植物生理学 第9回講義

光の量と質に対する応答

今回は、植物の環境条件の中で光の量(明るさ)と光の質(色)という重要な要因が変化した時に、植物がどのように応答するのか、という点について、解説しました。葉緑体移動の話は、現在基生研に移られた和田正三先生の研究が中心です。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。


Q:第九回目の講義では、植物の光に対する応答反応について興味を持った。赤色光と青色光による葉緑体の移動で、赤色光も青色光も光が当たったところに集合運動することがわかったが、青色光の場合においては、青色光が当たっていたときは葉緑体は逃避運動を示した。そして、講義の後半での細胞の補色順化について、総合して考えると、例えば一枚の葉に黄色と青色の光を少しだけ重ねて照射したら葉緑体はどのように移動し、細胞の色はどのようになるのだろうか?予想すると、青色光の部分は集合運動は起こるが、照射された部分には葉緑体が集まらず、光を吸収しないため、細胞の色は緑のままであり、青色と黄色の光を混ぜれば緑色になることから、葉緑体は光へ集合運動をし、光を吸収しやすい補色である赤色の細胞となり、黄色も葉緑体は集合運動をし、細胞の色は、補色である青色になると考えられる。このように推論しましたが、本当の所はどうなるのか、実験をしてみたいです。

A:光の色に関して重要なことを二つ言い忘れていました。一つ目は、人間の見た色と、光のスペクトルの間には、必ずしも対応が付かない、という点です。つまり、ある単色光、例えば黄色の光が目にはいると、確かに黄色に見えます。しかし、白色光から青紫の光を取り除いた光、つまり、赤から緑色の幅広い色を含む光が目に入ってもやはり黄色に見えるのです。一方で、色素による光の吸収は、光の特定の波長の範囲で起こるわけですから、黄色の単色光と、赤から緑の幅の広い光では全く異なります。ですから、ある光による反応を、人間の見た目から想像することは極めて危険なのです。もう一つは、光の三原色と色の三原色は異なる、ということです。絵の具であれば、青と黄色を混ぜれば緑色になりますが、光の場合は、必ずしもそうはなりません。これは、全ての色を混ぜ合わせた場合を考えればわかりますよね。絵の具を全て混ぜ合わせれば灰色に(理想的には黒に)なりますが、光を全て混ぜ合わせれば、白色光になります。さて、これらを前提としてもう一度考えるとどうなるでしょうか。


Q:今回の講義でのホウライシダ(Adiantum capillus-veneris)の赤い光と青い光を当てたときでの、葉緑体の動きの動画は非常に興味を持ちました。葉緑体が赤い光をわずか一分間当てただけでまるでのその場所を覚えていたかのように集まってきたり、青い光を照射している間はその当たっているスポットだけを避けるように集まり、照射終了後には赤い光のとき同様にそのスポットに集まる様子を見て葉緑体の移動機構を調べてみたくなりました。さて、講義ではこの後シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に話が移り、フォトトロピンタンパクによる青い光に対しての葉緑体の逃避運動や集合運動の話になりました。が、講義では何がどうやって葉緑体にシグナルを送っているかはまだわかっていないようでした。そこで暗順応させた(しばらくの間光を当てなかった)ホウライシダに青い光を長時間照射した際の葉緑体とその周辺の反応機構を考えてみました。
1.青い光の照射が始まった時に照射を受けている細胞内のフォトトロピン(またはその類似タンパク)LOVドメイン(またはその類似ドメイン)が青い光を受容して、セカンドメッセンジャー(リン酸化基など)を放出する。
2.このセカンドメッセンジャーは細胞内の隅々をめぐって、標的である葉緑体へ向かう。
3.セカンドメッセンジャーを受け取った葉緑体はリン酸化により活性化作用を受けてATPを利用して原形質流動を起こし、照射部分に向かって進む。
4.照射部分では青い光が止まないので、葉緑体を集めるのを危険と考え、連続的に阻害剤を放出する。
5.阻害剤の半減期は短く、すぐに分解されるが連続的に送られてくるため、葉緑体は照射部分に集まれない。
6.照射が止むと、阻害剤が送られなくなり葉緑体が照射部へ集まってくる。
この考えでは『何を目印に葉緑体が照射部へ集まってくるのか』と『実際に一時的に照射を辞めてまたまたすぐに同じ場所に照射を始めると、葉緑体は逃避しない(その場で阻害剤を受けているため)』っと何がなんだか分からない話になってきてしまいました。やっぱり、実際に実験をやって調べてみたいですね。

