植物生理学 第4回講義
光の吸収と電子の伝達
第四回は、植物が色素で光エネルギーを吸収し、それを電子の伝達反応、すなわち酸化還元反応につなげる仕組みについて解説しました。
Q:クロロフィルによく吸収される光は、色でいうならば青色と赤色の光である。緑色は植物のイメージが強いが、実際はクロロフィルにあまり吸収されず反射している光が、人間の目に緑色に映っているわけで、植物にとっては緑というのはさほど重要な色ではない。とにかく、なぜ青色と赤色の光がクロロフィルによく吸収されるのか。その理由を詳しく説明するのには、量子力学による光の振る舞いや物質の化学エネルギーなどといった専門的な知識も必要かも知れないが、それよりももっと簡単に思い当たる理由がある。それは、空の色である。昼は青空、夕方には夕日に照らされて赤く染まって見える空だが、人間の目にそう見える以上、当然その色(波長)の光が地上に降り注いでいるわけである。太古の空の色が緑色だったという話は聞いたことがないので、地上で植物が誕生し、光合成能力を得るそのときまで、空の色は青色と赤色であったというわけで、植物がこれらの色の光をよく吸収するのは、単純に環境に適った進化の結果だと言える。
A:なかなか面白い考えですね。このような考察は大切です。ただ、一つ考えなくてはいけないのは、ある一つの波長の場合は光の色と波長の関係を単純に考えることができますが、異なる波長の光が混ざると別の色に見える場合がある点です。絵の具と一緒ですね。空の色はもともと太陽の光の散乱光に由来しますから、空の色と太陽の色を足し合わせると、もとの白色光になるはずです。とすれば、緑色の光はどちらかに入っているはずです。安達太良山の空は本当に青いかも知れませんが、東京の空などは汚れて散乱が強いので、薄い水色に見えます。これなどは青と緑が両方あるとそのような色になるわけです。一方で、東京の太陽が赤みが強いのに対して、安達太良山の太陽はより黄色から場合によっては白っぽくさえ見えるでしょう。これは、青以外の(緑を含む)すべての波長が見えているせいなのです。緑色の光がどこかへ行方不明になることはないのです。
Q:今回の講義で興味を持った点は、きれいな水は青色をよく通し、汚れるにしたがって赤色をよく通す点です。ここから、赤潮について考察します。赤潮は海の富栄養化によってプランクトンが大発生し、海面が赤く見える現象です。つまり、紅藻が大発生しているのだと思います。最終的に、プランクトンが死に絶え酸欠で魚の大量死が起こりますが、なぜプランクトンは死に絶えてしまうのでしょうか。死に絶えなければ、魚の餌となり、良いことのはずです。赤いプランクトンということは、赤い光は利用できないわけです。しかし、どんなプランクトンでも、増殖して濁ってくると、海水は赤色しか透過できなくなります。つまり、まず初めに赤潮の原因となるプランクトンが増殖する。度が過ぎると海水は赤色しか透過しなくなりますが、そもそもこのプランクトンは赤色を利用できないので死んでしまう。つまり、このプランクトンの増殖そのものが、その後の大量死のきっかけになっているのではないか、と考えました。もし大増殖するのが青色のプランクトンだったら、バランスが取れて赤色よりは長続きするのではないでしょうか。
A:考え方は面白いのですが、いくつか誤解があるようなのでそれをまず。「プランクトンが死に絶え酸欠で魚の大量死が起こる」というのは不正確なようです。魚が酸欠を起こすのは確かなようですが、それは、プランクトンが何らかの方法で、魚のエラの機能を阻害することによるようです。次に、赤潮といっても、本当に赤いものは多くなく、茶色っぽいものの方が多いようです。赤潮を引き起こすプランクトンも、紅藻ではなく、渦鞭毛藻や、ラフィド藻といった見た目は黄色っぽいものが主なようです。「青色のプランクトンだったら、バランスが取れて」というのがなどのような理屈によるのか、よくわかりませんでした。
