植物生命機構学特論I 第4回講義

シアノバクテリアの強光への応答

第4回は、原核生物でありながら高等植物型の(酸素発生をする)光合成をおこなうシアノバクテリアの強光への応答に関して、変異株の解析を用いた研究の実際について話しました。この研究は、主に、現在埼玉大学の助手になっている日原さんが行ったものです。以下に寄せられた感想および質問と、必要に応じてそれに対する答えを掲載します。


Q:強光による光合成能阻害は事実としての範囲で知っていました。しかし、それらがどのような機構で起こっているのかは詳しく知らなかったので本日の講義は大変勉強になりました。私の研究室でも光環境を変えて植物の光合成にどのような変化がみられるか、という研究をやっていますが阻害が見られるほどではないようです。(ちなみに材料はイネです)高等植物で光による阻害が見られる植物には他にどのような例があるのでしょうか。

A:高等植物で、直射日光に当たる環境に適応しているものは、強光だけではなかなか光合成の阻害は起こりません。通常は、ほかのストレス、例えば低温や乾燥などのとの複合ストレスの場合にのみ阻害が引き起こされる例が多いようです。


Q:研究の話し、とても面白く、いろいろと考えさせられました。応答反応というのは、私の今まで行ってきた研究の考え方とは少し違い、その対象物の反応を見ながら、実験を進めていくという点で、面白いことではあると思いましたし、またその反対に結論や考察を考えることが難しい分野だとも考えました。基本的にミュータントが通常の状態の生物より有利(利点が多い)ということは少ないと先生はおっしゃっていましたが、ということは、進化というものは、なかなか急激に起こることではないんだと実感しました。シアノバクテリアによって、地球上に酸素が多量に発生するようになり、H2Sで生きていたバクテリアがミトコンドリアと共生できるように進化していったような、劇的な環境の変化でも起こらない限り、ミュータントが優性にあることはそうそうあることではないということですね。授業をお聞きしていて、なぜそのようなミュータントが生まれてきたのか、そこをお伺いしたいと思いました。

A:変異株自体は目的を持って生まれてくるのではなく、偶発的なものです。従って、問題なのは、なぜそのような変異株が生まれてきたのかではなく、なぜ、そのような変異株が生き残ったのかです。劇的な環境条件の変化のもとでは、野生株の生存確率が低下しますから、結果的に変異株の生存確率は相対的に上がることになります。変異株をスクリーニングするような場合には、抗生物質耐性などを使って野生株が生えない条件にしますが、これはその極端な例でしょう。


Q:今回の講義ではWL(point mutation), WS(wild type), pmgA-の強光応答を比較し、wild tpyeにおける強光に対する適応について学びました。強光を照射されることによって、wild typeは光化学系Iを抑えるので、一時的にはmutantがwild typeより優勢になりますが、強光を長期的に照射し続けると、mutantでは電子伝達系で発生した活性酸素などの影響から成長が悪くなります。wild typeはわざわざ光合成の効率を下げることによって強光に対する長期的な適応を可能にしているというお話でした。コロニーの大きさに着目してここまで解明するには相当の時間と労力がかかったと思います。何か大きな発見をするには修士の2年間というのは短い気がしました。

A:研究という面から見ると修士の2年間は短いですね。それでも今回の話は3年半ほどのデータに基づいていますので、うまくまとまった方だと思います。


Q:今回は、遺伝子変異における光合成系への影響ということでしたが、pmg geneたったひとつの変異で光合成レベルがあがってしまうことはある意味納得できるものでしたが、その反面不思議でもありました。この現象はある意味進化と考えてもいいのでしょうか?

A:そうだと思います。遺伝子が変化することで、新しい環境に適応して生存確率が上がり、その結果、母集団の中で優先するのですから、まさに進化といってよいと思います。


Q:強光耐性を持つシアノバクテリアが実は短期的強光に対する耐性で、強光時のアンテナ葉緑素を減少させられないこの変異体にとって、過剰な光合成電子伝達により活性酸素が発生して生育阻害をおこす原因となり、長期的強光耐性はやはり野生タイプの方が勝るという。このことから、突然変異が生物にとって有利に働くためにはそれをカバーして生き残る能力が備わっていなくてはならず、生物の突然変異と進化の間にある隔たりの大きさを感じました。

A:今回の研究室内でのシアノバクテリアの進化は数年の間に進行したものです。自然(というか生物)には今まで三十数億年の時間があったわけですからね。


Q:今回のシアノバクテリアの強光適応のお話ですが、6/13にされていた光の需要アンテナとしてのクロロフィルの構造(Deep trap型のアロピコシアニンコア)のお話が再度出てきたので、思い出すのにちょっと手間取ってしまいました。それはそれとして、synechosistis PCC 6803の、実験室内での変異と環境適応のお話は毎度ながらとても面白かったです。先生のクラスは実例が豊富で、実験や観察の着目点が非常にわかりやすくて毎回楽しみです。このお話の最後に、ミュータントが強光阻害を受けるという部分で、活性酸素により細胞膜の透過性が変化して生きていけないのだろう、というお話をされていましたが、この実験では、植物細胞での実験のように、極性脂質の酸化指標としてエタンやエチレンの検出をされたのでしょうか? それとも、他の指標で透過性を測られたのでしょうか? ご面倒でなければこのあたりを教えていただければと思います。

A:光合成の活性測定をする場合に、電子を供与する物質(還元剤)を細胞の外から加えてその物質からの電子伝達の速度を測る場合があります。そのような場合、物質によっては、その物質の細胞の透過性が反応の律速になります。つまり、細胞膜が傷んで透過性が上がると、見かけ上電子伝達の活性が上昇することになります。これを指標にして細胞膜の透過性を検証しました。過酸化脂質の直接定量も試みましたが、技術的問題でうまくいきませんでした。


Q:進化と変異の微妙なせめぎあいのようなものを植物光合成の歴史を垣間見ることで感じました。電子伝達系にとって強光は逆に悪影響で、PSIを抑えることで電子伝達系の働きを低下させているという結論は、思考外のことで興味深かったです。

A:まだ、仮定の点も実はあるのですが、少なくともそんなに嘘ではないはずです。


Q:系Iと系IIの量比変化の意味の模式図がよくわかりませんでした。変異していないWSのタイプは、弱光では系IとIIは大きさ・量ともに同じだったが、強光下では系IIのアンテナサイズが小さくなりさらに系Iの数が減るという解釈でよいのでしょうか?もう一つ基本的すぎて申し訳無いのですが、系Iを減らすのは酸素を還元して活性酸素などを作ってしまわない為だと思うのですが、還元力は何故その先の反応に使われないのでしょうか?

A:模式図の解釈はその通りです。ただ、その模式図で考えていた仮定では、量比調節は光合成の効率を上げるためだというものでしたが、実際に実験をしてみると、光化学系の量比を調節した方が光合成が低下していることがわかったわけです。還元力については、今考えているのは強光下での話です。光が強いと、炭酸固定系での還元力の消費が追いつかなくなって結果的に還元力が過剰になってしまいます。


Q:講義の感想はと「複雑だった」です。実験事実を整理することができず混乱をきたしました。シアノバクテリアの培養条件でグルコースの有無が何を意味するのか?や強光下でのPSI・IIの増減について整理できなかったです。

A:うーむ。すみません。実際に論文になっているものを参考にあげておきます。
Hihara and Ikeuchi (1997) Photosynth. Res. 53: 243-252.
Hihara et al. (1998) Plant Physiol. 117: 1205-1216.
Hihara (1999) Curr. Top. Plant Biol. 1: 37-50.(総説)