A:阻害剤という考え方は面白いですね。でもやはり、あと、それぞれの反応機構について、どうしたらそれを確かめられるかまで、考えられるといいですね。


Q:講義で、短期的応答としての光防御反応で、葉緑体の移動があるという話がなされたが、どのようにして葉緑体が動くのかという疑問を持った。講義資料によると、植物には青色光受容体があり、これが葉緑体の集合運動と逃避運動に関与しているので、弱い光が当たると、植物細胞内で何らかの変化がおきて、葉緑体が動くもしくは動かされるということが予想できる。では、葉緑体が動くときに、植物細胞内ではどのような変化が起きているのだろうか。そのことを明らかにするためには、関与している分子もしくは遺伝子の検索を行うということが考えられるだろう。光をあてた直後の植物細胞と光をあてていない植物細胞をそれぞれすりつぶして、適当な溶媒を何種類か使ったクロマトグラフィーやDNAマイクロアレイを用いた遺伝子検索を行って、両者の結果の比較を行えば、葉緑体の移動に関与している分子や遺伝子の候補がいくつか挙がるだろう。遺伝子が候補に挙がったら、その遺伝子を壊した上で光をあてて、葉緑体が動くかを確かめればよいし、分子が候補に挙がったら、その分子の働きを抑制した上で光をあてて、葉緑体が動くかを確かめればよいと思う。技術的に可能なのであれば、光の強さをコントロールしながら、細胞機能を分子や遺伝子が壊れないように順番に止めて、クロマトグラフィーなどを行えば、葉緑体の移動に関与する分子や遺伝子がどのように移り変わっていくのかということもわかると思う。また、変化を細かく追うことで、分子や遺伝子を絞り込みやすくなるのではないだろうか。

A:おそらく、このような実験系で問題になるのは、植物の場合、光によって発現が変わる遺伝子や量が変わる物質というのは極めてたくさんあるということです。植物にとっては、光は生命線ですからね。とすると、変化している遺伝子や物質の中で、葉緑体の移動に関係するものをいかにして絞っていくか、という点が研究者としての腕の見せ所になるのではないかと思います。


Q:今回の講義に出てきた赤色光と青色光による葉緑体の移動について興味が引かれた。赤色光と青色光を比較してみるに葉緑体が集合するのは共通であり、違うのは青色光があたっている間はその箇所に葉緑体が侵入しないことである。おそらく葉緑体の集合までは同じ反応であり、青色光の葉緑体をはじくかの様な反応は赤色光よりも高エネルギーの青色光独自の反応ではないだろうか。まず、共通の反応と思われる葉緑体の集合について考えてみた。両者ともに葉緑体には光があたっておらず、葉緑体が光に反応して集合したとは考え辛い。よって、細胞質中の何らかの物質が仲介していると思われる。また、集合するという点から、その仲介方法は細胞全体に光の照射を伝え、かつ葉緑体がその地点に移動するための方向を指示することが可能なものでなければならない。以上ことから推測するに仲介物質が何かまではわからないが、仲介方法はその仲介物質の拡散ではないだろうか。これならば、細胞全体に光の照射を伝え、葉緑体の移動方向をその濃度勾配により示すことが可能である。要するに光があたった箇所で何らかの物質が産生され、その物質が拡散しそれを感知した葉緑体がより濃度の高いほうへと移動し、結果として光のあたった箇所に集合する。そして、光がなくなってから時間がたてば、物質は拡散しきり葉緑体もばらばらになるのである。これが葉緑体の集合のメカニズムではないだろうか。次に青色光のときだけ葉緑体が光を避ける反応について考えるに赤色光と青色光の違いはエネルギーだけであるからそのシステムはさほど違うものとは思えない。とするならば、葉緑体をはじくかのような反応もその場で産生された物質によるものと推測する。つまり、赤色光より高エネルギーな青色光は葉緑体を集合させる物質だけでなく葉緑体をはじく物質も産生しているのである。そして、この物質は集合させる物質よりも上位の指令を葉緑体に対して持ち、そのため集合してきた葉緑体が青色光に直接あたっている箇所に進入ができないのではないだろうか。また、葉緑体が青色光ぎりぎりまで集合することから、この物質はかなりの高濃度でなければ指令を出さないものと推測される。つまり、青色光が直接あたってはじく物質を産生している箇所でしか指令を出さず、その箇所から少しでも出ると拡散による濃度の減少により指令を出さないか集合させる物質の指令が優先されるのである。このことは青色光の照射がなくなった直後に葉緑体が照射されていた箇所に進入して集合することも説明できる。以上のことから葉緑体を集合させる物質の指令の寿命は長く、はじく物質の指令の寿命は短い。これは光があたる可能性の高い箇所に葉緑体を集めて光合成の効率を上げ、強すぎる光のときはただ早く逃げて光阻害を避けるためではないだろうか。

