植物生理学 第8回講義
植物の低温感受性
今回は、これまでと少し趣を変えて、植物の低温感受性について、実際の研究例に基づき、データを見ながら研究の進め方を解説しました。なかなか、実際に研究をしたことがない学生さんには難しかったかも知れませんが、研究の雰囲気だけでも伝われば・・・。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。
Q:“クロロフィルの量はどのように変化しているか”の図を見て、光が強くなっても、クロロフィルの一日あたりの減少率が変化しないことに気づいた。95μEm-2s-1と195μEm-2s-1のグラフを比較すると、1日経過した時点での減少率は共に約10%である。95μEm-2s-1は1日経過すると反応がほぼ終わり、最終的な減少率は約10%である。195μEm-2s-2は3日間反応が続き、最終的に約30%減少する。また、グラフから、光が強いほど、クロロフィルが減少する期間が長いことがわかり、その理由は、光が強いと、産生されるハイドロキシラジカルの量が多いためであることが予想される。以上の事と講義の内容から、存在するハイドロキシラジカルの量に関係なく、光化学系Iによって作られたハイドロキシラジカルが無くなるか、光化学系Iのクロロフィルが無くなるまで、1日約10%ずつクロロフィルが減少するということがわかる。なぜ、ハイドロキシラジカルが多量に存在していても、減少率が大きくならないのだろうか。その理由を調べるためには、まず、この現象が生体(途中文字化け)ということを調べる必要がある。そのためには、ハイドロキシラジカルと鉄イオウブロックのみを試験管に入れ、ハイドロキシラジカルの濃度を複数パターン設定して、鉄イオウブロックが一定時間あたりどのくらい壊れるかを調べればよいだろう。この実験で減少率とハイドロキシラジカル濃度に関連性が見られなければ、鉄イオウブロックとハイドロキシラジカルの化学反応を分析すれば、減少率が変化しない理由がわかるだろう。関連性が見つかった場合には、生体内の機構に、減少率が変化しない理由が隠されているということなので、チラコイド膜周辺の物質の検索とその機能の分析を行えば理由がわかるはずである。
A:これは面白いところに気が付きましたね。確かに光が強い時には、クロロフィルの減少量は大きくなるのですが、それはクロロフィルの減少速度が大きくなるのではなく、減少期間が長くなることによって起こっています。ただ、実は、ハイドロキシルラジカルは系Iの活性を失活させる原因物質ではあるのですが、クロロフィルの分解の原因物質である証拠はありません。ですから、例えば、クロロフィルの分解は、クロロフィラーゼなどの酵素によって起こっていて、その速度が律速なので、クロロフィルの減少速度が一定になる、といった解釈の方が良さそうです。
Q:植物の低温感受性には系Iが大きく関わっていると聞きました。しかし、植物が低温耐性かどうかは系I自体の違いだけではなく、系Iを保護するメカニズムも関わっているそうです。例えば、活性酸素の消去による保護が可能性として挙げられています。おそらく低温耐性の植物は、そうでない植物と違って活性酸素を消去する仕組みがあるのだと思います。この仕組みが存在するのかどうか確かめる必要があると思います。そのためには試験管内実験を行えば良いと思います。まず、低温耐性の植物の葉を二枚用意します。一方の葉には何もせず、もう一方の葉には過酸化水素を消去する仕組みを阻害する試薬を入れて、両方に光を照射します。多分、何もしなかった試験管では何も変化がないと思います。しかし、もし試薬を入れた試験管において、PSI activity (rel.unit)が低い結果が出たのら、それは過酸化水素の消去が系Iを保護しているという証明になるはずです。
A:アイデアはよいのですが、葉に試薬を入れるのに、どのような方法をとるか、という問題が出そうですね。試薬を入れる時には、チラコイド膜を単離してからだとやりやすいのですが、講義の中で触れましたように、チラコイド膜にすると低温耐性植物でも系Iの光阻害が起こってしまいます。
Q:今回の講義を聞いて、漠然としていた実験というものが少し明瞭になりました。とても為になりましたし、興味深い内容でした。この講義で挙げられたのは、過去の報告データからヒントを得てそこから発展させる、という研究の進め方でしたが、他の方法からアプローチすることはできないでしょうか。例えば、様々な特性を持った植物を比較して構造の違いを見つけ、そこから低温ストレス阻害に関わる構造や因子を探る方法です。特に作物は交配による品種改良で、冷害にとても強い植物や少し強い植物、弱い植物と、抵抗性の様々な種類が存在しています。これらの植物の遺伝子上の違いを調べることで、酵素などの阻害に関わる直接的な物質が見つけられるでしょうし、構造上の違いを調べれば、どのような構造が顕著であるほど阻害に強いのかがわかると思います。
