気がつきます。その一部は寄生生物になった場合で、宿主からエネルギーを得られるなら、自分で苦労する必要はない、といったところでしょう。その他、従属栄養生物になった例もたくさん見られます。また、光合成生物と共生する道を選んだ生物はサンゴをはじめとしていろいろいるわけですし、そもそも、摂食と光合成が両立しないのかどうか、という点も問題かも知れません。ハエトリソウのように、どちらかを主、もう一方を従として生きていく生物が案外少ない理由も気になりますね。