A:物質の拡散を考える場合、実験条件だけでなく、自然条件でも成り立つかどうか考えてみる必要もあるかも知れません。実験では、非常に絞ったビームをあてているわけですが、自然条件では、そのような絞られた光が入ってくるわけではありませんよね。その場合にはどうなるのか、という考察も重要だと思います。


Q:葉緑体の起源はシアノバクテリアなので、葉緑体逃避運動は古代のシアノバクテリアの移動能力が、植物と共生してから、進化し、適応したのではないかという疑問を持った。葉緑体のDNAは、ほぼ植物側の核内に移動してしまったと習ったが、この運動機能は重要なので、今日まで保存されたのかもしれない。ただし、シアノバクテリアが同じ機構で動いていたかは、よくわからないので、厳密に保存されたとはいえないかもしれない。葉緑体だけでなく、色素体も移動するのか気になった。色素体も葉緑体と起源が一緒なので、もしシアノバクテリアの運動能が、葉緑体逃避運動の由来になっているとしたら、色素体も移動するかもしれない。根にある色素体は光を受容しないから、光からの逃避運動は持っていないかもしれないが、光への集合運動は持っているかもしれない。あるいは、光には関係なく、ほかの物質ないし刺激を関知して、求心や遠心運動をするかもしれない。また、一個体が移動するなら単純だが、複数の個体が移動するときは連携が必要になるときがあるので、葉緑体も葉緑体同士で密に連絡しあっているかもしれないと思った。

A:シアノバクテリアの場合は、細胞表面の繊毛を使って他の物質の表面を滑るように移動することが知られています。ただ、このメカニズムでは葉緑体の移動を説明しづらいですね。色素体について考えてみたのは、なかなか着眼点がよいですね。色素体の場合は、特に光を避けなくてはいけない理由はありませんから、おそらく移動しないのだと思いますが、僕自身よく知りません。


Q:植物は生育光環境によって、発達するアンテナ系が異なるということを知りました。例えば、植物を赤色光で育てるとフィコシアニンが多くなり、緑色光で育てるとフィコエリトリンが多くなるそうです。なぜ、このようになるのでしょうか。ある特定の波長のみを照射し続けていると、植物は光合成にその波長のエネルギーしか使えません。だから効率的にその波長を利用するできる光合成色素が多くなったのだと思います。ここで、もし生育の途中で、照射光を補色の光にしたら、植物はどうなるのかと考えました。例えば、赤色光で育てた植物の照射光を、途中で緑色光に変える実験です。おそらく、最初は成長が鈍ると思います。もしかしたら、枯れる個体もあるかもしれません。しかし、元々植物は緑色光に対応できるフィコエリトリンも持っています。だから、そのうちにフィコエリトリンが増加すると思います。従って植物は異なる光環境下にあっても生育し続けることができると思います。

A:このような場合、時間スケールに関する考察は非常に重要です。フィコシアニンとフィコエリトリンを組み替えるためには一定の時間が必要なはずですが、その時間より短い時間で環境の光の色が変わってしまうような場合には、補色順化のメカニズムを持っていても全く役に立ちません。まあ、水中の光の色がくるくる変わることはあまりないとは思いますが。