Q:今回の講義で関心を持ったのは、クロロフィルやカロテノイド等の光合成色素の「アンテナ」という作用です。これまで生物を習ってきたがアンテナということは初めて聞きました。またシアノバクテリアのアンテナのところではそのシステムの合理的さにとても驚きました。いくつもの種類の光合成色素をその吸収しうる光の波長の短いものから並べて、エネルギーの観点から不都合のないように反応中心に伝えられるようにできている点は本当にうまくできているものだとただ感心するばかりでした。こうした中ひとつ疑問に思ったことがありました。それはアンテナにはshallowタイプとdeepタイプの二種類あるとのことでしたが、たくさんの波長の光を利用できるということから考えるとdeepタイプの方が優れていてshallowタイプでは同じエネルギーを持つ特定の波長のアンテナしか持ちえず不利な気がしました。ただアンテナのシステムを自分が勘違いしているだけかもしれませんが、deepタイプの方がshallowタイプより高等なのかなと推測してみました。
A:どちらが高等か、というのを判断するのは難しいですね。確かにいろいろな光を吸収できた方が広い範囲の光を利用できるわけですから有利に思えますが、一方で、いろいろな色素を合成する系を用意しなければならないという不利があります。複雑な方が高等だ、という考え方にたてば、deepタイプの方が高等なのかも知れません。
Q:今回の講義で印象に残ったのは、クロロフィルの構造についてです。ポ
ルフィリンの金属イオンを挟み込むような構造はキレート部分と呼ばれる構造だと、生物無機化学の授業で習いました。このようなキレート構
造は自然界で簡単にできるものなのでしょうか。もし簡単に作れないものだとしたら、たまたま昔の植物が作れるようになって、それが形を変えて今の生物にも残っている可能性があると考えました。例えば赤血球におけるヘモグロビンなどにおいてです。光合成しなくなった生物が、その構造を他の事に使い回ししているという事です。そのように考えれば、授業中に紹介されたクロロフィルを持つ魚などがいても不思議ではないと思いました。その魚が光合成のようにクロロフィルを用いて、赤外線を利用している事には驚きましたが・・・。
あと、クロロフィルとバクテリオクロロフィルとの違いが分かりませんでした。クロロフィルaと同じ構造のものをバクテリアが持っていたら、それがバクテリオクロロフィルaになるのでしょうか。
A:確かに、進化の過程で「使い回し」というのはよく起こるようです。なにしろヘムとクロロフィルは、途中まで同じ合成系でもって作られていますから。クロロフィルとバクテリオクロロフィルは、構造が違いますが、必ずしも、クロロフィルとバクテリオクロロフィルで明確に別れるわけではありません。むしろ、1)クロロフィルa,b,dの仲間とバクテリオクロロフィルc,d,eの仲間、2)クロロフィルcの仲間、3)バクテリオクロロフィルa,b,gの仲間の3つに大別できます。最初のグループにはクロロフィルとバクテリオクロロフィルが両方入るわけです。高等植物と光合成細菌で同じ構造の色素を持っている例はないようですが、名称としては、バクテリアが持っているクロロフィルにバクテリオクロロフィルと名付けた、ということでしょう。
Q:植物は光合成を行う際、異なる波長の光を吸収するいくつかの色素を用いて光を吸収し、そのエネルギーを利用している。緑色の植物では、青色と赤色の光を吸収し緑色の光は吸収しないため、その葉は緑色に見える。しかしここで一つの疑問が浮かぶ。植物はなぜ波長500~600nm程の緑色の光は吸収しないのだろうか。
植物は光のエネルギーを利用して、酸化還元単位に逆らって電子の受け渡しをすることによって光合成を行っている。このとき、酸素発生を伴う光合成では電子伝達が水から始まるが、水は酸化還元単位が大きな+なため光化学系を二回行わなければならない。つまり、酸素発生を伴う光合成ではより大きな光エネルギーが必要だということである。だが、それにもかかわらず、植物はより波長が短くエネルギーが高い緑色の光ではなく、波長が長くエネルギーが低い赤色の光を利用している。進化の過程において植物は、緑色の光を利用し、見た目が赤くなってもよかったはずである。しかし、そのようにならなかったということは、緑色の光を利用しないことに何か大きな意味があったのではないだろうか。そしてその理由がわかれば、より効率よく光を吸収することができる太陽電池などを開発することが可能になるのではないだろうか。