A:例えば、遺伝子上の違いを調べるのに、まさか、さまざまな種類の植物のゲノムを全部決めるわけにはいきませんよね。とすると、最初に、なんらかの形で対象を絞り込む必要があります。講義の最後に、低温感受性を決める因子について、いくつかの候補を紹介しましたが、そのように、候補が絞られれば、それらに関連する遺伝子をさまざまな植物の間で比べてみる、といった研究に進むことができるわけです。というわけで、やはり最初は、生理学的な実験が必要になるように思います。
Q:今回の話は今までと違って少し難しかったが,実際の研究の過程を見れたことは非常に興味深かったです。難しいと感じたのは,得られたデータからどのような結論を導き出すかです。特にいろいろな試薬を入れて得た結果から光化学系Ⅰ阻害の仕組みを導く過程が分かりにくかったです。阻害を保護するメカニズムというのは,今回の授業で紹介された内容から,n-propyl gallateのような活性酸素を消去する物質を作るシステムがチラコイド膜に存在していると考えられるのではと思いました。それは活性酸素や過酸化水素濃度の上昇などによって引き起こされるよう調節を受けていて,低温になると酵素活性の低下に伴ってそれが失活するということでしょうか。一方低温耐性のある植物は,酵素など温度の影響を受けない保護システムがあるのではないかと考えられると思います。
A:その通りだと思います。ただ、実際に阻害から保護するメカニズムが具体的に決まっていないのが残念なところです。
Q:第8回の講義は今までと少し違った感じの講義でとても新鮮でした。私もこれから2年先に卒業研究が待っているので、このような授業はこの学科ではやってないのでとても参考になりました。特に自分の研究をはじめる前に、前もって過去の発表論文をきちんと調べる必要があるという話で過去の論文との違いや条件の検討や今回の講義内容のような目の付け所についての講義やどうのように工程で研究 を進めていくのかをこれからの卒業研究や、その先の研究の参考にしたいと思います。今回の講義で植物のストレスが凍結ストレスと低温ストレスの2つがあることをはじめて知りました。この低温ストレスの講義でこれからの研究の進め方でもっとも参考になったのは系Ⅰの阻害の話で、cucumberとspinachについてそれぞれin vivoとin vitroの状態で温度を4℃と25℃に変えて阻害についての結果を見てからの考え方で、チラコイドがないと何であれ阻害されることから系Ⅰはもともと光に弱いが、だからといって壊れてばかりではまずいはずだということから系Ⅰを保護する機構があり、そのことからその機構が低温では失活するという考え方です。私もこのような思考の連鎖を研 究で行い、自分の研究からまた新しい研究が行えるように努力したいと思います。
A:人間の考えられることの面白さ・意外性・複雑性と、実際の生命の営みの面白さ・意外性・複雑性が、どちらがより大きいか、と考えたら、やはり生命の営みだと思います。そうすると、どれだけ最初に頭を使うかは、数学などにとっては極めて重要でしょうけれども、生物学の場合は、最初に考えることよりは、実験をやってみて、そこから考える時の方が重要なのだと思います。実験の結果の中から、あれっ、と思うようなことを見つけ出す能力が生物の研究では求められると思います。
Q:今回の授業は実際の研究者が何を考えながら研究(実験)していくのかが理解出来ました。全体的なことで思ったのは一つの疑問を解決するために何通りもの仮説を立て、それを実験で証明していく。この作業を繰り返していかないと達成できない険しい道と感じました。(実際に先生をはじめ、研究する人は多くの実験も楽しいと感じるものなんですかね?)
講義中に理解が不十分になってしまった所は【低温阻害の際、系1においてどのタイミングでスーパーオキサイドが生成するのか?】というところで、僕の中ではよくある明反応の働きで水分子からプロトン(H+)が発生した際に残る分子がスーパーオキソサイドであるっと考えているのですが、明反応が起きているのは阻害を受けていないことなんじゃないか?となんだかよく分からない状況に陥ってしまいます。結局、どのタイミングでスーパーオキソサイドは生成しているのでしょうか?
A:もし、仕事としてお金を儲けるのが目的であれば、研究よりましな職業はたくさんあるように思います。例外はありますが、研究で大金持ちになった大学の先生というのは、あまり聞きません。やはり、本人にとって面白くなければ研究をする価値はないでしょうね。であれば、(理想的には)全ての研究者は面白いと思って研究をしているはずですが・・・。
スーパーオキサイドは水の分解の際ではなく、電子伝達で動いた電子が最後に系Iから酸素に渡って、酸素が還元されることにより生じます。でも、阻害を受けていないからこそスーパーオキサイドができる、という考え方はまさにその通りです。まあ、過労で病気になって働けなくなる、という感じでしょうか。過労になるためには働かなくてはいけないわけですが、過労になったら働けませんよね。