Q:自分は水中の世界の植物の色に興味を持ちました。水中の表面近くに住む植物である、褐藻ヤナギモクや緑藻アナアオサなどは地上に住む植物と同様に緑色である。これは青と赤の光の波長を吸収しやすいように緑色になっているからである。一方、紅草などの植物は水中表面ではなく、深いところに生息していることがほとんどである。これは、表面にいる植物が青と赤の光の波長を吸収しているため、このとき吸収されない緑色の光の波長を吸収しやすいように、深いところに生えている植物は紅草のように赤色となっている。また、この紅草はフィコビリソームというアンテナのような役割をもつ機構があり、このフィコビリソームが補色順化を行うため、生育光環境によって、その光環境に適応するように植物は色を変え、水面近くは緑色となり、深くなるにつれて赤色へと変化していく。このように植物達は、自身が生きるために色や形を変えて多くの光を求めるように適応していると言える。

A:そうなんですが、これを波打ち際で実際に調べようと思うと案外難しいのです。これが正しければ、水深に従って、緑藻と紅藻の比率などは変化していくはずですが、なかなかそうはなりません。実際には、波打ち際では、水深に従って、水深以外の環境要因も変化してしまう、ということなのでしょう。


Q:今回の講義で私が特に興味を持ったのは、キサントフィルサイクルによる熱の放散についてです。キサントフィルサイクルは、植物に強い光が当たっているときは色素であるキサントフィルが集光効率の低い物質に変化し、逆に弱い光のときは集光効率の高い物質に変化して植物の集光を調節している。また植物が低温や強い光によりストレスを受けたとき、光化学系IIへのエネルギー伝達を抑え、熱として放散して植物を光阻害から防御しているということだが、キサントフィルという物質がとても光に対して感受性が高いことに驚きました。キサントフィルの話を聞いたとき、私はこの物質はいろいろな分野に利用できるのではないかと思いました。例えば、集光効率の低い物質に変化するという性質は紫外線対策に十分利用できると考えられる。逆に集光効率の高い物質に変化するという性質は光発電に利用できると考えられる。キサントフィルの相互変換の条件さえ考慮に入れれば、この物質は生活においてとても優位に働くと私は思いました。

A:確かに、一つの分子の機能を環境に応じて自動的に変えられる、という能力はいろいろな場所で役に立つのではないかと思います。現在でも、光の強さに応じて色の変わるサングラスというのは売られていますよね。


Q:今回の講義では、シアノバクテリアの補色順化について興味を持った。赤色光で育てた細胞は緑色に、緑色光で育てた細胞は赤色になる、という話である。光をあてたらその色を主に吸収する色素に置き換わるため、そのような事が起きるのである。しかし自然界の植物は、ほとんどが緑色である。太陽光には多くの色が含まれているのだから、赤色光以外の光を吸収する、緑でない色素がもっとあってもおかしくないはずである。そうでないのはどういう事なのだろうか。考察してみる。まず、緑色の色素の代表にクロロフィルがあげられる。講義で配られたプリントの表から読み取ると、クロロフィルaは他のフィコシアニンやフィコエリトリンよりも、若干ではあるが吸光度が高い。つまり、それだけ光を多く取り入れやすいという事である。従って、植物では通常の太陽光があてられている限り、緑色であるものが多くなるのである。

A:吸光度を比べる時には、何を基準にして比べるか、ということまで考える必要があります(今回の図の場合は、そもそも比べられるようになっているかどうかも怪しいのですが・・・)。よくやるのは、分子数(モル濃度)あたりの吸光度を比べるものです。しかし、もし一方の分子が非常に大きくて、もう一方の分子が小さかったら、吸光度は同じでも、小さい分子ですむ方が、生物にとってはコストダウンになります。さらに言えば、光合成色素の場合、バラバラでは機能せずに、タンパク質に結合して初めて機能するわけですから、分子の大きさ、という言い方をする場合には、タンパク質を作るコストまで考えに入れる必要があるかも知れません。というわけで、なかなか一筋縄では比較できないかも知れませんね。