A:ここまで書いたら、何とか、その「大きな意味」の候補を、どんな奇想天外なものでもよいので、挙げて欲しかったですね。
Q:今回の講義で、プラストキノンのQサイクルのところで、先生が指摘した「サイクルが円になって閉じて、同じ物質に戻ってきていることに違和感を感じてほしい」という話をしていたのが印象的でした。この、サイクルが閉じていることと酸化還元電位にまつわる矛盾に、正直言って私は気がつきませんでした。他の学問についてはわかりませんが、生物学では、今回のよう化学的な知識やさらに物理学の知識を使うこともあるので、生物学の狭い枠に視点を固定しないで広い視野で考えることの大切さを改めて感じた気がしました。
サイクルの話題に触れたことで、クエン酸回路ではこの点の問題がどう解決されているのかということが疑問として生じました。小刻みな反応をして化合物の活性化エネルギーを小さくしていくことで生体内で反応を可能にしているということでしたが、クエン酸回路も回路である以上、Qサイクルで先生が指摘された問題が同様に発生してくるのではないかと思いました。ATPやNADHなどによるエネルギーを一時的に消費することで解決しているのかと考えるにしても、10月11日の講義プリントの「代謝反応と年少の比較」のスライドでは、クエン酸回路に登場する化合物の自由エネルギーは一様に低下しており、回路が進行するのにエネルギーの注入が必要ないのではないかと錯覚してしまいかねない感じがします。また、自由エネルギーの階段を最終段まで下りてしまったら、回路の次の生成物である、最も高い自由エネルギーを持つ化合物への反応が余計に進行しにくくなってしまうのではないかと思いました。
講義で説明していただいたのを、私は聞き逃してしまったのでしょうか。申し訳ありませんが、この点について教えてください。
A:このように、講義のある部分での考察を別の部分に適用してきちんと考えられるというのはすばらしいですね。
Qサイクルの場合とクエン酸回路の場合で一番違うのは、前者では、酸化還元する成分がみなタンパク質複合体に結合してその中で電子だけがやりとりされているのに対して、クエン酸回路の場合は、もの自体は、アセチルCoAが一方的にオキザロ酢酸に変換されます。オキザロ酢酸がまたアセチルCoAと反応するため、見かけ上サイクルになっていますが、1回転の反応を考えると、アセチルCoAはアセチルCoAのままでいるのではなく、オキザロ酢酸に変換され、外部から新しいアセチルCoAが供給されているわけです。従って、物質の流れてとしては、サイクルではなく、アセチルCoAが二酸化炭素に分解される反応なのです。オキザロ酢酸をアセチルCoAに戻したらば本当のサイクルになりますが、そのような反応は自由エネルギーを供給しない限り進みません。
ちなみに講義で紹介したもう一つの回路である脂肪酸酸化回路の場合は、やはりものの流れを見ると脂肪酸が一方的に分解されます。これらの反応はすべて可逆反応なので、反応でできる側の物質の量を高くしてやれば、今度は脂肪酸が合成されることは講義で紹介したとおりです。
Q:クロロフィルCには構造において長い鎖の部分が無いと言っていたが、ではクロロフィルがその能力を発揮するためには長い鎖は必要でないのか。長い鎖の部分は何のためについているのだろうか。吸収できる波長が変化したりするのだろうか。 b/f複合体について、どの複合体にもチラコイド膜を貫通する領域があり、その領域に電子伝達成分が膜に垂直に配置されていることで平行に起こる電子の流れを垂直のプロトン輸送に変換するということであるが、これは複合体は全て反応中心であるということなのか。そうでなければ反応中心でなくても電子の垂直の流れを作り出せることになってしまうのではないか。 緑色硫黄細菌のアンテナのところで、反応中心複合体とアンテナ複合体が交互に細胞膜に埋まっている図があるが、複合体という言葉の内に反応中心が存在することは明確であるから、反応中心複合体というのは言葉が二重になっているような気がする。アンテナ複合体では、アンテナは既に反応中心を含むのでいいのだが、そうすると反応中心複合体とは、アンテナではない複合体のことなのか。
