植物生理学 第10回講義

光合成の環境応答

第10回は、光合成と環境との関わりに関する研究例をいくつか紹介しました。シアノバクテリアの強光適応の話は現在埼玉大学の日原さんの研究、呼吸と光合成の話は、現在、東大理学部の野口さんの研究です。以下に寄せられたレポートとそれに対するコメントを載せておきます。


Q:今回の講義では変異株の方が光合成速度が高い場合もあるということに驚いた。ただここには見落としてはならない二点の項目があるようである。一つは必ずしも光合成速度が高い方が生存に有利というわけではなく、働き過ぎが体に悪影響を与えてしまう場合もあるということ。もう一点は、絶えず不安定な外環境にさらされている植物にとって、変異株の方が生存に有利な状況も当然ありうるということである。ではこの二点について考察してみようと思う。そもそも生物のこれまでの進化の過程をみれば分かるように、今生き残っている生物はみな何らかの変異を受けて現在に至ったものばかりである。このことから、項目の前者からも変異のリスクはかなり高いものであることは分かるが、進化においてはこれがいかに重要な要素となってきたかがよく分かる。また、必ずしも自然環境では生き残れなくても人工的な制御が施された環境下では、生育させることが出来るものも存在し、その代表が稲である。ではこの「変異」の進化における有益性は人類には当てはまるのだろうか?残念ながら人類においてはこれはほとんど意味を成さないと言ってしまっていいと思う。 なぜなら、現在の私たちは住居という人口環境を持ち、さらにその中でエアコンなどによって微調整を行っている。温度以外の環境面においてもほぼ制御されてしまっているし、これは食生活、また病気の治療についても言えそうである。このように考えると、我々人類は、外環境に対する進化を止めてしまった種であるとも言えるのではないだろうか。

A:人間の場合の問題点は、「自分が快適だ」と思う環境と、生物学的に見て最適な環境が違うことでしょうね。メタ簿りっく・シンドロームなどがよい例です。


Q:陽性植物は陰性植物と比較して、光合成速度も呼吸速度も共に大きい。動物の心拍数や呼吸数の回数は生涯を通して最終的に同じ回数になる、と本で読んだことがある。だから、心拍数の遅いゾウと早いネズミも一生涯でうつ心拍数は同じであり、ゾウのほうがずっと長生きするらしい。それならば、植物も呼吸速度が遅い陰性植物のほうが寿命は長いのかもしれないと思った。セイタカダイオウなどの温室植物が呼吸基質を介して熱を生じているということは初めて知った。また、その独特の形態も含め面白いと思った。資料で晴天と曇の日の温度分布があったが思ったよりだいぶ温度差があって驚いた。なぜならば、この植物は冷温から自己を守るためにこの形態をしているということなら、もっと一定の温度で保っているのかと思ったからだ。セイタカダイオウにとってもっとも適した温度というのはないのだろうか。

A:セイタカダイオウの場合は、「温室」の効果が主で、特に呼吸により熱を発生させているわけではありません。従って、温度変化は受動的なものになります。熱を発生させるタイプの植物の場合は、もう少し能動的で、一定の温度に近くなる場合があります。


Q:スイレンやザゼンソウの花の部分が発熱するという点に興味を持った。熱といえば、ATPにし損ねたエネルギーの残り滓という印象があったが、光合成でATPにできる分のエネルギーをあえて熱に回すのだから、上記の植物にとってこの発熱は何らかのメリットがあるのだろう。主に熱により冷害から身を守る、温度に関係する遺伝子の発現制御があって発熱によってその遺伝子の発現を活性化するといった理由が考えられる。前者の場合は花だけが発熱する理由が不明である。植物全体で発熱したほうが効率は良さそうだが、そこまで熱にエネルギーを回せないということだろうか。後者であれば花のみが発熱するのだから、熱により花粉の形成や分泌が促進される、昆虫を引き寄せるような香りが合成・分泌されるといった推測ができる。実際に花にビニール袋をかけて、そこだけ高温にするような処置を施すことで後者の推測を検証できるだろう。

A:確かにいくつかの検証実験は可能かも知れません。ただ、「なぜ」という理由を解明するのは、「どのように」というメカニズムの解明に比べて、なかなか難しいものがあります。


