植物生理学 第7回講義
植物の低温感受性
第7回は、植物の低温感受性の研究を題材に、研究を始めるにあたって何を考え、どのように計画し、れられたけっかから何を議論するのか、という研究の進め方についてお話ししました。今回の講義に寄せられた意見の中からいくつかを選び、必要に応じてそれに対するコメントを以下に示します。
Q:今回の講義では実際の研究方法の過程を交えて講義が進められたが、実際に研究室での実験にいたる前が重要であるように感じた。今回の植物にとっての低温ストレスによる阻害にもこれは言える。この問題がはっきり解明されれば、稲や畑の野菜は寒波が来ても腐らないような野菜が作れるかもしれないからだ。今回の問題は低温によりPSIの機構を保護する気候が壊れるために活性酸素が生まれこれが光合成を阻害しているというものだった。このことから活性酸素を除去する代謝経路を導入、もしくは強化すれば低温に耐性の野菜を作ることが可能になると考えられる。これは一見単純そうに見える過程だが今までの常識では考えられないようなことを発見することや、結果が出た後に他の種類、温度などの状況を変えての確認の研究をするなどとても複雑な作業であると考えた。今回の講義で研究には発想力と知識と努力が必要だと再認識した。
A:活性酸素消去系の酵素の能力を増強した植物は、現実に作られています。ある程度はストレス耐性が上がるようですね。
Q:今回の講義は他の講義と違い実際の研究のプロセスや思考にそり講義が進められたので大変勉強になりました。講義をきくことにより研究とは何かという問いに対してよりよい理解が得られた気がします。ある事柄(現象?)があるのに対してそれを説明するメカニズムを解明するのにはどういうアプローチをとればいいのかという点が勉強になりました。たとえば in vivoでは系Iの光阻害に必要な条件がわかっていたのにそれをさらに大事なファクターを詳しく知るために in vitro で再現する。こういったすでに知ってることから実験をして知らないことを解明していくにはどうすればいいかなど考えることが大事なんだなと思いました。ある条件におけるデータがこうで、なら他の材料や他の条件におけるデータはどうなるのかということを考えるのが実験につながると感じました。またどういったアプローチや実験系を組み立てればある現象の解明へつながるかということを計画するうえで基礎知識の大切さを知りました。やはり基礎知識がなければ実験を自分で立てることはできません。あとはやはり実験の手法を知ることも大事だと思いました。同じ目的で行う異なる実験系でもかかる労力は異なってきます。
A:知識と手法が必要であることは、もちろんです。あと、当たり前だから言わなかったのですが、実際の研究にとってもっと重要なことは、実験を楽しめることです。単にお金を稼ぐだけが目的でしたら、いくらでももっと楽な職業があると思いますから。
Q:今回、植物のストレスというものを初めて聞いた。凍結ストレスと低温ストレスの二つがあり、その名の通り0℃以下と0~10℃の温度条件で起こる植物の反応である。これは馴染み深く言うと、ニュースなどで言われる冷害などらしい。寒すぎると植物も冬眠みたいな形を取るんだろうなとしか思っていなかったけれど、これまでの植物の話を聞くと納得できる部分があることを発見して嬉しかった。 一番興味を持ったのは、低温ストレスによる阻害が、温度を元の状態にしただけでは阻害が解除されないということだ。温度が下がるということは光合成量も下がるということを表す。この光合成の反応が、系Iと系IIから成ることは講義の中で学んだが温度で制御されるのがタンパク質や酵素であるなら、温度を元に戻せばそれで上手くいくと思った。だが、そうはいかないのは光の強さだろうか。光の強さも必要であるのは間違いないが、これまでやってきたように複雑な要素が絡み合って反応が成り立っている。ただ、系Iが低温により反応が阻害されるのであれば、この系Iを新たな酵素で活性化して、他の反応を誘導することが出来るのではないかと思った。
A:反応速度が低下することと、酵素活性が失活することは、全く別なことなのです。温度が低下すれば、大抵酵素活性も低下しますが、これは、温度が元に戻れば活性も元に戻ります。しかし、酵素自体が、例えば分解してしまえば、温度を元に戻してもどうにもなりませんよね。
