植物生理学II 第2回講義
オルガネラの起源
第2回の講義では、初期光合成生物の進化と、細胞な共生によるオルガネラの成立について解説しました。講義に寄せられたレポートとそれに対するコメントを以下に示します。
Q:原核生物では真核生物のようにその細胞内に小さなオルガネラを持つことがない理由として、“そういった複雑な構造を要するような生体反応が行われていない”といった理由があったが本当にそれだけかを考えてみた。私たちの体内には小腸などの表面積を大きくすることでその機能を向上させている器官が存在する。それらの器官は多くの細胞が集まって形成するものであり細胞単体と比べるとその強度はかなり強いはずである。一方で原核生物は1つの細胞から構成される生物が故にその強度は真核生物よりも弱い。また真核生物は器官を皺皺にすることで表面積を増やすが、強度に欠ける原核生物が皺皺になるとその強度は益々下がるように感じる。また皺状にすることで細胞内部に存在する物質が隅々まで行き渡らない箇所が生まれると考えられる。そういった物質が届かないことで機能不全に陥る可能性もあるだろう。細胞自体を大きくすれば強度も高くなり、オルガネラを持つことも可能になりそうであるがただ大きい原核細胞は既に存在している。しかしそういった生物は細胞の中心の大部分が機能しておらず細胞の表面上だけが活動しているといった点からも、細胞内の機能の複雑性を増すことよりも迅速にタンパク質を合成したときの方が得られる利益が大きいことから原核細胞がオルガネラを持たないと考えられる。
A:細胞の大小が物理的強度を通して、その機能に影響するのではないか、という自分なりの考え方は評価できます。これは、最後に挙げられている大きな原核生物の例ともよく合致する一方、一般的には、同じ材質であれば、小さなものほどむしろ壊れにくいのではないかと思います。これは、直感的には、力のモーメントが力と距離の掛け算で表される、すなわち、小さいものの中で異なる向きのモーメントを与えることは難しい、ということを考えればよいのではないかと思います。ふわっと考えるのではなく、そのあたりをもう少し定量的に考えることができるとよいですね。
Q:オルガネラの存在意義について、物質・状態の局在化によって複数の反応が進行可能であるという話があった。そこで、その局在化した膜構造同士の関わり合いに興味を持った。具体的には、物質輸送システムが正しく機能しているために局在化した分子組成が保たれているのではないか、ということについてである。そこで、物質輸送の仕組みについて考える。物質輸送のステップとして①輸送する物質の仕分け②正しい輸送経路の確保があると仮定し、以降は各ステップの仕組みについて考える。①については、免疫系におけるリンパ球の働きから類推し、物質をラベリングする働きのあるタンパク質によって、成り立っているのではないだろうか。②については、①でラベリングされた部位を認識する分子が各オルガネラの膜に存在するのではないかと考えた。これを確かめる実験系としては、オルガネラの膜タンパク質の機能を停止された状態を作り、その状況で物質輸送が正常に行われるか確かめればよい。
A:これは、一般論としてはよく考えていると言えます。この点については生化学IIでは詳しく説明しています。生化学IIは選択の講義なので、もちろん履修の義務はないわけですが。
Q:今回授業の初めで、植物がその葉を互いに重ならないようにしながら成長していくのは、日光に当たりにくく、十分なエネルギーを作り出すことのできないような葉を、枯れさせるシステムを植物が持っているからだと紹介されていた。そこで、単純に植物がより多く太陽光を浴びるには、周りの植物よりも高ければ良いのに、なぜ森林などでは木々などが一定の高さで生えそろうようにして、存在しているのだろうかと疑問に思った。予想される理由としては、高くなりすぎると、根から得た栄養を葉の部分に輸送するのが難しくなること。高くするために必要なエネルギーが、高くした時に得られるエネルギー量と見合っていないこと。土壌の栄養素として、成長する際に必要な栄養素をに、限界があること。高くしすぎると、自重に耐えるのが難しくなること。一つの植物が大きくなった際は、他の植物同時にも大きくなってしまい、特異的に一つの植物が大きくなることがないことなどが考えられた。