Q:今回のテーマは環境応答という話でした。なるほどと思ったのは、野生株こそが進化の過程で適者生存として生き残ってきたということでした。これから実験室や培養の条件によっては成功しても、過酷な自然環境の下では通用しないかもしれないという意識をしたいと思いました。たとえば、はるか未来の話なのかもしれませんが、火星移住計画というような話を聞いたことがあります。火星の大気はそのほとんどが二酸化炭素ということなので、人間がいきなり生活することが出来ません。だからこそ植物の光合成によって二酸化炭素を減らし、酸素を増やす必要があります。とは言っても、この計画は植物にとってかなり過酷な環境であることに間違いないんではないでしょうか。調べたところ平均気温は−43℃ということなので、酵素反応や蒸散は厳しいでしょう。原始的な種を持ちこんで生育させた方がよさそうです。その場合、地球では見られない進化を遂げた種類の生物が誕生するんではないでしょうか。

A:火星にシアノバクテリアを持ち込んで環境改造をしよう、という話もなくはありません。シアノバクテリアだと、原核生物ですから、真核生物に比べるとだいぶ適応能力があるかも知れません。それでも難しいでしょうけれども。


Q:植物の環境応答ということについて学びましたが、pmgA変異株というのに興味を持ちました。pmgA変異株は、強光下に長期間さらされると顕著に生育阻害を受けるが、逆に短期間の強光でのストレスには強く光合成速度も速く、生育も早い。野生株は強光から守る為に光合成活性を抑える機構を持っており、こういった変異株の反応は「働き過ぎは体に悪い」という言葉で表現していましたが、この機構を何かに利用できないのでしょうか。長期にしても光合成阻害剤のDCMU処理により耐性をある程度維持できるですから、このことをすぐに植物の光合成能力の増加や生育促進に結びつけることはできないが短期的に見れば個々の葉緑体の光合成能力が上昇していることになり、強光による障害を別の方法や経路で抑えることができたら、品種改良によって光合成効率の高い品種が開発されるのではないかと考えました。複雑な光合成機構を植物は持っていることを考えれば安易な考えかもしれませんが、そのようなことが出来るならばとても素晴らしいと思いました。

A:僕が今回の講義で考えて欲しかったのは、もし、そのような別の方法や経路があるならば、進化の過程で、その生物が取り入れているはずではないか、という点です。もし、今まで取り入れていないのならば、そのような方法は不可能であるか、もしくは別の害を招く、ということなのかも知れませんよね。


Q:今回の講義では「適応」についてと研究室内でのシアノバクテリアの進化についての話がとても興味深かった。まず,そもそもの始まりになったシアノバクテリアのコロニーの大きさに違いがあることに気づいたことは,シアノバクテリアをここまで培養してきたこれまでの過程があるからこそであり,今までの講義で聞いた研究についての話に通じるものがあった。とにかくまずそのことには感心した。 コロニーの大きさが異なることに気づいた後,そのことについて調べていくだけでひとつの研究と呼べるものになっていくのも面白いと感じた。実験を行っていくにつれて,研究室内のシアノバクテリアに野生型と変異型がいることが明らかになり,研究室内での生育と自然環境での生育には大きな違いがあることがわかってしまう。培養とはできるだけ生物を自然に生かすことは前提であると思うがそれが否定されてしまったことに驚きを覚えた。世代時間の短いシアノバクテリアでこのような発見があったということは,我々ヒトがこれから長いこと生きながらえていけば現代社会の生活スタイルが直接ヒトの進化における環境適応に関わってくると思うと, ---------また自然環境では,生存競争に勝ち,多様に変化していく気候に対応しながら生きていくことがまず大切であるという認識は新鮮だった。そのことがあるからヒトが開発した動物や作物の品種改良種は,なかなか自然環境では生き残りにくい。改良を加えればその改良によって生じる弱点を克服するか人間が守ってやる工夫が必要なのだ。生物の種が環境に適応してここまで生き残ってきた淘汰の結果は馬鹿にできないものだなと思った。

A:一部文字化けをしてしまいましたね。研究室内で生物を飼っていると、それが自然だと思ってしまうのですが、実際には、自然環境とは大きく違う、ということは常に意識しておく必要があります。