Q:In vivoで行った実験の結果がin vitroでも再現できるか確かめるという操作の重要性を感じた。確かにIn vivoでは多くの要因が関与するため、データからの類推に誤りが生じやすい。そこでIn vitroで同様の実験をすることで多くの干渉を除いた、自分の観察したい一点を確認できる。この実験の結果がin vivoでの実験結果と同一であれば自らの推論を補強できるし、異なった結果が得られれば、それをフィートバックして再び類推を重ねることができる。実験結果から導いた理論は他者に認められるようにするべきものである。故に異なる条件での実験結果の確認とその結果のフィートバックを繰り返して推論の信憑性を増すことは重要な過程といえるだろう。
A:この「フィードバック」というのが実際の実験にとっては、極めて重要なのです。通常の学生実習は、一回限りなので、そのフィードバックが効かないのですよね。そこが実習の問題点の一つです。
Q:学生実験しか知らない者として、二年後の卒業研究はまだ漠然としていて、果たして一年でひとつの研究が終わるのかどうか心配ですが、誰もやったことがないことを見つけるのはあまり簡単ではなさそうです。以前NHKの番組で、外国のある研究者が学会か何かの場で同じネタで研究している人を非難(この研究は自分が先にやったとかなんとか...)して自分の研究成果を優位にしようとしてる場面をみました。結局その場の雰囲気をものにしたその研究者が勝った?感じでしたが、製薬会社の競争とか、向こうの研究者は純粋に研究する以外にもいろいろ気を使って富や名声を手にしようとしているのが単純にすごいと思いました。日本もそうなんでしょうか?日本人はもうちょっとノーベル賞をもらってもいいはずなのに、あまりそういうのがないのはアピールとか自分を売り込むとかをしてないからでしょうか。でも田中さんは受賞しているので関係ないですかね...。とにかく粘り強く研究に没頭できるのは幸せなことだと思います。今回はなにか植物とは全然関係ないこと書いてしまいました...。
A:アピールすることも重要なのですが、大した結果が出ていないのにアピールだけしても、結局は何にもなりません。結果を出した上でのアピールが必要である、というのはもちろんですし、日本人に必要な点でしょう。ただ、日本人の場合は、態度と言うよりは、英語力の問題も大きいかも知れません。
Q:“植物の冷温感受性”と聞くと、そんなのあるんだぁ、という感じでしたし、さらにその機構はとても複雑で『学問』という印象を受けましたが、考えてみれば冷夏によるお米や夏野菜の不作がニュースで取り上げられたりしていますから、意外と身近なものだと思いました。全く関係ないのですが小学生のころ給食でタイ米が出てきたことを思い出しました。また、収穫を終えた後(つまり根などから栄養を受けない)だから別の話かもしれませんが、冷蔵庫に入れないで保存する野菜も冷温感受性からなのかなと思い調べてみたところ、入れない理由は“冷温障害”といって味がおちるからだそうです。このように授業で習うことは、うまく言えませんが教科書の話ではなく、私達の生活に直結しているのだと思い、なんだかうれしくなりました。私は動物に興味があるので植物と聞くと難しい・よくわからないといった先入観がありましたが、野菜や果物には毎日お世話になっているのでそれもまた違うのだなと思いました。 研究方法についてですが、このような疑問に対してこういった仮説が立てられるから、こういう実験をしよう。という発見の過程を講義でのように順を追って示してもらえば、なるほどなぁ、すごいなぁ、と思うのですが果たして数年後に自分でそれが出来るのか、と思い不安になりました。
A:僕は、動物の方が難しいと思いますが・・・。ただ、何しろヒトは動物ですからね。確かに直感的に理解できる点はあるでしょう。
Q:今回私は研究をするには何が必要か学びました。今回の講義はいつもの授業とは流れが違って戸惑ったりもしましたが、ためになりました。研究をするうえで、幅広い分野に関しての知識が必要である。生物を勉強してても物理的な要素がいくらでもあるので大学には科目の壁はないと思った。生物的、化学的、数学的、物理的、様々な角度からのアプローチによって研究は進んでいくと思った。そして、結果から考察して新たな実験をしていくような考える力が必要だと思いました。 そして何より一番大事なのが情報処理能力だということ。もし自分の研究している分野が多くの人が同じことをしているのならば、その人より先に論文を出さないとだめだし、成果があるものにならなければならない。そして予想していた結果と異なった時にどうやって軌道修正または新たな道を選択するかということ。自分でテーマを作ってそれに沿って実験を行っていくのは少し先になると思うけれど、少しだけでもそういうことがわかったのはよかったと思う。