この疑問を説明するものとして、著者鍋嶋絵里、石井弘明の、「樹高成長の制限とそのメカニズム」(参考文献1)では樹木には樹高成長に制限があることや、その樹高成長の制限の要因となる原因としての、水分の輸送に関わる制限や、水分の輸送に必要な木部圧、また力学的な制限などの説が紹介されていた。結論としては、論文よりそれぞれの地域にはその環境に最も適した優占種が存在し、植物は樹高制限を持つため、森林などでは植物の高さが揃うようにして生えているように見えるのだろうと考えた。樹高制限の要因としては、さまざまな説が考えられていたが、先に仮説として考えた、植物を高くする際に必要となるエネルギーや栄養素に関する研究が見つからなかったため。研究の余地があるのではと考えた。
A:参考文献の書誌情報がレポートに載せられていませんでした。「https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030771468.pdf」ですね。自分が考えた要因の内、既に検証されているものを除いて、残りのものを取りあげる、という研究のやり方もなくはありません。ただし、その場合、注目する現象のさまざまなバリエーションが、既に検証済みの要因ですべて説明がついてしまった場合、残りの要因が大きな役割を果たしている可能性は少なくなってしまいます。その場合、その要因が役割を果たしうる別の環境条件を考える必要があります。できたら、そのあたりまで踏み込んで考えて欲しいと思います。
Q:本講義では、「オルガネラの起源」を主なテーマとして学習し、その中でも、原核生物がオルガネラを持たない理由に関する議論がとても興味深いと感じた。そこで、私はもっとその理由について考察を深めたいと考えた。私は原核生物がオルガネラを持たないのは「①独自の表面積の稼ぎ方を持つから ②デメリットの方が大きいから」の2つの理由があるのではないかと考える。
①は、主に細菌(および古細菌)を取り挙げて説明する。細菌には、真核生物と異なり、「べん毛・線毛・性線毛」といったタンパク質から成る独自の構造を持つ。細胞膜の他に外界に触れる部分が表面積を稼ぐことが出来る要因となり得るため、オルガネラがなくても生存することが可能であるとした。また、表面積を稼ぐことの要因として、グラム陽生菌やグラム陰性菌のように、真核生物と異なり細胞膜の更に外側に、層が存在していることが挙げられる。グラム陽性菌は細胞膜の外側にペプチドグリカン層が、グラム陰性菌はペプチドグリカン層の更に外側に外膜が存在する。真核生物と比較して体長が小さい一方で、外側の層が厚いほど細胞直径が大きくなるので表面積(S=4πr2)は大きくなる。このことから、原核生物(細菌・古細菌)は表面積を稼ぐ方法を独自に持っていると考える。
次に②である。オルガネラを持つことのデメリット、それは膜で仕切られることの問題点である。原核生物と真核生物は細胞分裂の方法が大きく異なる。真核生物は、有糸分裂・減数分裂を行うことに対し、原核生物はDNA複製の後に二分割するという、真核生物よりも単純な細胞分裂を行う。単純な方法で分裂できるということは、細胞分裂が行われやすく、数多くの細胞を生み出すことにメリットがある。しかし、DNAが膜で閉じ込められていると、膜を媒介した増殖を行わなければならないため、時間やエネルギーの面でコストを要する。従って、オルガネラを持つことにより、細胞分裂の観点でデメリットが生じてしまうことが問題点なのではないかと考える。このことを立証するために、真核生物と原核生物の細胞周期の時間を計測する実験を行い、議論する必要性があると考える。
A:よく考えていてよいと思います。オルガネラの有無を決める一つの要因として、細胞の大きさ自体があることは生化学Iで話したと思いますので、前提としては、それに触れた方がよいかもしれません。その上で、さらに二つの要因を考えていて、どちらも独自性が感じられます。