Q:光合成生物の進化において,さまざまな環境に適応していくことは非常に重要になってくるが,これだけ多くの時間をかけても,光化学系の応答,適応様式にそこまで変わりがないことはなかなか興味深い。それ自体が安定して,生存に非常によい機構であるといえるだろう。しかしここで一つの疑問が浮かぶ。光合成生物は,形態的に見れば,バクテリアなどの微小なものから現在の被子植物まで,遺伝的にも非常に多様な適応を積み重ね,目覚しい進化をしてきた。紫外線などの環境要因による遺伝子の不安定化や変異は,光合成生物のもつ独自のゲノムと光化学系を構成しているゲノムの両方に影響を与えるものと考えられる。となると,光合成生物の本体そのものに,遺伝子変異が積み重なって多様性が生じていることを考えれば,光合成を担うオルガネラゲノムにも同等の変異の積み重ねがあってもおかしくはない。さらに,本体を形成している遺伝子の長さと光化学系を構成している遺伝子の長さを比べれば,圧倒的に後者のほうが短く,変異が起こりやすいだろう。そう考えると,もっとさまざまな様式の光化学系があってもおかしくないはずだ。 そもそも今回の講義であったように,生存に必要な遺伝子の破壊のおこった種については自然淘汰されていったことが容易に考えられるのだが,それ以外の種はどのようにして環境に適応し,生存していったのか。動物とは違い,光合成生物は,微小なものを除けば,一定の地に定着して一生を過ごす。それに対し,地球の環境変化はある程度広域で,一定の範囲内で起こることが多い。つまり彼らは,環境変異から逃げることが出来ない。そうなると,一生が短い種,つまり継代による遺伝的変異が頻繁におこる種でない限り,生き残ることが難しくなる。次代をのこす前に環境変異で死んでしまうからだ。このことを考えると,植物は変異に適応するというより,既存種で,その変異に適応した種がその土地で反映するという方式で生存してきたと考えたほうが納得がいく。こう考えると,光化学系の様式について,劇的で生存可能になる変異が一気に起こらない限り種類は増えないし,また,遺伝的多様性も少なくなる。これらのことが光化学系の種類の少なさに関係しているのではないだろうか。

A:まず、ゲノムの話ですが、第2回の講義で話しましたように、シアノバクテリアのゲノムにあった遺伝子の9割は、葉緑体になる過程で核のゲノムに移行しています。ですから、葉緑体の遺伝子が光化学系を作っている、というわけではありません。植物が移動能力を持たないことが、進化の過程で大きな意味を持っている、というのはその通りだと思います。


Q:今回の講義で野生株と変異株の生存について興味を持ちました。野性株は進化の過程で適者生存を勝ち抜いてきたものなので、突然変異株より環境に対する適応能力も高いはずです。だから自然界には、あまり変異株は存在しないのではないでしょうか。私だけかもしれませんが、変異株はどこにでもありふれているものだという印象を受けていました。研究のために多くの人々が変異株を人工的に作り、また見つけては培養してきました。それを私たちは当たり前のように毎日教科書や講義で見聞きしているので気が付きませんでしたが、実験室では環境応答の必要がないのです。有利な、または都合の良い変異を持った株が出来ても、それはある研究対象の側面から見た場合だけの話であって、その有利さは生存競争を勝ち抜けるようなものではないでしょう。だから自然界に出てみれば、環境に適応出来ない変異株は野生株との生存競争に負けてしまうでしょうから、変異株は思ったほど多くないのだと思いました。

A:ただ、進化とは、生存に有利な変異が固定したものですから、世の中に数多くある生物種というもの自体が「変異株」である、という見方もできますよ。


Q:今回の講義で興味を持った点は、花が開花中に発熱するという点です。私は単純に、花びらを開くためのエネルギーが熱エネルギーに変わったのだと思いました。朝は花びらが開き始め、日が落ちると花びらが閉じ始めるような開閉運動をしています。これは花びらが発熱しているのではなくて、太陽などの光の熱に暖められているだけではないのかと思いました。しかしインターネットで調べてみると、花の開閉の際に、温度上昇により、刺激となり花びらの内側の細胞層が外側の細胞よりも著しく成長し、外へ反り返るようになる、温度が低下すると逆の現象が起こる、とありました。さらに、光でなくても温度さえ上がれば、花びらの開閉運動は起こるらしいので、これは細胞層の成長、つまり細胞の運動が熱エネルギーに変わったと考察されます。ただ、低温状態でも光が当たり光合成を起こし細胞は活性化されないのかと疑問に思いました。