A:幅広い知識にしろ、情報処理能力にしろ、それらは研究する上での一種の武器です。持っているに超したことはありませんが、全てがそろっていないと始められないものでもありません。自分はまだ成長していくのだ、という心構えさえあれば何とかなるでしょう。
Q:光化学系Iの阻害と系IIの阻害を別々に比べたグラフを見ると、系Iの阻害は閾温度を持っているが、系IIは持っていないことがわかる。系Iは協同的な関係を持っているのに対し、系IIは持っていない。また阻害に対する光の強さの影響から、系IIは大きな影響は受けないことがわかる。系Iの阻害はサブユニットの分解であり協同的な阻害は理解できる。これに対し系IIの阻害は、もしサブユニットの分解などタンパクの構造変化が起きているなら、構造変化を抑制する要因が働いていると考えられる。また構造変化が起こっていないのなら、温度に依存して系IIに阻害を及ぼす要因があると考えられる。そして系IIは植物の個体の維持の役割を担っていることが考えられる。系Iは不可逆的な阻害で回復しづらいのに対し、系IIは阻害をうけづらい。このことから系IIが植物の低温ストレスに対する耐性となっていることがわかる。
A:この「協同的」というのは、アロステリックな効果のことを言っているのでしょうかね。なかなか晦渋な文章で、もう一息よくわかりませんでした。
Q:植物の低温阻害が起きる原因は光化学系Iをハイドロキシラジカルがら保護しているものが低温によって活性を失うためであり、光化学系Iの回復が遅いために植物に被害をもたらす。これが冷害の根本的な原因だが、結局は活性酸素が無毒化されれば問題は解決されるとおもう。活性酸素はn-propyl gallateで無毒化できるらしいし、少し昔によくテレビで話題に出てたコエンザイムQ10も活性酸素を無毒化できる。ならば、植物の遺伝子にそのn-propyl gallateやらコエンザイムQ10やらをちょいと組み込んでエンハンサーでもつけてやれば冷害に負けないような強い植物ができるのではないか?低温耐性を持つもつ植物はこのように活性酸素の分解能が高い機構を持っているのではないのかと思ったが、調べてみたら膜のホスファチジルグリセロールの不飽和度の問題らしい。つまり攻撃を受ける膜自体が低温感受性植物と違っていたので低温に強いらしい。
A:脂質の不飽和度の問題だとしても、何かを「ちょいと組み込んで」解決する可能性は残っていると思いますよ。例えば、何か活性酸素を分解しているタンパク質が、膜の状態が変化したことによってはずれるのが失活の原因であれば、膜状態が変化してもはずれないようなタンパク質に改変してやれば、阻害を受けなくなるかも知れません。 蛇足ですが、コエンザイムQ10が活性酸素を無毒化できる、というのはちょっと事実と違うような・・・
Q:最初の前提で、「植物は周りの環境に合わせて自身の細胞反応を積極的に変化させている。」というのを忘れてしまい、途中から何やってるのかよく分からなくなってしまいました。レポートを書くことで講義の内容を反芻し、整理することができるということを身をもって感じています。光によってチラコイド膜の系I活性が阻害されるのはどの植物種にも共通で、光から保護する機構に差があり、それが耐寒性に関係しているということでした。ここで注目したのは、冬が旬の野菜はなぜ低温・短日照時間にも関わらずほかの季節よりも栄養価が高いのか、ということです。冬が旬の野菜は、細胞が凍らないようにたくさんの糖を生成しているそうです。また、ホウレンソウはビタミンCが夏の8倍にも増加するそうです。ビタミンCには還元作用があるので、前々回の講義の活性酸素消去系より、過酸化水素がハイドロキシラジカルに還元されるのを防いでいると考えられます。つまり、冬が旬の野菜は低温障害から逃れるための代謝産物が生成され、それが人間にとっての栄養素になる、ということになります。 野菜に限らず、耐寒性のある植物にも同じようなメカニズムがあるとしたら、それら一連の代謝を司る遺伝子を導入することで耐寒性の品種を作出することができるのではないでしょうか?よく分からなかったのは系I阻害は不可逆的で回復可能という所で、なんだか矛盾しているように思えました。いったん阻害されたらもう使い物にならない、ということではないんですよね?