A:「疑問を持つ」ということは「考える」ことの出発点になりますから非常に重要なのですが、単に疑問を羅列して終わりになってしまったら、頭を使ったことになりません。せっかく疑問が出てきたら、それに対してたとえ荒唐無稽でも構わないので自分なりの回答を考えるか、さもなかったら何かで調べるようにして下さい。一点だけ答えると、「複合体という言葉の内に反応中心が存在することは明確であるから」とありますが、「複合体」というのは何かと別の物質が一緒になって一つのものを形成している時に使う言葉です。アンテナ複合体の場合は、アンテナとして働いているクロロフィルとタンパク質が複合体を形成しています。反応中心複合体の場合は、それにさらに反応中心として働いている特別がクロロフィルが結合しているわけです。
Q:地上で繁茂している植物はクロロフィルが赤と青の光を吸収する種類であるため緑色であって、それに対して水中の藻類などでは光を吸収するクロロフィルの種類やカロチノイドの組み合わせにより地上の植物と違う光の吸収スペクトルをもつため緑色をしていない。その理由については、地上の植物にはさまざまな波長の光が混ざって到達するが、水中では水や他の植物プランクトンによって波長が吸収されてしまうため、利用できる波長の範囲が狭くなっているためである。そして利用できる光の波長の範囲によって藻類は持っているクロロフィルやカロチノイドの種類を変えている。
利用できる光の波長は水深と深く関係している。そして深い場所での光を利用できればその藻類は他の藻類に対して生息できる場所が広くなるというアドバンテージを得ることができる、という話でしたが水深が深ければそれだけ届く光も弱くなるため藻類の光合成は活発ではなくあまり急激に繁殖することは出来ないのではないかと思いました。なので深い水深に繁殖する藻類は浅い水深での繁殖の競争にやぶれた種であるのではないかと考えました。
A:確かにそうかも知れませんね。このような生態学的な考え方ができることは非常に貴重です。
Q:光の吸収の仕方で、植物の種類によって様々な違いがあるということに興味を持ちました。特に今回の講義で取り上げられたshallow trap と deep trap の二種類のアンテナの違いについて、さらに詳しく知りたいと思いました。植物それぞれの生活環境において、それぞれが自分自身にとって一番効率よく光を吸収できるメカニズムを選択して進化しているか、もしくは進化しながら選択して行っているように思いました。これら二つのアンテナを比較すると、shallow trap には垂直方向に光が移動しない、すなわち、エネルギー的に等価なクロロフィルしか存在しないということ、また、deep trap には垂直方向に光が移動し、エネルギーが少しずつ違ったクロロフィルが存在することがわかります。どちらのアンテナを持つかということはその生活環境によって有利不利があると思います。しかし、平行方向に光が移動するアンテナか垂直方向に光が移動するアンテナかどちらのほうが効率よく光を吸収できるのか気になりました。私は、deep trap のほうが効率が良いのではないかと思いました。なぜなら、平行方向に光が移動するとその分だけエネルギーを消費します。しかし、垂直方向に光が移動するならばエネルギー差を利用して能動的に移動できるのではないかと考えたからです。
A:講義の中でいわなかったもう一つの点は、吸収の異なる複数の色素を持つ場合、別に一番短波長の光を吸収する(いわば一番外側の)色素だけが光を吸収するわけではなく、アンテナの内側の色素が直接光を吸収しても構わない、ということです。その場合、deep trap の方が広い範囲の光を吸収できることになります。ただし、shallow trap, deep trap というのは、多分に概念的なもので、実際の植物のアンテナは、それらをうまく組み合わせてあると考えた方がよいでしょう。