Q:オルガネラの存在意義の話のときに肉眼で見えるバクテリアの話があった。そこで先生は中心部は死んでいて木のうろのようになっているのではないかということだった。参考文献によると「細菌の体の73%は水が入った袋でできており、これが細胞内容物を外膜に押し付けている」となっていた。ただ、これらの話では体積が大きくなってしまい、体積が小さいからこそ表面積が相対的に大きくなることに反する。では、なぜバクテリアが大きくなることがあるのか。仮説としては同体積のとき、球形よりドーナツ型のほうが表面積が大きくなることが考えられる。計算したところ、球形とドーナツ型の体積が等しい(有効数字5桁)とき、ドーナツ型の表面積は4倍以上であった。ちなみに、各バクテリアの形は異なるが、トポロジーとしては同値であるため、球とドーナツ型の2つの比較によっておおよそ同様に考えることができるだろう。このことから、もともとの細胞の内容物は変えずかつオルガネラを形成するコストを削減しつつ生体膜の相対的面積(対体積)を増やす方法が細胞の巨大化なのではないかと考えられる。
参考文献:https://karapaia.com/archives/52310666.html
A:これは、論理の流れ(というより形の記述?)がよくわかりませんでした。参考文献では、「細胞内容物を外膜に押し付けている」とある以上、「水の入った袋」を細胞とは見なしていません。すなわち、細胞の形は球殻であるとみなしていることになります。球殻であれば、内部は体積にカウントされませんから体積は大きくなりません。であれば、ドーナッツを持ち出す必要もなくなるように思います。
Q:光化学系ⅠとⅡについて、光合成細菌は二つの光化学系が選択的に発現する遺伝子を元々持っていたが、片方しか発現しない二種の光合成細菌に分かれたあとに再び二つの光化学系が常時発現するようになるという、普通ならあまり考えにくいモデルがゲノム解析上正解に近いという話が興味深かった。このモデルを支持するとなると、なぜ二つ持っていた光化学系を喪失してしまったのか、という疑問が残るが、それ以前に、生育条件によって発現する光化学系が選択されるというのがどういうことかも疑問に思った。現在の陸上植物が持っている形では、そもそも単独の光化学系で光合成はできるのか?と考えたが、光化学系について振り返ると、光化学系Ⅱに関してはATP合成酵素を動かすための水素の産生が単独でもできている状態であるため、確かに単独でも効率は悪くても光合成に使用できる。光化学系Ⅰについてはぱっと見たところそうでもないが、光化学系Ⅱと同様に単独で光を感知する仕組みを持っている。光合成生物の進化に伴い、光化学系Ⅰは単独で光合成するのではなく、機能を変えることで光合成の効率を上げるなどして、原始的な光合成生物の時代から大きく形や機能が変化した可能性がある。光化学系ⅠとⅡに似たものを緑色光合成細菌と紅色光合成細菌が持ち、遺伝子の水平伝播によって二つの光化学系の遺伝子を一種の光合成細菌が持つようになった、という説があった。なぜ緑色と紅色なのか、という植物の形質について、水中では深度によって多く届く光の色は異なるため光合成に有効な光の色が異なるという説明が水中の藻類や植物についてよくなされる。光化学系においても色素は少なからず関係があり、光化学系の光合成色素が反応中心となるクロロフィルに光を伝達する。このことから、紅色光合成細菌と緑色光合成細菌は海洋中において生息する深度が異なるため、光合成に有効な光の色が異なり、故に光化学系に含まれる光合成色素の種類や反応中心に光を伝達する仕組み異なると考えられる。この光合成色素の種類によって光化学系を構成するのに必要な物質やコストが異なったり、形や機能が変化する可能性があるため、光化学系はⅠとⅡに分かれる。そう考えると、二つの光化学系が選択され発現する条件とは水深や光の色となる。このように光化学系の機能した後で光合成色素の種類が変化したとなると、酸素濃度が高い位置に生息環境が偏った光合成細菌や水深の影響を受けない陸上植物が二つの光化学系を持つことができることも説明できるのではないかと思った。
A:自分の頭でよく考えているという点では高く評価できます。ただ、「ATP合成酵素を動かすための水素の産生」という部分など、誤解に基づく議論がある点が見られるのが残念です。また、全体としては、やや論理が錯綜しているので、もう少し順番などを入れ替えると、自分の主張をもう少し明確にすることができるのではないかと思います。具体的には、光化学系が二つあるのかそれとも単独なのか、という議論と、環境によってなぜ光化学系が選択的に発現されるのか、という議論は、独立に進めることができると思いますから、論点が二つあることを最初に明示して、最初は・・・、次に・・・、と明示的に議論を進めると読み手は論理を理解しやすくなります。