生命生存応答学 第1回講義
光合成の基礎
第1回の講義では、この後の講義を聴くに当たっての基礎となる知識をおさらいするために、光合成の基礎的な知識をざっと解説しました。以下に、学生からのレポートとそれに対する回答を示します。
Q:授業中にルビスコの効率の悪さ(光呼吸、Turn
Over数の低さ)が取り上げられたことに興味を覚えました。ルビスコの効率が悪い理由として、もともと別の機能を担っていた酵素から転用されてきたためという説明がありましたが、私はこの説明に疑問を感じました。ルビスコがRLPと構造が似ている上、ルビスコがRLPの機能も持っているということから考えると、ルビスコがRLPかそれに近い別の酵素から派生した可能性は高いと考えられます。しかし、ルビスコがRLPから派生した後にもっと効率的に進化するのに十分な時間はあったはずで、もし十分最適化が進んでいないのなら、そもそもこれ以上の最適化が不可能か、もしくはそもそもそのような選択圧が掛らなかったかどちらかだと考えられます。
前者の可能性についてですが、これについてはすでにガルディエリアなどの原始紅藻に酸素との親和性が相当低いルビスコが存在する[1] ことが知られているようです。また、ランダムな変異を入れたルビスコを大腸菌に組み込みルビスコが動かないと増殖できない条件で培養・選択することでルビスコの性能を向上させることに成功したという例[2] もある位なので、物理的に不可能な要因があるわけではないと分かります。
一方、後者の可能性についてですが、現在植物が大量のルビスコを必要とすることを考えると、ルビスコの性能向上は光合成効率の向上に直接結びつくと考えられ、本来ならルビスコの最適化に向かう選択圧は高いはずです。しかし、実際にそのようなルビスコの最適化が起こっていないということを考えると、先の例のようなものは自然の中では別の理由により不利をこうむっているのではないかと考えられます。例えば、両者の混合・非混合の系を作り、様々な条件下で両者の個体数の変化を比べてみると何だかの違いが出るかもしれません。そしてもう一つ考えられるのは、自然界で長々使われているものが最適化されていないはずがないという発想がそもそも人の(私の?)勝手な思い込みに過ぎないかもしれないということです。
例えば、私たちが実験に使う酵素(主にポリメレース関係)にも人工的に変異を加えることで活性を上げたようなものが多くあります。そうした酵素は当然長い間、自然界で使われてきたものですが、まだ最適化の余地が残っていたということになります。勿論、実験向けの最適化の結果が生物の生存に適したものかという疑問は付きまといますが、それでもこうした酵素が存在する以上、自然界の酵素はほぼ限界まで最適化が試みられていて当然だという発想は、そろそろ捨ててしまうべきなのかもしれません。
[1] Uemura, et al. (1997) Biochem. Biophys.
Res. Commun. 233, 568-571
[2] Parikh, M. R.; Greene, D. N.; Woods, K.
K.; Matsumura, I. (2006) Protein Eng. Des.
Sel. 19, 113-119
A:酵素の効率という場合、基質との親和性(つまりKm)と最大反応速度(Vmax)という2つの面から考える必要があります。しかもルビスコの場合、二酸化炭素と酸素を両方基質とし、光合成にとって二酸化炭素との反応はプラスになる一方、酸素との反応はマイナスに働くわけですから、二酸化炭素との親和性と酸素との親和性の比が高いほど光合成にとっては有利になりますので、その観点からも考える必要があります。つまり、どのような観点から見るかによって、いくつかの評価基準があることになります。一般的に酵素に変異を入れた場合、確かにある観点からの効率を上げることは可能ですが、全ての観点から性能が向上した酵素を作ることは、ルビスコを含めてきわめて難しいと思います。
自然選択を考えた場合、重要なのは、改変を試みる性質が実際に自然界において役立っているかどうかです。例えば、イネでも小麦でも、背が低い品種の導入によって穀物の生産効率は格段に上昇しました。でも、これは、背の高さが「限界まで最適化されていなかった」ためではありません。実際には、除草の行なわれない自然条件では、「背が低い」という形質はマイナスに働くから野生品種は背が高かったわけです。その意味で、自然条件と人間が用いる条件の間でその有用性に差のある形質こそが、品種改良や酵素の改変の最適化のターゲットになるのだ、と言えるでしょう。
Q:植物には光化学系を2つ持ちます。講義で「紫外線を利用すれば別」と言っていたので、紫外線も植物の光化学系の反応ができると考えました。クロロフィルの吸収スペクトルは450nmと700nm付近でピークを迎えます。紫外線は10~400nmで光合成には適さないです。しかし、紫外線は短波長でエネルギーが高いです。吸収スペクトルのピークではない波長だが、高いエネルギーを持っているので光化学系に反応できる実験結果があるのではと思いました。紫外線は植物の光化学系に利用されていません。紫外線が強すぎて植物に悪いのではと考えましたが、植物はいつも紫外線にさらされているので、この点は大丈夫です。光化学系とよく似た反応をするバクテリアを調べることでわかるかもしれません。バクテリアが紫外線の届かない環境で生活をしていたら、紫外線がないので光エネルギーを使ったと考えられます。紫外線が届く環境なら、バクテリアが紫外線に弱いかを調べ、弱かったらバクテリアは紫外線を使いたかったけど、使えなかったとわかります。
A:今ひとつ論理展開がわかりませんでした。例えば、「光化学系とよく似た反応をするバクテリアを調べることでわかるかもしれません。」というところなど、たとえ繰り返しになっても、「何が」わかるかもしれないのかを書いてもらえるとわかりやすいレポートになると思います。あと、「植物はいつも紫外線にさらされているので、この点は大丈夫です。」というところなども、何となく感覚的ですね。例えば、紫外線の害から守るために、植物が全ての紫外線を完全に反射する防御システムを持っていたとしたら、紫外線からは害を受けませんが、紫外線を利用することもできませんよね。そのような点も、一つ一つ論理的に考えていくと、より良いレポートが書けると思います。
Q:[光化学系における,反応速度と熱力学] 常温常圧ではきわめて困難な反応も,生体内では起こっていることがままある.光合成での水の分解だけでなく,さまざまな代謝経路がその例として挙げられる.これを可能にするのはまず酵素の働きであり,それから工業的には考えられないような迂回経路である.こうした経路を生体が獲得するまでの間には,効率が悪く大してメリットのない経路を抱えた生物が,ずいぶんいたはずである.光合成細菌や藻類に,異なる光合成の形が見られることから,生物が代謝経路を試行錯誤していたのは,せいぜい先カンブリア時代までであろう.生命の誕生が35億年前,先カンブリア時代の終わりが約6億年前である.原初の生物が誕生してから,多少複雑になるまでの期間は,それ以後多種多様な形態が生まれるのに要した時間の5倍近くに上る.ここから,基本的な細胞機能,代謝経路の確立が生命にとって何より重要であり,その後の進化は取り立て重要ではなかったのではないかと,考えられる.
A:地球と生命の歴史に関しては、最終回で紹介する予定ですが、初期の生命進化と多細胞生物の進化の間の速度の差をもたらしたものの一つは、光合成が地球上に生み出した分子状酸素かも知れません。そうすると、生物の進化速度まで、光合成によって影響を受けていたことになりますね。