植物生理学 第9回講義
ゲノムワイドな遺伝子機能の解析
第9回は、光合成「について」の講義ではなく、光合成を「利用して」ゲノムワイドに遺伝子の機能解析を行なおう、という話をしました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。
Q:今回の講義では大まかな流れは理解できたが、後半からそれぞれの関連性がいまいち理解できないまま終わってしまった。しかし、植物が自然の代謝系蛍光プローブを持つことに驚いた。なぜなら蛍光とは光を発するので、エネルギーが消費してしまうからだ。これではエネルギー効率が悪いので植物が蛍光プローブを持つ必要性について考えた。ここで蛍光の意味を調べてみると「X線や紫外線、可視光線が照射されてそのエネルギーを吸収することで 電子が励起し、それが基底状態に戻る際に余分なエネルギーを電磁波として放出するものである」とある。最初は光を発していると思ったので、一つのクロロフィルが持つことのできる限界の光エネルギーが限られ、余分なエネルギーを光が届きにくいクロロフィルへ二次的にエネルギーを受け渡しているのではと考えたのですが、電磁波を発しているので活性化酸素と何らかの関係があるのように感じた。
A:まず最初に、光というのは電磁波の一種なのです。「X線や紫外線、可視光線」というのが電磁波であり、その中に紫外線や可視光線も含まれます。「光の吸収と電子の伝達」の回の講義の資料を見てもらうとわかると思います。「余分なエネルギーを光が届きにくいクロロフィルへ二次的にエネルギーを受け渡している」というのは面白い考え方ですね。ただ、蛍光の収率は、生体内では通常高くても数%です。エネルギーを受け渡すため、と考えるには、ちょっと効率が悪すぎるようですね。
Q:今回の講義で興味を持った点は、蛍光灯の見え方でした。正直今まで蛍光灯について、こんなに深く知りませんでした。小学校のころの大掃除を思い出しました。使い古した蛍光灯は、黒い物質があったことを覚えています。それは、管内に放電物質を塗っているからだと聞きました。しかし今回の講義では蛍光色素を塗っていると聞きました。さらに紫外線が吸収するのなら、放電物質は邪魔にならないのか、そして放電物質が剥がれ落ち黒い物質となった場合、蛍光灯の変え時と聞きますが、理由がよく分かりませんでした。自分なりに考察してみると放電物質と蛍光色素の両方が必要だということが、まず分かります。紫外線が蛍光色素を吸収するときの放電物質の働きを考えてみました。極から放たれる電気が伝わりやすいようにするためでしょうか。何にしても端にしか剥がれ落ちないのが難点です。電荷の影響か、端にしか塗ってないのか、または黒いのが見えたら変え時ならば、励起状態になれない状態なので色素を吸収できない、つまり蛍光色素がなくなっているためかと思います。
A:古い蛍光灯の端が黒くなるのは、使っているうちに電極の物質が少しずつ蒸発し、それが管内の物質と反応して管壁に沈着するせいです。「管内に放電物質を塗って」というよりは、「管内に電極の放電物質がついて」という感じでしょう。「剥がれ落ちると代え時」というのは知りませんが、剥がれ落ちるほど貯まったら充分に時間がたっている、という程度のことではないでしょうか。
Q:今回の授業で、興味を持ったのは実験データの解析の操作、手順などか印象的でした。蛍光挙動によるクラスタリングでは得られた波形データを比較することで何らかの関連性を探し出し、それがどのように機能しているかを推測するということを目標にしている。まだ、解析遺伝子も足りないので未知遺伝子ばかりではあるが、私は得られたデータをどのような視点で見るか、どのようにクラスタリングするかによってだいぶ異なってくると思った。一目見ただけでは何の関連性もなさそうなデータでも、クラスタリングという操作によって様々な共通点が見えてきたりして、次の実験目的につながる可能性もあるし、また新たな解析方法の鍵となるかもしれない。今回の講義で扱っていたデータもこういう見方があるのか、などと感心する部分もあり、どんどん解析が高度に、より具体化していくような流れが感じられた。そんなふうに幅広い視点を持ち、わずかなデータも生かせるように知識を身につけなくてはならないな、と改めて思った。
A:この手の研究は、データが出てからが勝負ですね。取ったデータには様々な情報が潜んでいるはずですが、実際には、うまい解析方法なり、新しい視点なりがないと、その情報を取り出すことができません。バイオインフォマティクスという学問分野がありますが、生物学の実験ができて計算機も扱えるという人材は、実際にはまだ少ないようです。