A:植物のストレス応答が人間の冬の味覚を支えている、という見方は面白いですね。講義の中で不可逆と言ったのは、一週間たってもまだ阻害が残る、という意味です。おそらく、阻害されたら、あとは壊すしかないと思いますが、一方で、少しなら新規に合成して補えるかも知れません。
Q:今回の講義で私が興味を持ったことは、低温による光合成の阻害は、低温により光化学系Iで活性酸素が発生し、さらにそれが変化したハイドロキシルラジカルにより電子受容体である鉄硫黄センターが破壊されることによって起こるということです。またその際に光化学系Iの活性が低下していくにつれて、不必要なクロロフィルを除去しようとする酵素反応が起こり、P700のクロロフィルの分解が起こるということです。そこで私は、もし低温で活性酸素がすぐに分解されるようになれば、低温でも葉緑体で光合成が阻害されずに行えると思いました。そのためには、活性酸素を分解するスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼ酵素を葉緑体内で働くように、葉緑体ゲノムにそれらの遺伝子を導入すれば解決できるのではないかと思いました。 また今回の講義は、実験の結果を考察していたので授業の内容がとても難しかったです。今後の授業でも、このような形式で講義が行われても内容が理解できるようにがんばりたいと思いました。
A:上にも書きましたが、実際に活性酸素消去系の能力を増強した植物は作られています。ただ、そのような時に、ならば何故植物はもともと進化の過程で、そのような能力を増強しておかなかったのだろう、というものの見方も必要だと思います。
Q:今回の授業では,研究の流れの雰囲気がつかめたと思います。学生実験とは違い,本当にゼロから始めるんだ,と考えると果たしてそんなことがこんなスムーズに行くのだろうかと不思議です。もちろんここに行き着くまでに何回も試行錯誤したと思いますが。特に印象に残ったのはタンパク質はどうなっているか,を疑問に思い,分解物らしきバンドの出現から,分解物はどのサブユニットが壊れたものか調べたことです。最初に疑問に思うこと,発想することが大切だと痛感しました。この過程を私にできるだろうか,と思ったからです。そして,実際の実験にはいるまでの道のりがとても長いんだ,と実感しました。文献検索することや知識の幅を広げることで,実験ででた結果に対する考え方も増えると思うし,どのような方法で正しさを証明するか,ということも思いつくのでしょう。また,In vivoとIn vitroもそれぞれに長所短所があり両方が必要だと思いました。あと,普段比較的ミクロなこと(遺伝子とか)を勉強してるのですが,実際の実験をするときは全体的なことから遺伝子レベルまで全部実験をして結果を出し発表するのですか?とにかく研究者は根気がいるのだと感じました。
A:できれば、一つの現象について、マクロなところからミクロなところまで通して実験ができればすばらしいのですが、なかなか実際にはそのように行かないことも多いものです。
Q:植物は低温条件化ではストレス応答を示し,その様式はさまざまである。今回では光化学系の反応についての説明がなされていた。低温では温度依存である炭酸固定と非依存である光化学系のバランスが崩れ、光化学反応によってうまれた過酸化水素により、光化学系Iの電子受容体が破壊されてしまう。 このごろ,理科大前の道路にある銀杏の紅葉が非常に美しくなった。この,紅葉と落葉のメカニズムは低温刺激による植物ホルモンの変化によるものだそうだが,これも低温ストレス応答の一つであろう。落葉はある意味,低温ストレスによって破壊された光化学系Iの修復のためのエネルギーの節約をしているともいえないだろうか。 そう考えると針葉樹の光合成回路はどうなっているのだろうか。この植物は低温に長時間さらされていても光合成をするための葉を落とさず,光合成をし続ける。となると,常緑樹のもつ光化学系Iの電子受容体は低温ストレスに非常に強いメカニズムを持っていると考えられる。これらを利用すれば,より強い低温耐性をもつ植物の生産も可能なのではないか?
A:針葉樹と広葉樹の話は、次回の講義で少し触れる予定です。
Q:今回の植物の低温感受性の研究についての講義は難しく感じられましたが、研究とはどういうものであるかが少し分かった気がしました。私の中で最も印象に残っていることはin vivoでの実験とin vitoroでの実験の関連付けとその結果について考えることです。実験を行うにあたってin vivoでの実験条件でin vitroでも同じことを再現できるかを確認しなくてはいけないこと、またもしそれが不可能であってもin vitroでは様々な試薬を加えることができるため、両者の実験を駆使することによって実験結果を正しい方向へと導くことができる事がわかりました。また、系Iの回復の時間変化をグラフで見るとき、阻害からの回復が遅いことは分かりますがこのとき、葉の面積あたりの回復日数をグラフで見るかクロロフィルあたりで見るかによってグラフの形が少し違い、すなはち葉の面積あたりの方は一定のペースで回復していっていましたが、クロロフィルあたりの方は3日あたりを過ぎると回復のペ−スが上がっていました。このように、一つのテーマにおける実験でも基準とするものを変えると新たな発見が得られたりすることを知り、研究というものは自分の理論に矛盾や穴がないように様々な角度から見たり考えたりしなくてはいけないのだということを強く感じました。
A:研究の中で、自分の出したデータをじっくり眺めて、その意味を考える、というのは非常に重要なポイントですし、その際には、なるべく複数の角度から見るのが一番です。研究者にとっては、思考の柔軟性というのが非常に求められます。