A:温度によって花びらの運動が起こるのは、生理学の分野で「温度傾性」と呼ばれます。これは、花の発熱とは(一般的には)関係のない現象です。


Q:植物の環境応答について、適応進化において光合成速度の速い形質が変異型であるというのに興味を持った。自然界においては光合成活性を高める形質よりも光合成活性を抑える形質のほうが適応すると言うことらしい。一方で、環境応答の必要ない、つまりヒトの作った環境においては純粋に生育に特化したスーパー変異株を作ることも可能であるらしい。しかし、個人的な見解だが、ヒトの作った環境では自然界に存在する微量な未知の物質というものは考慮しない以上、非常に弱い、または何らかの有害物質を細胞内に蓄積する可能性を考慮する必要が有ると考える。また、呼吸速度を決定する要因としてATP需要を越える濃度のATPは電子伝達の阻害要因になるというので、光合成のみに言及することで生育効率が変わることは無いのではとも思う。むしろ、だからこそ自然界では生育速度で野生型に優先されなかったのだと考える。

A:ヒトが作った環境といっても、通常は雑草を抜くとか、照明により光を当てる、とかいった具合に、環境の一部を変化させた場合が主です。ただ、土壌汚染なども含めて「ヒトが作った」いうのであれば、その通りかも知れません。


Q:今回の講義では、野性株は進化の過程で「適者」が生き残っているはずだから、変異株が野性株よりも環境応答の能力が小さいことに、なるほど・・・と思いました。当たり前なのですが、今、私たちが食べている野菜などは、食べることだけを考えて品種改良されていったものだから、その品種と野性株を比べたら、自然条件下では、環境応答の能力の面で、繁殖能力が少ないことに対して、野菜の持っている“エネルギー”のようなものが少ない気がして悲しくなりました。 また、ATPを使わずに、そのエネルギーを熱に変換する植物に興味を持ちました。授業で紹介のあった3つのうち、ザゼンソウについて調べてみました。ザゼンソウは、サトイモ科の多年草で、開花の際には、中心部の肉穂花序が発熱し、また、開花時には発熱と共に悪臭を放つので、英語ではSkunk Cabbageと呼ばれているそうです。発熱は、花軸の細胞内のエネルギー発生器官であるミトコンドリアの働きを活性化させ、根茎に貯えられたデンプンと酸素を結合させることによるものだそうです。講義では、この発熱により昆虫を呼び寄せると習いましたが、スカンクという名前が付くほど人には悪臭なのに、昆虫にとっては、近づきたいと思う臭いだなんて、おもしろいと思いました。

A:「発熱により昆虫を呼び寄せる」という説があることは紹介しましたが、実際にそうかどうかは、確かめられていないのではないかと思います。(人にとっての)悪臭で他の生物引き寄せる例は多いですよね。基本的にハエなどは腐ったものに集まるわけですし。


Q:今回の授業に出てきた光−光合成曲線のグラフは、陰性の植物は光の少ないところでは陽性の植物に比べて光合成の量が多いが逆に、光が強いところでは陽性植物の方が陰性植物より光合成量が多くなるという事を示していました。このとき先生は、この二つの植物の良いところを併せ持った植物を作ればいいとみんな考えるかもしれないがそれは無理で、理由は陽性植物は成長が早いから使うエネルギーが多くなって、反対に陰性植物は成長が遅いから使うエネルギーが少なくなったからであるとおっしゃっていました。私もこのときグラフを見て、光がそれほどなくても比較的光合成量が多い植物を作れるのではないかと考えた一人であったので、グラフを見ている限りでは可能なことのように思われることでも植物がどのようにして陰性と陽性に別れたのかなど、研究をするときはそういう背景も考えなくてはいけないのだという事に気づきました。それと同時に、やはり長い年月をかけて進化を重ねてきた生物に人間が人工的に作ったものははかなわないのではないかと思いました。

A:グラフなどを見た時に、単にそうなっている、という事実だけでなく、その背景にどのような理由があるのかについて思いを馳せることは、科学の研究にとって極めて重要です。