Q:今回の授業で、深さによって栄養分をエネルギー源にするか、または光をエネルギー源にするように進化してきた生物のゲノム解析について考えてみました。あまり深くなく、光の届く範囲では光をエネルギー源として使うことができますが、深い部分では光が届かないので、光以外のものからエネルギー源を取り入れなければなりません。このように生物は深さによって棲みわけを行うように進化してきました。光合成を行う生物でも、毎日晴れて光を受けることができるとは限りません。このことを考えると、深い場所でも栄養減が少なくなってしまうこともありますが、天気によってすぐに作用される光合成を行う生物のほうが変動が大きく、危険にさらされているような気がします。光合成を主に行う生物も、それだけでなくほかのルートからもエネルギー源を得ているはずですが、光合成を主に行っていることには遺伝的要因があるのではないかと感じました。また、この2つの生物のゲノムを解析すれば、その違いにより、どの遺伝子が光合成に働いているのか、分かるのではないかと思いました。
A:最後の「その違いにより」というところが、実際には一番難しいところです。ゲノム情報という非常に大きな情報が2つあった場合に、どうやってその「違い」を見つけるのか、また見つけた「違い」が、自分の興味のある点を反映しているかどうかを確かめるにはどうしたらよいのか、そのあたりを具体的に考えてみると案外難しいと思います。「遺伝子の機能を調べるには変異体の表現型を調べればよい」というのと同じで、抽象論ではその通りでも、実際には難しい、というのは良くあることですね。
Q:生命科学の論文を見ていると単に「これがあった」「これを入れるとこうなった」という論文が多く目につくので,今回の物理化学的な観点での研究の話はとてもためになった。今回の講義で最も強く感じたことは,単純な道具や系を用いてデータを集めることの大切さである。今回先生が提示した例は,自然に植物中に存在する蛍光プローブでの蛍光量の測定という道具と,原核生物であり,重複遺伝子のないシアノバクテリアという系をうまく利用した実験だと思う。こういった,できるだけ生体に影響を与えず,かつ決定的なデータを収集する方法を発見するところから,実験は始まるのだろうかと,未熟ながら感じた。また,私は勝手に,タンパク質の機能解析が遺伝子の生体内での寄与の解析につながると思っていたのだが,今回の実験を見て,それだけでなく,遺伝子と表現型(蛍光量変化もある意味表現型であると考えられる)の変化を直接結びつけて考察することができるのだと知った。 今回の実験の方法を真核生物に応用するにはどうしたらよいだろうか。まず,植物では代謝の中心である光合成におけるプローブを用いたことから,真核生物では電子伝達系のシトクロムをターゲットにしたらどうかと私は考える。シトクロムはヘムタンパクであるから,酸化型と還元型では大きな蛍光変化があるのではないだろうか。これに成功すれば,細胞内膜系によって他の代謝系から分離されている真核細胞では,代謝に関わる様々な遺伝子の影響をシアノバクテリア以上に詳しく解析することも可能となるのではないだろうか。
A:呼吸系のシトクロムをプローブに使う、というのは面白いかも知れませんね。そのままは使えなくても、何か細工をすれば可能なように思います。ただ、最後の「真核細胞では」というところの理屈がわかりませんでした。ミトコンドリアとして他の代謝系から分離されていれば、他の代謝に関わる遺伝子の影響の解析は難しくなるように思いますが。
Q:今回の講義で興味深かったのは、蛍光を用いた遺伝子解析についてです。よく遺伝子の発現の有無を調べるときに蛍光色素を用いますが、どのようにして蛍光色が発光するかについては知りませんでした。光合成色素が光を吸収して、光合成に使われた残りのエネルギーが蛍光として発色するので光合成速度が速い場合、発色する蛍光が小さくなるというのが面白いと思いました。蛍光は遺伝子発現の有無だけではなく、光合成速度までわかるというのが素晴らしいと思いました。今回の講義内容についての疑問・考察というより質問になってしまうのですが、機能未知の遺伝子を解析するには強光条件下で解析するとありますが、強い光を当てることで、紫外線などの影響により解析したい遺伝子が破壊されてしまって解析できないということにはならないのでしょうか。講義の後のほうに出てきた光化学系量比が調節できない変異体というのがこの破壊された遺伝子のことなのですか。
A:可視光の場合は、強すぎて光合成系がおかしくなって細胞が死ぬ、ということはありますが、遺伝子自体は直接のターゲットにはなりません。紫外線照射など、特定のストレスを除くと、大抵のストレスは、代謝レベル、転写レベルの影響が主であり、遺伝子破壊にはつながりません。光化学系量比が調節できない破壊株の遺伝子が強光によって壊れる、ということではありません。
