植物生命機構学特論I 第3回講義

低温における光合成傷害

第3回は、実際に僕が研究している低温感受性植物の低温における光合成傷害について、現象論とメカニズムの両面から解説しました。以下に寄せられた感想および質問と、必要に応じてそれに対する答えを掲載します。


Q:一つ質問なのですが、ロシアなど、寒い地方のツンドラ地帯の植物というのは、光合成のレベルは低いのでしょうか?また、光合成のレベルが低いということは得られるATPが少ないという事なのでしょうが、その事は植物の大きさに関係してくるのでしょうか?

A:低温では光合成の活性は低くなります。ただ、これは反応の温度依存性によるもので、低温における光合成傷害とは別の話ですよ。光合成活性が低ければ得られるATPが少ないのは確かです。そして、そのことは植物の「大きさの時間変化」、つまり生育速度に関係してきます。生育速度が低くても、長い時間がたてば植物は大きくなりますよね。


Q:これからの光合成研究では時間の尺度を入れた4次元の研究がされるようになるというお話がありました。植物がおかれている環境というのは、一日の間でも変化するわけですから、その環境の変化の影響を受けて光合成の反応も変化していくということに改めて気づかされました。実験をするときの条件にしろ、教科書に書いてある光合成の反応経路の話にしろ、温度や光の明るさなどが一定の理想の状態で話が進められますが、実際に植物が生活している環境は刻々と変化します。時間の尺度を入れることによって、現実の植物の生命活動の本当の姿がより明確に見えてくると思いました。

A:我が意を得たり。


Q: 今回は植物の低温障害のお話でしたが、壊れにくいと思われていたPSIが壊れていたとか、チラコイド膜にしてみると常温でも壊れて…といったあたりの、実際の実験例を組み合わせて話されていた部分が、ダイナミックで非常に興味深かったです。 自分で実験を組みたてたり、結果を見ていてもなかなかそこまでは考え付かないろう、などと思いながら伺っておりました。
 さて、低温障害のことで質問なのですが、前半の近藤先生が、光酸素障害の原因原因物質はO2-によるもので、クロロフィルやカロチノイドなどの発色団の分解が起きる、といったお話をされていた記憶があります。これに遅れて生体膜の極性脂質の破壊なども起こるが、こちらは一重項酸素によるらしい、といったお話もされていたと思います。園池先生のお話では、最終的に生成されるハイドロキシルラジカルが悪さをしているということでしたが、近藤先生のおっしゃっていた「原因物質」の意味は、フェレドキシンにより作られる、ハイドロキシルラジカルの生成源、ということで捉えればよいのでしょうか。また、記憶違いでなければ、近藤先生は低温障害の主原因をカルビン回路停止による炭酸固定系の停止を、園池先生はATPaseの破壊によるPSIIのダウンンレギュレートの解除を原因として挙げられていたと思うのですが、これは平行して起こっているものだと考えればよいのでしょうか。それとも、従来は近藤先生がおっしゃっていたように考えられていたものが、くわしく解析してみると園池先生がおっしゃっていたような機序で起きているらしい、というような事なのでしょうか。

A:一般に低温障害といっても、様々なものが考えられます。僕が追求したのは、なるべく弱い条件で最初に阻害を受ける部位です。光合成は太陽光の20分の1以下の弱い光でも阻害を受けるのですが、発色団の分解や脂質の破壊はにはもっと強い光が必要です。僕が通常用いている条件では、光合成の活性のみが低下し、クロロフィルの色などを含めて見かけは全く異常がありません。阻害に関与する活性酸素種についても、光化学系Iの阻害はハイドロキシルラジカルによるようですが、炭酸固定系の酵素などは過酸化水素によって阻害されることが知られていますし、カタラーゼなどは比較的スーパーオキサイドに弱いことが知られています。したがって、どのような条件でどこが阻害されたかによってストーリーは大きく変わることになります。低温障害のきっかけとしてまず何が起こるかについては、低温で、カルビン回路の活性が低下して、光エネルギーが過剰になるというスキームが考えられます。現実にPSIIの強光阻害などでは、これが効いています。しかし、これではPSIが阻害される低温感受性植物の光低温障害のシャープな温度依存性は説明できません。そこで、ATPaseの阻害に原因があるのではと考えたわけです。つまり、この場合も、どこの阻害に注目するかによって原因が異なることになります。また、低温障害の結果としてカルビン回路の酵素が失活するという報告もあります。この場合失活は酵素の酸化によって起こり、還元力が供給されれば再び活性化されます。従って、この失活も、PSIの阻害によって還元力の供給が停止したことの二次的な結果であるとしても解釈できます。


Q: 低温障害にあってPSI機構が壊れてしまった植物がどのようにそこから復活するのでしょうか。また、種々のシグナル伝達系では、ある1つのサイクルがなんらかの障害を受けて停止してしまった場合、他のサイクルがそのサイクルに変わってもとの機構(最終的な役割)を維持することがあります。植物においては、どのようなものがあるのでしょうか。 
 植物の低温障害について表面的な知識しかなかったのでその研究過程を踏まえて知ることは理解しやすく、たいへん面白かったです。

A:実は、PSIが壊れるとその回復はほとんど起こりません。壊れた光化学系を放っておくと危険なので、選択的に分解するようです。また、PSIに代わる機構が現れることもありません。ある意味で、PSIの阻害はあってはならないことで、これによって低温感受性植物の地球上の分布域が限られることになるとも言えるのではないでしょうか。


Q:キュウリの低温障害の原因のひとつに、チラコイド膜上のATPaseがサブユニットに解離してしまう為にプロトンの濃度勾配異常が生じ、結果として正常な光合成電子伝達が妨げられてしまうとありました。低温にさらされた植物の膜タンパクの構造変化のような障害や、低温に対する耐性は植物によって当然違うのだと思うのですが、例えば、低温に弱い植物の組織や細胞を凍結保存するための、何か特別な保存方法等などはあるのでしょうか?(低温障害等の研究から、開発されたりしているのですか?)

A:講義でお話しした低温というのは、chilling と呼ばれている0−10℃の温度範囲です。これは freezing と呼ばれる凍結とは全く性質が異なります。凍結では、氷の結晶の成長などによる物理的な破壊が重要な位置を占めるので、凍結保存の場合には、液体窒素を使って急激に冷やして氷の結晶を小さくするなどの工夫がおこなわれます。しかし、これと chilling に対する耐性とはあまり関係がありません。