Q: ゲノムワイドな遺伝子機能解析研究の方法論については既にいくつか講義されてきたが,今回の講義で説明された方法論は今まで聞いたことの無い新しい方法論だった。 遺伝子のノックアウトと,表現型の変化のパターンを照らし合わせて網羅的に解析を行うこの方法も,問題点はかなりあることは説明にあった通りだが,やはりこうした解析法にも,遺伝子の発現と表現型への影響に関するある程度の情報を得ていることが必要になるのではないかと思う。そういう点では,DNAマイクロアレイ,定量的RT-PCR,SDS-PAGEといった既存の解析技術との併用が必要になるだろう。それぞれの解析法のデータを元に,総合的な判断をするのが何よりの早道ではないだろうか。ただ,特に植物細胞の場合はRNAエディティングや特殊なスプライシングが行われている為,ゲノム情報からでは機能を類推不可能な遺伝子も多く存在する。そのため,複数の解析法の併用は,各々の解析結果の間に矛盾を生み,かえって混乱を起こす可能性もある。これを解決する為の地道な調整はどうしても必要になるだろうし,恐らく今後展開される遺伝子機能解析研究においては,こうしたプロセスに多くの時間が費やされることになるだろう。
A:複数の解析手法を組み合わせた場合の問題点というのは指摘の通りです。別に矛盾がない場合ですら、質的に異なる解析結果をどのように統合するか、というのは一筋縄ではいきません。あと、蛍光データの良いところは、単純な時系列のデータなので、パソコンなどでは極めて扱いやすい、ということがあります。これが、形態データなどだと、2次元画像なので、なかなか大変です。
Q:今回の講義は私にとって難しく、なかなか理解が及ばなかった。今回の講義をうけて、遺伝子の変異が可視的に見づらい遺伝子の解析は難しいものだ、と感じられた。そこでいかに直接目に見えない生物の変化を目に見えるものにしていくか、という実験の手法の重要性を知った。クロロフィル蛍光を用いたゲノム解析の実験において、光合成遺伝子の欠損が検出できることには大いに納得がいったが、非光合成遺伝子もその変異株で蛍光挙動に変化が見られることは不思議に思った。このことから、一つの手法の実験結果から一つの事柄が分かる訳ではなく、いくつもの実験を重ねて、ようやっと一つの事柄の輪郭が浮かび上がるという実験の地道さが分かった。
A:ちょっと今回は難しかったかも知れませんね。非光合成遺伝子までも解析できるのは、光合成とそれ以外の代謝系が、シアノバクテリアのような原核生物(葉緑体などを持たない)では、お互いに相互作用をし得るからなのです。
Q:これまで私は遺伝子の機能解析というと変異体の表現型を1つ1つ調べる手法しか知らなかったので、今回の講義のような、表現型のゲノムワイドな解析という方法は非常に興味深かったです。特に、機能が未知の遺伝子の解析をするにはストレスをかけてみる、という考え方は参考になりました。ただ、今回は講義内容が難しく、先生の説明を聞いて理解しようとするのに精一杯で、疑問を持ったりする余裕は残念ながらあまりありませんでした。それでも一つ疑問に思った事があります。それはクロロフィルの蛍光の強度と光合成速度の関係についてです。蛍光強度は光合成速度によって変化するとのことでしたが、熱の放射などによる蛍光強度の低下というのは無視できるのですか?以前の講義内容をあわせて考えると、特に、強光下で実験を行った場合では光防御反応によって過剰な光エネルギーが消去されると思うのですが、そういった系に働く遺伝子の変異株もグループに分けられるような表現型がでるのでしょうか。蛍光強度だけではなく、熱エネルギーなどについての変化も調べられたら面白いと思ったのですが、そういう方法はないのですか? あと、これは講義内容とは直接は関係ないのですが、ずっと前から疑問に思っていた事があります。ゲノム配列が決定されたとよく聞きますが、もともと個体によって持っている遺伝子が異なり、また変異などによって細胞ごとに見ても少なからず配列に変化が生じるのに、何をどうしたら配列が決定できるのでしょうか?私には、不思議でなりません。
A:光防御反応が促進されれば、ご指摘のようにクロロフィル蛍光に影響が出ます。ただ、今の目的は光合成の機能を調べることではありません。例えば、ある遺伝子の破壊によって光防御反応が変化し、結果としてクロロフィル蛍光に影響が出れば、それはそれで解析の対象になるわけです。それによって、光防御反応の調節に関連する遺伝子が明らかになれば良いわけです。「無視する」どころか、光合成に限らず、クロロフィル蛍光に何らかの影響を与える現象なら、何でも歓迎、というのがこの方法の特色です。熱エネルギーについては、他の人のレポートにもありましたが、別の方法で調べる方法がないわけではありません。ただ、組み合わせて使っても、情報量はさほど増えないと思います。 ゲノムにはもちろん個体変異があります。ですから、配列の決定にあたっては特定のストレインを使うようにします。ヒトの場合は、誰のゲノムかを明らかにしない方針でしたが、実は、誰それのサンプルだった、ということを言っている、という報道がなされています。